第25話
さて。
いつの間にか学園に行く日まで後数日となっていた訳だが。
揺れる車内に、規則的な振動、平日の日中故にまばらな人影。
今はその通うことになる学園とやらまでの道や周辺を確認するため、電車に乗っている所であった。郊外にあるだけあって若干遠いが、まあ許容範囲内だろう。
できれば外だけでなく校内も見たかったのだが、
(護衛するなら施設内の下見とか教師の質の確認とかしたかったんだかなー……。中の事前調査禁止とか、ジジイめ分かっててやってやがるな)
『ふむ? 仕事ではあるが、そこまで気にする程かの。どうせ周りは同年の童じゃろう?』
確かに、いくら金持ちで教育されてると言っても子供は子供。中には特殊な訓練だの家庭の事情などで容赦なく来る場合はあるので油断はできないものの、常時気を張っている意味もない。
加えて教育施設と言う閉鎖空間でありながら中身は混沌としているような場所では、周囲を警戒するだけ無駄なのは確実なのである。
(だからこそ怪しそうな教師のピックアップだとか、ただでさえだだっ広い敷地の把握、ついでに護衛対象とどうしても分断されそうな授業を押さえとくのはいるんだがなー)
『やること多くないかの?』
(最初の方だけな。慣れれば、後は変に緊張感切らさねえようにすれば大丈夫だろ)
逆に言えば初っ端の1、2カ月は忙しくなるだろうとの予測だ。
そこで見逃しがあれば確実に後に引くので、いくら周りがガキばかりだとしてもその辺りが油断できない面倒なところである。それを避けるために、見学と言う形で自身の目と足で調べたかったのに、まさか邪魔が入るとは思わなんだ。
『で。敷地内には入れないので、せめて周囲だけでもと言う訳か』
(そゆこと。っと、そろそろ最寄り駅だな……んん?)
『なんじゃ、どうし……おお?』
駅から学園までは目と鼻の先。
すぐ目の前に巨大なロータリーと校門があり、警備員も複数人立っているのが見える。極力"寄り道"という概念を無くそうとしたのか、駅前だってのに周りコンビニの一つもありゃしない。
なんの面白みもないが、まあそれはいい。
それより俺と駄刀が注目したのはそこではなく、
(……確かパンフに載ってたのはレンガ造りの古風な校舎じゃなかったか?)
『そのように記憶しとるのう。じゃが実際に目の前にあるのは――』
(くっそ近代的なのが建ってるなぁオイ)
電車を降り、駅を出て見れば余計に目立つ。
朝には黒塗りの車が列を作るロータリーの向こう、ただのデザインと言うには刺々しい鉄柵の更に向こう。そこには西洋風な洒落た校舎……と、そのすぐ隣に如何にも金が掛かっていそうな高層ビルが建っていた。
レンガ造りの方は意外と小さく、一般的な学校よりかは狭いのは間違いない。パンフに書かれている生徒人数と比較すれば、自ずと答えは出るというモノだ。
『あー……やはり、初等部の学徒は皆、あちらのデカい方じゃな。気配の多さが違い過ぎる』
(だろうなあ。てことは、他にも似たように生えてるのは中、高、大ってところか? いや、その割にはまだ数多いな)
『全国から金持ちの子息令嬢が集まっとるらしいし、一棟で足りんかったのではなかろ? 案内状には書かれておらんのか』
(貰ったのは初等部のやつだけだからなー。ま、当たり前っちゃそうなんだが)
ビルは間隔を空けて離れた場所に複数生えており、おまけに奥には都心の駅前にでもありそうなマンションまで数棟あるのが見える。
あのマンションが寮なのかね? 多分、教師もあの辺りに住んでそうだ。
(つーかあのマンション、上階は金持ちらしい作りになってんなあ)
『金持ちらしいのとは何ぞや』
(一階層で一世帯分。最上階あたりになると2階層分丸ごと使ってるみたいだな、ありゃ)
『……はー、言うても住んどるのは子供だけじゃろうに。これも親馬鹿というのかのう』
実際には子供一人でワンフロアどころかツーフロアを丸っと使うことはなく、一部の部屋は使用人の自室だろう。ま、それでも贅沢な使い方しているのは間違いない。あの一階層だけでも椿のとこの事務所兼自宅より広いってのに、そんなに見栄が大事かね?
しかしまー学生寮と言うからどんなのだと思ったが、まさか学校の敷地内にマンションぶっ建ててるとは予想外だ。洗濯物が干してあるのが見えないのは、中に全自動洗濯乾燥機でもあるからか? 窓ガラスも特殊加工で中が見えず、流石にどんなのが住んでるかまでは見えないようになっていた。
『あの性格歪んでそうな孫とやらもあの最上階ぐらいに住んでおるのじゃろうか』
(多分そりゃねえだろ。築何年かは知らねえけど、マンションってことは建て替えも容易にできないから最初の住人以降は中古扱いだぞ)
『あー……、うむ、そんなのは気位の高い連中はまず使わんじゃろうなあ』
(それに前のヤツが盗聴器だのを仕掛けている可能性とか、外出やらゴミの中身とかで生活スタイル把握される危険性とかを考えるなら、まず住まんわな)
他にも色々と理由はあるが、唯一の利点は学園から近いというだけ。つっても車での送り迎えがデフォルトの連中が多いのだ、自分で歩く距離はほとんど変わりない。
後は……親元から離れて暮らせるというのもあるが、こんな所に一人で暮らしていて、家事やら何やらを自分で全部こなしている奴は中々レアに違いない。
(あ。となると、あのマンションに住んでるのは家庭の事情か、保護者か本人が何か勘違いしたか、だよな。アホなのがいないか住人のチェックも必要かー……)
『学園の中じゃからのう。灯台下暗し、意外と良からぬことをするのに向いてそうじゃな』
学園内にも監視ラメラの一つや二つはあるだろう、しかしこれだけ広いと余程じゃないかぎりは目立たない。そりゃ縛り抱えていたら警備も気づくだろうが、単に手を引かれてるぐらいじゃ有事の有無は判別つかんだろうしな。
やはり峰坂氏が懸念していたとおり、か。
『むしろ今まではどうしておったのじゃ? かなめ嬢もそうじゃが、他の幼子達も』
(一応この学園内で事件性のある云々は、開園以来一度も発生していないそうだ。どこまで本当なのか知らんけど、人の出入りはかなり制限されてるのは確からしいな)
視線を向けた先、デカい門扉の内側にはカード認証式のゲートが用意されていた。駅の改札のような小さいタイプではあるが、それ以外にも屈強な警備員が数人が目を光らせており、ついでに何かを発射するのであろう機構がついたカメラまである。あの地面にいくつもある丸い型は……ああ、緊急時にはせり出してきて、檻になるって仕組みか。お、ドローンまで巡回してる。
警備員も警棒だけじゃなく麻酔銃に加えて閃光弾らしきのまで腰に下げてるとか、セキュリティは結構ガチガチに固めてあるみたいだな。
『車による資材の搬入路は別のようじゃのう』
(そりゃトラックなんて中に武器だの工作員だのを詰め放題な上に、逆に子供の一人や二人は余裕で隠せるんだ。生徒の往来が一番多いとことは別にするさ)
あまり突っ立ったまま学園を眺めていては警備員に話しかけられそうだと場所を移しつつ、柵の外周をぐるっと回っていく。柵のすぐ側は幅の広い道路になっており、立ち並ぶ住宅もただの一般人宅ではなく学園の関係者で固められていそうだ。防犯対策なのだろうが、柵の上部に一定間隔でカメラがあるのは中々に威圧感がある。
(地図によれば学園はほぼ真四角、一辺がキロ単位か。無駄に広すぎだぜ)
『どう考えても今日中に周り切るのは無理じゃ……』
うんざりしたような声を小狐丸が出すが、元より数日掛けての調査になるとは考えていたので問題ない。懸念点としては、ほぼ毎日来れば、間違いなく警備員に呼び止められることだが……。
『それで、その時は椿より買ってもろうた"たぶれっと"の出番か』
(言葉はまだ話せねえから仕方がねえ、って訳でタブレットに文字書いて見せろってのもハイテクなのか、微妙にローテクなのか分かんねえな)
なお最初に椿が取り出してきていたのはスケッチブックで、素なのかネタなのか本気で悩んだなー、アレ。その後、隆仁に頭ぶっ叩かれてたから多分ボケてたんだろうが。
兎にも角にも、俺が他人と意思疎通を行うには些か面倒な手段が必要になるので、出来る限り話しかけられるのは避けたいところだ。
(ま、つっても爺には筒ぬけなのは変わりねえんだけどな)
『ぬ? 確かに監視機器の類は筍の如く湧いておるが、それがあの翁に伝わっているかは別じゃろう?』
(ハハハ、間違いなくあの警備員達から爺に話は行ってるだろうさ。いや逆か、先に爺が警備員に俺について話していた可能性の方が高いか)
"中"の事前調査は禁止されているが、"外"までは禁じられていなかったので、俺が来ることは確実に予測していたに違いない。つまりあの警備員達に話かけられた場合、強制的に爺のとこまで連れていかれ、話し相手にさせられていた可能性が大なのである。
中を見るチャンスではあるのだろうが、見れるところは限られているので爺と話をせにゃならんという面倒を負う必要はないなー……。
(さて、今日はこのぐらいにして戻るとすっか。どうせ後数日ではあるにしろ、数日はあるんだしな)
『そうするがよい。しかし、ここまで広いと自転車か何かが欲しくならぬか?』
(そこまで贅沢は言わんさ。それに、自分の足で歩いておかないと正確な距離感がイマイチ掴みにくいんだよ。いざというときにミスりたくねえ)
『お主も術式とか使っておいて、変なところで地味じゃのー』
(ほっとけ駄刀)
周りから見れば、変な子供が平日に学校の外をウロウロしているという奇怪さ加減だ。どうせ人通り自体が少ないのだと開き直りつつ来た道を戻って駅に向かう。それほど離れていなかったので、さほど時間を掛けずに戻ってくることが出来た。
『さて、今から帰れば我の好きな番組に間に合いそうじゃな!』
(オイコラ、好き勝手しすぎだろ――お?)
『ぬ?』
それは割りかし唐突だった。
背後から、急激に接近してくるエンジン音。
明らかに殺意高めだと分かるアクセル全開。
一体何事かと振り向いて、
眼前まで迫って来ていたワゴン車と衝突した。
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