第26話

 振り向けば、程よく殺意満載の黒塗りワゴン。

 唐突に現れたそれは、既に俺との距離は数メートルにまで縮まっていた。正直避けれなくもないけども、進行方向に駅があり、人もいるので大惨事になるのは確定である。


 護衛だの何だのの仕事を受ける身としては、一般人に被害が出るのはよろしくないからなー。どんな状況であれ、悪評を流されると仕事に響くのは間違いない。

 俺一人だとか、"前"みたいに評判何それ美味しいの的な連中なら欠片も気にしないのだがなあ。内心子供扱いしている以上、椿や隆仁に迷惑をかける訳にはいかんだろう。

 仕方ない、どう対処するにせよ"じっくり"観察してみるとしようか。


『――って、なんでじっくり見てる暇があるのじゃコレ』

(単にちょいと知覚を強化してるのと、追加で走馬灯……とは少し違ったか? よく聞くだろ、死に際だと体感の時間の流れがゆっくりになるってやつ。それを意図的に起こしてる状態だな)

『相変わらず妙な特技を持っとるのう……。というか、何故に我も同じ感覚で見えておるのじゃ?』

(いや知らんけど。まあお前さんは俺と"繋がってる"みたいだし、その加減とかじゃね?)

『適当じゃな!』


 と、言われても分からんものは分からんのだよ。

 かなりぶっちゃけると、俺自身もコレが出来てるのが不思議で仕方ないんだけどな? 何しろコイツは本来、薬物や暗示を使って訓練したことで会得したものだ。なので、そんな訓練を一切していないこの体で出来るとは思わなかったぞ。


(知覚強化だけでも十分なんだが、なんか使ったら一緒に発動したな。お陰で余裕ができたのなんの)

『やっぱり適当じゃな。何やら変な癖が付いとらんか?』

(微妙に嫌な癖だなオイ)


 確かに"前"ではかなり使用頻度高かったのは確かか。

 突然真後ろから強襲してくる妹様とか、突如天井を砕いて降ってくる妹様とか、唐突にワープしてくる妹様とかの対処のために。


 とはいえ、今はそんな考察トラウマ回想はどうでもいい。

 気を取り直して、眼前の車に目を向ける。


 車体は見ての通り黒塗りワゴンで、見た所は防弾などはなく一般車。幸い、俺のすぐ後ろから発進したからか、まだそれほど速度は出ていない。ナンバーの偽装や他妙な装備が付いている形跡もなく、正面から見たところは普通だ。

 他にはこれといった特徴のない車ではあるが――流石に見逃しようがない、明らかな異常が一点だけ。


(なんだろうなー……。証拠を残さないために運転手がいない・・・・・・・ってのは中々奇抜だとは思うんだが、逆に下手人がかなり絞られたのは気のせいか)

『一応聞くが、候補はどこじゃ?』

(ま、心当たりは二つしかねえよ。一つは、前のパーティの時に俺がぶっとばした警備ロボットのとこだ。車に自動操縦か遠隔かの機能を付けていれば、運転手なしも可能だしな。ってか、"前"だと車じゃなくて戦車が普通に来たからかなりマシだが)

『……どこで来たのじゃ?』

(あれは確か……いや、街中歩いてたら壁ぶち抜いて来たな)

『どこが普通なのじゃ!?』


 やったら無人機が好きな組織を相手にしたときは、戦闘ヘリどころか戦艦やら戦闘機まで無人だったからな。あれほど"ゴミ掃除"してる感の強い仕事は二度と御免だわ、いやホントに。


 兎に角、あの警備会社関連の可能性だが、しかしこれは限りなく低いと見ている。

 理由としては、実はあの時に責任者として立っていた男のことは一応峰坂氏経由で調べてみてもらっており、結論としてはただの小物ということが分かっているからだ。多少社内で肩身が狭くなったらしいが、別に職を失っていたという訳でもないらしいので報復の可能性は低いとのこと。

 何より自己保身を第一とする性格で、加えてそっちの能力も無駄に高いのだとか。なら、こんなすぐに足が付きそうなことはしないだろうさ。


 では、もう一つの可能性はと言えば、


(そりゃ間違いなく――"実家"だろうさ。あそこなら後先考えず、単に俺を見かけたから何て理由でこんなバカなことをしても不思議じゃねえ)

『じゃろうなあ。それに……うむ、この車には何やら術が掛けられているのは確かじゃよ』

(ハハハ確定かよ。こんな往来でやらかすとは、相変わらずだなド阿呆どもめ。しかし、そうなると爺からの件はもしかして……)


 ふと脳裏をかすめたのは、あの"条件"。

 何故俺にあんな面倒なのをと思ったが、どうにも色々事情がありそうだ。

 ったくあの爺め、護衛だの孫の相手だの以前に、俺を使い倒す気全開じゃねーか!


『うむ? どうしたのじゃ?』

(はあ、そこを考えんのは後回しか。いい加減、いくら知覚強化してるっても限度があるしな)

『普通はもう間に合わぬのじゃがなあ。で、どうするのじゃ?』

(そりゃ決まってるだろ)


 まるで時が停滞したかのような世界の中で、術式を一瞬でフルスロットルに。

 即座に強化された全身を、緩やかに、穏やかに、しかし確実に稼働させていく。

 多少鈍いが、それでも手足は脳が命じたとおりに動いてくれる。この体だと少々無理をしてはいるので、自壊せぬようほどほどに、だ。


 拳を握り、腰を入れ、脚の向きを整える。

 やることは単純明快、たった一つ。


(ぶん殴る)

『ちょい待たんか』


 待たない。

 準備が整えば、後は知覚強化を切るだけ。


 切った。


 そして、俺の拳が真正面からワゴンを粉砕した。

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