第24話
その話は割と唐突だった。
世の中とは些か面倒な話が多く、知らぬ間に義務やら責務やら契約やらが発生している事はそう珍しくもない。それは生まれたばかりの子供でも例外ではないのだから、潔癖な者には多分に生き難い事だろう。
とはいえ、それは法が整備された近代に限った話ではなく。
遥か昔、それこそ人が文明を持ち始めた頃からあったのだ。いや、もしかすると文明の正体がまさにそれか。
なら面倒なのは義務やら責務やらではなく人間そのものではないか、と結論付けるのも仕方がなくはないだろうか?
『非常に煩わしいと感じとるのは分かったが、それっぽく難解に言おうとした所で現実は変わらんぞ?』
(やかましい。引き篭もりニートなお前に言われたかないぞちくしょー!)
もし声が出るなら、思いっきりうがーっと叫んでいたに違いない。
相変わらず表情には出ていないようだが、内心全力で頭抱えているような状況だ。今ばかりは横で眩しい笑顔をしているお嬢さんが恨めしい。
頬をうにょーんと引っ張ってもニコニコしているかなめ嬢はやはり豪胆と言うかズレているというか……実は少々電波入っているのではと思い始めた今日この頃である。
うにょーんは兎も角。
(考えてみれば当たり前ってか、そりゃそうだよなー。そうなんだよなー……)
『なんじゃ、お主も"前"は行っておったのではないのかの? 別に監獄やら実家に行けと言う訳ではないのだから良いじゃろうに』
(そうは言っても、なあ)
もう一度目の前の紙媒体に目をやり、しかし直視できずに天井に視線を向け直す。非常に頭が痛くなるような面倒ごとであり、しかしある種の正論ではあるのが厄介に過ぎる。
その頭痛の原因とは、
(……今更学校に通えって、どうしろってんだよ)
学校。
学び舎。
この世界でも義務教育は存在し、基礎的なルールは変わりない。そしてその義務は、正式に戸籍が作られることになった俺にも発生した。
目の前のテーブルには、いくつかの書類が置かれている。可愛らしいのか判断に迷うマスコットっぽいキャラクタと、ポップな書体で書かれた地味に頭悪そうな内容の案内は、俺が通うことになるという学校のパンフレットだ。
表紙にはでかでかと書かれているのは、
いい年した大人だった俺が、初等部かー……。
「うおっ! お嬢が無表情なのに凄まじく嫌そうなオーラ出してるぞ」
「それを気にせずほっぺを引っ張られるかなめちゃんも凄いというか何というか」
「はっはっはっ、子供のじゃれあいというのは微笑ましいものだね」
外野がやかましいが無視する。
かなめ嬢の頬から手を放し、仕方なくパンフレットに目を通していく。
やたらと仰々しく歴史やら何やらがゴチャゴチャと書かれているが、要するにここは良いところのお坊ちゃんお嬢ちゃんが通う私学だ。あ、名前は学校じゃなくて学園になってんな。
若干都心から離れているものの、その分広大な敷地には初等部に中等部、高等部まで存在する。少し離れた場所には大学や幼稚園まで併設されているのだとか。
外観は古いレンガ造りで、しかし中は最新設備で固められた金持ち仕様。初等部は送り迎えが基本だが、敷地内に寮も完備しているそうだ。……このパンフの写真、なんか違和感あるんだが気のせいか?
ま、行きゃわかるだろ。
金持ちらしく当然学費はアホみたいな額となっていて、本来は居候にすぎない俺が払える額ではないのだが、そこはもはや形骸化していた制度を使うことでクリアした。
「ここって初等部から特待生とかあったんですね」
「条件がかなり厳しい上に、普通は財力を誇示するために使用されないのだけどね」
「そんなに厳しいのですか?」
個々の能力に明確な差が出てくる中等部以降なら兎も角、初等部ではいくら周りより優秀であってもあまり意味はない。十で神童でもなんとやら、だ。
中等部や高等部なら学年トップレベルの学力か、その時点で大人にも通用するような一芸が必要になる
「最終的に必須となるのは理事の推薦だね。幸か不幸か、くずは君はその条件をすべて通ってしまった」
「理事、となると、まさか――」
無言で峰坂氏が取り出した書類を受け取り、他二人にも見えるように目を通す。
推薦状と銘打たれた契約書の様な堅っ苦しい文言と、さらっと書かれたサイン。その署名は予想通りというか何というか。
(やっぱ五十嵐翁かー……しかも理事長)
『嫌がらせか暇つぶしかどちらじゃろうな?』
両方な気がするから困る。これは確かに幸か不幸かは悩むところだ。
この学園に入るにあたり、学力――計算や語学は前世もあり問題なく、地理や歴史も前世との比較で調べていたことが功を奏していた。何らかの一芸も身体強化で文字通り押し通せるので、あとは推薦をどうするか……となったところで推薦状が届いたらしい。地獄耳すぎる。
で、だ。
なんで戸籍が出来たとは言え居候に過ぎない俺が、いくら推薦を受けられたからと言ってこんな所に行くかと言えば、単純に"仕事"も含みだからである。
その内容はかなめ嬢の護衛と言う名の相手役と
「お嬢、入る前から風紀委員に内定とか大変だな」
「ここの風紀とか生徒会とかって、結構曰くがあったかと思うけど……ああ、お嬢自身が微妙に曰くあるから問題ないっか――って痛い!?」
余計な事を言う椿の足に蹴りを入れつつ、依頼内容を再確認。
かなめ嬢の護衛は当然、峰坂氏から。
風紀委員に入って構内のトラブル解決という名の雑用に関しては、五十嵐翁から。
ついでに孫の相手もよろしくという謎な一文も、五十嵐翁から。
………ちょっとマテや。
「え、あのお爺さんのお孫さんも風紀委員?」
「どうやら委員長のようだね」
(生徒会長とかじゃない辺り、かなり嫌な予感しかしねえ……!)
ついでに、と添えられていた資料には一見ほんとに子供かと言いたくなる女子生徒の写真と、その彼女のプロフィールが載っていた。
爺さんの孫の情報だ。
「……多分笑っているんだろうが、世界征服でも企んでるようにしか見えねえなコレ」
『写真だけで性根の曲がり具合が分かるのは血筋なのかのう?』
隆仁と駄刀がそう評するのは、写真に写っている栗色の髪をした異質な少女。
浮かべている笑みは隆仁が言う様に腹に一物抱えている悪役にしか見えず、しかし造形は子供ながら怖いぐらいに整っているので、変にカリスマがありそうな雰囲気をしている。
大人びているので年上かと思ったが、なんと年齢は俺やかなめ嬢とタメ。どこをどう育てたら将来色んな意味で絶望的な変人が出来上がるんだ?
「なんでも、生まれた時から両親よりも祖父に懐いていたのだとか。ははは、あの時はどこもかしこも大混乱だったね」
「……ええと、笑いごとで済んだのですか?」
「いやぁまったく? あのご老体の後継者で、これぞと呼べる子供が現れたのだからね。色々と画策していた連中が大いに慌てて、こちらにまで飛び火してきたぐらいだったさ」
椿に問いにもハハハと笑う峰坂氏だが、どこか遠い目をしているので中々に酷い状況だったと伺える。未だにあの立ち位置に君臨する爺さんを考えれば、よほど大暴れしたのだろう。
資料には学園での成績やらスリーサイズまで記載されていて、こんな個人情報を渡していいのかとは思ったが……よく考えたら五十嵐翁の孫ともなるとこの界隈では有名人だ。なのでこの程度は隠す必要もない、という事だろう。
「唯一の欠点は病弱であることで、先日のパーティも体調を崩しての不在だったそうだが……その分、権謀術数は大層得意のようだね」
「で、そんな奴の下にお嬢が付くことになると。大丈夫かお嬢」
全く大丈夫な未来が見えないのは気のせいか。
『気のせいじゃなかろ』
(やかましい――あぶらあげと呼ぶぞ)
『あれはネタじゃろう!? ……ネタじゃよな?』
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