参の章 変化と立ち位置と

第23話

「おっかいものー♪ おっかいものー♪ 今日っは楽しいおっかいものー♪」

「…………」


 ……この能天気な女の上にタライとか狸の焼き物とか振ってこねえだろうか。


 まるで幼稚園児の様な歌を歌いながら歩く椿に手を引かれながら、俺は人通りの多い駅前を歩いていた。

 色んな意味で目立っているので視線がうっとおしい事この上ないが、半分以上は諦めモードだ。ついで、少し離れて歩く隆仁も似たような表情をしているはず。


 そろそろ朝方は涼しくなってきた季節、今日はそんな秋の月の祝日。

 椿の学校も休みらしく、何故か俺は昼前から椿によって外に連れ出されていた。

 正直何言っているか分からないまま引っ張り出され、方向と謎歌を聴く限りは目的地は近くのショッピングモールのようだ。何だか周囲からの視線が痛いというか非常に生暖かいような気がしなくもないが、なるべく気にしないようにして歩を進める。


「お嬢は買い物に慣れてないだろうから、ここが"お姉ちゃん"である私にまかせなさいねー?」


 ふんふーん、といつの間にか謎歌から妙なテンポの鼻歌に変わっていた椿は、今にも走り出しそうなぐらいの勢いである。

 以前の椿との買い物でもここまでテンションがおかしくはなかったのだが、しかし先の言葉で改めてその原因を再認識する。


(姉、かぁ……)

『いっそここで抱き着くとか形だけでも甘えてみればどうじゃ。嬉しさのあまり気を失うかもしれぬぞ?』

(どー考えても数秒で復帰した後に狂喜乱舞して振り回される未来しか見えないので却下)


 姉と妹。

 無論血の繋がりはなく書類上の話。言葉にすると非常に単純ではあるが、しかし椿にとっては重要な事であるらしい。つい先日にその関係が成立してから連日一人お祭り状態である。


(これは家族が増えたからなのか妹という存在が重要なのか、どっちだろーなー)

『両方じゃろ。その比重は知らぬが』


 そんなことを考えている間にも戦場……もといショッピングモールに到着。

 休日だからだろうカップルやら学生やらもいるが、俺はウィンドウショッピングってのがよく分からないんだよなーなどと現実逃避しつつも引きずられながら、もう悟ったような表情をしている隆仁を連れて入っていくのであった。


(せめて妙なイベントは起こりませんよーに……)

『諦めるのじゃ。お主の運勢で何も起きない方が奇跡じゃろ』

(救いがねえなチクショウ!?)


 引きずられるまま施設内に入ったものの、結局何処で何買うんだろうか?

 その疑問はいつの間にか隣にいた隆仁も同じだったらしく、椿に問いを投げる。


「で? 来たのはいいが、何を買いに来たんだ?」

「その場の勢い」

「オイ」


 いい笑顔で答える椿に放たれる隆仁クロー。

 何やらアホの子の頭蓋が軋む音が聞こえ、これでまともになったりしないだろうか。……うむ、この程度でなってたら前世苦労してないわな。同僚とかドクターとか妹様とか。


「にぃやあぁぁおぉぉ!? おのれ隆仁、私とお嬢との姉妹のスキンシップを邪魔する気ね! ハッ、まさか私を排してお嬢と二人でキャッキャウフフとする気では――ぴぃぃぃぃ!?」

「……すまんな、お嬢。いま落と、いや黙らせるから」

「ひゃぃ、静かにするのでそれは勘弁して!?」


 なんとも初っ端から騒々しい連中である。いや、よく考えたらまだ始まってすらいないんじゃね?

 で、話が進まない上に色々注目を浴びているので袖を引いて止めさせた。

 結局何買うんだよ。


「か、考えてなかった訳じゃないんだよ。色々あるし、ぐるっと回った方が良いかなって」

「なんだ、そんなにあるのか?」

『ふむ? 幼子に必要なものはそれほど多かったかのう?』


 椿の言葉に隆仁が首を傾げ、駄刀がその疑問に思ったらしい。

 いや、よくよく考えたら結構あるぞ?


「食器……お箸とか、お椀とか? お布団も予備のを使ってるから改めて買った方がいいでしょうし」

「ああ、お嬢は小さいから茶碗も箸もちと大きいしな」

「他にも色々あると思うんだけど……ま、回ってみてたら思い出すかなって」


 行き当たりばったりともいうが。

 そういったのは、どちらかと言えば家で生活している上で足りないものが出てくるものだと思うのだが……本人が無駄にやる気だし、つーか話せないから止められんな。


『妹に良いとこ見せたい故じゃろう。なに、どうせ家で資料漁っているか外を走っているだけなのじゃから今日ぐらいは、じゃ』

(人を暇人みたいにいうなよ。ったく、仕方がねえな……)


 入り口付近で立ち止まっていても仕方が無いのは確かだ。エンジン全開な椿、それに手を掴まれた無表情な俺、強面で仏頂面してる隆仁と傍から見なくとも変なメンツでモールの中に入っていく。


(……ふむ)

『ぬ、どうした?』


 この体になって十年――はまだだが、それでも両の手が必要なほどの年数は経過している。あの地下牢でもこっそり試運転していた術式は兎も角、技術や知識はそれだけ使わなければ錆び付き折れてしまい、どころか脳やら脊髄やらが根本から違えば大半は忘れていると思っていた。

 思っていたのだ、が。


 ……いやはや自分でも呆れる話で。

 この規模の商業施設に来ると脱出経路やら監視カメラ、警備員の位置を無意識に確認してしまっていた。

 前のパーティは警戒必須だったから兎も角、仕事でもないのに何で一人で緊張しているかね? いやまさか職業病とやらは、これも魂に刻まれるモノなのか……。


『単にトラウマ入っとるだけじゃろ。ある意味魂には刻まれとるがな』

(……泣ける)


 確かにショッピングモールなんて"前"だったら軽いノリでパンツァーファウストが飛んで来たり、何処ぞの企業がバラまいたウィルスによりゾンビが発生したりとイベントには事欠かない施設だったしな。


『前々から思っていたのじゃが……この世界が平和ボケしておるのではなく、お主がいた世界が頭おかしいだけじゃろ』

(HAHAHAそんな馬鹿な)

『現実は非情じゃな』


 開店に合わせるように来たので時間は十二分にある。

 とりあえず店舗が入っている階を下から順に見て回っていき、途中のフードコートあたりで飯を食うことになった。まあ何買うか決まってないし、そんなところだと思うのだが――


「うーん、本格的に住むなら服と下着と……お嬢用の化粧品もいるなあ」


 あ、やべえ。超憂鬱になってきた。



*****



「……お嬢、生きてるかー?」

「……ぅぃ」


 返事のつもりが何か喉から妙な声というか音が出たが、もはや気にする余裕はなく。

 もう今日の気力とか体力とかを全部使い果たしたような脱力感に苛まれながら、俺と隆仁はテーブルに突っ伏していた。

 椿は一人で昼飯の注文に行っているが……なんでまだ元気なんだあの女。


『やれやれ。もう数刻経ったと言うべきか、まだ数刻と言うべきか。女の買い物は何時の時代も長いのう』

(……昔からそうだったのか? んな面倒なのはモノが多くなった近代からだと思ってたが)

『今と比べれば遥かに娯楽が少なかったのじゃ、仕方が無かろう。やれ櫛やら帯やらと、男を振り回しておったよ』


 買い物で男が振り回されるのは時代や世界に関わらず共通事項かー……。

 冷水を飲みつつ、まだ棒の様な足をふらふらさせる。鍛え始めてから随分と経つにも関わらず、ほんとこの体はひ弱だな。ちょっと歩いただけで筋肉痛が確定するとか大丈夫かと言いたくなる。


『幼子ならそんなものじゃろ。急ぎ過ぎて体を壊すでないぞ?』

(それは分かってーよ。けど流石にこれはなあ……)


 育ちが育ちなので多少は悪影響があると覚悟していたのは確かで、にしてもこの成長率の悪さは中々ハードだ。しかしこの体がまだ八歳というのもまた事実、地道にやるしかないだろう。

 うーむ、飯食って体動かして寝てたらなんとかなると思うしかない、か。さてその飯を注文しに行った椿はまだか――と、戻ってきたな。

 ん? あの手に持っているのは……


「はーいお待たせ! これがお嬢の分だよ!」


 ……待て、その手に持っているのは、


「おおう、また懐かしいものを……」

『ぶふぉっ!』


 椿が俺の前に置いたのは、ワンプレートの料理だ。皿の上には少量の料理が可愛らしく盛り付けられており、その中のオムライスに刺さったどこかの国の旗が変に存在を主張している。ついでに端にヤク〇トがポンと置かれているが、それはそれ。

 こ、これはまさしく、


(………お子様ランチ、だと)


 確かに今は子供ではあるが、前世ではおっさんと呼べる年齢にまで達していた俺が、これを?

 愕然として持ってきた本人を見るが、満面の笑顔を浮かべる椿に悪意は一切感じられない。"姉"として一仕事をやり切ったと言わんばかりの満足げな顔である。

 食べるしか、ないのか……!


『く、ふ、はははははっ! に、似合っておるぞ? くくくっ』


 とりあえず駄刀は帰ったらゴミ箱に叩き込んでくれる。

 ああ、次からは絶対自分で料理を注文するようにしよう……。




 食事後。

 買い物で体力を削られ、飯で精神を多大なダメージを負ったが、ひとまず後半戦の前に改めて何を買うかの確認を行っていた。

 午前は何に使うかわからん化粧品と、日焼け止めや洗髪剤を選ぶだけで潰れたからなー。


(日焼け止めは必要だったからいいんだが、あの化粧品はいるのかマジで)

『阿呆、買ったのは化粧品というより洗顔やらの手入れ用じゃぞ? 肌や髪は幼少の頃こそが重要なのじゃ。手入れを怠ると、それが"体質"として一生付いて回るからの』

(違いがよくわからん……)


 長くあまり日の当たらない生活をしてきたせいなのか、それとも単に遺伝とかなのか、この体の肌は日本人にしては異様に白かった。幸い少々外で運動する程度なら問題ないものの、あまり長い時間であれば赤くなってしまうのである。


 その割には椿から渡される服は変に露出のある服ばかりであり、同時に日焼け止めも塗っていた。ただそれも椿が使っているのを借りていただけだったので、今日は俺が使う分を選んで買ったという訳である。


 で、ついでに何か色々と買ったのだが、そもどう使う物なのか、普段椿が使っている物と何が違うのかさっぱり分からない。

 というか駄刀が何故かやたら詳しいことが気になるんだがなー。聞くと藪蛇になりそうなので止めておくけど。


『ま、この辺が大事なのは男でも変わらぬよ。よい機会じゃ、椿に手取り足取り教えてもらうがよい』

(わあめんどくせぇー)


 帰ってからがかなり憂鬱だが一先ずそれは後回しにして、今はこの後のことを話している椿たちに目をやる。

 さて、午前のアレが閉店まで続くと言われたら逃げるぞ俺は。


「それで、今日は服と食器類でいいんだな?」

「服というよりジャージ? お嬢よく運動してるし、いるでしょ」


 その言葉に頷くことで同意する。

 今は適当、というか椿が選んだ服で生活しており、ランニングとかもそれでしている。ただやはり、普通の服だと運動には不向きだ。今後も体を鍛えるのは継続してやっていくつもりなので、ぜひ欲しいところである。


「布団とかは流石に今日持って帰れないしねー。車で来ればよかったかあ」

「予備のがあるなら急ぐことはねえだろ。他、何か急ぎの物はないのか?」

「後はやっぱり――あの話・・・の準備は必要ね!」


 むん、と謎の気合を入れる椿だが、


「……早くないか?」


 呆れたような隆仁の言葉に心から同意する。


(まだ一月以上先の話なんだがなー……)

『そうか、それがあったのう……それほど気合入れる必要があるかは不明じゃが』


 俺達のテンションは低いままだ。

 準備……そんなにすることあるか? いや、ギリギリで揃えるよりマシなんだが、まず何がいるかを把握しておかないと何度も行き来する羽目になるぞ?


 ふふふふ、と峰坂氏から渡された資金を手に変にテンション傾げている椿はを見つつ、数日前にあった『依頼』の内容とその話を思い返していた。

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