第22話
(はい、何事もなく依頼人の家まで帰ってきましたー)
『しくしくしくしく』
フラグだろうが何だろうが、そう何度も厄介ごとが来ると思うてか。
今俺たちは峰坂氏とかなめ嬢を家まで車で護送し、そのままお茶に呼ばれているところだった。ま、要するにパーティなんぞとっくに終わっているってことだ。
大きめのテーブルを囲み、使用人が入れた紅茶を飲みつつ菓子を食べながら談笑をしている。他のとこの護衛と依頼人という間柄ならあまりここまで親しくはないんだろうが――って、そりゃ"前"の話か。こっちはそこまでギスギスしている訳でもないし、割と普通っぽいな。
とにかく、隆仁と椿は峰坂氏を、俺は相変わらずかなめ嬢の相手をしつつ一息ついていた。
……壁に立てかけてある子狐丸がやたらとウザいが。
『うざいってなんじゃーい! この外道めぇ!』
(酔っ払いかお前は。つーか、存在自体が外道な妖刀に外道と罵られるとは思わなかったぞ)
何やらこの駄刀は色々と物騒なことを期待していたらしいが、結局アレ以降は何も無かった。
ちょっとした理由により平穏とまではいかなかったとはいえ、それでも馬鹿は近寄ってすら来ないものだから楽なのは確かだったのである。
(爺も爺で、あの誘拐未遂っぽいのがあったにも関わらずパーティ続けるのがエグいというか、何というか)
『絶対、逆恨みした豚とか阿呆とかが来るかと思うたのに……』
周りの警戒心が振り切れてて、正に一触即発という奴だったからな。むしろ逆に誰もが騒ぎを起こさないようにしてたから平穏だった訳でもあるのだが。
結局あのイベントの後、ひと悶着はあったにも関わらず五十嵐翁は話を続けてパーティも予定通りに進んでいった。ただ、やはりそんな物騒な空間には長くいたくないというのが大半の参加者の本心である。早めに切り上げて帰るのが多く、あっという間にお開きになっていた。
『何だかんだで我らは最後まで五十嵐翁に付き合わされたので、しっかり今後も付き合いはありそうじゃな。……まだ機会はたっぷり残っておりそうじゃ』
(期待するなと言いたいが、その通りすぎて言葉も出ない)
何しろあの爺、一通り挨拶が終わったらまたこっち来やがったしな。しかも俺とかなめ嬢相手に延々と話し続け、周りの胃を痛めるだけ痛めて去って行きやがると来た。
次会うときは孫を紹介するとか言われたが……あの爺の孫とか怖くて会いたかねぇ!
全方位で疎まれ過ぎ、権力持ちすぎ、そして当の本人が頭おかしいと怒涛のコンボ。どう考えても厄介事の塊みたいな人間だから、そんなのに気に入られた以上、絶対にヤバい案件に関わる破目になるのはもはや確実だ。
『かなめ嬢も巻き込まれているがのう』
(峰坂氏には悪いがね。俺を避雷針にしたかったんだろうが、まさか娘が爺に気に入られるとは夢にも思ってなかっただろうさ。これも護衛失敗と言えば失敗か)
『あれは仕方がないじゃろうて……。しかし好意的に捉えるならば、あの爺に目されたとなると将来有望と言われたようなものじゃな』
(平穏がマッハで逃げ去ったがな。今まで以上に狙われるぞ、あの子)
変なところで鈍いというか図太いかなめ嬢も気に入られているようなので、この年で将来の行く道が薄氷レベルで同情を禁じ得ない――と、言いたいところではあるけども。
(案外するっと隙間抜ける感じで、ふわっと生きていけそうだよな、この子)
『稀にいるのじゃよなあ、そんな妙な星の下に生まれたのが』
そもそも先の誘拐も俺が介入しなければ、高確率でそのまま連れ去られていた OR 死亡の可能性が高かったのだ。それが何の因果か屋敷から脱走した俺がそれを見つけることになり、状況はひっくり返ることになった。
あの時は助けた直後に泣き出していたが、
『実はアレで色々吹っ切れたとかないじゃろうな?』
(……なんですと?)
『お主が手錠を素手で破壊したり、車飛び越したり、百足と斬りあったり、尻尾とか耳生やしたりとしたしのう。あれだけ濃い経験をしたなら、多少の事には動じぬようにもなるじゃろうて』
(尻尾と耳は俺が原因じゃねえよ!?)
確かに誘拐されてドンパチ巻き込まれたら肝は据わるだろうけどな。それとこれとは違うというか、あの類のトラブルとあの爺では危険の種類が全く別だろう。
いやまあどちらも面倒なのは間違いないが。
(……ま、そのうち何かあるのは確実だろうが、どうせ直ぐには来んだろ。あの手のタイプは策を考えて練って妄想してから準備万端でやらかしてくるモンだしな)
『それはそれで中々不安のある言葉じゃが、警戒やら準備はせんでよいのか? 随分気楽に見えるが』
警戒、ねえ。
かなめ嬢の話に相槌を打ちつつ、出された紅茶を飲んで一息。
(そりゃ事前に対策打てれば良いんだが、向こうがアホみたいな金持ちだからどう考えてもスケールがデカくなるんだよなー……。考えるだけ無駄っつか)
『具体的には?』
(豪華客船とか無人島とかテーマパークとか貸切る勢いで。で、更にその上でそのイベントの為だけにウン十億使って施設を建造したり改修したりするのがオプションで来るな)
『うわぉ』
とりあえず俺としては術式がなくとも人並みに動けるようになっておく必要があるのだが、やりすぎで体壊しても本末転倒。結局は基本今まで通り体力作りをしていくのは変わりない。
どうせあの爺も馬鹿みたいではあるが無茶すぎるのは無いだろうから、怠けていなければ大丈夫だろう。
『ぬ? すけーるが大きいとか言って居る割に、無茶すぎるのは来ぬのか?』
(そりゃそうだ。――すぐ死なれても面白みがないだろうからな)
『……さようで』
爺が作るのは舞台とシチュエーションだけ用意された演劇だ。そして台本はキャストに丸投げされていて、そのキャスト達が慌てて動く様を爺が見て楽しむという類なのである。
とは言え、その演劇も始まって速攻"空から隕石が落ちてきました。みんな死にました――"ではつまらない。
なのである程度は――爺目線で――酷いことにならないように調整されている、というのが大方の予想である。俺一人なら兎も角、かなめ嬢もいるからそこまでアッパー入ったのは来ない、はずだ。
(そもそも何時来るかも分からんしな。明日かもしれんし、数か月か一年もっと先の可能性もある。天災みたいなモンだから、頭の片隅にでも置いておけばいいさ)
『なんとも投げやりじゃのう……』
むしろ準備をすると、その範囲外を喜々として持ってくるので仕方がない。
ま、そんなことより今は今の事を、だ。
一応、まだ仕事中の範囲である。
「お? どうしたのお嬢」
すぐ傍に座っている椿の肩を叩き、手でかなめ嬢を示す。
なんだかんだで遅い時間になってきているので、かなめ嬢はもう眠そうにしていた。まだ風呂にも入っていないから、ここで眠らせる訳にはいかないだろう。
「おや、もうそんな時間か。すまないね、こんな時間まで付き合わせてしまって」
いえいえと椿が笑顔で答えているが、隆仁の顔色が若干悪いのは義妹とか幼馴染への言い訳を考えているからだろうか? 阿呆め、仕事の事ばかり考えて"ちょっと遅くなる"程度しか言ってなかったなコイツ。
そんなハーレム野郎はさておき。後は帰るだけだなと考えていると、何かを思い出したらしい峰坂氏がおや、と声を上げた。
「そういえば、君の名前は決まったかい?」
「「あ」」
隆仁と椿が揃って"忘れていた"と顔で示す。そんなところまで息を合わせんでも。
『正直、爺の存在感が突飛すぎてすっかり忘れておったのう……』
何だかんだで、ここ数日は今日の為に結構ゴタゴタしてたからな。
が、そこは大丈夫。色々と準備していた小物入れから一枚の折り畳まれた紙を取り出す。
「まさか……それが?」
「も、もう準備していたなんて」
椿が何やら狼狽えているが、そりゃセンスの欠片もない名前にならないようにしっかり考えておきましたともさ。
隆仁の問いかけに頷き、紙を渡す。ほう、と峰坂氏は興味深そうにそれを眺め、かなめ嬢は……あ、立ったまま寝てた。おーい、起きろー。
で、狼狽えている奴がここにもう一人。
『ば、馬鹿な、いつの間に用意をしたのじゃ!?』
(やっぱ気づいてなかったか)
『ぬぬぬ、どうやったのじゃ。我とお主は繋がっておるが故に、知らぬ事なぞ無いはずなのに……!』
(どうやったって、そりゃ簡単。お前がバラエティ見てゲラゲラ笑ってる時だ。隙あり過ぎだろ駄刀、いい加減だれてるとマジ包丁にでも叩き直すぞ?)
『ぬふぉあ……!』
この色んな意味でなまくらとなりつつある妖刀の処遇は置いておいて、だ。
どこか緊張した面持ちで隆仁が紙を開き、それを椿が覗き込んで――
「「………………」」
ものの見事に硬直した。
これまた二人で同じような顔をしており、なんとも表現しづらい虚無が入ったような表情をしている。こっち見んな。
(椿が学校で使ってるらしい書道の道具一式を使って、達筆に書けたからな! 力作だぞ? 無駄に)
『……何と書いたのじゃ?』
そんな駄刀の疑問に答えるように、椿が呆然と紙に書かれた文字を呟いた。
「………………あぶらあげ」
『待てやゴルゥラァ』
どんな日本語だよ。
うん、とりあえずいいリアクションを頂いたところで紙をもう一枚取り出して、今度は峰坂氏に渡す。ぐっと親指立てて爽やか笑顔で受け取る当たり、流石に冗談と分かっていたらしい。
「……あっれ、お嬢って実はそんなキャラ?」
「……なんだろうな、この寿司かと思って食ったら駄菓子だったような感覚は」
すみませんね、中身がこんなので。
見た目が完全無表情なので未だに勘違いされているようだが、長い付き合いになりそうなのでそろそろ分かってもらわなければ困る。これからこの二人は弄り倒す気全開だしな!
『……哀れな。で、結局なんという名前にしたのじゃ?』
(ああ、それは――)
俺が子狐丸に答えるより早く、峰坂氏が読み上げた。
「くずは、か。これはかの葛の葉から、ということかな?」
「……(こく)」
葛の葉。
それはあの有名な陰陽師である安倍晴明の母に当たり、人間ではなく"狐"であったとされる存在だ。あまり捻りがないが、"当てつけ"としては丁度いいだろう。
『ふむ? むしろ当てつけならそれこそ安倍晴明にあやかるか、もしくは逆にあの大妖怪である玉藻前からの方がよかったのではないか?』
無論その二人も考えにはあった、のだが。
どちらも候補に入れることなく、直ぐに却下していた。その理由は、
(安倍晴明の両親な、最後には分かれるとは言え伝承では恋愛婚だぞ? しかも父親は割かし優秀な男という。――有り得んだろ)
『ああ、それは確かにのう……』
(で、もう一方はだ。……自分で自分に付けるには、ちょっと恥ずかしくね?)
『こいつ言いおった……!』
そんな訳で、せっかくなので子狐丸と陰陽師というイメージを元に名前を考えたのだが、その時点で結構絞られた。最終的には消去法だったが、悪くはないだろう。多分。
「あれ、でも名字はどうするのですか? 書いてないですけど」
「ははは、決まっているじゃないか椿君。――栗原、だよ」
椿がまたピシッと凍り付いたが、これは予想していたのか隆仁はやっぱりな、という顔をしている。
ま、面倒ごとを避けるのであればそれが無難だろうしな。
「孤児等で名字がない場合は市区町村の長が決めるようだけど……あの一族は確実に手を回してくるだろうからね」
「それなら居候先の椿のところに入れてしまえば良いという事ですか。その辺りはよく知りませんが、出来るのですか?」
「そこは素晴らしき友人関係、と言ったところだね」
「……なるほど」
普通に手続きすればかなりややこしい身の上だからなー。ここは流石と言ったところか。
で、何だか再起動した椿が震えているが大丈夫か?
「くずは、栗畑くずは……つまり私がお姉ちゃんで、お嬢が妹!?」
「お ち つ け」
『大丈夫ではなさそうじゃな。鼻息荒すぎじゃろう』
ああ、うん、早まったかもしれん。
が、選択肢がないので今回ばかりは仕方がない。嫌だぞ、隆仁の義妹なんぞ。そんなことになったら間違いなく、
『……修羅場じゃな』
翌日の朝日が拝める気がしない……!
それはそれとして。
相手が椿だろうと隆仁だろうと、やはり問題が無いわけでもない。これは単に俺の精神的な問題ではあるのだが、
『しかし良かったのか? そうなると椿の言う通りお主は……』
(妹様の体で、義妹になるってのも嫌な感じなんだがなー……ほんと、嫌がらせかってんだよ)
やっぱ呪われてるだろ、俺。
そんな現実とやたらテンションが上がっている椿に、これが姉になるのかと思うとため息が出る。実家にしろ五十嵐の爺にしろ、面倒ごとしか目の前に転がっていないのが泣けてくるな。
『ついで、忘れようとしとるかもしれんが、そろそろ赤飯の準備が待っとるぞ?』
(……死にたくなってくるな)
ああ、本当に。
術式が万全ではないが使え、居候先も見つかって少しはマシになったかと思ったが、どうも神様仏様はよほど俺が嫌いらしい。ったく、もうちょい人生イージーにしてくれてもいいんだが。
(全く……これからどうなるのかね、なあ?)
鏡に映った、かつての妹の姿に向かって声のない問いかけを投げる。
どこか、遠くで誰かが笑った気がした。
『ところで、あの"あぶらあげ"は結局ネタの為だけに書いたのかの?』
(ああ、あれな。あれはお前の名前だ)
『………………………………………………………………………………………………………………え?』
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