稲荷刀憐~狐と刀と人生ハードモードと~
じゅくちょー
零の章 全ての始まり
第0話
「がぁ……ああ…!」
──誰の? 当然、俺の。
下に見えるのは腹を食い破り、半ばまで
このままでも大量の返しは抜こうが刺そうが内臓を抉り、致命的な損傷を人体に与える。しかし、これを俺にぶっさした本人は更に刃に毒を塗りこんでいたようだ。念には念を入れ過ぎだろうよ?
焼け付くように腹部が熱を持ち、感覚がそこを中心に消えていく。とっさに強化術式の応用で止血するが、間違いなく無駄な足掻きの類だ。
「こ、れは……さすがにマズったな」
は、と思わず笑いが浮かぶ。
ただでさえ体力魔力弾薬その他諸々枯渇の上、ストーカーじみた粘着により精神も疲弊していたのだ。むしろ此処までもったと見逃して欲しいぐらいである。
しかし現実は無情で──情が有ったためしも無いが──当の元凶は未だ殺意を持ってオーバーキル狙いなのは明らかであった。
「ヲ―――」
「うるせえ」
蹴り飛ばした。
ちくしょー、どう見ても理性の欠片すらない筈なのに、なんで魔術体術その他エグい代物をガチで使ってくるんだよ。
つーか全力強化で蹴りくれてやった俺の脚が逆に粉砕されかけるてるって意味わかんねえ。
「ったく、年貢の納め時ってやつか……」
これだけ派手にやっても何故か無事だった煙草を一本箱から抜き、口に
「ヲォ――」
「だからうるせえよ」
も一回、今度は掛け値なしの全力で蹴り飛ばして──当然脚は砕けた──紫煙を大きく吸い込む。さっきからだくだくと血が流れていくが、もはや何をやっても手遅れと考えればさして慌てるまでもない。
アレはアレで数百メートル単位で飛ばしたから、しばらくは帰ってこないだろう。見た目の割にかなり速度は遅いので、煙草一本分の時間ぐらいはあるはずだ。
と、肩にかけていた無線から、怒鳴り声が響いてきた。あ、そういや話してる最中にアレが奇襲かけてきたから、切ってる暇なかったな。
「どーした? こっちは最期の晩餐ならぬ一服でクソ忙しいんだが」
『間際まで馬鹿言ってんじゃないわよ! アンタ頭おかしいの!?』
聞こえる声は、ここ数年何かと衝突してきた仕事仲間だ。相棒と呼ぶには信頼も情もまだ足りなかったが、友人と呼ぶには相応しい。ちょっと喧しいが、今際の淵に聞くにはこれぐらいが丁度いい。
俺にはしんみりするのは似合わんからな。
そんな己の思考に苦笑し、今頃顔を真っ赤にして叫んでる友人を思い、努めて軽い口調で言葉を返す。
「うわひでぇ。せっかくなら死なないでーとか言ってくれてもいいんじゃね? よくわからんヒーロー的なモンで生き残るかもよ?」
『……言っとくけどバイタルがレッドゾーンどころかデッドゾーン踏み込んでるから、どのみち助からないわ』
「あっれ俺なんでまだ生きてんの?」
『馬鹿だからじゃない?』
「こんなときまでバッサリやってくれてアリガトウ」
……またあの五月蠅い喚き声が聞こえてくる。
やはり時間はかかるが、それでもしっかり俺を捕捉しているようだ。
どうやらそれは向こうにも聞こえていたらしく、どこか心配そうな声音で聞いてくる。
『アンタ……あれ、どうするの?』
「どーすっかなー……」
『おいこら、あれはアンタの問題でしょーが!
「いやすまんカタはつけるからそれはマジ勘弁してくれ」
ドクターとは
ここまで散々生き恥晒してきたのである。さすがに死後にまで晒しものにされるのは願い下げであった。
「……ま、安心しとけ。これ以上あの愚妹の好き勝手はさせんさ。──ここで終わらせる」
『ふん、さっさと心中して地獄でイチャラブやってなさい。あの世なら遺伝子倫理関係無視できるでしょ』
「ここに来て最悪な煽りだな!?」
あ、叫んだら血がドバっと……。
喚き声──いや、呼び声がすぐそこまで迫っていた。
まあ何はともあれ、あの人間踏み外した妹様をどうにかするかね。
ブラコンのケがあるとは思っていたが、まさかヤンデレまで備えているとはお兄ちゃん驚きだぜ。
『行き着いた考えが「(黒魔術的な意味合いで)ひとつになろうよ」って微笑ましいのか、むしろ爆笑ものなのか。確か14歳だっけ? 容赦ない意味でのリアル厨二って怖いわー』
「各方面において天才的な才能の使い方がコレだからなあ。師匠浮かばれねー」
とりあえず俺の命もつきかけているので、早急に〆を考える必要があるが……。
「思いついてはいるんだよなあ……」
『なんか凄い嫌な予感するけど、何しようとしてるアンタ』
「3徹かました後にドクターと酒飲みつつ考案した
『よく分からないけど酷そうなのが来たわね!? というかドクター関わってる時点でアウトよアウト!』
「駄目か……ネーミングはお前が考えたんだが」
『え、私!?』
「ああ、なんか借金のカタにドクターの試験薬飲まされてハイになってたお前がつけた」
『なんか黒歴史がわいて出たぁー!?』
おっと、んなことをしてるうちに視界にも入ってきた。そろそろ本格的にタイムリミットが来たな。
「さて、と。先に悪ぃが、そろそろお暇させてもらうぜ」
『……はあ、ほんと、最期の最後まで馬鹿だわ、アンタ』
「どうせ残すもんもねえしな。あ、お供えくれるなら
『なんでどん〇衛!?』
「いや俺の主食だから」
『むしろ墓に刻み込んで……いえ、墓石をど〇兵衛にしてやるわ。私が』
「なにその無駄技術……」
あと数十メートル。
やはり理性はないはずなのだが、こちらがもう抵抗する力もないと認識できているのか、これ以上追撃をしてくる様子はない。後は止めを、というところだろうか。
「まあ、地獄に行って、先にいるはずの連中に殴りこんでやるさ」
『……ふん、どうせアンタなら地獄からもお断りされるわよ。そうでしょ、"鬼殺し"さん。妹には殺されかかってるけど、ね』
「ははっ、どれもあの世への土産話にしかならねえよ」
吸い終わった煙草を、力の入らない手で投げ捨てる。
瞬時に炎に焼かれたそれは、世紀末もかくやと言わんばかりの、それこそ地獄のような風景と化した生まれ故郷に散って消えた。
……ほんと、残すもんもなくなっちまったなあ。
「それじゃあな、なかなか楽しかったぜ」
『私もよ。──それじゃあ、よい黄泉路を』
それで終わり。
敵に向かって投げられた無線機は、ノイズと共に弾け飛んだ。
「さーてと、こっちも終わりにしようや」
「ヲ、ヲォオオオォオヲヲオ」
お兄ちゃん、と呼ぼうとしているのかどうなのか。もはや化け物と成った相手では確かめる術はないが、そんな妹に引導を渡してやるのも兄としての務めだろう。
──思考を分割加速。
腹より下の感覚はなくなり、しかし全身に強い寒気がある。頭痛が凄まじいことになっているが、それでも、止まるつもりはない。
──右腕を式の
動けないこっちからすれば無防備に──おっと手には刺身包丁。下ろして喰う気かお前は──向かってくる分、楽でいい。
「……やれやれ、俺がもうちっと利口なら
どこで間違ったのか、なんてのは今更すぎる。
そも、この救いの見当たらない世界で、俺は好き勝手にやって生きてきていた。
己の為に奪い、殺し、他人を押しのけて。
気の合う友人は何人もいたが、結局は類友というやつだ。
すれ違えば、その瞬間に殺るか殺られるか。
時間さえあればさっきの話相手とは付き合っていたかも、と思うぐらい。それ以前に目の前の
──次があるなら。
──次があるなら、本当の意味で、誰かと共に歩くことができるだろうか?
「さ、て。準備が、整ったぜ」
もはや、視界はぼやけ、うまく喋れているのかも知覚できず、音もまともに聞こえない。
ただ、右腕が熱く、術式が快音を上げて回転しているのは解る。
さあ、こんなくそったれな世界とはおさらばだ。
最期ぐらいは、派手に逝こうじゃないか。
なあ、──もそう思うだろ?
まったく、化け物になったのなら、外面も化け物らしくなってりゃいいのに。
おかげでここまで殺しそこなったじゃねーか。
だが、いい加減ケリをつけよう。
「終われ」
音が。
「終われ……!」
鳴って。
「終わりやがれええぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!」
(お、……おぎゃー?)
あ、地獄、入界拒否っすか。
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