第17話

「あ、狐のお姉ちゃんだ!」


 部屋に入った途端、軽い衝撃が身を包んだ。と言うか、抱き付かれた。

 眼前には子供特有の無邪気な笑顔がある。


 かなめ嬢だ。


 前は状況が状況だっただけに暗い顔とか驚いた顔をしていた記憶しかないが、どうやら素は結構お転婆のようである。子供とは言ってもこちらも華奢なので倒れそうになるものの、なんとか踏み止まった。


 うーん、そういや"お姉ちゃん"とは言われるけどこの子の年知らねえなあ。……背はかなめ嬢の方が高いんだがね?


「こらこら、かなめ。少しは落ち着きなさい。彼女も困っているじゃないか」


 いえ特には、とは思ったが声も出ないので首だけ振っておく。

 はっはっはっと後ろで笑っている偉丈夫はかなめ嬢の父親の峰坂氏だ。大企業のトップとは思えない若さとガタイの良さである。その堂々とした佇まいは、なんか後ろで恐縮してる二人よりも荒事慣れしてるように見えてしまう。


「いつもすまないね君たちも。今回の件はかなり特殊だから、尚更君たちがいてくれて助かった」

「い、いえいえいえ、むしろこの案件に私たちのような若輩を使って頂いて……!」


 久々の大仕事で椿が軽くテンパっているが大丈夫かアレ。隆仁は比較的落ち着いてるのでフォローをするとは思うのでそこまで緊張する必要はない……とは言い難いか。


『まあ、椿が緊張するのも分からんではないがのぅ』

(何なんだあの追加事項。主催者のジジイ、絶対高笑いしてるだろ)

『護衛の数が限定なのはまだ分かるのじゃが、"パーティの華やかさを失わない"護衛ってなんじゃい』

(おかげで熟練のSP連中が連れて行けないという大惨事。こりゃ他も苦労してるだろうな)


 今俺達は、パーティが開催される一流高級ホテルに向かうために集まったところである。

 本来であればあんな危険地帯には出来る限り万全の態勢で臨むところなのだが、まぁたジジイの享楽のせいで急遽変更を余儀なくされてしまったのだ。


 元々、二人はあくまでバックアップとして入るはずだったのだが……なんと昨日に子狐丸が言う通りの条件が追加されてしまった為、一気に前面に押し出される事となった訳である。


(災難と捉えるか、チャンスと捉えるかといったところだな)

『二人は……半々じゃの。不安はあるものの、気合い入っておるのは確かのようじゃからな』


 椿と隆仁は頭から爪先まできっちり整えられていて、普段の子供っぽさは隠れていた。隆仁は元々強面なので予想していたが、椿もキリッとすれば"若いがやり手のガード"に見えなくもない。服は前にも見たフォーマルで、当然中には高機能ベストを着込み武装もしていた。

 条件が曖昧過ぎて意味不明とはいえ、これならなんとかなりそうである。


 そして護衛対象の二人も品の良いスーツやドレスを着てバッチリ決まっていた。峰坂氏の趣味なのか、小さなアクセサリが親娘で共通しているのもワンポイントなんだろう。

 峰坂氏の妻にあたる女性がいないが……本人のできた性格と、娘への溺愛っぷりから察するしかないんだろうな。


 うん、兎に角この四人は特に問題はない。この四人"には"。


(……これでなして俺は和装なんだ?)

『似合っとるからじゃないかのぅ』

(護衛としていいのかそれで)


 この洋服姿の四人の中で、俺が来ているのは和服であった。しかも元は屋敷を脱出した時に着ていた儀式用を修繕、動きやすい様に改修したものである。どうやら病院で引っぺがされた後、椿が受け取っていたらしい。すっかり忘れてた。


 まあ、単に俺だけが和服であるならあまり気にはしなかっただろう。が、受け取ったそれは明らかに前見た物とは大きく違っていたのである。


「わぁ……! お姉ちゃん、すごくかわいいよ!」


 ようやく離れたかなめ嬢が俺の服装に気が付き、感嘆の声を上げた。見れば椿が一仕事終えた棟梁みたいな顔で頷いており、隆仁から頭を叩かれている。


(あれだけボロボロになってたのを直したのはいいんだが、どう考えても改修の方向性がおかしいだろ!)

『ふりふりした布が大量に増えておるのう。これは"ごすろり"というやつじゃな!』


 いやほんと、いつのまに用意したんだコレ。

 椿が何故そんな結論に至ったのかは不明だが、あのどこか堅っ苦しい意匠の和服は見事ゴシック風に魔改造されていた。袖や裾には手作りらしいフリルがあしらわれ、元々巫女服のようなデザインだったのに加えて、更に神職"っぽい"飾りが付けられている。


(……まだ子供が着るような小さい物だから"可愛い"で済んでいるんだろうが、これがもう少し大きい丈だと完全にコスプレのそれだぞオイ)

『家事もロクにできん椿に、斯様な才能があったとはのう』


 これを満面の笑みで出された時の俺の心境が理解いただけるだろうか?

 羞恥とか怒りとか飛び越えて無我の境地に辿り着けるぞドチクショウ。


『そも今回の仕事に合った服なぞ無いのだから諦めるのじゃ。早よ確認しとかぬお主も悪かろうて』

(……報酬が入るかは知らんが、入ったらまず仕事着だな)


 ここまでは椿の家から車を出し、その前に今着ている和服に着替えさせられたのだが……どう考えても椿の趣味っつーか、実は意外と余裕あるなあオイ。

 これで刀持って護衛しろとか、新手の嫌がらせかなんかか畜生め!


『なに、それなら我を携えていても玩具としか見えぬじゃろうて。かなめと組めば大層可愛らしいぞ? 変態は寄ってきそうじゃが』

(やーめーろーよー。相変わらずフラグじゃねえか)


 可愛らしい、などと言われても全くピンとこない。容姿が妹様の生き写しだからか、どうも褒められても"俺が"ではなく"妹様が"可愛らしいと言われているとしか思えないのである。なのにロリコンは"俺に"迫ってくると言うのだ。

 ハハハ、あっれ精神的に損してないか俺。


(せめて成長したら妹様からは離れるよう祈っとこう……)

『それこそふらぐ・・・じゃないかのぅ』

(神は死んだ)



 そんな内心は置き去りに、しかし状況は進んでいく。

 最終チェックが済めば、隆仁が運転する車でホテルへ向かう。免許がどうなっているのか気になったが、堂々と運転しているあたり何か専用のライセンスかがあるんだろうな。


 目的地に近づくにつれ、周囲にも同じような雰囲気を持つ車が増えつつあった。当のホテルの側には飛行場もあるから空も大賑わいだ。

 椿は助手席で周囲の警戒をしていて、俺は広々とした後部座席でかなめ嬢の話を聞いている。ちなみに峰坂氏はそんな娘の姿を嬉しそうに見ていた。


 喋れはしないが反応を返すことは出来るのでかなめ嬢の話を聞きながら、子狐丸と今日の段取りをもう一度おさらいする。


(まずはホテルに付いたらロビーで受付してから控室もとい客室で時間まで待機。ここでの問題はロビーか)

『隆仁が車を止めに行くから、その間は椿とお主の二人になるのう』

(女子供が護衛って舐められるは避けられないが……逆に考えるなら油断させることは出来るだろうな)


 なんだかんだで椿も優秀であるのは間違いない。そこらの適当なのが相手ならまず負けることはないだろう。……精神的に未熟なのも間違いないが。

 だが、それは他の連中も同じこと。護衛の能力ではなく見た目に規制入ったので、どこの護衛も若い人材になる筈だ。


(とりあずロビーで牽制やら挑発やらはしてくるだろうけど、そこは無視一択だろうな)

『付き合う必要はどこにもないからのぅ』


 控室に入ってしまえば後はパーティが始まるまで待つだけだ。時間に余裕を持って行くので仮眠ぐらいは出来るかもしれないが、多分かなめ嬢にこのまま話かけ続けるのだろうなー。

 で、そしてお待ちかねのパーティはと言えば、


(椿と隆仁は峰坂氏の護衛で、俺はかなめ嬢の相手。できれば峰坂氏とかなめ嬢は一緒にいてほしいが高確率で無理、と)

『十割邪魔が入るじゃろうな』

(ならいっそ最初から囮として離れて置いて、近づいてきた馬鹿を駆逐すると来たか。意外と大胆だな峰坂氏)

『その代わり、かなめには過剰なほど対策が施されとるがの。あれは流石にやりすぎじゃと思うぞ』

(発信機多数に盗聴器、遠隔可能な防犯ブザーもあるか。……あのブザー、音波指向性で相手の鼓膜もぶち抜ける代物じゃなかったか?)


 とは言え、当然ベストなのは被害に遭わないことである。いくら護身具等で身を固めても、まず前提としてかなめ嬢は子供。本気で悪意を持って来る輩に対しては無力なのだ。

 ただ攫おうとしてくるぐらいならまだいいが、命を狙ってくる手合いにはそんな物は玩具同然。なのでその命を守るものが必要となるのだが、


『故の我とお主じゃろうて』

(そーいうこったな。自己判断で斬ってよし、ってのもどうかと思うが)


 今回のパーティでは護衛にまで制限が掛かっている為、それでも仕掛けてくるのは余程自信があるか余程のマヌケである。そんな連中はどちらにしろ危険なので、殺しさえしなければバッサリやっていいとのことだ。

 いや実際にはそんな軽く言われてないが、要約するとそんなもんである。


『ふむ、斬るのか? バッサリ斬るのか?』

(楽しそうだなオイ……。まあ、のっぴきならない状況なら遠慮なくやらせてもらうけどな。つってもかなめ嬢に血を見せるのはあんまし良くないだろ。なら、基本は鞘か峰だな)

『それもそうじゃな。人斬りなんぞ、幼子には刺激が強かろうて』

(……そこで空気読まない奴は間違いなくいるけどな)


 そんな場所で厄介なのが他人との影響を一切考慮せず、自分の利益しか見えてない阿呆がいた場合だ。どうせ主催者のジジイが集めた人物だから、まともな神経してないのは二、三人紛れてるだろう。


『何とも物騒なことじゃ。金持ち同士の宴は何百年経っても変わらんのう』

(今は昔より確実に複雑だがね。やってる根本は一緒かー)


 ちらりと窓の外に視線をやれば、もう周りには同タイプの車――全面スモークに防弾ボディ――しか走っていない。どれも一定の車間距離を開けて、お互いを牽制しているかのように見える。

 いや、実際に牽制しているのだろう。


(ともすれば一発ドカンとくるかと思ったんだけどな。そこまで馬鹿じゃねえか)

『来てたまるかと言いたいが、どう予想しとったのじゃ?』

(この逃げ道ない中で敵味方関係なくロケランとか高架爆破とか? 確率的には三分の一ぐらい)

『道理で椿が顔面蒼白にして挙動不審になっとる訳じゃ……』


 車の進行方向、目的のホテルが夜でも煌々とライトアップされているのが見えた。ただライトの色は赤やら青やらと統一性はなく、どう取り繕っても趣味は悪い。

 それがどうにも魔王の居城とかそんな風に見えるのは、致し方ない事だと思った。

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