第18話
程なくして俺たちはホテルに付き、車を降りていた。
豪華絢爛を形にしたようなホテルのロビーを歩いていくが、何とも酷い緊張感だ。一見賑やか華やかなのに、ここにいる人間の大半が冷や汗ダラダラ流して顔を引き攣らせている。
今は峰坂氏に隆仁が付き、かなめ嬢に俺が付く形で護衛を行っていた。
……俺とかなめ嬢に向けられている視線がどうにも鬱陶しいことこの上ない。この状況でも明らかに喧嘩売っているとしか思えねえんだが、どーしたもんか。
流石にかなめ嬢も注目されていることに気が付いているのか、体が震えているので手を握ってやる。ちょっと唐突だったからか少し驚いたような顔をされたが、しかし直ぐに笑顔になった。
周りにかなめ嬢と同じような年齢の子供もいるが、皆緊張したり泣き出しそうだったりと大変だ。
『これは素人が三割と喧嘩売っとるのが四割じゃな。後は様子見が二割』
(残り一割は俺の素性を知ってる奴らか。人気だなぁオイ)
『……機嫌悪いのう。ま、あれだけ殴りたくなる顔をされれば当然か』
ここのロビーは三階ぶち抜きの吹き抜けになっていて、各所から見放題になっている。なので先に来ている奴らは他の招待客がどんな護衛を連れているか、敵情視察をしているのだ。
それは良い。"敵"を知ることはとても重要なので間違ってはいない。いないのだが、
(相手が子供だからって油断しまくりだな。顔を隠しすらしねえ。ったく前途多難にも程があるだろ)
『囮かと思うたがそうでもなさそうじゃ。こりゃ宴席中に仕掛けてきそうじゃのう。――よし斬るか!』
(さっきは止めたが、場合によればマジで斬らにゃあならんな。ぜってー分かってない馬鹿がいるぞ)
そこそこ実力のある奴なら、相手が子供ならむしろ警戒してくるのが当然。何しろ、こんな危険地帯な場所に連れてくるような子供だ。囮だの自爆要因だのと何らかの"仕込み"があると思われる。そう認識したうえで敵ならばその脅威度を確認し、味方ならどれだけ”盾”になりそうかを見極めてくるのだ。
……ここにいる七割が既に馬鹿と言う結論が出てしまってるけどな。
『堂々と顔を晒してマヌケ面で見下ろしてきているのが何人もおるが、何したいのじゃあれは』
(パーティに護衛として出ないのなら兎も角、雇い主の敵を増やしているのすら分かっていないのかよ……)
あの連中は俺をただの子供と決めつけ、かなめ嬢の遊び相手程度の認識していない。物理的にも精神的にも見下してきているのだ。
椿と隆仁を交代して、椿に車を停めさせに行ったのは正解だったな。もし峰坂氏の護衛が椿ならここで仕掛けられていても不思議ではなかっただろう。
(流石にこれは酷いな。漫画とかなら若くとも超優秀みたいな執事がいたりするんだが)
『……なんじゃそれは? それはよう分からぬが、いくら連れてこれるのが限定されておると言っても確かにこの若手連中はちと残念じゃな』
(単に平和ボケしてんのか、それとも別に理由があるのか、どっちだと思う?)
『平和ボケはないと思うのじゃが……そうじゃのう、金持ち相手と荒事担当とでは全く別とかかのう』
要は金持ちを相手に商売しているのは外面ばかり揃えた所で、実力重視の荒事担当とは一線を画しているのだろうという事だ。なるほど、十分にありそうな話である。
アホ度合いがあの実家と同レベルなんて驚きを通り越して呆れる他ない。
そんな話を内心でしている間にも手続きは進み、椿も合流して控室として与えられた部屋に向かう。パーティの開始までは暫く時間があるので、それまでは部屋にいるか先に会場に行っておくかのどちらかになるそうだ。
峰坂氏はかなめ嬢もいるので部屋での待機を選んだらしい。先に会場へ行っても間違いなくロクなことがないので非常に助かる。
(まあ、この部屋から出た瞬間に隣とバッティングするのだけは避けたいけどな)
『ここまで徹底するか普通。労力の割き処が見事に斜めっとるな』
ここの控室として利用しているホテルの一室。
なんとこのフロアには政治経済各分野の錚々たるメンツが、
(この主催者の性格からして、たぶんこの両隣は峰坂氏の”敵”なんだろうなー。正味ふざけ過ぎたろう)
『上の階は更に身分の高いのがいるという話じゃが、同じような配置じゃろうなあ。いつの時代も金持ちが考えることは理解出来んのぅ』
(いや刀が金持ちの思考を理解しても怖いけどな)
普通は金持ちのパーティと言えば豪華絢爛で優雅なイメージがあるが、"ここ"は見た目だけが華やかで雰囲気はもはや刑務所のそれである。空気が重いのなんの。
まあ"敵"や"味方"と二分しているが、実際には更に細分化されて"脅威度の低い敵"とか"信頼は出来ない味方"に分けることも出来る。これだから金持ちの交友関係は面倒なんだよ。
峰坂氏は仲間から来た情報を精査して参加者の最新情報を確認していた。誰が参加して誰が参加していないかは重要だ。大物一人が来ないだけでパワーバランスが右にも左にも傾くどころか傾きすぎて落っこちそうな状況では、特に。
パソコンもLANは使わずに専用の回線を使用している。どこもかしこも信用ならんと言うか、まず部屋に入って盗聴器類の探索から始まったしなー。
そんな中、護衛として俺たちは何をしているかと言うと。
俺はまたかなめ嬢の話し相手になり、椿と隆仁は会場までの道のりを確認しに行っていた。後出来れば既に会場にいるメンツの確認だが、峰坂氏がいないと中には入れないだろうから出来ればの範囲だ。どちらか一人だけなら危ういが、二人なら大丈夫だろう。
『ふーむ。道のりの確認とは言うが、罠の類は注意せんでもよいのか?』
(味方巻き添え食らう可能性考えればないな。それにトラップ系はどちらも警戒してるだろうから、ここまでになると仕掛けようとすること自体が罠だろ)
『ならこの部屋の護衛が我らだけというのは?』
(アメリカンギャングばりに扉蹴破って機関銃乱射してくるような阿呆がいない限りは大丈夫。来ても斬るが)
『よっしゃ機関銃こーい!』
(いやだから来ねえよ!?)
ま、ルームサービスに化けてくるぐらいはするかもしれないが、誰も頼むはずがないから来たら寧ろ拷問コースだ。情報絞った挙句に亀甲縛りで廊下に放置してやる。
そんな妄想は置いておいて、それより子狐丸にも聞きたいことがある。
(ふと思ったんだが。お前は壁の向こうとか見れるんじゃねえの?)
屋敷にいた時は壁を抜けて俺の様子を見ていたのを覚えている。他にも聞いている限りは屋敷内を結構覗き見していたらしいので、できるかと思ったのだが……。
『残念じゃがそれは難しいのう。出来れば既にやっておる』
(やっぱそんな都合よくはないかー。なら見れる条件って何さ?)
屋敷では見放題だったが、しかしここでは出来ない理由。まあ予想は付くが確証は必要だ。
『単純に時間の問題じゃな。あの屋敷では長い事いたから、屋敷そのものに我の思念が染み込んでおった。そこまで強力ではないが、見る分には問題がなかったのじゃよ』
(……屋敷の連中が頭おかしかったのって、実はお前のせいだったんじゃね?)
『……そ、そんなことはない、と、思うぞ?』
いやまあいいけどな。
どうせ封印とやらに穴を開けていたからその影響だろう。自業自得だ。
(で、結局どこまで見れるんだ)
『本体である我がいる場所と、繋がっておるお主がいる場所なら大丈夫じゃ。今はもう思念が漏れておらぬが、意図的に染み込ませればそこを起点にすることも可能じゃ』
(周りへ悪影響が出そうだけどな。それは最終手段か)
逆に考えれば、周りの影響を気にしなくていい時はやり放題だ。後々の処理が面倒そうだが、切り札の一つとして計上しておこう。
(さて……。あの二人も戻って来る頃合いだろうし、峰坂氏も準備はいいみたいだな。そろそろか)
『何事もなかったようじゃな。ならやはり宴席で一波乱じゃ!』
(楽しそうだな……)
さーて、すっかり忘れがちだが、この体になってからの初仕事。
向こうから来るなら一丁派手にやってやろうじゃないか。
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