第19話

 会場に入ると既に大勢の人間で賑わっていた。どんな魔窟かとは思ったが、見た目だけ・・は存外まともだな。


 調度品は全体的に落ち着いた品々が使われており、派手と地味の中間を狙って揃えられている。あまりぱっとしないかもしれないが……その分、参加者が悪い方に目立つなあオイ。ぜってーこれもワザとだ。


 先頭に峰坂氏、そのすぐ横と後ろに椿と隆仁。そしてかなめ嬢と俺が続く。

 一応俺が護衛だと分かるように刀を腰にさしているが、やっぱり生暖かい視線が大半だ。馬鹿にしたような目で見てくるのは当然いるが、中には微笑ましくしているようで目は笑ってないのもいるし、やはり油断は禁物か。


 ……つーかパーティ会場内でも護衛が必要な時点でおかしいんだけどな。


 ワンフロアぶち抜きで作られている会場は広く、しかし参加者とその護衛が集まれば少し狭く感じる。人数の制限かあるので護衛は参加者一人に対し一人か二人が暗黙の了解。部屋や車にも待機させているはずだが……空気読めてない馬鹿はそれをせずに五、六人連れているな。

 ありゃ邪魔な上に浮いてるから誰にも相手されんだろう。


『さあやって参りました欲望渦巻く宴席場!』

(テンション高いなー。気合い入りすぎなとこ悪いが、あんましお前の出番ねえぞ?)


 なんか落ち込んでる雰囲気が漂ってきているが、そこは仕方がない。いかんせんここには荒事に慣れていないお坊ちゃんやお嬢様やらが多いので、あまり派手にやり過ぎるとパニック確定だ。

 当然かかる火の粉は払わなければならないが、かなめ嬢もいるので手段は選ばないといけない。今回の小狐丸の出番はもっぱら不可視を生かした偵察がメインだろう。


(っても勿論護衛対象の身の安全が最優先だから、やるときゃヤるけどな)

『どうせ何も起こらないなんて有り得んのじゃし、先手必勝とかどうかの?』

(ダメに決まってるだろ)

『ぶー』


 護衛で必要となる要素は幾つかあり、そんな違和感でも見逃さない観察力やら常に緊張感を保ち続ける集中力などなど。ただそれは基本として、俺がもっと重要だと思っているのは思い切りだ。たとえ情報が足りていなくとも瞬時に敵味方を判断し、迷ってる暇があるのならぶった切る。ただし護衛対象の"安全"確保が第一で、万が一は己の身さえ顧みない。


『……結局ヤるが勝ちではないのかのう?』

(全然違うわ阿呆。それじゃあ"安全"が全く守れてないだろ)

『うーむ? "敵"を殲滅すれば終わりだと思うのじゃが……』


 やれやれ、と内心で嘆息する。

 刀である子狐丸は仕方がないかもしれないが、それを分かっているのがここに何人いることやら。たぶん椿も隆仁もそこまでは理解しきれてないだろうしなあ。


 いいか? と前置きして、


("安全"と言うのは何も身の安全、と言うだけでないんだ。変なグロいもの見せてトラウマにならないように配慮したりする心の安全ってのも含まれる。それに――)

『それに?』

("社会的な安全"。これが守れて一人前だな)

『社会的な、安全とな』


 前世でもそうだったが、護衛任務となった際に新人が一番陥りやすい罠である。体や心を守るのは当然で、そこから更に社会――要は地位や周囲との関係性が崩れないように配慮しなければならないのだ。


(雇用主と被雇用者。組織ってのを考えて貰えりゃいいが、雇われている側の行動が雇い主の評価に繋がるのさ。まともに仕事しないのは論外としても、勝手が過ぎたり喧嘩売ってばかりだったりすると、そいつを雇っている護衛対象の立場が危うくなってくるって訳だ。誰かに恨まれて新たな敵を作ったり、危険だからと味方だった人物からも避けられたりな)

『あー……、そういう事か。ってこれ一番面倒じゃないかの』

(そりゃなあ。護衛する人間がどんな人物なのか、誰が味方で誰が敵なのか、派閥含めてどんな立ち位置なのか、エトセトラと。事前に調べて把握しておくのは当然だろ)


 ま、俺の持論だからその道に自信のある奴は他にもあったりするんだろうけどな。中にはそれを反対に利用して次の仕事を得やすくする――つまりワザと火種を撒いて、また護衛なり暗殺なりを依頼されるように仕向ける奴とかもいるから一概にはなんとも言えんが。

 

『それで思い切りか』

(舐められすぎも宜しくないので、待つときは待つが動くときは一気に動く。出番が全く無いとは言ってねえよ)


 そんな物騒な内心とは別に峰坂氏はにこやかにあいさつ回りを行っている。その傍の椿と隆仁は……駄目だな、緊張しすぎだアイツら。予定にない事だとは言え、そんな"予定通り"なんてのはガラスより脆いもんだ。

 ったく、それは俺と初めて会った時ので分かったと思ったんだがな。


『少々厳しすぎな気もするがのう』

(命掛かる仕事やってんだ。軽く地獄を見ても笑えるぐらいじゃねえとな)

『それ、単に気が狂っとるだけじゃないかの?』


 そうとも言う。


 かなめ嬢と俺は峰坂氏の近くにいながらも、積極的に前に出るつもりは無い。かなめ嬢が俺の手を握ったまま離さないという事もあり、どうもこの娘は悪意に敏感らしい。さっきから手が震えっぱなしである。

 多方面から向けられている視線にはあからさまなのも混ざっているので、さっさと挨拶を済ませて抜け出したいところではあるが……。


(峰坂氏のあの様子じゃ、直ぐには無理そうだな)

『次から次へと声を掛けられておるのう。随分と人気者じゃな』


 峰坂氏に話しかけている人物は数多く、味方からは信頼されて敵からも一目置かれているようだ。若くして父が大きくした会社を引き継ぎ、しかし父以上の才覚を見せて今なお利益を出し続けているのだから注目もされて当然か。ただ、頭が固く妙なプライドを持っている老害にはウケが良くないようで、話す相手は大半がまだ若いのばかりだ。

 若手のホープ。そんなところか。


『分析するのは良いが、どうするのじゃ? 主催者である爺はいるのかいないのかも分からぬし、峰坂父や椿たちは話し相手が多いのでこちらを気にする余裕もなさそうじゃぞ』

(できれば体調不良とかでこっそり抜け出すのが一番なんだがなー。無理か、出番だ)

『出番――あれか』


 今しがた峰坂氏に話しかけてきた相手。年は峰坂氏と同じぐらいで、高い身長と細いように見えてしっかりと鍛えられている体をしている男だった。

 北欧系の血が混ざっているのか若干色素が薄く、所々顔のパーツの特徴が日本人とは異なっている。整った顔立ちに銀のフレームをした眼鏡が良く似合っているが、言っては何だがどこか腹黒そうな感じがするな。

 そしてその横には護衛と――よく似た男の子。見たままであればおそらく、


「かなめ、アレクに挨拶をしなさい」

「は、はい」


 突然父親から促されて戸惑ったものの、手を放してかなめ嬢が一歩前に出た。

 やはり幼くともこういった場には慣れているのか、ぎこちない所もあるものの、柔らかな動きで礼をする。


「ごぶさたしております、御園のおじさま」

「やあ、かなめ君も大きくなったね。すっかり一人前のレディじゃないか!」

「そうだろう、年々かなめは可愛くなっているんだ。将来が実に楽しみだろう?」

「も、もう、おとーさん……」


 ふっ、と笑うその人物は御園アレクというらしい。全体的な印象は峰坂氏の真逆で、それでも二人の間には確かな信頼関係が見て取れる。ふむ、幼馴染か元同級生とかそんなところか。


 ……確かテレビのCMで何度かその名前を見た気がするが、なんの会社だったかな。実際に関係者かは不明っても、しかし金持ちということを考えればそう外れてはいないだろう。


『医療関係の企業じゃな。医薬品の開発が主で、大学病院や介護施設などの経営にも携わっておったと記憶しとる』

(情報は有難いんだが、むしろお前が詳しいことに驚きだよ)

『ふふふ、伊達に何十年とテレビやネットを後ろから覗き見し続けてはいないのじゃ!』

(……それでいいのか妖刀)


 まさかとは思うが他の妖刀もこんな自堕落なのだろうか? 長生きしてれば暇を持て余すんだろうが、ここまで残念でないことを祈ろう。


 と、ちょっと世の中の妖刀に悲観していると、御園氏の子供らしい男の子がかなめ嬢に近づいてきた。警戒は不要だろうから子供に対しては何をすることは無い、が。……カメラ構えてる馬鹿を発見。そりゃっ。


『ぬおっ、今何をしおった!? 覗き野郎のカメラが吹き飛んだぞ。あ、連れていかれたのじゃ』

(多分爆発物を暴発させたと勘違いされたかね。ちなみにやったのは投擲だ。ネジを使った指弾という奴だな)

『……お主、傭兵より暗殺者だったのではないかの?』

(似たようなもんだろ)


 少なくとも前の世界では大した違いは無かったがねー。どっちも金貰って殺ってたし。

 そんなことをしている間にも子供はかなめの前に来て、その手を取り――そのまま甲に軽く口づけた。うん、なんかこのガキいちいちキザったらしいな。かなめ嬢も驚いてないからこれが平常運転ですかよ。


「かなめ、久しぶりだ」

「カルロくん。ひさしぶり」


 他愛もない挨拶だが、親二人は微笑ましい目で見て――いや、峰坂氏がちょっと鋭くなってるか。親バカっぽいし、親友の子供だから大丈夫だろうが内心複雑とか将来タラシになるんじゃねコイツ的な心配をしている感じだろう。

 そしてそれを見て勝ち誇るような顔をする御園氏。煽るな煽るな。


「少し前に大変な目に遭ったと聞いたが……よかった、どうやら無事だったみたいだな」

「うん、ちょっとケガしたけど、もう治ったよ」


 え、ここでその話題出すん? 親二人も止め――ないか。椿と隆仁は気づいてない、と。声が出れば後で説教何だがなー。

 しかしここでその話題が出たとなると、


「かなり危なかったそうだが……」

「大丈夫、狐のお姉ちゃんに助けてもらったから!」

「狐の、お姉ちゃん?」


 やっぱそう来るよなー。


 かなめ嬢が俺に振り向けば当然それに合わせて視線が集まる。カルロという坊主や御園氏以外にも、大量に。

 峰坂氏の娘が誘拐されたとは噂になっているが、しかしどう救助されたかまでは話が回っていないのだろう。どいつもこいつも興味津々だな。攫われても速攻で大事なく救助ってのは味方からすれば頼もしく、敵からすれば脅威だから当たり前か。


 とりあえず雇われている身としては一礼だけ。

 俺が名乗らないことにカルロが怪訝な顔をし、それを察した峰坂氏が補足する。


「すまない、彼女は少々特殊でね。声が出ないんだ」

「ほう」

「えっ」


 御園氏は興味深そうにするが、カルロは純粋に驚いていた。ふむ、声が出ない、いや障害者という人間に初めて会ったんだろうな。それが金持ちの子供だからか、この世界が平和だからかどっちだろーなー。前はこっちと違って安全とは程遠かったから、珍しくもなかったんだが。

 とりあえずそんな世間知らずともいえる子供は置いておいて、なんとも大人の反応が面白い。


 護衛で声が出ないのは致命とまではいかないが……まあ普通は雇わない類のはず。加えて俺は見た目やせ細った子供である。良くてかなめ嬢の遊び相手か人形代わりが関の山だ。

 しかし、かなめ嬢は誘拐事件について"助けてもらった"と言った。なのでその理由を色々考え込んでいるようで、ただし峰坂氏は答える気はないようだ。中々良い性格をしているね。


『これはお主、囮にされとるのではないか?』

(間違いなくな。正確には試されてるってとこだろ)


 今ので間違いなくかなめ嬢を狙った奴には伝わるだろう。そして将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、の理論でかなめ嬢へ向かうはずだった危険が一部逸れた訳だ。

 娘が信頼しているのはいいが、峰坂氏としては実際にどれだけできるか見ておきたいってところか。そりゃそうホイホイ信用されても困るからむしろ上等である。


(てな訳で一発芸でもやるか)

『何でじゃ!?』


 舐められ過ぎは良くないと言ったはずである。やる時はやるのだ。芸を。


(さて、いつの間にか俺の手にはリンゴがあります)

『いやほんとに何時の間に取ったのじゃ』


 周りがぎょっとしているが気にしない。周りに見せる様にリンゴを軽く掲げる。指で弾くと、蜜の詰まった良い音が鳴った。適当にそこらのテーブルから拝借しただけなので産地は知らないが、みずみずしいそれは赤い宝石のようにも見える。

 かなめ嬢が首を傾げているので、もう片方の手でテーブルにあった取り皿を持たせた。


 後は指をこっそり強化して、と。


『ま、まさかそれを投げて我で切るのではなかろうな!?』

(流石にそれはないから安心しろ。最初はやろうと思ったが、よくよく考えたら百足やらその他色々斬った刀でやるつもりはないわー)

『初期候補には入ったんかい……。しかし切るだけならあまり芸がなくないかの?』

(ところがどっこい。メインは"切る"のではないんだな、これが)

『は?』


 注目を程よく集めた所で、リンゴを宙に放り投げる。指でスナップを付け・・・・・・・・・高速で回転させながら・・・・・・・・・・

 着地点はかなめ嬢が持っている皿の上で、それほど高く投げてはいないので滞空時間はそう長くない。

 しかし俺にとっては落下してくるその一瞬、それだけあれば十分だ。


 リンゴが重力に従い落ちて来たその瞬間。

 隠し持っていた果物ナイフが光を反射して煌めいた。


「……え」


 ぽかんとしているのは何もかなめ嬢だけではなかった。峰坂氏も御園氏もカルロも、その他大勢の人間が同じように呆然としていた。

 そうそうこれだ、これ。この驚き具合が面白いんだよなあ。


 かなめ嬢が持っている皿の上。

 そこには、綺麗に皮の剥かれた・・・・・・・・・リンゴが鎮座していた。やったぜ皮も一枚続きだ!


『なんという技術の無駄遣い……! お主、ナイフも強化しておったな?』

(無論。んじゃ、最後の締めだな)


 演出としてパチンッと指を鳴らす。

 すると今度はリンゴがぱかっと割れて、見事八等分された状態になった。


「ええー……」


 なにそれ、と呟くのは椿だ。おーい、いいリアクションだが護衛任務が頭からすっぽ抜けてるぞー。

 後は実食――の前に。


『……これだけやってヘタと芯は取れてないのじゃな』

(そこがネックなんだよなー。ま、初見の奴は固まってるから特にツッコミは入らないんだがな)


 さくさくっとヘタと芯を取って、また隠し持っていた小さなフォークを差す。毒見もかねて一口食べてみれば――うん、やっぱコレいいものだな。うまい。


 まだ固まっているかなめ嬢から皿を受け取り、新たにフォークに刺したリンゴをかなめ嬢に差し出す。それを条件反射で受け取ったかなめ嬢はちょっと迷ったものの口に含み、


「あ、おいしい」


 うむ、やっぱ芸の締めは笑わんとな。

 これが妹様だったら一切笑いが起きんかったし。


『具体的には?』

(何の変哲もないリンゴを指で突き、コップの上に置くとあら不思議。数十秒後にはコップの中にリンゴジュースが)

『どこの神拳の使い手じゃ』

(これが爆発するとかならまだ分かるんだが。時間をかけて実が崩れていくのが何ともホラーだったなあ……)


 そう昔を懐かしんで……懐かしいか? 兎も角トラウマを掘り返していると、突然後ろから拍手が聞こえた。同時、同じ方向から聞こえてきていた話し声がピタリと止まる。

 お? と思って振り向くとそこには、


「いや面白い。実に面白い。やはり長生きはして見るものだな!」


 愉快そうな、本当に心から楽しんでいると分かる声。力強い、上に立つ者特有の声質だ。

 後ろから人垣が割れて現れたのは一人の老人だった。


(へえ。ここで来たか)

『なるほどのう。確かに捻じ曲がってそう……いや、ものの見事に捻じ切れた人物じゃな』


 そこにいるのは確かに"老人"、なのだが。……話には聞いていたが、ここまでトチ狂った人間だとは思わなかった。


 オールバックに纏められた白髪や彫りの深い皺は確かに人が老いた証であり、それで言うなら"老人"というのは正しいのだが――全く衰えていない体に、強すぎる意思が宿った鋭い目がそれを否定する。ほんとに人間かコレ。


「おっと驚かせてすまないね。私の名前は五十嵐いがらし。五十嵐富岳ふがくだ。このパーティの主催者でもある」


 しんと静まったことを気にもせず、いやそれすら楽しんで"老人"は歩いて勝手に自己紹介する。――俺に向かって。

 出来ればかなめ嬢を退避させたかったが今のタイミングでは悪手だ。それに"老人"がしっかりとかなめ嬢にも目をやっている辺りタチが悪い。


「人を集めるのは年老いた私にとって細やかな楽しみでね。なかなかこのような趣向も面白いだろう?」


 ある意味一番面白いのはお前だけどな。

 そんな内心を呼んだのか、また笑う。


「今回は正直外れかと思ったが……。ははっ、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ」


 "老人"――五十嵐富岳は大仰に手を振ると、俺に向かって一礼をする。


 その姿は道化。

 とんだ鎌を持った道化だコイツは。



「存分に楽しんでくれたまえ。狐憑きの御嬢さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る