第20話
「――全く最近の若いのは、とよく言うがね? 私からすれば最近の年老いたのこそ大概なのだがな。保身と護身を履き違え、ただただ腐り落ちるだけの者がなんと多いことか」
「………(もぐもぐ)」
「そんな確固たる立場、地位なぞ存在せぬと言うのに砂上の楼閣に必死なってしがみ付く様は滑稽と言うに他はない。自覚があればまだ救いはあるが皆無であれば特に、だ」
「………(かりかり)」
「若いのが、と言うのは結局は自分で自分を貶しているのと何ら変わらぬよ。その若いのが手本とするのは様々な経験を積んだ筈の年老いた者達なのだからな。――ふむ、これも食べるかね? わざわざ現地から直送しただけあって美味いぞ」
「……(こく)」
一人大仰な身振り手振りで老人が老人批判を幼女相手に至極真面目に行い、それを聞いているのかいないのか幼子は一人黙々とそこらのフルーツやケーキを食べている。更にその横では同じ年頃の少女が状況が分からずに首を傾げていた。
そんな三人の周囲には誰も近寄らず、人が多いぐらいのはずのパーティ会場の中でぽっかりと穴を開けている。
『絵面が酷いのう……』
(ほっとけ)
いや最初は俺も普通に聞いていたんだがな? 途中から馬鹿々々しくなり小腹が空いたこともあったので、傍のテーブルにあったケーキを拝借したのだ。で、老人――五十嵐翁はそんな俺を気にすることもなく喋り続けている訳である。
一応聞いてはいるのだ。内容は、まあ俺にとっては面白いとは思う。あまりまともに聞く必要がないだけで。
『甘味食っとるが話はしっかり聞いとるからのう。この爺もそれを理解しとるから気を良くしとるのじゃ』
(ま、同じ世代の老害どもには絶対に合わないだろうしな。何気に若いのもディスってるから全方位射撃だ)
『む? 単なる老人批判ではないのか?』
(若いのが手本にしているのは老害、ならその若いのは同じく腐っているってことだろ。で、その意図に気づかない奴は徹底的におちょくられて破滅するって寸法だ)
『ああ……それでその話が広まっとるから誰も近づかんのか』
しかし、この状況でも護衛の仕事は継続中というのは中々にレベル高くないかと思わなくもない。
ちらりと隣を見れば、差し出したフルーツを食べるかなめ嬢がいる。俺の巻き添え食った感じだが、時折五十嵐翁から話しかけられたり食べ物渡されているので逃げるに逃げられないのだ。ある意味安全と言えば安全なのだろう、峰坂氏の精神衛生的によろしくないので出来れな脱出したいのだが……無理か。
相手がただの変人ならなんら問題はなく、だが実に残念ながらコレはパーティの主催者。しかも頭のおかしいド変態枠。少しでも隙を見せれば喜々としてそこばかり突いてくる外道仕様。
峰坂氏も何とか矛先を自分に向けようとしていたものの、あまり刺激すると自身が所属する派閥ごと被害を受けるのは確実なので今は引いている。
うーん、コレが飽きるのが早いか、隆仁の胃が決壊するのが早いか。……意外と弱メンタルだな。
(隆仁が一人胃を痛めているが、峰坂氏は意外と冷静だし椿は完全こっちに丸投げか)
『護衛としては椿が正解かの』
(そりゃな。親父さんの仕事を見ていたからかね? こんな時、俺達に注目が集まってる時こそ要注意ってことだ。やっぱあの二人はペアじゃないと駄目だな)
それより予想と違っていたのは、かなめ嬢か。
この妙な状況でも取り乱すことは無く、時折来る五十嵐翁の話にも詰まることなく受け答えをしている。峰坂氏の教育の成果なのかなんなのか。おどおどとはしているが、その割には落ち着いていた。
(確かにこのジジイには悪意はなく、単に自己中心的な外道なだけではあるんだがなあ。肝が据わってる、とは何か違うな?)
『ちと変な親戚程度にしか見とらんようじゃな』
金持ちの娘さんはこんなもんだったけかと思ったが、峰坂氏や御園氏と一緒にいるカルロは父親を見たりこっちを見たりと忙しい。他のちらほらいる子供を見ても年相応で、遠くには中には泣き出して連れ出されているのもいる。
ふーむ、図太いと言うか、プラス方向で鈍いと言うか。ぜひ隆仁には見習ってもらいたい才能だな。
(そういや最初会った時も、泣きはしたものの騒いだり喚いたりはしなかったか)
『それが余計に爺の興味を引いているのじゃが。最初より話振られる回数が多くなっとるぞ』
(大丈夫だろ。ようやくタイムリミットだ)
『なんじゃと?』
視線を向けた先、五十嵐翁の後ろに壮年の執事が立っていた。音もなく後ろに出現したが、まるで忍者だな。
……陰陽師がいるなら忍者もいるかね?
「――やはり楽しき時間とは瞬く間に過ぎ去るものだな。非常に残念だが、どうも時間の様だ」
変わらずのオーバーリアクションで、やれやれと首を振る。今日の主催者の挨拶自体がまだだったからそろそろだとは思っていたが、ドンピシャだったようだ。それで周りからほっとしたような雰囲気がしたのは間違いない。ついでにそれをこの爺がしっかりチェックしているのも。
かなめ嬢は……普通だな。やっぱ一種の才能だと思うわ、コレ。
「この老いぼれの話に付き合わせて悪かったね。この後に中々愉快になりそうなイベントを用意している。そちらも存分に楽しんでいってくれ」
自然な動作で頭をぽんぽんと叩かれて、そのまま表れた時と同じようにモーゼの如く人波を割って消えて行った。去り際に不穏な発言をしていくとか、どこの悪役だ。
五十嵐翁がいなくなればまた周囲に人が戻ってくる。峰坂氏が真っ先に近づいてきて、何も言わずにかなめ嬢の頭を撫でた。今にも駆け出してきそうなカルロを抑えている御園氏も大変そうだ。
『イベント、のう。明らかに面倒ごとじゃな』
(できれば挨拶が終わり次第かなめ嬢を退避させたかったが、ああも目を付けられたしなー)
イベントの内容は不明だが、単なる見世物で終わらないのは確かだろう。さてはて"愉快な"ではなく"愉快になりそうな"とはどう言う意味なのやら。
『ふと思ったのじゃが、そも逃すと評価下がらんか?』
(爺に目を付けられる前なら大した影響はなかったな。むしろそこは親の手腕の見せ所だ。どこも似たような事は考えてるし、少し評価下がるぐらいなのと子供の安全を天秤に掛けたら、なあ)
今となっては退路は断たれた訳だが。
『それ……お主が芸とかやらなければ良かったのでは?』
(なんであのタイミングで爺が呼ばれてもないのに出てきたと。ほぼ最初から見てたからだろ)
『暇人か』
(……お前にだけは言われたくはないと思うぞ)
とりあえずまだ心配してくる隆仁の脛を蹴り飛ばして椿に押し付けておく。なんだか既に腹一杯なのだが、これでまだ宴が始まっていないとか笑えてくる。
そろそろか、と幕の降ろされたステージに目を向けた所で会場の照明が徐々に暗くなっていく。それに合わせて聞こえていた話し声も小さくなっていき、椿と隆仁に目配せし周囲を警戒を強めた。
幕が上がり、壇上に現れたのはさっきも見た五十嵐翁だ。ネジの外れた所のある爺だが、それでもその言葉には力がある。上に立つ者特有の抑えつけるような力ではなく、人を惹きつけて誘導させるベクトルの力だ。若い頃は数多くの味方に囲まれながらこの国の経済や政治、幅広い分野での発展を牽引したそうだが……その果てがアレか。あの大仰なリアクションは標準装備ですかよ。
ま、話の内容を聞くのは仕事じゃないし、聞き流すぐらいで丁度いいだろう。
こっちに意識を向けている奴は……何人かいるな。薄暗い中では色々と悪い事がやりやす――くはないのだが、それでも今がチャンスとばかりに動き出す連中が多いのなんの。多少暗い程度では、今のように止まった人の中での動きはむしろ目立つ。しかも手元は見えにくいのでミスもしやすい。それでも動こうとする連中はよほど自信あるか、単なる素人のどちらかだ。今回動いている中では玄人はいねえな。
そんな連中はどうでもいいとして、逆に動いていない連中に気を配る。そいつらは峰坂氏を見てるのもいるし、かなめ嬢を見てるのもいる。そして、
(……!?)
ぞわり、と今まで経験したことがないような悪寒に襲われた。
殺気の類ではない。そんな
視線の元は真後ろからだが――こんな時こそ残念兵器の出番ではなかろうか!
『誰が残念兵器じゃ!?』
(お前以外に誰がいる)
『どんどん我の扱いが酷くなってないかのう……』
そしてお前も刀と言う属性に合わずメンタル弱いよなあ。まさか日本刀は元々折れやすいのが反映されているとか?
……触れんでおくか。
手に持った刀から何かがふらりと離れる気配があり、しばらくするとまたふらりと戻って来た。
『見て来たぞー。見て来た、が……』
(テンションひっくいなオイ。いや想像はできるんだがな? その様子じゃ当たりかぁー。……マジかオイ)
『ご愁傷さまとしか言いようがないのう……』
(うわぁ聞きたくない。聞きたくないんだが、聞かなきゃならんよなあ……。で、どんな豚だった?)
『豚というのは確定事項か。いや合っとるのじゃがな』
やべえ、今すぐかなめ嬢連れて帰りたい。
『大よそは見当が付いとる用じゃが……中年・メタボ・不健康・汚らわしい・謎の半笑いの五連コンボじゃったぞ』
(……燃やしてぇー。そこはかとなく全力で灰にしてやりてぇー)
確かにそれはテンションが下がる。そんな奴に視線向けられてるとかマジで勘弁して欲しいんだが。あー、くそ。ああいうタイプの変態がいるのは知っているというか有名だが、まさか自分がその標的になるとは思わなかった。鳥肌が立っているし、寒気も酷い。
かなめ嬢も悪感を感じているのかさっきからそわそわしている。とりあえず護衛として、他の参加者が壁になるように立位置を変える。が――
(いかんキレそう)
『しつこいのうあの変態! 先程からお主らを見る為にあちらこちらと歩き回っとるぞ。宴の主催者が話している最中だと言うのに、なんてはた迷惑な奴じゃ』
ええい、確かに妹様と瓜二つだから容姿が整っているのは自覚していたが。まさかあんな変態野郎まで呼び寄せる程だとは……。
今生、この姿で得した覚えがないぞ畜生。
五十嵐翁の話はまだ続いている。終わったのなら移動して隠れることもできるが、今は下手に動くと余計に目立つ。
……つーかあの爺、こっちの状況に気が付いてて面白がってんじゃねえだろうな。
『こんな時は、それこそ妹御を思い出してみてはどうじゃ? 同じ相好なら似たような経験もあるのじゃろう』
(いや知らん)
『は? なんじゃ、妹御はああいった変態に関わることがなかったのか』
(あー……。何度か変態に絡まれてたのは知っているが、そいつらは気が付けば影も形も証拠もどっか消えてたな)
『ちょ、妹御何しとるんじゃ』
ゴミ掃除、とだけ言ってたのは覚えてる。ちょっと鉄錆の匂いとかしたが、気にしなかったのも。
あれまだ子供の時だったんだが、思い返せば当時から妹様はいい感じにトチ狂っていらっしゃったらしい。俺の人生詰むの早すぎではなかろうか?
(いい加減、面倒になってきたな)
『お、本格的に我の出番か?』
(さくっと聞くが、斬りたいのか? アレを?)
『……今は主催者が話してもおるし、斬るのは勘弁してやろうぞ』
そっと音を立てずに手に取ったのはテーブルに重ねて置かれていたおしぼりだ。ウエットティッシュのような紙ではなく布タイプのやつである。
丸められているのを一度伸ばして手早く先端だけを結ぶ。
そして後は腕の関節を強化して、と。
俺とかなめ嬢、変態、その他大勢の立ち位置。狙うのは
(――大人しくしてろ豚野郎っ!)
なるべく地面ギリギリを這うようにして投擲した布は人と人の間を縫って飛び、見事変態の爪先に引っかかった。その結果までは見なかったが、本当に豚のような悲鳴と無様に倒れる音が聞こえたので成功だ。
それでも壇上の爺は喋り続けており、それどころか一瞬こっちを見てニヤリと笑ったのでやはり状況を把握していたと見ていいだろう。
『これ後で強請られたりせんかのう』
(監視の類がないのは確認してるけどな。ま、それでも無茶振りが一回ぐらいは来そうな気がするが)
『それは許容範囲なのじゃな』
(あの豚こっちにカメラ構え始めただろ。峰坂氏も、娘が豚に狙われるか俺が爺に目を付けられるかって考えるなら後者だろう)
本当は刃物を投げつけてやりたかったが、流石にそれは咎められそうなので止めておいた。
豚は……ああ、警備員にしては物騒な連中に連れて行かれているな。爺が話している最中なので騒がないように口を塞いでいるが、警備員もすげえ嫌そうな顔している。
(さて五十嵐翁はまだ話し続けているが……)
『イベントとか言っておったが、結局何のことなんじゃろうなあ』
聞いている限り爺の話は二転三転どころか七転八倒とかそんな具合で、世間話かと思ったら新しい事業の話だったり通販の商品説明みたいな宣伝だったりと忙しない。ぽろっと重要そうな内容も零れるのは周りの反応を楽しむためだろうなあ。
今の内容はどこかの警備会社の話だ。
その特徴、宣伝文句として謳っているのは、
『なんじゃあの蜘蛛みたいなの』
(警備ロボットってやつか。24時間稼働で人件費削減にもなるし命令にも忠実。レーダーや熱感知もできて装甲も厚く高出力、か。問題はバカみたいな値段ってところが笑える)
『人件費削減と言うより、人を削らないとやってられん価格設定じゃな』
いつの間にか壇上には蜘蛛を模したロボットが鎮座しており、五十嵐翁はその商品説明を行っている。見る分にはどこぞのプレゼンのようで、ただ気になるのは、
(……あの爺が自社ではない商品の紹介、ねえ)
『近くにいる偉そうな男がその責任者なのだろうが、どうも同じ派閥などではなさそうじゃな』
(あの老いぼれにも味方っつーか類友はいるんだろうが、アイツは違うな。どう見ても小物だ)
あの蜘蛛モドキを作った企業のトップだろう男が五十嵐翁の近くでふんぞり返っているが、あれには貫禄も威厳も何もない。ただ親か周囲かが優秀だった運がいいだけの人間だ。そんな本来なら爺が欠片も興味を持たなさそうな奴の商品を説明している。
いかん、凄く嫌な予感しかしない。
――ふと、唐突に五十嵐翁がこちらを見た。
「そうだな、コレの性能は実際に見てみないと分からぬところではあるだろう。――どうだいそこの狐憑きの御嬢さん。少し手合わせでもしてみないか?」
ああ、うん。
やっぱりあの爺は一度ぶん殴っておく必要があるな。
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