第9話
「――はぁ!?」
着地した先、身を乗り出したジープの運転手が"驚愕"をそのまま貼り付けたような表情をしていた。……なかなか面白いんだが、それも今日は何回も見たから飽きてきたな。
ほら、助手席の女性とかいいぞ? 何気に自分で自分の頬をつねる人って初めて見たぜ。
『んなこと言っとる場合か阿呆! まだ向こうはやる気じゃぞ!?』
子狐丸の喝が飛んでくるが、言われんでもそんなことは分かっている。
突っ込んでいったワゴンは急ブレーキを切ったが勢い余って斜面に激突はした。だが、元よりそのつもりだったのだろう、激突の瞬間に車外へ飛び出すという荒業を駆使して脱出を果たしていた。
(数は3か)
『もともとの数と一緒じゃな。何か意味があるのか?』
(単に運転手と牽制役、後は実行役といったところだろ。しっかしあの速度で飛び出して全員無傷とは、練度が高いなー)
向こうは慌てることなくもう一台の車――要は腕の中の少女が入っていた車に乗り込み、エンジンをかける。ちっ、鍵穴になんか詰めときゃよかったな。
それを見たジープの運転手もアクセルをベタ踏みし、車を再起動させた。
そこからは追う者と追われる者、立場が逆転する。
空いた後部座席の窓から少女を放り込み、続いて後部座席に飛び込むと同時にジープが急旋回して180度向きを変えた。それはワゴンも同じ。耳障りな音を響かせ、まったく同じ挙動で車体が回る。……いや、向こうの方が無駄が無いな。
「むきゅっ!?」
無理やり放り込んだので少女が頭からフロアマットにダイブしていたが、さすがにそこまで気にしていられない。
何故なら、
「ええいくそ、頭低くしてろよ嬢ちゃん達!」
下げた頭の上、いくつもの銃弾が窓ガラスに跳ねる音が鳴った。防弾仕様ではあるが、往きで派手に応戦していたためであろう既にヒビが入っている。うーん、街に向かうのだろうけど、こりゃ逃げてるだけじゃ持ちそうにないな。
『呑気じゃなお主』
(やることはやるがねー。こんな時は慌てても仕方がないだろ)
『……はあ』
何故にため息。なんか呆れられているが悔しい気がしなくもない。くっそこの憤りを八つ当たりで解消してくれる!
『八つ当たりて』
となれば物資の補給だ。物色ともいうが。さてなんかねーかなー。ごぞごそ。
お? これは……
「嬢ちゃん? おい何してる!?」
いやはや、何とも感傷的になれる代物があったもんだ。まさかこんな物が出てくるとは思わなかった。
弾は……OK。少し埃被っていたのが気になる程度で、本体に特に不調は見当たらない。まったく、ちゃんと整備ぐらいしてろっての。こいつを使うのも久しぶりだが――なんとかなるだろ。
『おい感傷的とか言いつつ無駄に気分乗ってきておらじゃろう』
ははは、ナンノコトヤラ。
準備を一通り終え、頭を上げて状況を再確認する。窓ガラスは先に見た時よりヒビが広がっていた。
前方――運転席には青年というべき男。助手席にはショートヘアの女がSMGを抱えて応戦している。どちらも歳は思ったより若く、前世の俺より下だろうか?
しかし言っては何だが追ってきている連中より色々が足りていないのは間違いない。どちらも響く銃弾の音にビビり過ぎである。
左右――山中の道らしく蛇行が延々と続いていた。そのおかげでこちらの銃撃がカスリもしないのだが、向こうは偏差射撃が得意らしく上手い具合に当ててきている。腕の差が明確に出ているなー。
後方――ワゴン車ががしつこく追いかけてきており、助手席と後部座席から男が二人、やはりこちらもSMGを抱えている。車の性能的にこちらの方が速そうだが、離れないのは運転手の差だろう。道も覚えているだろうから、次の直線で仕掛けてきそうだ。
足元――少女が目を回して突っ伏している。右に左に大きく揺れるので、顔がどんどん青くなっている。リバース用の袋を用意してもらうべきだろうか? ……うん、ごめんなー、そんな余裕ないのでトラウマってくれ。
『いけるのか?』
(何をするのか、とはもう聞かねえんだな)
『"それ"持っているのに聞くのは阿呆じゃろう。……まあ、いけるかどうかを聞くのも、もう野暮か』
(そーいうこった。ま、強化しても反動キツイから2発ぐらいが限度だな。3発目には肩がぶっ壊れそうだ)
運転席側の後ろの窓を開ける。外からの風には金属が焼ける匂いが混ざっていて、これはさっきから銃弾がぶち当たっているものか。なんとも懐かしい匂いなことで。
「嬢ちゃん!?」
運転手の男が何か叫んでいるが気にしない。向こうの運転手を見る限り、次のカーブを超えた先が勝負だ。
助手席の女も俺の動きに気が付いたが、徐々に迫るワゴンがいるため相手にできない。すまんが牽制役になってくれ。
車がカーブに入った。
「――――――――」
身をドアに押し付け、手の中の感触をもう一度確かめる。先ほどは2発が限度と言ったが、しかし実質チャンスは一度だ。外せば次弾を構える間に"デカいの"が飛んでくるはずだ。カーブを一歩早く出るアドバンテージを生かしきれなければならない。
1秒
2秒
3秒
4――
「!」
カーブが終わった瞬間、車体から身を乗り出していた。
素早く構え、狙いを付ける。
「!?」
追っ手の一人――
容赦なく引き金を引く。
今生初の射撃――ショットガンによる一撃は、寸分違わずワゴン車のタイヤを打ち抜いた。
甲高い音を上げてワゴン車が大きく揺れる。カーブが終わり速度を上げて向きを安定させようとした反動だ。バランスを失った車体はそのままガードレールに激突した。
「…………!!!」
向こうの運転手が悔しそうに歯を食いしばっているのが見えた。が、それも一瞬。あっという間に距離が離れていく。
追っ手が速度を落としたのだ。
直ぐにワゴン車は見えなくなったが、しばらくそのままの速度をそのままに走りつつ後方に気を配る。
……もう追ってくる気配はない。
車内にどこかほっとした空気が流れる。
『大丈夫か?』
(あまり。やっぱ体ができてねえから強化しても限度があるな。腕やら肩やらが無茶苦茶痛てえ)
『屋敷ではあれだけ暴れておったのに』
(単純に体動かすのとショットガン使うのとでは全然ちげーよ。殴るだのなんだのは体術で軽減できるが、重火器は腕力がないとどうにもならん部分があるからなー)
抱えて固定していた脇を見ると赤黒くなっている。下手すると腕ではなく肋骨が折れていた可能性もある、か。落ち着いたら筋トレしないと、無補正なら年下にすら負けるな。
あ、そういや足元の子のこと忘れてた。おーい大丈夫かー?
「あ、あううー……うぷ」
『完全に目を回しとるの』
(つーか限界だなこりゃ。えーとビニール袋とかあったっけか)
とりあえず我慢させても無意味なので吐かせ、袋の口を縛って外に投げ捨てる。山は綺麗に? しらん。
助手席の女がペットボトルのお茶を渡してきたのでそれを飲ませれば落ち着いたらしい。一息ついたところで気が抜けたのか、涙がぽろぽろ零れて泣き始めてしまった。
「う、うええぇぇぇん」
いかんマジ泣きだ。どうしたもんかと助手席の女を見るが……あ、駄目だコイツ。目を逸らしやがった。
(ぬあ、参ったなこりゃ。どーしたらいいと思う? ……落とすか?)
『あ ほ。なんじゃお主、何をふざけておるのか知らんが、童の一人や二人泣き止ませてみせんかい』
(無理)
『は?』
(いやだから無理。今も昔も、んなもんから程遠い生活してたんだぞ)
『……役に立たんのう』
(
いや待て、思い出せ。妹もこれぐらいの年の頃は似たようなもんじゃなかったか? もはやおぼろげとしか思い出せないが、確かにそんな記憶がある。
その時はこうやって――
「……あ」
気が付けば泣いて震える少女を抱き寄せていた。
頭を胸に当てるようにし、背中に手を回して包み込む。少女からも抱き付いてきたが気にせず、ぽんぽんと優しく撫でれば徐々に震えが収まっていった。
『なんじゃ。出来るではないか』
(妹がまだコレぐらいのとき、同じようにしてたのを思い出しただけだよ)
『また妹御か。お主、血生臭い話か妹の話しかせんの。やはり立派なシスコンじゃな』
(なん、だと……)
いや他にあるだろう、いややっぱりないか? などと考えていると、助手席の女がじっとこちらを見ているのが視界に入った。運転手の男も意識をこちらに向けているのが分かる。
やれやれ、追っ手の脅威がなくなったところで、ようやく"俺が何者なのか"という疑問に思い至ったらしい。やっぱり手ぬるいなコイツら。
『ちなみに手ぬるくないとどうなるのじゃ?』
(追っ手を撒いた瞬間に頭に拳銃押し付ける勢いで)
『それは単に容赦ないだけじゃろうが!』
取りあえず事情の説明でも、と口を開きかけたその時だった。
(……?)
『ぬ?』
"それら"に気が付いたのは子狐丸と同時。鈍っているのは自覚していたので集中を途切れさせないようにしていたのが功を奏したのだろう。ドンパチやっていた間は気が付かなった、粘りつくような気色の悪い視線。
後ろは――いない。左右もいない。前の女が不思議そうな顔をしているが、それ以外に不自然な点は見当たらない。
なら残るは一つ。
(上か!)
もう枠しか残っていない窓から夜の空を見る。朝が近いのか星の光が少なくなり白み始めている中、一点だけ黒の色がある。
こちらと並走して飛んでいるそれは、
(
『式! となるとこの"音"は――』
車のエンジン音に紛れて聞こえてきたのは、まるで巨大な重量物が木々を押し倒してきているような音。徐々に、しかし確かに距離が詰まってきている。
「今度は何だ……!?」
前の二人にも聞こえたのだろう。男は何が来てもいいようにシフトレバーを掴み、女は拳銃を構える。腕の中の少女も不安げに顔を上げるが、頭を撫でて落ち着かせる。
来る方向は分かっている。なら問題も解りやすい。
『――初撃。避けられるか?』
その声が聞こえた訳ではあるまいが、男がハンドルを握る力を強める。音は近づくほど大きくなり、もはや津波を連想させる勢いだ。
そしてついに音がピークに達したとき、ついに"それ"が姿を現した。
『んな……』
それはあまりにも異質だった。
文字通り無数の腕を蠢かせ、巨大な体をくねらせながら車より速い速度で迫ってくる。朱い複眼がまっすぐにこちらを見据え、ギロチンを思わせる牙を鳴らす。横幅に比べれば細長い胴体には刃が幾つも突き出し、進路上の木々を鋭く裁断する。この世とは思えない造形をしているがこの姿は正しく、
「
男が叫んだ瞬間、目算全長50メートルの化け物百足が走る車に飛びかかってきた。
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