第8話

『さて、どうするのじゃ?』


 道路にぽつんと佇む一台の車。

 ひとしきり遠くから眺めてみた限りでは、あからさまな異常は見当たらない。これが寂れた山中の道路で無ければ普通の光景だっただろう。

 後ろから追っ手が来ているのを考えれば無視するのが最善なのだが、会ってしまったからには放って置くのは目覚めが悪い。


(中に人がいる気配はしてるんだが。なんか弱いし数も一人、か)

『……練炭かのぅ』

(怖えよ。目張りとかされてねぇし、違うとは思うんだが。……つか、引きこもりのくせに変な知識は大量にこさえてんだ?)

『誰が引き籠りじゃ誰が。――お蔵入りされていると言え』

(なんだその自虐ネタ)

『種を明かせば、我は屋敷内なら視ることは出来るからの。ほれ、お主にもついて回っておったじゃろう?』

(そーいやそうだったな。つまり人が座敷牢で暇してる間テレビ見てやがったなこんちくしょう!)


 話している間にも視覚強化、聴覚強化で情報を集めていく。やはり一見怪しい点はないように見えるが、しかし注意すれば気になる点はいくつもある。中に関しては死臭もしないので一人で確定だろう。


『何にせよ、生きているなら調べるのじゃろ?』

(迷ってる間に出遅れました、が一番後味悪ぃしな。中覗くだけするか)


 気配と足音は消して、陰に入るようにして車体に近づく。夜の山に溶け込む様にしているそれを側で見て、やはり不審な点が多い。


(こいつ……ナンバーは差し替えられた形跡があるし、しかもボディも防弾仕様だ)

『もはや平和的な結論は裸足で逃げ去ったのう』

(出て早々これですかよ。呪われてるのか)


 鍵は……かかっていない?

 嫌な予感しかしないのは置いといて、ここまで来たら一気にがらーっと開けてしまおう。

 さあご開帳〜っと──



(…………おおぅ)

『…………そう来たか』



 がらーっと開けて見た車の中。

 薄暗く、しかし僅かな明かりがある車内にいたもの。


「……えぅ? だ、だれ?」


 うむ、流石に両手両足を拘束された女の子は想像してなかったわ。



***



 思わず硬直して微妙な空気が流れたが、気を取り直して後部座席の少女を観察する。


 年の頃は俺より上……いや、全く成長の兆しが見えない身体のことを考慮すれば、タメぐらいか。お人形の様なという褒め言葉が似合う少女で、花柄の髪留めをアクセントに艶のある黒髪とバランスのとれた顔のパーツ。年相応の可愛らしさを除いても、実に将来有望そうな容姿をしている。

 気弱そうなところとか、なんとも小動物チックな子だ。多恵がハムスターとするならこちらは兎とかそんな感じか。


『"人形の様"なお主と、"お人形の様な"幼子か。一文字あるなしで酷く変わるものじゃな』

(ほっとけ)


 少女の手足を束縛しているのは手錠だ。玩具や適当な防犯ショップで売ってるような安物ではなさそうなので、針金ぐらいでは開きそうにない。


 口にガムテープが貼られたりとかはされておらず、頬が少し紫色になっているところを見ると暴力で黙らせられたのだろう。口を塞ぐものなどは被害者がパニックになれば窒息死する恐れがあるからなんだろうが……。どちらにしろ、ちっと気分悪いのは性分か。

 と、そんな事に思考を割いている場合じゃないな。


(んー結構厄介だな。軽くはねえぞ、これ)

『ほう、その理由はなんじゃ?』


 さっと目を通したのは少女の健康状態と拘束している物品、後は車内の様子だ。

 

(ぱっと見た情報しかねえから断定はできんが……。こーいうのは被害者の健康、精神状態で攫われてからの時間が、使ってる物や車内の様子からは相手の規模が見えてくる感じだ)

『幼子は体の汚れも少ない上にやつれてもない。つまり拐かされてから一日もたっておらんか。物品やら車内云々は我にはわからんが……そも、こんな車を持っている時点で厄介じゃったな』

(少なくとも3人はいた形跡があるな……さて、これをやらかした連中はどこにいったのやら)


 拘束された少女なんてものがいるにも関わらず、鍵の掛かっていない山奥の道路に停められた車。乗っていた人間達の行方は不明だが、少なくとも離れて然程時間は経っていない。車内や少女の様子からしても仲間割れが起きた、という可能性も低そうだ。

 こんな山ん中の何もないところで何故外に出たのか──


(……ああ、そう言えばそこは気にしなかったな)

『何がじゃ』


 すぐには答えず、いったん車外に出て"そこ"を調べる。


(ここ――この車の前あたりな。暗くて分かり難いんだが、よーく見ると”もう一台分の車”が停まっていた跡があるんだ)

『それはつまり……』

(早い話、元々この車に乗っていた連中は攫った女の子を残したまま、ここで別の車に乗り換えて去っていった訳だ)


 これが意味するところと言えば……


 ……………………………………


 ……………………………


 …………………



『――さて、こんな真夜中に何やら車の走行音が近づいて来ているのじゃが気の所為かの』

(ははは、この手遅れ感がハンパねえ)

『悟っとる場合か馬鹿たれ、どうか考えても高確率で幼子を回収しに来た連中じゃろうが!』

(だよなー。しかも方向からして前方から誘拐犯来てるが、後ろは実家の追っ手連中が来てる可能性大で戻れねえ。ひでぇ状況だ)


 いっそ車の中に潜み、街まで出たところで暴れてやろうかと考える。いやいや、ここまでする相手なら目標だけを確保して、誘拐に使った車はドカンとする可能性がある。

 それなら確保に降りてきたところを一気に制圧するほうがよっぽど現実的……ぬ?


(んー……? この近づいてる音、なんかおかしいな。速度が早いのに蛇行して──あ、これチェイスってる)

『もう一台おるの。それにこの連続した破裂音は』

(おいおいおい、機関銃か。ヤバさが跳ね上がっていくんだが、まさかこれがこの世界では普通とか言うなよ?)



 察するに犯行側と救助側がやりあっているのだろうが、このままではこちらが危険だ。犯行側が少女をどうしたいのか不明だが、この状況では証拠隠滅とばかりに車ごと殺られかねない。

 いくら身体機能を向上できようが重火器持ってる相手に突っ込むのは無謀すぎるので、ここは三十六計逃げるに如かず、だ。


(もう来るまで分もねえな。しゃーない、この子を外に引っ張り出すか)

『手錠はどうするのじゃ?』

(面倒だから引き千切る)

『強引すぎるじゃろう!?』

 

 少女にも不穏な音の接近が聞こえているのだろう。不安な顔をしているが説明している暇もないので、手足の錠を両の手で破壊する。

 そおぃ。


「えっ」


 ぽかんとした少女の手を引いて外に出る。よし後は万が一に備えて安全な場所に、


『もう来おったぞ!』

(予想より早えー! ええいくそ、勘が鈍ったのと文字通り体違うのが地味に影響でてるな!)


 音の聞こえ方が前世の身体とは違うので目測ならぬ音測を誤った。カーブを描く道路の先、2台分のヘッドライトによってあたりが照らされる。


 見えたのは黒のワゴンと迷彩色のジープが車体を押し付け合いながら迫ってくる光景。逆光で細部までは見えないが、どちらの運転手も俺たちを見て驚愕の表情を浮かべている。


「「……!?」」


 そこまでは”どちらが先に辿り着くか”を念頭に走っていた。だがここに来て、その目的からお互いの行動に差が出る形となる。


 迷彩色のジープはおそらく救助側なのか、体当たりするわけにもいかないのでブレーキを踏んだ。車体を滑らせて横付けし、勢いのまま確保したいのだろう。相手も同じく確保が目的ならそれでも良かったのだが──


「……っ!」


 黒のワゴンは速度を上げた。

 まあ同じ車種だからそうだとは思っていたが、やっぱ殺る気とアクセルが全開だ。向こうとしてはこちらに当ててさせしまえば勝ちなのだから当然っちゃ当然か。あの勢いで撥ねられれば子供ではひとたまりもないだろうし、救助側は即死だろうが何だろうが救命活動を行う必要があるので逃げる余裕は十二分にある。

 一瞬の判断が明暗を分け、もはや確実に助けは間に合わない。ジープの助手席からワゴンのタイヤを狙って発砲しても、そう都合よく当たりはしない。



 哀れな子供二人は鉄の巨体に押しつぶされる────訳はなく。


『……今夜はよく飛ぶのう』

(車は高速で相手もプロだから横も後ろもダメ、っつーなら"上"だろそりゃ)

『そろそろお主の奇行になれてきた我自身が怖い……』

(妖刀が何言ってやがる)


 突風と共に通り過ぎる車体。

 その交差の一瞬、黒のワゴンに乗る運転手は顎が外れそうなぐらい大口を開けているのが"下"に見えた。

 腕の中の少女はさっきから展開についていけないらしく、ぽかんとしているのが非常に和む。


 俺は迫ってきた車を飛んで避け──後ろのジープの天板に着地した。

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