第5話

 ──子狐丸。


 それは時の朝廷が三条宗近に刀を打つよう命じ、その助けとして稲荷明神が相槌を打って作成された刀と言われている。

 "前"では所在不明とされており、いや、確かにこちらでは妖刀として封印されていれば十分に説明が、


『ぶっちゃけるとそれでは無いのじゃがなー』

(っておいゴルァ!)


 いや確かに”子狐丸”と銘打たれたものは意外と多く、調べれば三本以上は出てくるのだが。だが!

 さっき口上を聞いた時の感動を返せ畜生。


(というか、もしかしなくとも自称……と言ってもいいかは知らんが、フカシか)

『そうは言われてものう……。我自身はそう謂れ続けてきたからの。生み出した本人も、その意図も我は知らぬ。作られてから百年程経ってから我が目覚めたようじゃが、所謂戦国時代じゃったぞ?』

(伝承の子狐丸が打たれたのは平安時代だから……確かに三条宗近云々はねえなあ)

『人やそうでないものを切り、目覚めが早くなることはあるが。遅くなることは、そうないじゃろうて』


 それでも十分な年月が経過しているとは思うが、どうやらこの刀自身は騙りとしての銘に不満があるらしい。地味に不機嫌になっているな。


『ともあれ、やはりなんともないのだな、お主は』

(なんだその他は違うみたいな言い方は。確かにこの体では刀なんて初めて持ったが、割と手に馴染むのが不思議ではあるが)


 それに、まだ鞘から抜いた状態で持っているが結構軽い。普通なら子供の腕力では数分と持っていられないはずなのに、曰く付きの逸品だけあって何かあるだろうか。

 とりあえず本人(本刀?)に聞いてみんとす。


『察しの通り、我の力じゃよ。──まあ気分的なものなので、後で筋肉痛が酷いがの』

(駄目じゃねえか!?)


 自分でも気が付かなかったが、よく見れば腕がぷるぷると震えていた。慌てて浮かせていた刃先を地面に下ろす。


『あと……』


 ……というか何で俺はずっと抜いたままにしていたのだろうか?


(ったく、何かとやり合う訳でもないみたいだし、とりあえず納刀しておくか)

『あ』

(あ?)


 そこはかとなく嫌な予感。しかし、もう遅い。勢いですっと鞘に戻してしまう。

 甲高い、鞘に収まった音が周囲に響く。

 すると周囲から、


「……なぁ!?」


 まるで化け物と遭遇したような声を上げられた。眼前にいる当主など完全に硬直しており、顔色が土気色までになっている。

 あっれ何か不味いことした?


『さっきからお主自身が言うとるじゃろうに。我は妖刀じゃぞ?』


 やれやれ、とでも言いたげな妖刀様。

 よくよく考えてみれば、思い当たる節はある。

 この国で語られる"妖刀"にありがちな──寧ろそれ・・があるから、そう定義される話。


("一度ひとたび抜けば、血を吸うまで鞘には戻らない"ってか?)

『然り。連中もそれを望んでいたのじゃがな』

(そうなのか? というか、結局これって何なんだ。イメージ的に地下異種格闘技場みたいなのを予想していたんだが)

『……なんじゃそれは? まあ良い。これは連中の自作自演、お題目は悲劇の娘と現代の英雄様といったところかの』

(なんだそのセンスなさそうな喜劇は。まー連中の事だから、毎度のことロクでもないんだろうが)

『なに、その疑問には向こうが勝手に答えてくれる。随分騒がしくなってきとる様じゃしな』


 意識を周りに向ければ、確かにざわめきが大きくなってきていた。困惑、戸惑い、混乱、予定と違う・・・・・

 昨日、俺を一方的にボコッてくれた初老の男が、どういうことだと当主に食って掛かっている。


「アレは、アレが何故、子狐丸を扱えている! 既に喰われているという話ではなかったのか!?」


 おっと物騒な発言頂きましたー。

 さて、どーいうことだナマクラ刀。さっくり答えろ。


『あー……。気付いておるようじゃが、実は我は妖刀としてもう一つ曰くがあっての。いや、機会があれば言おうとは思っていたのじゃ、うむ、何事も"たいみんぐ"というのは重要じゃろう? そうじゃな!?』

(何で切れているんだ貴様。で、それは?)

『単純な話──近くにいる人間の精神を侵食し、狂わせる。要は我に魂喰われる感じ』

(おいコラ。このまま打撃使用でへし折るぞ)

『待て待て待て! あ、当主馬鹿が何かを言うつもりじゃぞ!?』


 嫌に必死だが、確かに追い詰められているっぽい当主が立ち上がっている。

 後で金槌片手に事細かに聞き出す必要があると決心しつつ、とりあえず今はそちらを優先するか。


 当主は一度大きく声を張り上げ、鎮めると同時に注目を集める。なるほど、その威勢は悪くはないが、その肝心の内容は、


「アレは当の昔に刀に意識を喰われ、刀を扱うだけの人形と化している。自在に操っているように見えるのはその為だ! 我が屋敷の結界にて今は沈静化しているが、少しでも隙を見せれば、今にも斬りかかってくるだろう。故に、アレをここで処分することには変わりはない!」


 わっかりやすい、俺をぶっ殺す宣言だった。

 いや、論点はそこではなく。


(……で、あれは一体何を言っているんだ?)

『……いや、うむ、気持ちは分からんでもない』

(昨日まで普通に──普通か? まあ兎に角、いつも通り生活させてたのに? しかもわざわざカッコつけて明日殺す宣告までしてたのに?)

『ぐだぐだじゃのぉ』


 やたらとぶっとんだ内容に、一人と一本は揃って呆然とする。……ああ、もうコイツ子狐丸は"人"扱いでいいか。普通に話通じるし。

 それはともかく。


(とりあえず"絶対こいつは何があっても殺すぜー"っていう気概は伝わってくるな。つか、結界なんてあるのか?)

『あってないようなものじゃな。先祖の功に甘えておるから、年々効力が落ちとるの。……ちなみに元々結界にそんな効果は無いが』

(うぉい。あと何が凄いって、周りが"なるほど、そうなのか!"なんて納得してるのが一番有り得なくねえか? いろんな意味で酷過ぎる)

『馬鹿だからじゃないかのう』


 否定できる要素が見当たらないのが何とも。

 そんなことを考えている間に、連中は臨戦態勢に入ったらしい。手には札を持ち、隣には鬼や天狗の様な妖などが控えている。

 すわ嬲り殺しか──、って襲い掛かってくる様子がねえな?


(……あん? 結局、これは一体何のイベントなんだ?)

『イベントて。……要は、妖刀に喰われたお主を殺したとして、

 ”代々封印されている最凶最悪の妖刀が哀れな娘を喰らって復活しようとしたが、有能な我が一族が勇気を持って打倒した”

 ──とでも宣伝材料にするつもりじゃ。細かい"設定"は色々あったと思うが、どうでもいいじゃろう』

(それで自作自演、か。その割には殺しに来ないが?)

『言ったように止めを刺した奴が英雄扱いだからの。基本は当主か、それに連なる近親者が殺る。逆にバッサリ殺られた場合は当主交代じゃな』

(駄目だ突っ込み所が多すぎる)


 と言うか、その理由だと封印に不備がありますって言ってるような気がするのだかね。


『正直に言おう──この手の話はよくある話・・・・・じゃ』

(ひでぇ。余所も似たようなもんかよ)

『歴史だけ・・の家なんぞ、九割は中身がぐずぐずに腐っておるじゃろうよ』

(ごもっとも)


 とりあえず、今回の相手は予定通り当主が担当するらしい。向こうとしても邪魔が入らない、かつ(かなり婉曲ではあるが)正当な理由で俺を排除できるので、準備は万端だろう。

 妾の子だからという理由だけで八年越しの殺害計画。なんて粘着な。

 まあ本当なら、昔から子狐丸の近くに住まわさせておいて、勝手に死んで欲しかったのだろうに……痺れを切らせたといったところか。


(そいうや婆さんや多恵とか俺の世話してた人、お前に喰われているなんて兆候はなかったように思えるが?)

『鞘に入っている間は力は微弱であるのと、我の力はお主の部屋だけに作用するように仕組まれておるからの。使用人達は長い間あの部屋にいるわけではないから、単に疲れやすいだけじゃな』

(そ、か)


 当の本人は俺が何も反応しないことをいいことに、着々と準備中。そこそこ業物っぽい刀に大量の札、あと装飾具をジャラジャラと。なんで今更とは思うが、多分俺が子狐丸を扱えている様に見えるので、急遽保険を増やしているだろう。なんて呑気な。


『本来であれば』

(ん?)

『本来であれば、我を使うての処分は”外”で行われるのじゃがな』

(そうなのか。場所が変わるだけで、ネタは変わらんと思うのは気のせいか?)


 外だろうとなんだろうと、ここと同じように入念なお膳立ての元にお役目とやらが行われるとは思うのだが──


『いや、普段は気が狂う寸前まで追いつめ、その上で我を"偶然"発見させて外に逃がしているのじゃ』

(ああ、それならやり様によっては逃げられそうではあるな。が、普通ならそこでお前がネックになるか)

『大体は自我なぞ飛んで消えておるかのう。逃げるより斬ることに意識がいっておる』


 おそらく式神とやらか何かで位置も捕捉しつつ弱らし、誘導して止めを刺すのだろう。

 と、ようやく当主の化粧直しが終わりのようだ。


 ふーむ。そろそろこれも終わり、か。


『……すまぬな』

(は? 何故に謝る)

『お主なら我を抜いても影響を受けないじゃろうとは予想しておった。その上でお主の前世とやらの知識・経験を合わせて逃げ切れると思っていたのじゃが……見通しが甘かったと思うての』


 確かに、さっきの条件なら十分逃げられる範囲ではある。

 この刀は、俺を逃がそうとしてくれていたらしい。


『じゃが、この状況では、の。相手は生粋の馬鹿じゃが、伊達に当主はやっておらん。呪術はともかく、少なくとも剣術は達人と言えるじゃろう』

(ここ陰陽の家系のはずなんだがなー)


 呪術関連の一族で、メインの呪術が"それはともかく"のトップってのは大丈夫なのか。


『お主は確かに我を扱える。──じゃが、八歳の童には変わりない。鍛えていない体では宝の持ち腐れじゃ』

(自分で自分を宝っつったなオイ)

『それに、今の状況では馬鹿を斬り捨てたとしても、残りの連中が当主の座欲しさに寄って集って殺しにくるじゃろう』

(ふむ。こんな小娘相手に負けるとは思っていないようだが、どう蹴落としてやろうかと気合は十分だな)

『………………………………………………………………………………』


 面倒になったなー、なんて考えていると、先ほどから神妙な雰囲気で話していた子狐丸が何故か静かになった。

 あれ、何か変なことでも言ったか?


(どうした?)


 話しかけるが、反応なし──という訳でもないな。何か唸り声が聞こえる。


『……お、お主は』

(うん?)

『お主という奴はっ! 巫山戯ておるのか!?』

(おおう!?)


 突然のことで、本気でびっくりした。……表には出てないみたいだが。

 手に持つ刀から、やたら怒りの気配が伝わってくる。


『お主なら分かっておるはずじゃ。もはや逃げ場はなく、詰んでおる』


 ふむ、と現状をもう一度俯瞰する。特に難しい事なく、簡単な話。


『確かに、奴らが思う以上の知性と知識を持っているのは非常に有用じゃろう。しかしお主は童であり筋力体力は並以下で、かつ相手は達人級。加えて当主には及ばずとも、熟練者が周りを囲んでおる』


 おお、まさしく絶体絶命か。

 しかし、よくもまあ子供相手に権謀策謀とやっていられる。もう少し賢いやり方は無かったのだろうか。

 そんな内心とは裏腹に、小狐丸は深刻そうな声色で結論を告げる。



『もう一度言うが、お主に逃げ場はなく──ここで殺される』



 なるほど。

 視えた結果としては分かり易い。と言うか、見たまんまではあるが。


 しかし。

 しかしだ。


(そいつはちいっとばっか、諦めが良過ぎやしねえ?)

『…………何じゃと?』


 そりゃ当たり前だ。

 正々堂々リンチされて殺されて下さい、なんて頭可笑しいこと抜かされて、はいはそうですかと応える程、人間出来てないし諦めてもいない。


(いい加減、この状況にも嫌気が差してたしな。そろそろ派手にぶっ壊して──終わらせてやる)


 当主が適当な宣誓を終わらせ、こちらに向かって刀を構える。

 距離は約十メートル 。

 暗い笑みを顔に貼り付け、

 実の娘を殺すために一歩を踏み出し、







 激音と共に、俺の拳・・・が馬鹿の顔面にめり込んだ。

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