第4話
当主が俺に対し
俺は今、屋敷のすぐ傍にある広場──儀式場かなんかだろうか?──に出ていた。正面奥には
広場自体も整地されて飾りつけなどがされているのだが……人にしろ広場にしろ金やら宝石やらがふんだんに使われていて、趣味の悪さが滲み出ている。
(つーかこの屋敷、こんなに人いたんだな)
『凄まじく今更じゃの。お主、仮にも当主の娘の筈なんじゃがなあ』
(妾の子だからだろ。本人は最初認知しなかったらしいけどな……ってこの話、お前から聞いたんだったか)
むしろこの手の話は他に話す奴がいないので、当然限られてくる。
連中からは穢れた血だのなんだのとはよく言われるがね。
『……ああ、あの阿呆は”孕むほうが悪い”などと、ドヤ顔で言い切りおったからな。当主争いも含めて荒れたのなんの』
(で、ようやく適当な理由かこつけて恥の証を処分できるから、まぁたドヤ顔して綺麗どころ侍らしてると。成長してねぇー)
『お主を消したところで過去が消えるわけでもあるまいに。お母堂は既に他界しておるから、これを見ることが無かったのはある種の救いになるのかのう』
(さすがによく覚えてないから何とも言えんけど、確か産後に調子悪くしてそのまま、だっけか)
あまり聞くことがない今生の母親の話。大和撫子を地で行くような人だったとは聞くが、もともと体が弱かった上に連中からの精神的被害で限界だったらしい。
しかしそれでも俺を生み、眠りに着くように静かに亡くなったとか。
『我から見ても、よく出来た娘だったからの。もう少しでも、救いがあっても良かったのじゃがなあ……』
(どこの世の中にしても変わらず世知辛い、か。俺が言うのもなんだが、来世は幸せに生きてほしいね)
そんな俺達の内心に気付かず、用意は着々と進んでいく。
この日は朝から大変だったのなんの。
いつも通り夜明け頃に起きてみれば、突然見知らぬ使用人達が襲来して風呂場まで連行された。体を隅々まで洗われた後に精進料理のような質素な料理を食べて、妙な祈祷までされる羽目に。
そして昼一杯使って延々と瞑想をさせられ、日が落ちてからまた朝と似たようなものを食べてから着替えだ。巫女服のような紅と白を基調とした、細やかな衣装が施されている着物。派手すぎず地味すぎず、それでいて見た目よりかは動きやすい。普段のより肌触りもいいので、結構良い品ではなかろうか?
あとは薄く化粧を施し、髪を整えて簪を一つ差す。それでようやく朝から付きっきりだった使用人たちは去って行った。
えらく疲れたが、一つ気になるのは、
(多恵や婆さんと会わなかったのは、万が一俺を逃がさないようにって警戒されているからかね?)
『あくまで保険程度ではあるじゃろうがな。あの阿呆はどうあってもこれを成功させたいようじゃ』
(単に殺る気全開なだけだろ、それ)
俺が今いるのは広場のど真ん中。絶賛正座待機中である。
お役目とやらに使用人は出ないらしく──呪術の一種と考えれば当然か──椅子やら篝火やら軽くつまめる饅頭やらの用意には、立場の低い分家が走り回っている。
明らかに見世物だなこりゃ。
(長いなー……)
『なんじゃ、正座が辛くなってきたのか?』
(いんや。昔っから正座ばっかだったから、それは苦痛ではないんだが。むしろ向こうの手際の悪さを見せつけられているのが、こう、思わず張り倒したくなる感じがなあ)
『こっちも朝から準備しとるはずなんじゃが。外で行事がある時はどうしとるんじゃろうなー』
(なんとなく影で嗤われてる風景が目に浮かぶ……)
年末年始や各季節の節目には、よく大きな荷物を持たせて出ていく姿を何度か目にしたことがある。
厄除けやご祈祷は神道の領分だから、占いなどの吉兆を司ることなんだろう……なら、あの厳つい鬼やら何やらの式は何に使っているのか。うーん、やっぱもうちっと情報欲しいねえ。
まあそれはそれとして。
そもそも外で真面目に仕事できてんのかい、という光景が目の前にあるんだがな。
(当主の傍には分家の娘が並び、少し離れて本筋の兄妹が分家に餌付けされている。分家は分家で上を敬ってる雰囲気が欠片もしねえ……新手のギャグか?)
『どちらも互いの状況を把握しておらん気づいておらんのが、なんとものう。あれなら将来は間違いなく────』
ふ、と急に騒がしかった連中が大人しくなった。
視線だけで周囲の把握に努めれば、すぐに理由は判明する。
(準備が終わったか)
答える声はない。
忙しなく動いていた筈が、気が付けば完全に俺を包囲するように──いや、実際これは逃がさないようにしているのだろう、取り囲み、今か今かと暗い笑みを浮かべている。
(なんつーか、ホントに邪教の生贄にされてる気分だな)
何も知らない第三者から見れば、即通報レベルの光景だろう。特に、実の父親は今にもひゃっほーいと言いたそうなツラをしており、正直アレと血が繋がっていると思うとかなり気が滅入る。
……腹違いの兄妹の方はどうだ、とそちらを見て、追い打ちでテンション急下降したのは言うまでもない。
そんなことに思考を費やしていれば、屋敷に一番近い所で人垣が割れた。
厳かな雰囲気を醸し、ゆっくりと、実にゆっくりと誰かが近づいてくる。
その人物の姿形は、
(……札のお化け?)
見た瞬間、そう結論付けた俺は悪くないと思う。
何せ、遅々とした歩みで此方に来るそいつは、どう見ても普通では無かった。いや、ここの現状も大概なのに、それに輪をかけて頭がぶっ飛んでいたのだ。
まず服装は着物……だと思うのだが、隙間なく札が貼られており、もはや札を着ていると言うべきもの。しかもそれは服だけに留まらず、手袋や足袋、被る頭巾に至るまで札を敷き詰めている。
その隙間からボサボサの長髪が垂れ下がっているのは、結構ホラーな手合いだった。
前が見えているのかいないのか、それでも確かに俺に向かって歩いてくる。
なんだなんだと思っていると、そいつが手に持っているものがようやく目に入った。
札に半ば埋もれ、しかし異様な存在感を放つそれは、
(刀、か)
歩いてきたそいつは俺の目に前に刀を置くと反転し、また同じような速度で戻って行った。
その刀が用意された後、更に連中の期待感──そして緊張感が高まったことを理解する。
どのような塗料を使われているのか、そこらの闇より深い黒塗りの鞘。鍔はなく、濃い狐色の柄に余分な装飾はない。
長さからして、ぎりぎり太刀に分類されるだろうか。
いや、今はそれよりも。
(それよりも。この存在感を俺はよく知っている)
これは、あの部屋ではいつも身近に感じていた気配。
生まれ、すぐにあの部屋に入れられてからの付き合いとなっていた。
なるほど。
確かにお前は、その時が来れば分かると言っていたな。
(──やれやれ。まさか、妖刀の類だとは思わなかったよ)
『ふん。まさかと言う割には全く驚いたようには見えんの』
いや、案外定番だとは思うが。
連中が何も言わないので状況が掴めないが、要はこの刀を手に取れというこのなのだろう。
何か化け物とかと戦わされるのかね?
仕方が無いので、置かれた刀に手を伸ばして掴み取った。
触れた手の平から、暗く深い濁った感情が流れてきた……けども、それは一瞬。気のせいだったかと思う程、呆気なく霧散した。
(……? ああ、そうか
鬼だの何だのとある世界だ。もとより長く年月の過ぎた刀など、大半は
ま、今はそんなことはいいか。目下、優先すべきことは他にある。
柄と鞘を地面と水平になるように持ち、一息。滑らせるように引き抜く。
楽器を鳴らした様な音色が響き、その刀身が露わになった。
──その瞬間。
今度は脳髄に直接、負の感情が叩き込まれてきた。無理やり頭蓋をこじ開けられ、熱したタールのようなドロドロとしたモノを流し込まれているような錯覚に陥る。
少しイラッとするが……まあこんなもんか?
寧ろ、今にも立ち上がり、拍手喝采をしそうな当主の顔の方が数倍ウゼえ。
とりあえずあの顔には全力打撃をお見舞いしようと決意を新たに、抜かれた刃を吟味する。嫌な感触はあったものの、知覚が鋭敏になったのを感じられた。それが、この刀の力だろうか。
いや、今まず確認することは、
(銘は?)
『……何?』
(銘だよ。あるんだろ? この刀の──いや、お前の名前が)
月光が滑り、淡い輝きが刀を照らしている。
『まったく、お主と言うやつは……』
(なんだ、何か変なことでも聞いたか?)
『いや、まったく。面白くはあるがの。ああそうだな、名乗るのは随分久しぶりじゃ』
くくっ、と何が楽しいのか、面白いという感情が柄を通して伝わってくる。
一拍、間を置いて。
『我の──この刀の銘は』
風が響く。
どこか遠くで、獣が鳴いているのが聞こえた。
『子狐丸』
それは、遥か過去より語り継がれし名。
信念と共に打ち、鍛え、刻まれた銘。
『我自身はもはや知らぬ領域ではあるがね。稲荷の神が相槌を打って拵えたとされる、狐の名を冠する刀じゃよ』
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