第30話

「お嬢さん、どうかね? 私は少々コーヒーに関して妥協できぬ性質でね、つい熱が入ってしまうのだよ。こればかりは他人に任せられず、自分で入れる事にも慣れてしまったな」

「……(しょぼん)」

「うむ、じいの入れるコーヒーは香りが違うな! だがボクは紅茶派なので味はさっぱりなのだが」

「うまうま」

『ふぅむ、ここまでくると、いっそ我も呼んでみるとかどうじゃ?』


 ここは世界基準でもトップレベルの家柄だとか資産を持つ子息令嬢が通う学園のはずなんだが……ここ、一応理事長室だよな?



 俺は今、部屋中央のテーブルに座っていた。

 隣にはかなめ嬢、正面には五十嵐孫がおり、そしてテーブルの上には高価らしいお菓子と飲み物が並んでいる。俺がコーヒーで、他二人は紅茶だ。


 そこはまだいい。

 ただ、そこにいる当人達が少々問題だ。


 爺こと五十嵐いがらし翁は何故かコーヒーを自分で淹れ始めたが腕前は本職級で、その隣では仕事がないメイドがしょんぼりしている。

 孫は爺のコーヒーを褒めてはいるものの、当の本人はコーヒーではなく砂糖を山ほど入れた紅茶を飲んでいるし、かなめ嬢は話は聞きつつもお菓子を食べる手は止めていない。

 そして俺は爺が淹れたコーヒーを飲み、聞いてもいないコーヒーに関する経験を語られているときた。なお、駄刀の意見は無視するものとする。


 ……なんだろうな、このカオス空間。


(いやまあ確かに"前"でも飲んだことがないぐらい上等な味なのは確かなんだがな? これを爺が入れたのってのが妙に納得いかねー……)

『道具が机の引き出しから出てきた時は驚いたのう。豆も常に状態の良い物が保管されておるようじゃな』

(学園理事長ってのも顔の一つだから、普段ここにいるって訳じゃねえだろうに。それでも常に準備万端ってのは何とも贅沢な話なことで)


 準備万端の方向性が明らかにおかしいが、爺の話なので納得できてしまうのがなんとも。

 にしても、だ。爺の趣味は兎も角、そも本人含めてここに集まった理由を聞きたいところである。空になったカップを置き、視線で問うと、一応察しはしてくれたようだ。


「ふむ、もう一杯いかがかね――と言いたい所ではあるが、確かに子供の帰りが遅くなるのはよろしくない。ああ、一先ずはお互いの自己紹介が必要かな?」


 言われ、そういえば眼前の五十嵐孫について資料上で知ってはいたが、直接話すのは初めてだったと思い出した。初っ端から強烈な挨拶が飛んできたので、忘れていたというか、どうでもよくなったというか。


 ともあれ、向こうも注視している以上は挨拶的なものはしておくべきだろう。

 このイイ感じにネジが飛んだ狂人予備軍とは、恐らく腐れ縁になるであろうから。


これ・・とは長くなりそう……なのかのう?』

(なるだろ。間違いなく。俺がよほどのヘタを打たない限りは続くだろうさ)


 仕事の内容上、学校内で行動を共にすることが多くなるのは間違いない。そして人間的な関係としても、なんだかんだで長い付き合いになるだろうという確信に近い感覚がある。


『ちなみに聞くが、根拠はなんじゃ?』

(まあ根拠って言われると半分以上は勘になってくるんだがな……こいつ、"前"で腐れ縁になった連中と似てるんだわ)

『……その"前"の連中とは、傭兵仲間の事じゃよな?』


 言いたいことは分かる。

 すごく分かる。


 しかし一目見た段階で妙な既視感を覚え、あの言語中枢やられてんじゃねえかっていう台詞を聞いた時点で確信した。


 あ、こいつ厄介ごとの塊トラブルメーカーだ、と。


 悲しいことに、"前"から付き合いが長くなるのは、大体がこんな人格破綻者ばっかだったのだ。退屈とは程遠かったものの、当然平穏とも縁がなかった。

 ま、人としてはアレだが優秀なのは間違いない阿呆共だったからなー……何回殴り倒したか覚えてないが。


 そして、だ。

 目の前にいるのはこの国トップクラスの金持ってる家の跡継ぎで、いい感じにズレており、この先何度もはっ倒すことになりそうな女児だ。

 これだけの条件が揃えば、良縁だろうと悪縁だろうと、それこそ縁が腐るほどは続くだろうと確信できる。


『うむ、どう考えても色々おかしいからのう?』

(ははは、知ってる)


 しかしこればかりはどうしようもない。

 人にはそれぞれ相性というモノがあり、まっことに遺憾ながら、ひっじょうに残念ながら、俺の場合はどうも狂人やら天然やらを惹きつけてしまう性質らしいとは自称占い師電波女の言だ。


 他にも妹様ヤンデレを筆頭にドクターマッドやら会社の上司戦闘狂やら諸々、医者も聖職者も裸足で逃げだすような連中ばっかだったことを考えれば当たってはいたのだろう。

 できれば今生では違っていてほしかったのだが……よし、駄目だなこりゃ。


「うむ、君のことは多少ではあるが聞いているとも! 何やら声が出ないのだろう? だが安心すると良い、ボクはそんな些細な事は気にしないからな! どうだ、寛大だろう素晴らしいなボクは!!」

《名前、栗原くずは》

「くずは君か! よろしい、ならばボクも名乗らねばならないな!」


 言うなり立ち上がり、やはりターンとフィンガースナップを決め、


「聞くがいい――ボクの名は五十嵐世界いがらしせかい! 将来、名の通り世界を手にする者だ!! ふ、気軽にザ・ワールドと呼んでくれても構わんよ!?」


 シャキ――ンとポーズを取って名乗りを上げた。

 うん、かなめ嬢、拍手は不要だ。


 意味あるのかコレと思ったが、似たようなの厨二病は練習までしていたぐらいなので、本人的には重要なのだろう。なんでこの手の類は世界が変わろうとも似通うのかね?


 一息つくと落ち着いたのか、手を差し出してきたので重ねて握る。

 ……うん? こいつは……意外といえば意外か。


『どうしたのじゃ?』

(いや、こいつの手なんだが、どうも鍛えてるみたいでな。剣術の類だと思うんだが)


 資料には体が弱いとあったので、体を強くするためか、単なる趣味か。性格的には前者っぽいな。

 こういうタイプは慢心せずに裏でやたら努力するからなー……。その努力の方向が全力で誤る事が多々あるのは、もう笑うしかないが。


「ああ、ちなみにそこにいるかなめ君とは同じクラスさ。くずは君も一緒になる予定だがね、今後ともよろしく頼むよ?」

「……(こく)」


 頷くと、世界は自己紹介で満足したのかソファーに座り直す。

 なので俺も腰を下ろし、五十嵐翁に視線を投げた。

 こちらの様子を楽し気に見ていたその姿は、孫の成長を喜ぶ祖父という形そのもの。どうやら間の両親は兎も角、この二人の関係が良好なのは間違いないようだ。


「うむうむ、やはり若者はこうでなくてはな。――では、さっそくではあるが、時間も押しているので進めさせていただこうか」


 五十嵐翁が指を一つ鳴らすとメイドがリモコンを操作し、天井から巨大なディスプレイがせり出してくる。

 そしてそこに映されたのは……なるほど、勢力図か。


「本来であれば、くずは君の編入初日に説明する予定だったのだがね? 色々と丁度良かったので急遽、今日話をさせていただこうという訳なのだよ。ま、気軽に聞いてくれたまえ」


 気軽に、ねえ。

 やれやれ、ほんと、地味に難易度高くないかこの仕事。


 少し抜けかけていた気を入れなおし、ディスプレイを注視する。

 ここで話される情報は間違いなく今後必要となる内容だ。こっそり持っていたICレコーダをONにして、メモの準備も忘れない。


 できれば、楽しい話ならいいんだがなー……。

 無理か。


 ……そして話の前に、かなめ嬢。そろそろ食べるのを止めようか。

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