第31話
「さて。勢力だの何だのと格好を付けても、そう難しい話ではないので安心すると良い。――厄介事なのは確かなのだがね?」
「単純に面倒なのだな!?」
どうも説明の類が好きらしい
性格が似た変人は同族嫌悪で殴り合うか、気が合い一緒になって暴走するかのどっちかだが、この二人の場合は後者らしい。なんつーはた迷惑な。
(帰れるもんなら帰りてぇー……)
『ははは、そりゃ無理じゃろ』
単純だろうが複雑だろうが勘弁してほしい所ではあるものの、どうも既に当事者らしいのでそうも言ってはいられない。何しろとっくに実害は被っているのだ。
これが俺だけしか被害を受けないというのであればまだ良かったが、やらかしてくれた阿呆は一般人含めた周囲の被害を考えずに突っ込んできた。となると護衛対象のかなめ嬢がいるときなぞ、気にしないどころか喜々として凸してくることだろう。
あの馬鹿共相手なら遅れを取ることはないと思うが、その隙に別口の連中――元々かなめ嬢を狙っているのまで来ると流石に厳しい。
排除できるならさっさと排除したいところだが……。
「ふむ、どこから説明したものか。まずは……簡単に認識合わせを含めて話そうか」
「にんしきあわせ?」
「かなめ君は後でくずは君が分かりやすく教えてくれるので大丈夫だ」
「はーい」
俺かよ。
まあどうせ帰ったら椿や峰坂氏への報告は必須だったのだ。その時に合わせて話せばいいだろう。
(爺から呼び出し喰らってここにいるのは伝わってるだろうしな。出たら多分迎えが待ってるだろうさ)
『どっちの話じゃ?』
(両方。かなめ嬢は元より送り迎えがあるし、俺も多分椿が車出して来てると思うぞ)
『危なく……はあるが、それを今から話すのじゃな。いや、まずは基礎知識の摺り合わせからか』
メイドが手元のリモコンを更に操作すると、今度は窓ガラスが徐々に曇っていき、外の景色が見えなくなった。ついでに部屋も暗くなり、天井から下がったディスプレイだけが眩しいぐらいの光を放っている。
そしてそのディスプレイを背にして立つのは五十嵐翁。
本人はこの国どころか世界に多大な影響を及ぼせる人物のはずだが、聞き手がメイドを覗くと全員子供と言うのがなんともシュールだ。
「さて、順番に話していこうじゃないか。多少時間は必要だが、皆、保持している情報がバラバラのようだからね」
「うむうむ。所有情報の統一は基本だな!」
「????」
かなめ嬢が首を傾げているものの、年齢を考えればこれが普通だろう。中身が詐欺の様な俺や、言動は兎も角として膨大な経験と知識を持つ五十嵐翁は当然としても、その孫――世界がオカシイだけである。
……爺にそっくりでハイスペックなのが唐突に出てきたら、そりゃ周囲も慌てるよなあ。
「これはこの学園に関係する者なら誰でも――という訳ではないがね、いれば自ずと理解できる話だ」
踵を鳴らし、ディスプレイを見せつけるように下がると、そこに映るものを指し示す。
「まず前提として、
『多くないかのう?』
(普通は三つぐらいだと思うんだがなー……世代が幼~大までと幅広いからその影響かね?)
「人の集まりとして分かりやすくはあるのだがね。何、大雑把に言ってしまえば親の都合と金の有無だ。派閥などと称しても所詮は子供の集まり、そこに大した思想は無い」
「金持ちと言っても、色々あるから仕方がないね!」
この学園は確かに金持ちが集まる学び舎ではあるものの、しかしその中でも優劣や上下関係が存在するのは当然だ。そして親の取引の都合なので知り合いなどであれば、自然と集うことになる。
(前の爺主催のは例外としても、基本パーティなんぞ味方しか呼ばないだろうからな。そこの関係が学園、子供の立ち位置にまで影響してるってことか)
『分かりやすくはあるものの、確かに面倒じゃの』
それでも"五つ"は多いと思うが、しかしまだディスプレイにその辺りは詳しく表示されていない。一目見て分かる情報としては、ディスプレイに表示されている大きさの違う円だ。
大きさの同じ円が二つ、それより小さい円が二つ、更に小さい円が一つ。大きい円二つは接し合っているが、残りの三つはそれぞれ離れていた。
「順番に行こうか。まずこの同規模の対立している円二つだが……有り体に言ってしまえば、"旧"と"新"だな」
「もしくは"老"と"幼"でもどうだろうか?」
茶化すように言う世界の言葉は分かりやすくはあるが、中々に辛辣だ。
棘はないが、どちらにも興味がないようで、心底どうでもよさそうである。
『こうもあからさまに、大人の事情を学び舎にまで持ち込むとはのう』
(ま、この手の相反はどこにでもあるもんだからなあ。定番っちゃ定番か)
その上で少し疑問として出てくるのがかなめ嬢の立ち位置だが、本人がここにいる以上はついでにその辺りの説明もあるはずだ。焦らず、情報をしっかり吟味していかないとな。
「面白みも何もなくて申し訳ないが、一応説明だけはさせていただこう。"老"もとい旧派は古くからの『家』主体の連中で、"幼"ないし新派は最近盛り上げてきている『企業』主体の連中だな」
「ふむ。じいよ、その二つの明確な区切りはあるのか?」
「率直に言えばないね。気分やら雰囲気やら、まあ大体は三代以上続いているかどうか、といったところか」
「意外と条件緩いね? いや、財閥の出だけとすると、勢力として数を保てなくなるから当然か」
ふーむ、と世界が腕を組んで唸っているが、詳しくは知らなかったのか?
俺とは違って既に学園在中だし、五十嵐翁の傍にいるのであれば知っていて当然だのとは思っていたが……。
こちらの視線に気づいたのだろう、世界が振り向いて目が合うと、何故かニヤリと笑った。
「ほうほう。何故ボクが知らぬのか、といった風であるね。それは簡単――何せ興味がなかったからね! これっぽっちも!!」
「おおー?」
(ない胸張って言うことじゃねえんだよなぁー……)
ぱちぱちと雰囲気で拍手するかなめ嬢と、それに気を良くしてポーズをとる世界。
ハハハ、このド天然コンビの護衛をしないと考えると頭痛いな……!
五十嵐翁とメイドがいい笑顔をしているが、これは世界の話(?)相手ができたという以外にも、面倒を俺に押し付けられるってのもあるよな貴様ら。
「ちなみに、かなめ君は新派に属していたのを私が奪――貰い受けた訳でな。変に怨み買っている可能性があるので気を付けたまえよ?」
「ぬ?」
「う?」
(って、さらっととんでもないこと言いやがった!?)
かなめ嬢が狙われているのは承知の上なのだが、話のタイミングを考えればこれは追加案件だ。当の本人が首を傾げているあたり不安過ぎて涙が出るな。
タブレットを手に取り、即座に文字を書いて突きつける。
《詳細》
『簡潔過ぎぬか?』
こういう時、言葉が出ないのが不便でしょうがない。タブレットで書くのも慣れている訳ではないので時間が掛かるし、結果として内容も単語のみの凄まじく簡素なものとなる。まあこの爺ならそれでも十分通じるだろうけど、相手と十分な意思疎通を図るなら早めに喋れるようにならんとなー……。
そしてタブレットの文字を見た爺は顎に手を当てて、一つ頷く。
「ふむ。そうだな、これを先に言うべきだったか。実はかなめ君の件に関しては、保護者――峰坂君より話があったのだよ」
(……峰坂氏から? あ、もしかしてそっちか?)
『どっちじゃ。ふーむ、親の方は確か以前に若手の希望だとか何とか言われておったが、その関係かの?』
その期待の星の娘にして、見た目は可愛らしく(中身は天然だが)、護衛として
で、あれば。峰坂氏からあえて派閥という後ろ盾を鞍替えする意味は、
「ほほう、どうやら既に気付いたようだね」
「むむっ!」
いや心を読むなというか、世界も張り合ってこなくていいというか。
かなめ嬢は……あ、駄目だこりゃ。自身の事なのに、もう完全に理解を放棄してやがる。一応聞いてはいるようなので、そこの理解は追々か。
「なに、単純にかなめ君は形ばかりの旗頭としても、囮としても、親としてはどちらも御免だということさ」
「ぬ。では先日、かなめ君が攫われたという件は……」
どうやら世界も先日の一件は知っているようだ。
それらの情報をまとめるために考え込んだ子供らしからぬ幼女を脇に、先日の一件を思い出す。
(事実として峰坂氏は優秀なんだろうがね。それでもあれほどの手練れを送ってくる理由には、ちと足りなかったからな。ここでようやく合点がいったが、デコイ扱いかよ)
『なるほどのう、そう繋がる訳じゃな。ふーむ、確かに誘蛾灯扱いとしても、相手が大きすぎるのは御免じゃな』
峰坂氏にとっては苦渋の決断だっただろう。出来る事なら娘はドロドロとした権力争いに関わらせたくなかったのだろうが――という事か。
俺を引き込んだのも、その辺りの思惑が関係しているはずである。他にも色々と選択肢は用意していただろうが、選んだのは五十嵐翁に預けてしまうという中々思い切った決断だった訳だ。
『かなりの大博打じゃなあ』
(そりゃな。ま、前のパーティで俺共々興味を持たれて、かなめ嬢も問題なさそうだったから、それで決めたってとこか)
確かに五十嵐翁は権力も財力も、それを扱う実力も持ち合わせているものの、如何せん人格に問題があり過ぎる。
しかしそれでも託したとなると……あれ、結構状況ヤバいのか?
「おかげで、今まで峰坂君の後ろに隠れて好き勝手やっていた連中は大慌てさ。勝手に祭り上げて、勝手に暴走して、勝手に逆恨みしているのだよ」
《はた迷惑》
「だろうね。何、そのような連中はその内、それこそ勝手に消えるだろうさ」
「しかしすぐに消える訳ではなく、窮鼠で特攻の可能性が高いと。後先考えていない阿呆共の相手は、確かに厄介だな!」
面倒この上ないなー……。
で、まだあるんだろう?
「ははは、何やら期待されているようなので応えよう。ま、新派の残り大半は様子見や、私がその内飽きるだろうと考えているから放置でいいのだが」
「旧派もこちらに絡んでくるかね?」
世界の疑問に五十嵐翁は鷹揚に頷き、
「無論、むしろメインはそちらだな。私が新派に付いたり、かなめ君が成長して新派に戻ったりする可能性を考えれば、大人しくはしていないだろう」
「おお、全面ではないが二大派閥が敵か! 面白くなってきたな!」
(どこかだよ)
『なるほどつまり斬りたい放題じゃな!?』
(ブルータス!?)
駄刀は帰ったら漬物石代わりの刑に処すとして――これでまだ
……いや、待て。あの自分たちが至上だと勘違いしている阿呆共だぞ? 人徳やら能力やらの欠片もないので、そもそも派閥として成り立っているかすら怪しい。
そんな嫌な事実に気づきそうになっている合間にディスプレイの映像が切り替わり、今度は二大派閥以外の説明に入るようだ。
ようやく後半に差し掛かるようではあるが、
(初等部だってのに、何で既にこんだけ混沌としてっかね?)
『そりゃ天辺がこのご老体じゃからじゃろ』
……すげえ納得した。
稲荷刀憐~狐と刀と人生ハードモードと~ じゅくちょー @jukutyo
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