弐の章 名付と初仕事と
第12話
気が付けば、あれから二週間が経過していた。
当初は追っ手がやたらめったら来るかと思っていたが、そんな事もなく。新しい環境でのアレコレがあったぐらいで、非常に平和な日々であった。
子狐丸の推測では、あの百足は向こうにとって切り札的なもので、それが倒されたので二の足を踏んでいるだろうとの話である。
ま、あの腑抜けた連中の事だ。俺を殺れれば大金星なのだろうが、返討ちは確実なので、誰が先陣を切るかで揉めた挙句に膠着状態に陥ったのだろう。
二度と顔を合わせたくはないが……その内、嫌でも巻き込まれそーだな……。
で、だ。
そんな事はさておき今現在はと言うと、紆余曲折あったものの、俺は無事寝床を得る事に成功していた。
「ただいま〜」
「お疲れー、と」
事務所側の入り口から"帰宅"と"出社"を告げる声が聞こえてきた。
ばたばたと落ち着きのない音と共に、学生服姿の少女と少年が部屋に入ってくる。
「あ、お嬢。お疲れ様」
この事務所兼自宅の家主である少女――
が、逆に見た目通りでないのが少年――
隆仁は落ちた鞄に眉をひそめ、拾ってから少し叩いてからソファの横に立て掛けた。椿に何も言わないのはもう諦めているからだろう。
厳つい外見からは想像できないぐらい変に細かい男である。
「電話とか来客とかあった?」
椿がPCを立ち上げてメールを確認しつつ聞いてくる。
それに対して俺は首を横に振るだけで答えた。
「ん、ありがと」
ちなみに隆仁はコーヒーと紅茶を入れに行っている。勝手知ったるなんとやら、だ。
――あの病院での騒動の後、当然のように俺の扱いが問題になった。
何せ身元不明で言葉が話せない幼女で、しかし戦闘能力は高め。謎のワープ機能付きの刀も相まって、適当な施設に預けることが出来なくなったのだ。
唯一分かるのは、出会った場所とその追っ手から陰陽師に関係していること。ただ命狙われてるのは明らかなので、下手な場所では迷惑かかることが間違いない。
さてどうしたものかと隆仁と椿が頭を悩ませた時、あの誘拐されついた女の子、かなめの父親である峰坂氏から一つの提案が行われた。
まあ単純な話、対外的な事はこちらで対処するので身柄は君達の所で預かってはどうだろうかと。
これから俺が生活するにあたり、幾つか問題がある。
まず一つは戸籍。
裁判所に行けば何とかなるが、当然身元がはっきりとした人物が保障する必要がある。
まだ未成年の隆仁と椿では難しいが、これを峰坂氏がしてくれるという。どうやら先の救出劇について二人と娘自身から聞いたらしく謝礼の一つだとか。
もう一つは陰陽師家との関係だ。
ここで初めて知ったのだが、あの家は"土御門"……の所縁だという"九十九月"という一族らしい。陰陽師は総じて偏屈で閉鎖的だが、その悪い意味での代表格だとか。
家自体はかなり古く、時の天皇との関わりもあったことから、この国のご意見番気取りで各方面から嫌われているそうだ。もう流石としか言いようがねえが、今更か。
まあそのおかげで九十九月家から命を狙われている俺は、逆に連中にとってのアドバンテージになるようで、協力者が多いとのことである。
他は表情皆無とか日本刀とか色々あるにしても、その辺りの事情含めて変な所に預けるよりは手元に置いた方が良いと判断したようだ。
そんなこんなで現在の住処は椿の自宅兼事務所となっている訳である。
強いて言うなら、あと一つ問題があるのだが――
『ここが事務所という場所なのは分かったが、結局は何をする所なのじゃ』
(なんだ起きてたのか)
『起きとるわい。単に暇すぎてやる気がゴリッと削れておるだけじゃ』
ゴリッと削れるほど暇って何だ? 確かに二人に影響ないように倉庫に隔離してるけど、それは前と大して変わりはないだろうに。
『向こうは連中を観察しているだけでもネタには事欠かなかったからの。他にも誰かしらテレビ見ておったりネットしておったりと、しとったものじゃった』
(要はテレビ付けろと)
『うむ!』
どこの現代っ子だお前は。
いやもう妖刀という言葉にロマンを感じていた俺が悲しいわ。
『知らぬわそんなロマン。それより、二人からもテレビは推奨されとるじゃろう? 早く付けるのじゃ』
(ったく、仰せの通りにっと……)
普段は、明らかまともに育てられていない俺の為に、二人からもテレビを見ることを推奨されている。知識は偏っているが、言語やら感情の動きを学ぶには十分だ。
まあ中身がこんなんだから見当違いではあるのだが、やはり情勢が違うからか前世とは番組内容というか方向性が微妙に違い、そこを見ているのも面白い。あと完全に近代に毒されている妖刀の暇つぶしが含まれるとはいえ、流石に日がな一日中見てられる程ではないわー……。
二人がいるときは、どちらかが見たいものを後ろから見ているような感じだ。俺一人であれば基本ニュース番組である。どうやら暇を持て余している駄刀はバラエティをご所望のようであるが、んなこと知らん。
まだ夕方なので再放送やらが多く、ちょうど穏やかな旅番組があったのでそれにしておく。子狐丸が少し不満そうなものの、隆仁と椿が"課題"に手を付けているのであまり気が散る内容は避けるべきだと判断したのだ。
「隆仁ー。そっち解けたぁ?」
「……んな簡単に解けるか。つーか今月のノルマ全然達成できてねえんだから、少しは真面目にやれ」
「ふふふ、課題は解けないけど頭は溶けているわぁー」
「氷風呂にぶち込むぞ」
あははーと机に突っ伏す椿。彼女の手元には暗号文で書かれた"課題"の山が鎮座していて、中々前に進んでいないようだ。
解読作業は細々しているので正味頭が弱そうな椿は苦手なのだろう。隆仁は特に苦も無くやっているので性格が出てるな。
「いやー、父さんも何時の間にこんな嫌がらせみたいな課題を拵えたのかしら」
「……まあ、妥当なところ俺が入ってからじゃねえ? なんか喜々としてPCに向かってたし」
「重病人が一体何をやってたのかしら、あのアホ親父」
椿の父親。その人が"課題"を作成した張本人で、更に言うならこの事務所の前任者だ。
「とにかく、お嬢も加わったことだし、さっさと課題をこなしてまともに仕事出来る様にならねえとな」
「まあねー。じゃないと峰坂さんにも悪いしねえ」
苦笑しつつも起き上がり、課題を再開するあたりやる気は十分なんだろう。集中力が続くかは別にして。
『結局こやつら、というかここは何なのじゃ? 二週見続けたが、さっぱり分からぬ』
(あー、普通の探偵とか何でも屋とかとは違うからな。やってることは同じだが)
要は地道に張り紙したり営業活動をして仕事を得るタイプか、昔からの付き合いやその紹介で仕事を受けるタイプかの違いだ。
彼らは後者で、峰坂氏を始めとした先代からの付き合いを中心に仕事を行っている。
が、世の中と言うのは往往にしてままならないものだ。本来であれば彼らはまだまだ半人前だが、諸事情あって急ぎ技術や知識を身につけることが急務となっている。
「はぁ、父さんがまだ元気なら良かったんだけどねー」
「……悪い」
「えっ、いや、隆仁は悪くないわよ!? 隆仁は巻き込まれただけで、あのええかっこしいがヘマしただけだから!」
凹んだ隆仁を椿が慌ててフォローしようとしているが、その辺りは心の問題なので複雑だよなー、と完全に他人事だ。
なんでも先代、椿の父親が仕事中に誤って当時一般人だった隆仁を巻き込んでしまったらしい。そこで隆仁を庇って重傷を負い、暫くの療養の後に亡くなったのだとか。
大抵こういうのは後継に引き継げることなく潰えるのがほとんどだが、運が良いのか悪いのか、先代には多少猶予があった。で、その結果が山と積まれた暗号文なのである。
「幾ら何でも技術とか連絡先とか、丸っと暗号にする必要はないでしょーに。預金通帳の場所まで暗号にしてた時は正気を疑ったわよ」
「それは早く気づけよ」
「クレジットカードって便利だわー。おかげで残高見た時卒倒しそうになったけど」
何やら苦労はしているようである。
兎にも角にも、その一件で隆仁がこちら側にやってきたと。ああ、だから所々厨二臭いのか……。
「にしても隆仁はいいの? 最近遅くまでいるから義妹さんとかお隣さんとか心配してたじゃない」
「きついバイトってのは話してるから問題ねえよ。ったく、高校でバイトぐらい普通だろうに」
「隆仁との時間が減るからでしょうに……」
義妹と世話焼き幼馴染がいて、唐突に裏稼業に関わることになって美少女と一緒に仕事中。
……エロゲの主人公かお前は。
『お主は別ベクトルで可笑しいがの』
(……現状の事なら自覚してる)
『頭おかしい幼女に勘違いされた上に、世話を焼かれて"お嬢"とか呼ばれておるしの。はよ名前ぐらい決めんか』
(名前なあ……)
俺が抱える問題の一つ。それが名前だ。
戸籍を用意する際に名前を決めることになったのだが、やはり名前を付けるのは簡単な事でない。
隆仁は女の子の名前……と考え込みフリーズ。椿に至っては"コン"とか"狐子"とかしか出てこず、ネーミングセンスが皆無なことが分かった。
で、またしても峰坂氏からの案として自分で決めてはどうだろうか、という事になった。
俺が元々いたのは陰陽師。"名前"が重要なファクターになりそうだから、自分で決められるのであれば、それが良いだろうとのことだ。
最悪は峰坂氏が字数とか含めて決めるらしいが、ここは俺が俺の名前を考えるのが妥当だろう。
……まったく決まらないけどな。どうしたものかなー。
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