第11話
当初の予定とは大きく異なった結果になったものの。
ようやく来たよ都会風景、ってか。
(朝日がまーぶしぃー。ビル窓の反射とか、こんなに光ってたっけか?)
『まともに外に出ない我に聞くな。全く、我がいるから寝てろと言うのに。お主何気に徹夜は初めてじゃろう』
山と比べて幾分煤けた空気と所狭しと並ぶ高層ビル。地下鉄の入り口やコンビニ、信号機ですら懐かしい。
早朝独特の雰囲気がある街並みが通り過ぎていく。その風景を眺めている限り、"前"と比べれば平和そうに見える。ふむ、やっぱり図書館かで新聞のバックナンバーを読み漁る必要がありそうだなー。多分世界情勢というか各国のパワーバランスに違いがありそうだ。
とは言えまずは目先の問題、か。
あれから。
百足を崖下に叩き込んだ後。
式の烏を投石で撃墜してから車に再度乗り込み、すぐさまその場を後にした。
前方の二人は何かを聞きたそうにしていたが、そもそも彼らの目的は今は眠る少女の保護だ。安全な場所まで行くことを優先し、俺を乗せたまま数時間ほぼノンストップで走らせて都心までたどり着いたのだった。
ちなみに今はジープではなく普通の軽自動車に乗っている。そりゃ弾痕だらけの車で公道を走る訳には行かないので、途中でレンタカーに乗り換えたのだ。今は少女の診察及び治療の為に病院へ向かっているところである。
なんでわかるか? さっき男が電話で(たぶん)少女の親御さんと話しているのを聞いたからな。
(ついでにそこで俺の尋問っつーか身元確認もやるんだろうねえ)
『拷問じゃなければいいがの』
(その場合は病院ごと沈めてくれる)
それは無いとは思うのだが、確実にないと言い切れないのが世の中の悲しいところ。
まあ、それ以前に"目先"の問題を先に解決したいとろではあるのだが。
今運転してる連中? いやもっと別というか――
(で。
『思いの外、我と相性が良いみたいじゃのう。気配は薄くなっとるのでもう暫くで消えると思うのじゃが』
バックミラーに映った自身の虚像。
あの妹とよく似た姿に、今は追加されている影があった。周囲の音に自動反応してピコピコ動くそれは、
(しかしなんで狐耳。あと尻尾)
『似合っとるぞ?』
(や か ま し い)
頬杖を付いていた手をそこに伸ばせばフサフサした感触が手にあり、頭には手が触れているという感覚がある。何度確認しても幻覚ではなく、そこにあったのは見事な狐耳だった。
ついでに隣を見れば、自分の尾てい骨あたりからこれまたフサフサした尻尾が生えている。霊的なものだからか服をすり抜けているが、しかし触れられるという何とも不可思議な代物だ。
『今は幼子の抱き枕となっとるがの』
(くすぐったいというか何というか。しかし相性が良いと生える耳と尻尾ってなんじゃそりゃ)
この耳と尻尾に気が付いたのは百足を倒した直後だ。何やら頭部と尻あたりに違和感を感じたので触れて分かったのだ。子狐丸曰く初撃の時点で生えていたそうだが、まったく気づかんかった。
『名は体を現すと言うじゃろう? 我によって精神を蝕まれた者は傍から見れば"狐に憑かれた"様な状態じゃったからな』
(長い時間でそのヘンテコな能力が付与された、と。……あ? なら屋敷で抜いた時も生えてたのか?)
『気づいたか。ああ、確かに生えておったよ。お主があっさり鞘に納めたから直ぐに消えたがの』
(マジか……)
あんまり知りたくなかった現実が目の前に。いやマジで生まれ変わってからロクなこと起こってねーなー。
(消えるなら早く消えてほしいもんなんだが。――目の前の女の視線が怖すぎるしな)
『瞬きひとつしとらんのじゃが大丈夫かの』
(頭は大丈夫じゃなさそうなのは一目で分かる)
今もじぃー……っと助手席から身を乗り出してこちらを凝視している女に、完全にロックオンされてる。おかげで寝てない理由はそれで、迂闊に寝ると貞操的な意味でヤバそうなので寝てないのだ。
なお、この替えの車は元は女が運転する予定だったらしいが、女の一睨みで男が継続運転することになっていた。哀れな。
……結局この厄介な耳と尻尾が消えたのは、目的地らしい病院に着いたと同時だった。
*****
「おとーさん!」
「かなめ!」
現在地点、病院最上階の病室。
そこで感動の親子対面が行われていた。お互いに抱き合い、涙を流しながら再会を喜び合っている。
ここまで連れてきた男女もそれを見てほっと一息ついていた。誘拐事件は攫われてから時間が経過するほど発見が困難になり、かつ被害者の身の安全が保障できなくなってくる。一日足らずで無事救出できたのは大金星だろう。
そんな心温まる光景の横。
俺は一人黙々と朝飯を食っていた。
『お主はブレんな……』
(いや腹減ってたし。しっかし病院食が味気ないのはどこの世界も一緒か)
病院に着いてからは色々と慌ただしかった。着いた途端に医者が飛び出してきて、女の子――かなめが治療を受けたまではよかったのだが……医者の一人が俺に目を止めたのだ。
俺自身はすっかり忘れていたが、俺は今全身ボロボロだったのである。そりゃ屋敷では火事の中を暴れて川に飛び込み、銃撃戦に巻き込まれてショットガンで反撃し、挙句馬鹿でかい百足相手に勝手にリミッター解除される刀で大立ち回り。
その結果、切り傷打ち身に内出血といった怪我のオンパレードだ。おかげで頭の上から足の先まで包帯だらけである。
なーんも聞かれずに勝手にやられたが、後で医療費請求されんのかね?
『さて。これからどうするのじゃ? お主の事じゃ、ここに来るまでに大よそは把握できたのじゃろう』
(それは流石に買いかぶり過ぎだ。……まあ、後は実際に歩いてみれば表面的なところは解りそうだが)
『今はそれで十分じゃろうが。して根拠は?』
鋼線入りの窓ガラスから外を見れば、丁度通勤・通学時間なのか大勢の人が行き交っていた。こっそり視覚を強化してその人々を一人一人観察する。
(まずは単純に――向こうの一般人は誰一人銃や刃物を持っていない。酔っぱらいは普通に公園のベンチで寝てて、見掛け倒しのチャラい野郎も見える。警官はいるが、銃撃音は一切聞こえない上に軍隊が警邏している様子もない。基本治安は良好ってか)
ここに来るまでにすれ違った車を見ても明らかに武装したような車両は見なかったし、旅客機も警護なく普通に飛んでいた。
(そこの二人や相手した連中、ついでに実家っつーか陰陽師がどんな立ち位置なのかが微妙なところだが、全体的に前より緩いな)
『なるほどな。それを踏まえた上でどうするのじゃ?』
(優先は金策と拠点の確保、だな。後は……服か)
持っているのは儀式用の和服オンリーで、現代社会の中では目立つ格好だろう。ユニ〇ロがここにもあって良かったぜ……。
『その服も血やら泥に塗れておったから回収されたけどな。それでは外には出られぬじゃろう』
(病衣で外うろついていると完全に危ないヤツなのは間違いない)
『となると』
(ま、そういうこった。――で、お前今どこ?)
俺の手元、いや目に見える範囲では子狐丸どころか担いでいた包みも見当たらない。治療中に持ってかれたのだ。
とは言え子狐丸との会話はある程度離れていても可能なので、誰にも気づかれず状況確認中なのである。
『地下のなにやら物々しい所じゃな。番屋……警備室とやらじゃと思うが、中々の手練れ揃いじゃ』
("専門"の病院らしいし、それぐらいあって当然かー)
『今はさっきから我を抜こうとして頭抱えておるの。資質が無ければ抜けぬが、抜けたらそれはそれで大変なのじゃがのう』
(仕事熱心なのか考えなしなのかどっちだ。しかし場所が地下ねえ。その距離でも
『距離など関係はないのじゃ。こんな結界もなにもない建物なんぞ、何の障害にならんよ』
なんとも心強いお言葉で。
ん? おや、ようやく終わったか。
感動の対面が済んだ親子はそのまま部屋の外へと出ていく。ドアが閉まると同時に外側から鍵が掛かる音がした。当然、扉の内側には鍵どころか取っ手すらついていない。
やたらと頑丈そうな扉以外にも監視カメラが死角なく配置され、音の反響具合からも壁も重い素材を使っているんだろうなー。
「……さて」
男女の顔が表情が引き締まったものになる。が、さんざん落第点を叩き出していた二人に凄まれても今更な話。
すぐ外にバックアップがいるからと言って、最後の最後で油断していたのだ。あの対面の瞬間、俺が襲い掛かっていたらどうするつもりだったんだろうな?
「お嬢ちゃん、話いいか?」
食事の手を止め、男に向き直る。
ようやく落ち着いて正面から見たが、そこで一つ勘違いをしていたことに気が付いた。
若い。
声が低いのと顔が若干強面なので見誤ったが、おそらく実年齢は20を超えていない。ともすれば高校生ぐらいではなかろうか。
女の方も見れば同じく、女性と言うよりはまだ少女の域を超えていない。……女の方は凝視された事しか印象がなかったからなあ。
しかしそれなら色々と甘いのも納得できる。もしかすると実はようやく仕事を任され始めたばかりのペーペーだったのか?
男、いや少年は俺と目を合わせて、
「お前は一体何者だ」
思わず吹きそうになった。
(く、くくく、お前は一体何者だ――って……! 今時そんな厨二くせえ尋問する奴いねえよっ)
『なんじゃろうな、この見た目と内心の空気の違い。笑い過ぎじゃというのもあるが、それ以前にお主にとって"今時"もなにもないじゃろう』
向こうは額に脂汗が浮くぐらい緊張しているのが一目でわかるが、残念ながらこちらのポーカーフェイスは鉄壁だ。
……やっぱ表情筋死んでね?
(車飛び越したり百足切ったりして驚かせたのは分かるが、怖がりすぎだろうさ。まったく、それじゃこの坊主にいっちょ"現実"って奴を教えてやるか!)
『坊主て。やれやれ、お主は本当に派手好きじゃの』
そう言う子狐丸も同類だと思うんだがな。ま、これも類友ってやつなのか?
「おい――」
何も反応しない俺に業を煮やしたのか少年がこちらに詰め寄ろうとして、
「……え?」
首元に添えられた刃に足を止めた。
*****
「――――――」
ショートカットの少女が息をのんだ音が聞こえた。
しん、と病室が静まり返る。
俺が手にしているのは刀。
子狐丸だ。
刀身は既に抜き放たれ、少年の首の傍で静止している。
それを目にしている少年の表情は疑問を隠していない。何故それがここにあるのか、と。
その疑問には答えず、それよりも先に周囲の動きを探る。
……直ぐには踏み込んでこないか。
扉のすぐ向こうに何人か待機しているようだが部屋に入ってくる気配はない。こちらがどう動くか様子見といったところか。
(何度手放しても戻って来る――妖刀の曰くとしてはこれも有名だが、タイムラグなしとか反則じゃね?)
『本来なら狂化、肉体制限の解除と合わせて最悪の組み合わせとなるのじゃがなー。お主がおかしいだけなのじゃ』
要は常に精神と肉体が壊れ続けるので、今までの使用者は数日と持たないらしい。ただでさえ自作自演の為に発狂一歩手前まで追い詰められているので余計だろう。
俺は一回死んでネジが飛んだのか狂化は効かないし、リミッター解除の反動は身体強化と併用である程度緩和できる。
『って待つのじゃ。制限解除の反動緩和とやらは聞いとらんぞ』
(そうだったっけか? ……つか坊主の顔色が土気色になっているんだが今話さんと駄目か?)
こちらの会話なんぞ刀が頸動脈一歩手前の少年には聞こえていない。当人にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際なのだが、なんとも認識の差が酷い。
『それはお主が刃突き付けたまま微動だにしとらんからじゃろうが。その技能は術式ではなく体術じゃろう? こんなところで人形じみた能力発揮せんでも』
(この身体って変に性能高いんだよなあ……)
ともあれ。
何やら武装した奴が屋上にも待機し始めているので、いい加減になのでここまでにしておくか。
「……あ」
ひょいと刀を鞘に戻す。納刀した瞬間に耳と尻尾が消えたのが分かった。
拍子に坊主の緊張の糸が切れたのかその場にへたり込む。やれやれ根性が足りてないぞっと。
(とりあえず、こいつらに軽く事情説明ぐらいはしとくか。情報も欲しいし、あわよくば同情貰って屋根あるとこでも紹介してくれれば最高)
『打算的じゃのう。しかし兎にも角にも拠点となる場所は必須か』
(衣食は金があればどうとでもできるが、住に関しては金だけでは難しいからな。橋の下やら空家やらは先約がいる可能性が高いし)
『どこの世も新参者は厳しいのう』
さて、とりあえず自己紹介からでも――
「――――――――ぁ」
……あれ。
今とんでもないことに気が付いてしまったのでは、ない、か?
『……どうした?』
「お、おい……?」
どうやら俺自身かなり動揺しているらしく、子狐丸だけでなく坊主からも心配の言葉を掛けられた。
後で聞いた話では子狐丸ですら初めて見る俺の焦った
うん、今生でマジ驚いたトップ3に入るのは間違いない。
うっわぁ。むしろコレ今まで気が付かなかったのが奇跡じゃないか?
腕を組み、どうしたもんかと天を仰ぐ。
やっぱ神だの仏だの閻魔だのに嫌われすぎだろ俺。
(今更なんだが)
『……なんじゃ』
(とてつもなく重大で致命的でアホらしいことが"2つ"あることに気が付いた)
『2つ!?』
まさかの展開に俺もびっくりだよ。
坊主と少女が突然変わった俺の態度に戸惑っているが、困ったことに説明できない。いや、
(まず一つ。俺の、正確にいえば今生の俺の名前――無いな)
『なん……だと』
本当に今更だが、あの屋敷では名前を呼ばれたことがなかったのだ。
(殺す前提だったからか、陰陽的な何かか……?)
『おそらく両方じゃないかのう。当主がお主に"名前"を付けては娘と認めるようなものじゃし、かといって他の阿呆に付けさせては、といったところじゃろう』
(そんなもんか。相変わらず捻じ曲がった小さいプライドしてるなアレ)
『まあ、それは境遇を考えるなら分かりやすいからまだ良い。で、もう一つはなんじゃ』
(あー……)
目の前の坊主も、先ほどは違った緊張感でごくりと喉をならしている。つーかさっきからいいリアクションしてるなお前。
いやほんと、これは"口で"説明するよりこっちの方が早い、か。
「――――――」
喉を差す。
口をぱくぱくさせる。
そして両の手でバッテン。
『「え」』
そのジェスチャーを理解したのか、3方から呆然とした声が漏れた。
うん、そうなのだ。
(まあ端的にいうとあれだ。――――俺、生まれてこの方喋ったことなかったわ)
『「「なにいいいいいぃぃぃぃいいいいいい!!??」」』
やっぱあれだ。
人生ハードモードすぎるだろ、おい。
*****
――時は少し遡る。
夜が明ける寸前の時刻。
まるで龍の爪あととでも言う様な破砕が残る山中。既に登場人物の誰もが立ち去り、痕を残すのみとなった道路。
そこは数刻前に一人の童女と百足の怪異が刃を交えた場所だ。
その場所に――一つの"影"がぽつんと立っていた。
「う うふ ふ」
笑っている。
哂っている。
嗤っている。
"影"が。
「み い つけ た」
「お にぃ ちゃ」
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