第28話
「よし、大丈夫そうだなお嬢ちゃん。はぐれないようにね?」
いや……うん、なんだ。
俺が特警だと知っても扱いが子供のままな中年警備員は置いとくとしても、"これ"は予想外にも程がある。ネットや峰坂氏からの事前情報にもなかったし、流石に調査一日目のノーヒントじゃ無理だろと言いたい。
当初、爺に呼び出されているとの事で、てっきり徒歩で移動するものだと思っていたのだ。一瞬この広さなら車もありなのかと考えたが、警備員から歩いていくと直接言われたのでその可能性も無くなった。
しかし、元々は"まだ"部外者な俺が校内を調査するのが禁止されていたので、それが解禁されるのか、と考えるとそれもまた不思議であったのだ。あの爺の事だから、一度そうと決めた後に覆す場合、それなりの理由を用意するものだと思っていたのだから。
そして代わりに出たのが"これ"とは……予想の斜め下にもほどがある。
『このような手段とはのう。ばらんすすくーたー、といったか?』
(まさかのセグ〇ェイ……いや、それはいい。そうではなく、それ使って
風が通る音が強く響く。
そこは単なる小さな細道ではなく、車すらも通れる規模の通路だ。幅にして二車線+歩道分、そんな広さの空間が何故か学園と言う場所の地下に存在していたのであった。
通路内には照明が一定間隔で取り付けられており、それが煌々と辺りを照らしているので薄暗さはない。それでも剥き出しのコンクリートに囲まれ、それが延々と続く通路は非常に寒々しく感じる。
各所にある地図を見ている限り学園の敷地内全体に張り巡らされており、中には教職員用の駐車場まで見て取れた。他にも、どうやらこの通路を使って購買等の物資を直接送り届けているらしい。
今はそんな通路の中を、俺と警備員はそれぞれバランススクーターを使って緩やかに走っている。時折荷物を積んだ軽トラが通り過ぎていくが、運転手はこちらを気にもしていないので、これがここの平常か。
(完っ全にあの爺の趣味だろ! ええい、こんな地下通路なんぞあったら護衛にめっさ響くじゃねーか!)
『あ、荒れとるのう。しかし各所に監視の類がある上、地上との出入り口は厳しく見張られておる。学生は入れないようじゃし、そこまで気にすることか?』
(あ、ほ。ここまで広かったら、その分だけ出入り口も多くなる。さっきのは警備員の詰所からだったからセキュリティも厳しくなってたが、他も全部同じ規模とは思えん)
地上と地下との繋ぎは鋼鉄製の扉で区切られており、専用のカードキーが無ければ通れない仕組みになっていた。加えて監視カメラも地下道内には無数に設置されており、それだけなら確かに堅そうに見える……が。
(……所々、地図にも書いてない扉が点在しているのは気付いてるか?)
『ふむ、ああ、今丁度通り過ぎた扉じゃな? 扉も狭いし倉庫という雰囲気ではなさそうじゃが』
(だろうな。多分ありゃあ"裏道"だ。ご丁寧にあれらの扉のところだけ監視カメラがねえし、カギも履歴の残る電子ロックじゃなくて一般的なタイプときた。"裏道"を使えば誰にも見られずに地下を行き来できるってロマンが溢れすぎた代物だよ)
わざわざセキュリティの穴を作るとか正気じゃない。
趣味にしてはやりすぎと言うか、これを作るまでにどれほどの費用を掛けたというのだろうか。いやあの爺なら掛かった金額なんぞ気にせずに、高笑いしながら発注していたのだろうけど。
はた迷惑すぎるな畜生!
「すまんな嬢ちゃん、地上ならバスが使えたんだが……会長の指示らしくてな、こっち使うことになったんだ。まあこういう乗り物も面白いだろう?」
沈黙に耐えかねたのか、それとも本当に申し訳なく思っているのか、警備員がそんなことを言ってきた。
地上ならバスがあるのか……流石、金持ちの子息令嬢が通い、あの爺がトップの学園である。どうも当初のイメージと大幅に違い過ぎる気がしなくもないが、庶民には理解できない規格外さと考えればいいだろう。
(しっかし、これだと早めにここに入る手段を手に入れにゃならんなー……)
『あ、ようやく我にも分かってきたぞ。確かに誘拐された場合などに下手人が鍵を持っていて、こちらが持っていないと、もはや追跡が困難になるのう』
(そういうこった。……いや、案外鍵はすぐに貰えそうな気がしなくもないんだがな)
『ふむ。なるほど、ここをわざわざ通し、そしてお主の入学条件を加味すれば……厄介事の匂いしかせんの?』
全く持って同感だ。
俺がこの学園に入る条件として提示されていた内容には"風紀委員"に入るというものがあった。あの風紀委員とやらはてっきり初等部内だけの話かと思っていたのだが……この地下通路を見せられているのは単なる自慢だけじゃないんだろう。
(恐らくさっきの――あの実家関連も絡んでる気がするんだよなあ。あんな俺が学園の調査にたまたま来たタイミングで襲撃喰らうとは思えんし)
『状況的には偶然こちらを発見して狙うたのじゃろう。だが、そもそもここにいる時点で、関係はあるということじゃろうなあ』
(やっぱり、いるんだろうな。ここに。あの実家関連の馬鹿共が)
よくよく考えれば、これも当たり前の話ではあるか。
どんなに古い家系だろうが陰陽師だろうが、この国の人間であることには変わりなく、当然義務教育は存在する。で、あんな見栄が凝り固まったような連中が自分の子供を一般の学校に通わせるはずもなく、当然のように同じ金持ちが集まるような場所に突っ込むだろう。
(流石にこっからあの山奥までは遠すぎるから、寮か近くに住んでいるいるはずだな。そっちも調査対象かー……)
『やることが相乗的に増えておらんかの』
俺を見かけただけで、日中の往来で特攻してくるレベルの阿呆である。もみ消せると考えたのか、それともあの術なら証拠も残さないと考えたのか、どのみち一般人の被害を考慮せず襲撃してくるのはよくわかったのだ。
俺が学園に通い始めれば、護衛対象のかなめ嬢にちょっかいを掛けてくるのは間違いないので、
(次来やがったら、容赦なくトラウマ付きの病院送りにしてやる)
『先程の一撃を見て諦めてくれれば話は早いのじゃがなあ』
(無理だろ。馬鹿だし)
『無理じゃろうなあ。馬鹿じゃし』
ま、その辺りの情報も"あの先"に行けばわかるんだろうが。
「お嬢ちゃん、付いたぞ。ほら、あそこだ」
右に左にと進んでいた地下道、ようやく目的地に付いたようだ。
前方にやたら仰々しい扉があり、ここまで来た距離や方角を考えるなら確か地上には一際高いビルが建っていたはずである。
セグ〇ェイから降りると警備員はその扉の前でカードを通し、更にパスワード入力と指紋認証で解錠した。ゴゴゴ、という効果音が聞こえてきそうな扉が開いていく様は、うん、正直あったまオカシイのではなかろうか。
(やれやれ、まだ入学前だってのに何の話なんだか)
『今日は帰れるかのう……』
小狐丸がやたらと不吉な発言をしたが、まるっと無視して先に進む。
開いた扉の先にはエレベータが一台。
行先は――最上階だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます