特撮オタⅢ「もう逃げられないよ」
伊東へいざん
第1話 昭和特撮グッズ屋『 レトロに御用!』
空の下は紅葉の真っ盛りである。地元の不動産屋が一人の男を案内して来た。どこにでもある片田舎のシャッター通り商店街だが、この商店街自体が訳有りだった。残っている店は“おこぜ ”という一軒の居酒屋だけである。店主の秋山大吉は、時折訪ねて来る物好きな観光客らにせがまれるままに、このシャッター通りで昔起こった怪奇事件を酒の肴に提供して持て成す程度だった。
不動産屋・松橋竹男がその男を案内して来た店は、かつて “となり ”という駄菓子屋があった場所である。今は店を閉めて年金暮らしの松橋徳三郎とキヨ夫婦は、店の名前のきっかけとなった公衆浴場「須又温泉」の隣に開店したことで付けた店名で、鳴かず飛ばずだった商店街の入口にその公衆浴場ができたことで、商店街に活気が生まれ、名もない通りが須又温泉商店街と呼ばれるようになり、商店街の入口にはアーチの看板まで立ったが、ある怪奇事件を契機に“ 呪いのゴミクズオッター通り”という蔑称で呼ばれるようになって久しい。別称の経緯は何れ後述することになろうが、今はこの訳有り商店街の物件を借りることになった訳有り男の話から始めることにする。
駄菓子屋“となり ”があった場所に開店したのは昭和特撮グッズ屋『レトロに御用だ!』だった。開業したその男は、昭和特撮に憑りつかれた男・
「お客さん、どうしてまたこんな秋田の片田舎の訳有りシャッター通りに店を構えることにしたんですか?」
案の定、克好は答えなかった。竹男は駄目押しした。
「まあ、訳有りとは言っても、この店ということじゃなく、お隣の温泉浴場でのことですけどね。お客さんにもお話ししたように、あまりにも恐ろしいことが起こってしまったもんでね」
「大丈夫です。納得の上でお借りしますから、ご心配なく」
その言葉に怪訝さを増す竹男の視線が、克好に刺さった。
「あの…何か?」
「いえ、物好きな御方もいるもんだなと思ってね」
「貸して頂けないんでしょうか?」
克好は苛立った。
「いえいえ、では契約は事務所で…」
ふたりは無言のまま駅前の不動産屋の事務所に戻って契約を済ませた。克好はその足で下田に帰るというので、竹男は奇特なお客だなと思いながら御棚克好を内陸線の駅まで送った。この事を誰かに話したくなり、克好は折り返し居酒屋 “ おこぜ ” の暖簾をくぐった。
「ちょっと早かったかな?」
「いいよ、商店会長の文ちゃんたちも、もうすぐ来るだろうから」
竹男は松田の第一声に続いて地獄耳の松竹梅トリオの立て続けの質問攻めにはいつもは閉口気味だったが、今日だけは望むところだった。
「おっ、今日は竹男さんに一番乗りされたか」
竹男は松田の第一声に続いて地獄耳の松竹梅トリオに立て続けの質問攻めに、いつもは閉口気味だったが、今日だけは心地好かった。
「変なのが商店街に店出すんだって?」
「早いね、情報が !?」
「これから大家になるキヨさんが犬の散歩中に、あんたが見知らぬ男を “ となり ” に案内してるのを見掛けたんだよ」
「大家のキヨさんが見てたのか…気が付かなかったな…」
「そりゃあ大家としては、自分の持ち物にこれからどんな変なのが入るのか気に掛かるだろ」
「変なのと言っても、営業のための店舗を借りに来ただけだからね」
「それが変なんだよ、なんでこんなとこなんだよ。そうは思わないか !?」
「まあ…ね」
「竹男さん、例の事件の話、ちゃんと伝えたのか? 言わないと後で面倒なことになるぞ」
「宅建業法上の告知義務ですから、ちゃんと説明しましたよ。それも念入りにね」
「呪いのゴミクズオッター通りと云われていることもかい?」
「モチのロンだよ」
「何が “ モチのロン ” だよ。死語なんか使いやがって…もう、騒ぎは御免だからね」
「あの騒ぎはオレのせいじゃないスよ。それに、きっと彼は短期間で出て行くんじゃないのかな。まあ、そのほうがこっちも助かるんだけどね」
「何でだよ?」
「事故物件は、一度賃貸すれば無罪放免という空気があるんだよ。本当は告知義務がなくなるわけじゃないけど、殆どの不動産屋がそんな空気で営業してるからね」
「悪徳不動産屋め」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。ここは秋田だよ。事故・訳あり物件の量産県なんだよ。自殺率日本一の上、高齢化も日本一で独居老人の孤独死が頻繁に起こってるし、民家での熊被害も増えてる。地価は下がる一方で処分できないうちに一族絶えた空き家だってどっさり宙に浮いてんだよ。訳あり物件だらけで客なんか選んでると不動産屋は潰れちゃうよ」
「てぇことは、おまえんとこも悪徳業者だから持ち堪えてんだな」
「そう言う言い方よくないよ、文さん」
「冗談だよ。それにしても、店舗を借りた人は何者なんだい?」
「昭和特撮グッズ屋を始めるらしいよ」
「昭和特撮 !?」
一同は豪く拒絶反応を示した。
「やめてくれよ、須又温泉で不審死した大勢の連中と同類じゃねえか!」
「だいたい特ヲタってのは、空気読めねえ連中の集まりじゃねえか。無神経なんだよ。あんな恐ろしい事件が起こった隣に、わざわざ特撮グッズ屋かい !? 頭おかしいんじゃねえの?」
「風呂屋で凍死した連中が話してるのが聞こえたけどよ。いい歳した連中が、出演した役者やら脚本家のことを上から目線で物言いやがって何様なんだろと思ったよ」
「自分を特別な専門家か何かと勘違いしてんじゃねえのか、ただの特ヲタのくせにだよ? 偉そうに」
「傍から見てると滑稽な人種だよな」
「かと思えば、仲間同士で言い争いしてたじゃないか」
「自分の考えと違ったり、意にそぐわない相手を、2ちゃんねるとやらで嘘付いてまで批判する悔しがりようだ。実に悪質な連中だよ」
「子供の頃に観た正義のドラマで、逆恨みを匿名でやり返すような特異な大人になり下がるわけだから、特撮番組も罪作りだな」
「特撮番組を観た子どもが全部に全部そういうわけじゃないだろ。極一部のバカがそうなるだけだろ。そんなバカは特撮番組を観ようが観まいが何れそうなるんだよ」
「特撮番組はキチガイには毒なんだよ」
「キチガイがこの世の毒なんだよ。特撮番組に罪はないだろ」
「この話は尽きねえな。この土地に特撮関係者は鬼門なんだよ」
「どこの土地にだってあの人種は鬼門だよ」
「やばいんじゃねえか、竹男さん? 特ヲタだよ、特ヲタ!」
「因縁だよ、きっと。温泉の中で蠢く怨霊に呼ばれて来たんだよ」
「だけど、きっちりお祓いしてもらったはずだろ」
「あの時は凄かったな。この商店街が戦場だよ。マタギ衆と
「だけどよ…」
大吉が深刻な顔で口を挟んだ。
「どうした大ちゃん、真剣な顔して?」
「大ちゃんって…真剣な顔、似合わねえな」
「真剣な顔というより、顔自体に違和感がある」
「顔の話はお互いよそうじゃないか」
「なんだよ、大ちゃん。違和感のある真剣な顔で」
「あのさ…お祓いにも有効期限があるんじゃねえのか !?」
「有効期限って…どのくらい?」
「大概のものは一年ってとこじゃねえの? 御守とかも一年で神社に返すだろ」
「一年か…あの事件から一年は経ったよな。有効期限、切れてるよな」
「切れたか…ということは、また騒ぎが起こるのか…」
「おい、大ちゃん、なんか嬉しそうだな」
「おれが !? そんなわけねえだろ」
「一瞬、違和感のある顔に張りが出てたよ」
「騒ぎになったら大変だなと思っただけだよ」
「騒ぎになったら野次馬観光客の客足が増えて店が忙しくなるから大変だよな」
「やめろよ、そういう言い方」
「だって、おまえさっき、ニヤついたろ」
「ニヤついてねえよ」
「大ちゃんは直ぐに顔に出るんだよ。ニヤついてたよ」
「だからニヤついてねえって言ってんだろ!」
「おいおい、ここで騒ぎになってどうすんだよ。まだ、どうなるかなんて分からないじゃないか」
「竹男さん、そいつの店はいつから開くんだい?」
「さあ、いつからかな…もう、賃貸契約も交わして補償金の支払いも済んだからね。多分、下田から帰ったら、時期に開けるんじゃないのかな?」
「下田の人かい !?」
「ああ、伊豆下田って言ってたな」
「だったら、自分の地元で開店すりゃいいのに」
「そうだよ。なんでこんな片田舎の訳有り商店街なんかに店開くんだ?」
「地元でも一時は店舗を構えたらしい」
「じゃ、ここは2店舗目か !?」
「いや、向こうの店舗は閉めたらしい。何でも、地元に店を開くきっかけは、自分が特撮関連の仲間内から叩かれまくっている特撮オタであることを、地元に知れて後ろ指差されるまでになりつつあった頃、地元商店会で町おこし機運が高まったんだ。それに便乗して、それまで無駄に買い漁った特撮グッズを利用して町おこし名目で特撮グッズ屋を開店したらしいんだ」
「苦肉の策の偽善野郎じゃねえか」
「本人から聞いたのかい !?」
「そんな恥の黒歴史を本人が言うわけないでしょ。調べたんですよ」
「竹男さんにそんな情報網があったのかい !?」
「龍三さんの後援会事務所に情報提供してもらったんだ」
「ああ、理事の松橋恒夫さんね。あの人は詳しいからね」
「龍三さんはネットストーカーのキチガイどもに苦労したからね」
「でも不思議だよな。龍三さんを誹謗中傷したやつやその関係者は殆どと言っていいくらい凄惨な末路だからな」
「そりゃあ、特撮ヲタのバカどもに対する龍三さんの怨念は計り知れないからね。あのバカどもに対する鋭い眼光は容赦なく寄らば斬るってなもんよ。彼の前で特撮の話をしようものなら、その姿が熊に変身する…ような殺気を覚える。それがまたグッと来るんだな」
「一連の不審死の犯人は龍三さんの呪いとでも言いたいのか?」
「違うよ! 仮に呪ってたとしても、呪いは犯罪ではないから、“ 犯人 ” という表現もおかしい」
「でもおまえの言い方だと、龍三さんが殺したと言ってるように聞こえるぞ」
「この土地に不釣り合いな特撮ヲタどもは龍三さんに呪い殺してほしいというオレの願望だ。呪いは、やつらの行動に陽の光を当てて、謀略や偽善など何もかも透けて見えることによって腐れヲタは消滅するというドラマ」
「ドラキュラには大蒜、特ヲタには龍三さんね」
「じゃ、騒ぎが大きくなる前に、早く風呂屋の隣に店舗を開く変態ヲタを消滅してもらわないとな」
「特ヲタから変態ヲタに格上げだな」
「その上にクソヲタがある」
久々の新ネタを肴に、居酒屋 “ おこぜ ” の赤提灯は深夜まで灯っていた。
〈第2話「 マリを突く女の子」につづく〉
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