第31話 次は誰の番?

 ヨウ子は、息絶えている張本の手から銃を取って、木村に渡した。特オタらは次なる木村のリアクション芸を期待して大盛り上がりの拍手になった。木村はヨウ子に差し出された銃を拒絶できないまま受け取ってしまった。その銃口を自分の口に突っ込むや、発砲された。木村は仰け反って店の駄菓子棚に弾き飛ばされて息絶えた。特オタたちは木村の “ リアルな名演技 ” に更に大きな拍手を送った。李美雨が青褪めた。ヨウ子が木村の手から取った銃を自分に差し出していたからだ。


「次はおばちゃんの番だよ」


 躊躇している李美雨に、特オタたちから手拍子で “ おばちゃんコール ” が起こった。


「おーばーちゃん! おーばーちゃん! おーばーちゃんったら、おーばーちゃん! おーばーちゃん! おーばーちゃん! おーばーちゃんったら、おーばーちゃん!」

「やめなさい! この銃は本物よ!」


 李美雨は一発発砲した。天井下の廻り縁伝いに展示された影菱仮面の敵キャラの三魔人の額に当たり、首領の白頭魔人の眉間を貫いてガラスが散乱した。特撮オタたちは銃が本物であることを初めて知り、息を飲んで黙った。李美雨はヒステリックに克好に怒鳴った。


「そのガキは何 !」

「ガキ !?」

「死人から銃を取って回るそのガキよ!」


 克好が無表情で呟いた。


「ボクがバラバラにして殺した女の子だよ」

「・・・!」


 特撮オタたちに動揺が走った。


「幽霊なの !?」

「オレたちにも幽霊見えてるってこと」


 スマホで動画を撮ってる特撮オタが叫んだ。


「映ってねえじゃん !? 映らねえ幽霊じゃん !?」


 克好が呟いた。


「これから、みんな順番に死ぬんだ」

「そうよ…ここに居るクズはみんな死んで詫びろ」


 克好の母の茶葉子が現れた。克好が雪中に埋めたはずの茶葉子は、そのバラバラ死体の形態を辛うじて保ち、奥から店に出て来たのだ。声は杵治だった。特撮オタたちが右往左往して狼狽えた。


「何だよこの店は !? 化け物屋敷じゃねえか!」

「化け物はおまえらだ! おまえらの存在が罪なんだよ。特撮がなければ克好は狂わなかったんだ!」

「化け物のくせに勝手なこと言うな! 趣味を持つのはオレたちの自由だ!」

「狂ってるのはお前の息子だ!」

「養女を殺害するなんて狂ってる変態だ!」


 特撮オタたちは恐怖心を打ち消すように化け物に抵抗を試みた。


「クズどもが…おまえらの童心を弄ぶ連中は悪質だが、おまえらを利用してイベントで売名やら小金を貪る輩も悪質だ。だが、欲のままに趣味に突っ走って利用される特撮オタ自身が最も愚かで罪深い。おまえらはこの世から消えてこそ世のためになる連中なんだよ!」


 李美雨が焦れて茶葉子に発砲した。


「あんたららどっちも狂人じゃないのよ!」


 弾丸は茶葉子の胸部に中り、骨と肉を削いで奥の畳に飛び散った。杵治声の茶葉子の肉体が李美雨を蔑んで毒突いた。


「救いようのない民族だな、カマスの牝ブタが! オレの親もカマスの国の出だが、おまえも負けず劣らずの性悪だな。実に穢れた民族臭がしやがる!」


 茶葉子の腕が飛んで、李美雨の脳に突っ込み、李美雨の魂を鷲掴みにして引き摺り出した。李美雨の肉体は床に落ちるなり強烈な悪臭を放って見る見る腐り出した。特撮オタたちは堪り兼ねて咽始めた。


「何だよ、この臭い !?」


 冴えないブレザー姿の大久保勝也が店を脱出しようとガラス戸を蹴り破った。シャッターを開けようとしたが、鍵が掛かっているようで開かない。彼は李美雨の腐った肉体に走りより、手から銃を奪い取って、克好に構えた。


「オレはこの店から出る! 開けろ!」

「撃てもしないくせに…」


 ブレザーの大久保勝也は引き金に手を掛けると、自分の眉間に銃口が向ってしまい、そのまま撃ち抜いて壁に弾け飛んだ。肘掛椅子から気怠そうに立ち上がった克好は、その男の銃を取り上げて特撮オタたちを舐め回した。


「次は誰?」


 特撮オタたちは皆、壁伝いに退いた。克好は無造作に彼らの方に銃を放り投げた。反社的にワンピース姿の遠藤ゆり子が受け取ってしまった。


「あたし !? やだ! やだ! まだ死にたくない!」


 そう言いながら遠藤ゆり子は誤って発砲してしまった。その弾丸を受けた別のデブ眼鏡の草薙香津子が撃たれた段腹を押さえて、一歩、二歩と歩いてから息絶えて床に倒れた。発砲した遠藤ゆり子は手から銃を放り投げた。オタたちはその銃を暫く凝視していたが、急に奪い合いになった。痩せぎすの長谷川俊太が銃を手にすると、全員一斉に長谷川俊太から離れた。


「わ、分かったぞ! すぐに自分以外の人を撃てば助かるんだ…だ、誰にしようかな…」


 長谷川俊太がランダムに狙いを定めるたびに、照準になったオタは死の崖っぷちに立たされて両手で頭を覆った。長谷川俊太はその様が面白いと突然狂ったように笑い出した。そしてその銃口が自分に向かって発砲された。


「…なぜ」


 長谷川俊太はそう言って息絶えた。ワンピースの遠藤ゆり子が笑い出した。


「バカが! すぐに撃たなかったからよ! 自分で言っといて自爆してんの」


 また一斉に銃の奪い合いが始まった。折り重なった中で銃声が炸裂した。特撮オタたちは自分の体の無事を確認しながら後退った。見ると、体格のいい石破篤史が首から血を吹き出しながら銃を持って立った。石破篤史は勝ち誇った顔で息絶え、床に転がった。


「キミたち、懲りないよね…どうせ黙ってたってここで順番に死ぬのに、何奪い合ってんの?」


 克好の言葉に、特撮オタたちは短時間で自分たちがかなり疲弊していることに気付いて脱力感に襲われた。


「競りをやります! その銃を競りで手に入れてください。手に入れて殺そうと思う相手を撃てばいい。但し、撃ったらその銃をまた競りに賭けます。生き残りたければ何度でも競り落とせばいい。残った人は後8人…では始めましょう」

「10,000円!」

「11,000円!」

「5,000円刻みにしましょうよ」

「じゃ、15,000円!」

「20,000円!」

「大丈夫なのか !? 8人居るんだぞ! 8回も競り落とす金あんのか !?」

「7回だろ!」

「25,000円!」


 すぐに競りの声が出なくなった。


「30,000円が居なければ…」


 声は上がらなかった。


「では、1回目25,000円で落ちました!」


 競り落としたのは小柄な小森有希だった。震える手で財布から10,000円札3枚出し、克好に渡して銃を拾い上げ、すぐさま銃を構えた。銃口を向けた相手は一緒に来た交際相手の長瀬守だった。


「何で !?」

「あなたが私に特撮への興味を持たせなければ、こんなことにはならなかった」


 言い終わらないうちに引き金は引かれていた。小柄な小森有希は慌てて銃を床に置いた。克好はオタたちに考える時間を与えず競りを再開した。


「あと、7人…2回目の競りを開始します!」

「20,000円!」


 そのまま声が上がらなくなった。克好は小柄な小森有希を促した。


「小森有希さん、如何ですか?」

「…もう、お金がないわ」

「そうですか、声が上がらなければ…」

「ちょっと待って!」


 小森有希は思い出した。息絶えている交際相手だった長瀬守のバッグから封筒を取り出した。


「25,000円!」

「25,000円が出ました! 他にありませんか?」

「ちょっと待ってくださいよ。それ、自分のお金じゃないでしょ !?」


 赤いジャンパーの杉田寿代が異議を申し立てた。


「これは私のお金です。ここに来る前に彼に貸したお金です」

「でも、貸したんだから彼のお金でしょ」


 克好が間に入って戦意を煽った。


「それは小森有希さんのお金です。認めます。良いですか、皆さん! 死んだ人には所有の権利はありません。例え貸したお金でなくても、先に手にした人の所有を認めます!」


 “ マジかよ!” と不満を言いつつ、一同の目は殺気だった。克好は本性を現し、にんまりとした。


〈最終話「もう逃げられないよ」につづく〉

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