最終話 もう逃げられないよ

 2回目の競りは再び小柄な小森有希が勝ち取った。そして彼女が迷わず撃った相手は、難癖を付けて来た赤いジャンパーの杉田寿代だった。杉田寿代がまだ死なずに息も絶え絶えだというのに、生き残った6人の特撮オタは彼女に群がり、現金の所持する場所を競って貪り始めた。結局、見つからなかったが、杉田寿代の衣服は下着の果てまで身ぐるみ剥ぎ散らかされ、肌も露わに無残な態勢で晒されたまま放置された。残った特撮オタたちは、所持金が見つからなかった杉田寿代の裸体に関心などなく、すぐに競りの開始を催促して克好を注視した。


「3回目の競りを開始します! 残り6人ですよ!」

「10,000円!」

「おや、下がりましたね !? どうしました皆さん、チャンスですよ!」

「15,000円!」


 そして早くも声が止まった。


「いいんですか、皆さん !? 競り値はあなたたちの命の値段でもあるんですよ? 殺す相手に対する敬意というものがないんですか?」

「20,000円!」

「もう一声どうですか!」


 特撮オタたちはお互いの様子を見ながら牽制の目で沈黙した。克好の悪魔が声になった。


「ボクは分からないな。どうして銃を持った相手に素直に撃たれるのかな? 銃じゃなくたって、素手でだって人を殺せるし、銃を持った相手に襲い掛かるという手段だってあると思うんだよね!」


 残った6人の特撮オタたちの殺気が一気に店内に充満した。


「30,000円!」


 今まで目立たなかったが、6人の中で最もぼやけた感の飛田兆治が声を張り上げた。


「30,000円出ました!」


 一同からの返事はなかった。


「ありませんか !? 他になければ…」


 すると一同は飛田兆治に対し、あからさまな敵意を向けた。


「では、飛田兆治さん、銃をお取りください!」


 飛田兆治は銃を取ろうとフェイントを掛けた。するとその動きに釣られて、帽子に顔を隠し気味の浦部尚之と洒落たツナギ服の小山内一輝が飛田兆治に襲い掛かって来た。飛田兆治は、その風貌に不似合いな鋭い動きであっという間に二人を叩き伏せた。更に帽子の浦部尚之の頭部を強烈に蹴ると、その首があらぬ方向にひん曲がって即死し、小山内一輝の腹部には既に浦部のサバイバルナイフが突き刺さっていた。浦部は他のオタ連が怯んでいる隙に、踏み付けていた銃を取り、容赦なく小柄な小森有希の眉間に一発貫いた。そればかりか、小森有希から現金の入ってる茶封筒を奪い取って銃を置いた。


「お見事! 残るは…3人になりましたね!」


 3人は競りなど眼中になくなり、隙を見せまいとお互いに睨み合った。


「皆さん、睨み合っても自分を守れませんよ! 次は誰が銃を競り落としますか!」

「30,000円!」


 飛田兆治が勝利を確信して大声を上げた。


「35,000円!」

「40,000円!」

「50,000円!」

「ご、55,000円!」

「100,000円」

「100,000円が出ました! 他にありませんか!」

「ちょっと待て! ほんとに金があんのか、じじい!」


 高値を付けたのは初老の紳士だった。


「ございますよ」


 初老の紳士は極めて穏やかに現金を出した。飛田兆治の表情から勝利が揺らいだ。飛田は力づくで行くしかないと構えた。初老の紳士は精算してから、ゆっくりと銃に近付き、大仰に構えている飛田兆治に微笑んだ。


「あなたの気迫には敵いませんよ」


 そういうなり、銃を蹴った。勢い飛田は待ってましたとばかりに俊敏さでその銃を捕らえた。


「じいさん、動きがだるいんだよ! ふたりとも片付けさせてもらうよ!」


 と、言っている飛田の銃は己を撃ち抜いていた。飛田の巨体がマグロを放り投げたように飛んだ。


「さあ愈々、2人になってしまいましたよ! では最後の競りを始めます!」

「もう競りは終わりですね、御棚克好さん」

「えっ !?」

「私らは地元の住人です。ここには掃除に来ました。余計なゴミはすっかり片付けないと、この集落の恥になってしまいます。最後のゴミは…あなたです」

「何っ !?」


 地元の住人と名乗ったのは、大名持神社の神主である妹背健勝だった。そして若者オタを演じたのは特撮オタに積年の恨みを持つシャドーヒーローの主役・故峰岸譲司の長男の翔だった。かつて峰岸譲司は、クソオタの権化である女部田真おなぶた まことに、病床の身にも拘らず強引に引っ張り出されたイベントで倒れ、その未明に他界している。翔は、趣味の自己満足に走る特撮オタどもを憎んだ。父が他界した病院から女部田の復讐に向かおうとした時、松橋龍三に諭された。諭されたと言っても復讐を止められたわけではなかった。龍三流の合法的復讐の機を待てと諭されたのだ。そして、龍三の言葉どおり、特撮オタの狩りは合法的に進んだ。翔は常に龍三のオタ狩りに立ち会って来たのだ。


「ヨウ子ちゃん、出てお出で!」


 玄の呼び掛けでヨウ子が白装束で姿を現わした。


「克ちゃんの番だよ」


 ヨウ子の優しい語り掛けに御棚克好はブルブルと震え出した。


「もう、逃げられないよ」


 克好は逃げ場を探した。入口には妹背健勝と峰岸翔が仁王立ちで克好の逃げ道を塞いでいる。裏からの逃げ道である座敷の上り口には玄が立っている。ヨウ子の言うとおり逃げ場はない。それより何より、克好が恐れているのは、ついに自分の身に襲い掛かるヨウ子のコントロールである。


「御棚克好さん、娘の願いを叶えてやってくれよ」

「許してください! ボ、ボクは本当は最悪のクソヲタです!」

「御棚克好さん!」

「はい!」

「そんなことはみんな知ってるよ」

「・・・!」

「これ以上、ジタバタしないで腹を括りなさい」

「できません! ボクには自分を切り刻むことなんて、できません!」

「それは大丈夫です。ヨウ子が手伝ってくれますよ」


 ヨウ子は花束でも渡すように、克好に万能のこぎりを差し出した。


「や、やめてくれ! できないよ! 助けてくれって言ってるだろ!」


 ヨウ子の表情が変わった。目を剥き、髪を逆立てたヨウ子の手から、万能のこぎりがスーッと離れ、克好の手に納まった。


「ギャーーーーッ! やめろ! やめろ! やめろ!」


 克好は不本意に握らされた万能のこぎりを手から放そうと必死になった。ヨウ子の不気味に尖った指がコントロールを始めた。万能のこぎりの刃は、手首を失った克好の肘にガガッと食い込んだ。克好の絶叫が始まった。


 外では店を取り囲んだマタギ衆の呪文が続いていた。


「大物千匹 小物千匹 アト千匹 叩カセ給エヤ 南無阿毘羅吽欠蘇波河 南無サイホウ ジュガクブシ コウメヨウ シンジ コレヨリ後ノ世ニ生レテ ヨイ音ヲ聞ケ」


 マタギに伝わる熊の解体の儀の呪文が終わった。バラバラになった克好と、息絶えた “ カマス ” 一味の三人が、マタギ衆の手によって跡形もなく回収され、火葬船に搬送されて行った。


 すっかり片付いたキヨの店で玄が佇んでいた。


「御棚克好さん…あなたの目的が達成されましたね。ここは軽薄な特撮オタどもが自滅していく聖域…あなたはそう言いましたね。そのとおりの場になった。さぞ、本望でしょう」


 玄は帰りかけて振り向いた。


「ただ…あなたは一つだけ勘違いしてた。あなた自身がクソヲタの権化であることを最後まで自覚できなかったですね。それがクソヲタの最後に相応しいと言えば相応しい」


 玄はそう言って不敵な笑みを浮かべて店を出た。その玄をヨウ子が追い駆けると、玄は手を差し伸べた。ヨウ子はその手を繋ぎ、楽しそうにスキップを始めた。その先には、妻の千代が待っていた。手を繋いだ三人の後ろから龍三が声を掛けた。


「火葬船で待ってるからな!」


 玄夫婦は丁寧にお辞儀をした。そしてヨウ子は笑顔でバイバイした。


「ヨウ子ちゃん! 鬼ノ子村で一緒に暮らそうね!」


 するとヨウ子は大きくコックリと頷いた。龍三はホッとした。


 阿仁川に二艘の火葬船が浮かんだ。その煙突から煙がたなびいている。火葬船技師の今泉徹が機械室の小窓から煙突を覘いた。同じころ、もう一艘の火葬船の平川茂も覗いていた。


「…久し振りに随分黒いのが出たな」


 黒い煙を吸い尽くした夜の空は澄んでいた。火葬船から3発の弔砲ならぬ祝砲が上がり、集落に轟いた。ここは善い人だけが暮らす村。悪い人が消える村…その掟どおり、悪い人がまた消えた瞬間だった。


                             〔 完 〕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

特撮オタⅢ「もう逃げられないよ」 伊東へいざん @Heizan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ