第30話 超・激レアグッズ

 克好は這う這うの体で店に逃げ帰った。切断した手首が激痛で疼き、悪寒が走ったままだった。救急車を呼べば、母親の殺害もバレてしまう。裏の雪の下に埋めただけで、まだ処分も出来ていなかった。大友の言葉を思い出した・・・“ もうすぐ、ボクのスポンサーが来るんだよね。それまでに克ちゃんを片付けとかないとボクの命が危なくなっちゃうんだよ。 ”・・・克好は長くはここには居られないと思った。ここを去ることになるのかと何気なく店のほうに目をやった。誰かが立っていた。


「誰だ!」


 男が入って来た。


「店の戸が開いてたもんでね」

「あの…今、取り込んでいるので」


 克好の言葉に構わず、入って来たのは謎の男こと漆原玄だった。玄はいつものように、鞄から “ 品物 ” を出した。小さな絹の包みだった。


「今回のレアグッズはこれです」

「・・・・・」

「顔色が悪いね。その腕の包帯は怪我でもしてるのかい?」

「…ええ、ちょっと」

「手首でも落としたかい?」

「・・・!」

「丁度良いレアものなんだけどね」

「丁度良いレアもの !?」


 玄が絹の包みを開けると桐の箱が出て来た。


「中をご覧になりますか?」


 克好は静かに頷いた。桐の箱の蓋を開けると壺が入っていた。


「壺の中もご覧になりますか?」


 克好の心が痺れを切らして・・・ “ 勿体ぶるなよ、また高く売り付ける気なんだろ! そんな小細工しなくたってストレートに金額を言ったらいいじゃないか! ” と怒鳴っていた。玄は内心で克好の心の動きをせせら笑っていた。


「開けますよ」


 克好は完全に切れた・・・“ だから何なんだよ! さっさと金額を提示して帰ってくれよ! ”と、今にも溢れ出そうな悪態を喉で抑えた。


「よく見てくださいよ」


 玄は桐の箱の中から、白い瀬戸の壺を取り出して克好の顔を見た。


「どうです?」

「それだけじゃ分かりませんよ。中身は何なんですか? どの番組のレアグッズなのか分からないと…」

「壺の中を見ますか?」

「…見ないと分からないでしょ」


 克好は感情を必死に抑えた。玄はゆっくりと壺の蓋を開けた。


「何です、これ !?」

「久し振りなんじゃないですか?」

「久し振り !?」

「ええ…一足早く成仏した…あなたの手首のお骨です」

「・・・!」


 克好は嘔吐をもよおした。


「そ、その手首…なんであんたが !? 」

「病院じゃなくてよかったじゃないですか? 病院だと知らぬ間に処分されるトラブルが起こっているらしいですよ。私のお蔭で、無事にあなたのもとに帰って来たじゃありませんか!」


 切断肢の場合、病院では患者やその家族に、処理についての同意書にサインを求められる。それは「完全焼却」で骨を残さないことを希望する同意書である。それにサインすると、病院の出入り業者などが医療廃棄物用の焼却炉、または一般の火葬炉に持ち込んで処理する。しかし、死後に切断肢と一体になることを望めば、病院での署名を拒否して遺骨として保存するため、一般の火葬場が切断肢の火葬を受け入れていることを認識している人は少ないようだ。

 しかし、克好の手首の火葬はそれとは事態が違っていた。克好の手首の火葬には、この集落一帯が関わっていた。そしてそのことは、彼がこの土地で闇から闇に葬られるほんの始まりの出来事だった。


「気の毒だねえ…あんたのようなバカな魂をあるじに持った体は」

「なんですって !? あなたはボクを愚弄するんですか!」

「でも、この手首はもう幸せです。バカな魂からも苦痛からも解き放たれたんですからね。それに、この地の聖なる清流に浮かぶ火葬船で荼毘に伏されたんですから幸運でした」

「何を言ってるんでしか! ボクの承諾もなしに火葬して!」

「どんな煙が出たと思います?」

「煙 !? 」

「善人の荼毘の煙は透明…悪人のそれは真っ黒い煙が立つそうです」

「・・・・・」

「あなたの手首の煙は…真っ黒でした」

「…嫌がらせですか」

「ご報告です」

「こんな嫌がらせをするあなたも荼毘に伏されたら真っ黒なんじゃないですかね」

「親切で持って来てやったのに、そんな言種はないでしょ?」

「余計なことをしないでください! 焼かれたら再生手術もできなくなったじゃないですか!」

「半日以上ほったらかしたら手術は無理でしょ」

「・・・・・」

「お骨になった自分の手首が入ってる小さな骨壺を見た気分はどうですか?」

「・・・・・」

「あなたにとっては最高のレアグッズでしょ?」

「レアグッズ !? ボクの骨がレアグッズ !? あなたはどうかしている!」

「女の子をバラバラにして殺すよりはマシなんじゃありませんか?」

「・・・!」

「あなたがバラバラにした女の子の骨壺も…小さかった…小さな骨壺は哀しいものですよね」

「・・・!?」

「わたしは…あなたにバラバラにされて殺された女の子の…父親なんですよ」

「・・・!」

「この骨壺は、私があなたに提供する最後のレアグッズです。この骨壺のことは、既にあなたのお店のウェブ上に紹介されていますよ」


 克好は慌てて“レトロに御用!” のホームページを開いてみた。“ レトロに御用!”のウェブ上には、『影菱仮面』のヒーローである故・宇津井光太郎のレアグッズの緊急特別落札イベントの紹介が出ていた。その商品として “ 宇津井光太郎の分骨壺 ” が掲載されていた。


「こ、こんなのデタラメだ!」


 店の表が俄かに騒々しくなった。


「良かったですね。カモフラージュされた紹介で。では、わたしはこれで失礼します」


 克好の店の前にはスマホ片手に開店を待って寒さに悴んでいる特オタ会員たちが一列に並んでいた。


「店、開いてますよ」


 そう言って玄は商店街の奥へと去って行った。玄の言葉に特オタたちは列の順番を崩して一気に店の中になだれ込んで行った。その様子を離れた場所から李美雨一味が伺っていた。


「店長! 今日ここで “ 宇津井光太郎の分骨壺 ” の緊急特別落札イベントがあるって本当ですか !? 」

「表に案内も何もないけど、競りって本当にやるんですか !? 」

「ネットに上がってるのを見て、会員以外の連中が来たらどうするんですか !? 」


 克好は特撮オタたちの質問攻めにうんざりしながら・・・“ しかし、今がこいつらを退治する最後のチャンスかもしれない。この店は、精神的奇形児のゲスどもを自滅させる聖域なんだ。 やるしかない… ” ・・・ そう決意した時、李美雨一味が店に入って来た。


「売る気にはならんだろうな」

「・・・!」

「なにせ、自分の手首のお骨だもんな」


 特撮オタたちは、その言葉の内容に驚くというより、一般人でもなく特撮オタでもない、全身トゲだらけのオーラを発する張本たちに警戒感を抱いた。


「その店長さんはどうやら、小学生の時に近所の女の子をバラバラにして殺したらしい…殺してバラバラにしたんじゃないぞ。バラバラにして殺した恐ろしい店長さんなんだよ」


 張本は一同のどよめきに被せて話を続けた。


「御棚克好さん、あんたの寝物語の告白は全部、大友から聞いたよ」

「達っちゃんが !?」

「そう、その達ちゃんに気持ちいいことしてもらいながら泣き入れたんだってな。女の子に毎晩祟って出られて、自分の体をバラバラにしろと、せがまれてんだってな」


 克好の心の声が弾けた・・・“ 何抜かしてやがる。どうせここでおまえらを全員犬死させてやる。ボクは気が付いた。ボクを殺そうとすれば、あの女の子が止めてくれる。何故なら、あの女の子はボク自身がボクをバラバラにさせるまでボクを生かしておく気だ。ボクを殺そうとすれば、あんたらの誰もがあの子に殺されるんだ。今のうちに好きなだけ、ほざけ! ”・・・そして克好の心の声が外に飛び出した。


「おい、半グレ野郎!」

「何だと、てめえ! もう一度…」

「半グレ野郎!」

「刺したろか!」

「半グレ野郎、その大友は今どこに居るのかな?」

「もうすぐお前を殺しに来るよ」

「彼はボクを殺しになんか来ませんよ」

「男が男に女心とは気色悪いほど美しいね」

「彼はボクを殺せません」

「まだ言うか、このバイセクオタが!」

「彼は自殺しました」

「でたらめ言うな」

「でたらめではありませんよ。ボクの目の前で自殺して、この世にはもういません。だから彼にはもうボクを殺せません」

「何だと !? てめえ、やつを殺ったのか!」

「だから、自殺したと言ってるでしょ。ボクに飲ませる毒を自分で飲んで死んだんです」

「てめえ、奴に何をした!」

「何もしていません。達ちゃんは、自分で飲んだんです」

「…てめえ」


 李美雨の指示で木村はシャッターを下ろし、ガラス戸とカーテンを閉めた。特撮オタたちがじんわり恐怖を味わう中、張本が懐から銃を出したことで、店内はいきなりパニックになった。李美雨がやんわりと話し出した。


「皆さん、落ち着いてください。皆さんに危害は加えたりはしませんから安心してください。彼の銃は特撮グッズです。これから発砲しますので、撃たれる人の名演技にご注目くださいね」


 李美雨が張本に目配せで指示を出すと、その銃口が克好に向いた。内心、克好は怯んだ。


「まあ! 流石店長のリアクションはリアルね! 特撮番組の矛盾を鋭く突く評価をするだけのことはあるわね。それに俳優の未熟な演技についても指摘するだけのことはあるわ。さあ、この後の名演技が楽しみ!」


 張本の指が引き金に掛かると同時にその銃口は、張本自身のこめかみに当てられた。そして鈍い発砲音がして張本の頭が弾かれ、体が真下に崩れ落ちた。その迫真の演技に特撮オタらは一瞬息を飲んでいたが、すぐに拍手が沸き起こった。


「す、すごいリアル! あの人、もしかして俳優さん !? 」

「なんか、雰囲気あるからそうかもよ!」

「死んで動かない演技もスゴくない !? 」


 特撮オタらが感嘆する中、倒れている張本の前にヨウ子が現れた。


〈第31話「次は誰の番?」につづく〉

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