第17話 特撮グッズ患者たち

 克好はネットで話題になっている奥園桃子の記事が載った週刊“文潮”に食い入っていた。奥園桃子の記事というより、“ あの時 ” の自分の行動が記事になっていないか確かめたかったのが本音だ。“ あの時 ”、克好に悪魔が囁いた。息を引き取ったばかりの男が抱きかかえた800万のグッズを強引に奪い取ってしまった。しかし、記事にはマシンガンを競り落とした男のことが死んだということは書かれていなかった。そればかりか行方不明の男のことはそこそこに、殆どは奥園桃子の失踪に纏わる情報が掲載されていた。


 記事は次のとおりだった…読者の皆さんは昭和30年代の特撮ヒーロー作品『任侠スパイ桜組』というテレビ番組をご存じだろうか? と問えば、昭和特撮ファンなら敏感に反応することだろう。あれから60年程の歳月が流れて、かの番組が再び特撮ファンの間で話題が浮上している。それは最近になって、一人の特撮ファンが行方不明になったことから端を発している。

 番組のキャラクターが愛用した武器の特撮グッズであるマシンガンを競り落とした特撮ファン(男性・52歳)が、親しい特撮仲間の一人に競り落とした喜びのメールを送った後、消息を絶った。しかし、どこで競り落としたのかは、その特撮仲間にさえ伝えていなかった。メールでは30人程の特撮ファンがセリ会場に居たことは分かっていたため、競り落とした男性の特撮関係者を片っ端から取材したが全く分からなかった。彼らは、レアなグッズが手に入る場所は、いくら親しい特撮仲間でも口を閉ざすのが常識らしい。

 さて件の番組『任侠スパイ桜組』は高視聴率で、最終回は日本のテレビ史上初の海外ロケが行われた番組である。ところが、マシンガン愛用のヒロイン・奥園桃子は、ロケ現場で休憩中に突然その消息を絶ってしまった。撮影隊は現地警察の協力を得て捜索に加わったが目撃者もなく、足取りを追うことは出来なかった。主演の團國彦は帰国後、生活が荒み、奥園との不可解な関係が疑われたが、時が経つに連れて話題も風化し、新番組の人気とともに忘れ去られて行った。

 数年前、團はファンの主催する小規模な特撮オフイベントで不慮の事故死を遂げたが、知名度の薄れた特撮俳優が陥るイベント依存に浸かった團が記事になることはなかった。それとは対照的に、奥園桃子は濃い足跡を残したまま、ファンの間ではの伝説の特撮ヒロインとして語り継がれて久しい。奥園の失踪後、特撮グッズのマシンガンを抱いて投身自殺するファンが相次ぎ、奥園桃子関連のグッズは全て発売禁止となった。奥園ファンの脳裏には、店頭商品が一斉に回収されるニュース映像が深く刻まれた経緯がある。

 番組は延長も検討されていたが、奥園桃子の失踪で代役に立てる女優が決まらず、結局、海外ロケの最終回を最後にそのまま打ち切りとなり、新番組に移行してしまった。奥園桃子の死は未だに確認されておらず、生存説が根強くある中での、今回の奥園マシンガン競り落とし行方不明事件が発生し、話題が再燃している。


 記事を見て克好はホッとした。同時に“ 行方不明 ” に違和感を覚えた。あの男は確かに死んでいた。息を吹き返したのだろうか…だとすれば、マシンガンが無くなっていることで騒ぎ出すはずである。この狭い集落ではすぐに噂が駆け巡る。しかし、未だにそんな話は聞かない。


 店の外が騒々しい。まだ開店時間でもないのに、今年に入って特撮オタどもが煩わしいほど店に来やがる…などと克好はうんざりしながら、仕方なく早く店を開けることにした。外には殺気立った特撮オタどもが押し寄せていた。


「ネットでマシンガンがもう一つあるかもしれないという書き込みを見ました」


 一瞬、特撮オタのその一言に克好は戦慄が走った。だが、“ もう一つ ” と聞いて胸を撫で下ろした。“ あの男から奪ったマシンガンを差していない…そうか…この客たちは競り落とした男の行方不明の記事を見た単なるマシンガン目当ての連中…ということは、今後の金蔓連中ということだ ” ・・・克好は頭が冴えて来た。


「ええ、例のマシンガンが再び入りました。しかし今回は競りではなく価格設定がされています。価格は800万です。あの後、週刊誌などで話題性が高まりまして、市場価格が吊り上ってしまいましてね」


 特撮ファンたちは意気消沈して一人二人と帰り始めた。その時、ひとりの男が叫んだ。


「私が買います!」


 一同が一斉にその声の主に注目した。その男を見て克好は驚いた。克好の下田時代からの特撮仲間で同じバイセクの大友達也だった。克好は“ 彼が連絡もなく何故ここに来たんだろう? こんな高価なものを本当に買うのだろうか?”と、半信半疑だった。今、久し振りの挨拶も出来ないタイミングの悪さの中で、克好は心配そうに達也に確認した。


「あの…現金で800万、今すぐご用意できますか?」

「勿論、用意して来ましたよ。他のグッズがあったらと思って来ましたが、まさか一番欲しかった奥園桃子のマシンガンがあったなんてラッキーです!」


 達也に何の躊躇もなく800万の現金を出された克好は、仕方なくマシンガンを包装して渡した。達也との手が触れた時、一気に下田時代の深い関係が蘇って顔が紅潮した。達也は素知らぬ風を装って品物を受け取り出口に向かった。克好は思わず呼んでいた。


「…あの!」


 すると達也はすぐに克好の声に応えて振り返って答えた。


「また、ゆっくり来ます」


 達也は深い笑みを残して去って行った。達也の後に何人かの特撮ファンが続いた。前回競り落とした男に集団リンチを加えた連中とほぼ同じ面子だった。彼らは達也を取り巻きながら歩いて囲んだ。達也は不敵に呟いた。


「よした方がいいわよ」


 達也はスタンガンを出してスパークさせた。特撮ファンたちは慌てて達也から離れて道を開けた。


「どうぞ、いらっしゃいよ?」


 達也は、強いものに弱い匿名オタの習性は充分把握していた。怯んだオタどもは、あきらめて“ レトロに御用! ” に戻って行った。達也はすごすごと去って行くクソヲタの後ろ姿に侮蔑の嗤いを手向けた。


 達也に恥を掻かされたオタ連中は殺気立って店に戻り、他の特撮ファンらを押し退け勢いカウンターに押し寄せた。


「他にレアグッズがないのか!」

「入りましたらネット上でお知らせしますので…」

「マシンガンしかなかったのかよ!」

「レアグッズですから、入り難いのは止むを得ないんです。何度も申し上げますが、入りましたらネット上で…」

「折角来たって買えなかったら無駄足でしょ! ネット予約が出来るようにしろよ!」

「高額取引に成りますので、ネット上に価格提示することはできません」

「ただのぼったくりじゃねえか!」

「お気に召さなければ当店をご利用なさらないでください」


 その時、克好の前に全く違う空気の男が立って今までの騒ぎが静まった。


「県警の者です」


 秋田県警の藤島周平が現れた。克好の脊髄に冷気が走った。特撮ファンらは潮が引くように店を出て行った。


「元日にこちらの店でマシンガンンの玩具を買った男性がおりましたよね」

「え、ええ」

「その方が行方不明になったことはご存じですか?」

「その方かどうかは分かりませんが、同じマシンガンを買った人が行方不明になってる事はネットの記事で知りました」

「顔を見れば分かりますか?」

「分かると思いますが…自信はありません」


 藤島刑事は男の顔写真を出したが、克好の歯切れが悪かった。


「似てるような気もしますが…確信は持てません。すみません」

「こういうお店には、特撮イベントなどを通じての顔馴染とか、常連客が多いんじゃないですか?」

「この店は開店してやっと一年経ったばかりなもので、常連さんを掴むまでには至ってません。それに、ボクはイベントには殆ど参加しませんので…」

「そうですか…それと、店の前で遊んでる女の子はお宅の?」


 克好が店の入口に目をやると、女の子が指を差していた。女の子は指を差したまま、滑るように店内に入って来た。


「どうしました?」

「え… !?」

「お宅のお子さんですか?」

「い、いえ…よくそう言われるんですが、うちの子ではありません。どこかご近所のお子さんじゃないでしょうか?」

「そうでしたか…おかしいな。このお店の子って聞いたら頷いてたんで、てっきりあなたのお子さんかと思いましたよ」

「同じことを言う方がいるんで、ボクも困ってるんですよ。でも、子どものいうことですから怒るわけにもいきませんで…」


 克好の背中から冷や汗が流れていた。極度の緊張で声も霞んでいた。


「顔色がさえないようですが、どこか具合でも悪いんですか?」

「慣れない土地のせいかなとは思いますが、体調が不安定でして…」


 陰気で張り詰めた空気の中で、ふたりは暫く立ったままだった。


「また来ます。何か思い出したこととかありましたらご連絡願いますか?」

「はい」


 藤島刑事が店を出て行くと、克好は足がガクガク震えていた。立っていられず、肘掛椅子に腰から落ちた。女の子は消えていた。急に、もう一つのマシンガンが “ この店 ” にあるという情報の出処が気になり出し、無性に謎の男が置いて行ったラムネが欲しくなった。


〈第18話「ヨウ子に誓ったこと」につづく〉

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