第9話 群がって来たオタども
店先のイベントから数日経つと、克好の店に十数人が群がって来た。克好の下田時代の特オタにまじって、反・女部田派の特撮ファンもいた。特撮ファンサイト『変身丸紀行』管理人の谷崎星弥、谷崎のサイト常連でHN・カタクリ小町の地元秋田出身・片山千夏、同じく地元特撮ファンサイト『秋田おばん』管理人でHN・バサマの馬場由紀子らがさぐりに来ていた。勿論、克好には面識のない面子である。その中に麻生真尋も居た。克好は真尋の訪問に嫌な予感がしていた。
「あれ !? 駄菓子置いちゃった?」
店に入るなり、真尋は第一声を放った。
「ちょっとの間に、随分だっせえ店になっちまったわね。昭和特撮グッズ屋にどこにでもある子ども騙しの駄菓子はないでしょ」
克好がやんわりと反論した。
「お客さんには懐かしいと評判もいいんですが…」
「そのお客さんって、駄菓子に目が行って昭和特撮グッズはそっちのけなんじゃない?」
「いえ、昭和特撮グッズが目的のお客さんは…」
「別に弁解してもらわなくてもいいわよ、たださ、お店の名前は、お客のニーズで昭和特撮グッズを探してやるために付けた名前だとかって、前に来た時に言ってたんじゃなかったっけ?」
「・・・・・」
「別にいいのよ、私の店じゃないんだから。でも、“レトロに御用!”のイメージからすれば、駄菓子を置くのは看板に偽りありで邪道だと思うわ。いえ、私が思うだけだから気にしないでね」
気にしないでと言われても、克好は気になった。向かっ腹が立つほど気になった。最初、駄菓子を置いたのは、昭和特撮時代の“ おまけ付き ”の駄菓子だけだったが、業者の薦めで何となく駄菓子全般も置いてしまった。真尋の指摘どおり、店の方針からは外れるというか油断だったと、克好自身も思っていただけに、一番言われたくない相手に言われて向かっ腹が立っていた。
「いつも方とは今日はご一緒じゃないんですね?」
「気が付かなかった !? 先日のイベントの最中に倒れたのは彼女よ?」
「そうでしたか…」
克好は知っていたが恍けた。
「通報が遅れて、救急車が到着するのが随分遅かった…運ばれる車内で亡くなったわ」
「え !?」
「通報がもう五分でも早ければ助かったかもしれないって隊員の方に言われたわ」
「・・・・・」
「イベント主催者のあなたは、通報どころか何もしないで黙って見てたわよね」
「動転してしまったんだと思います」
「それにしては随分と冷静なお顔でしたけど?」
「お力になれなくて申し訳ありませんでした」
「ご親友を亡くされて誰かを責めたいお気持ちは良く分かりますが、自己管理に問題はなかったんでしょうか?」
そう言って、近付いて来たのは克好の閉鎖したロリコンサイト時代からの仲間の大友達也だった。
「克ちゃんしばらく! 素敵なお店じゃない!」
「ありがとう、達ちゃん」
「下田のお店をたたんじゃった時はショックだったわよ」
“だったわよ”って“そっち”かよと真尋は思わず突っ込みたかったが、ここに来たのは琴音との最期の約束を果たすためだった。
救急車の中で瀕死の琴音は真尋に手を伸ばした。真尋の手を強く握ると、琴音は酸素マスクを外して囁いた。
「菱形仮面がジャガーに乗ったブリキの玩具があるの。あの店のバカにそれを手に入れさせて。手に入れられなかったら、あの店を潰して頂戴」
「分かったわ! 約束するわ!」
バカな約束だが、琴音には彼女なりの理由があった。弟は菱形仮面の大フャンだった。琴音は病床の弟のために、菱形仮面のオートバイに乗ったブリキの玩具とジャガーに乗ったブリキの玩具を誕生日に買ってやろうと思っていたが、弟は誕生日を待たずに他界してしまった。そして、いつの間にか菱形仮面は過去のヒーローとなり、弟の欲しがっていたグッズも玩具屋の店頭から消えて久しかった。数年後、家族が引っ越することになり、荷物の整理をしていて弟の日記を発見した。
“ 昭和33年5月1日 お姉ちゃんがボクのたんじょう日にひしがたかめんのおもちゃをプレゼントしてくれるといった。それをきいてからまいにちまいにちドキドキする。はやくたんじょうびが来ないかな ”・・・琴音は思った。弟の約束を守らなければと。真尋もその話は琴音から聞いて知っていた。
真尋は、克好と大友が気色悪いムードで盛り上がっている会話を断ち切った。
「ところで、レアな特撮グッズは入ったの? あなた、彼女に約束してたわよね」
「ええ、いくつかありますので、今お出しします」
克好は奥からグッズを出して来た。『任侠スパイさくら組』のマシンガン、『地蔵戦隊アミダマン』の数珠ブーメラン、『スペースサーフィン』の宇宙サーフィンボードなど、どれもかなりのレアグッズである。ところが真尋はそれらを見て鼻で笑った。
「他には?」
「今のところ、これが当店の最高のレアものです」
「これが当店最高 !? ちょっと待ってよ。これだったら私も私の友達もみんな持ってるわよ。お店の本領発揮してもらえない、レトロに御用さん!」
「ご希望の商品があれば特定していただかないと…」
「じゃ、特定するわ。『菱形仮面』の電動式ジャガー仕様のブリキの玩具よ」
「えっ!! …それは~…」
「探せない !? 」
「というより、その商品は既に現存が確認されていませんので…」
「じゃ、探して頂戴」
「探せるよな!」
声の主は柳勝利だった。浜野愛海と金子健もいっしょだった。反女部田一派でこの店を潰す目的で蠢いている連中だ。
「探してやりなよ、だてに“ レトロ ”っていう言葉を使ってるわけじゃないでしょ? 自信があるから使ってるんでしょ? しかも“ 御用!” だよ。“ レトロに御用!” なんだから、お客の期待は絶対に裏切れないでしょ。必ず商品を探してくれると私らは信じてる。なあ、皆さん!」
大友以外は、“ おーっ” と無責任な奇声を上げた。
「もう逃げられないよ」
克好は、そう聞こえたような気がして店先に目をやると、案の定、女の子がこっちに指を差して立っていた。全身を舐めるような鳥肌が立った。最近、克好が一人の時は女の子に四六時中付き纏われている気がするようになっていた。病院を受診しようかとさえ思うようになっていたが、医師に何を聞かれるかと思うと、その足は向かなかった。。
「どうなんですか!」
愛海が克好に迫った。
「努力してみます」
「それだけじゃ駄目でしょ…探せなかったらどうします?」
「どうしますって言われましても…」
「探せなかったら、看板に偽りありになりますよ。店をたたんでください!
「そんな !?」
「ねえ、真尋さん! あなたのご親友がこの店のイベントで命を落としたんですよ!」
真尋が追い風に乗って出て来た。
「そうよ。私の親友はあなたの主催したイベントで、あなたの危機管理の落ち度で、助かる命を失ったの。琴音と約束した最高のレアグッズを探せなかったら店をたたんでください。そしたら琴音の死に関しての責任は問いません」
「責任って…」
「まだ分からないんですか! あなたが迅速に119番通報していれば、琴音の命は助かったかもしれないんです! それをあなたは怠った! 謝罪の意思があるなら、生前の琴音との約束を果たしてください! そしたら責任は問いません!」
「・・・・・」
克好は言葉を失った。理不尽な要求とは思いつつも、意図的に119番通報しなかった呵責で反論できなかった。
「どうなんだよ!」
金子健が詰めの一声で凄んだ。
「…分かりました」
克好は約束させられてしまった。何という日なんだろうと、ふとまた店先に目をやった。女の子が微笑んでくるっと背を向け、マリ突きを始めた。
〈第10話「クソヲタとその親」につづく〉
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