第8話 『レトロに御用!』の店頭イベント

 『レトロに御用!』の店の前でイベントが開かれていた。ゲストに呼ばれたのは任侠スパイ桜組組長のスーツアクター・春日邦彦、地蔵戦隊アミダマンのスーツアクター・中里隼人、トドウフケンジャーの殺陣師・織田兼光、トドウフケンジャーの黒騎士・オキナンチューのスーツアクター・堺新之助、スペースサーフィン副隊長のスーツアクター・鮫島守たちだった。肝心の俳優陣は既に他界していた。


 『レトロに御用!』と隣接するこの商店街入口の須又温泉では、任侠スパイ桜組組長の團國彦と地蔵戦隊アミダマンの村木志郎が、そして駅中温泉ホテルではトドウフケンジャーの鍋野満とスペースサーフィン隊長の鍋島峻作がそれぞれ不審死を遂げて、未だに事件の全容は解明されていない。克好はそれを知ってか知らずか、選りにも選って事件で死亡した俳優のスーツアクターらをゲストに呼んでいた。


 『レトロに御用!』の店の前に居並ぶゲストを囲んで異様な熱気に包まれたオタク集団を、地元民が遠巻きに眺めていた。


「元特撮ヒーローかなんか知らないけど、ゲストにヨレヨレのジジイどもを集めてイベントやっても、どっかの敬老会にしか見えないな」

「ゲストに呼ばれて来る方も来る方だよ。こんなとこまで来て過去の栄光をひけらかしたいのかよ。寂しい人生送ってるのがバレバレだろ」

「失礼だろ。ファンのために折角来てくれてんだから」

「でも、あんな老いた姿晒してまで…なんか見てて寂しくならないか?」

「…まあな」

「今の生活が充実してたら、絶対に来ないと思うよ」

「老後が寂しいんだろうからいいじゃねえか、来たって」

「ここが大都会の大ホールの大手企業の一大イベントだったらまだしも、過疎の限界集落のシャッター通りだよ。それも訳有りの」

「なんで来ようと思っのかね。イベントがてらギャラで田舎観光できるからかね」

「結局、そういう疑念に行き付くだろ」

「また過去のように、ファンにちやほやされたい郷愁で来るんだろうけど、結局、本音は虚しいんじゃないの? だって栄光の過去じゃないんだから」

「一時でもそう思い込める場が欲しいんじゃないの?」

「下手に特撮ヒーローなんかやっちまうと、死ぬまで勘違いして終わる人間もいるんだろうな」

「だけど見て見ろよ。あのオタクどもの顔。年寄りを見ている顔じゃねえぞ」

「子どもの頃に帰ってるんだろうな」

「時間が停まってるんだよ、やつらの中では」

「物語と出演者が同一になってるってのは、あんまり賢い感覚じゃねえな」

「龍三さんが言ってたよ。登場人物と同一視されるのは大迷惑だって。ギャラのために演じただけだから、番組が終わってギャラが支払われれば関係ないし、視聴者にとやかく言われる筋合いはないって。確かに俳優だってサラリーマンと同じ仕事だから契約が切れれば終了だよな」

「そういうことなんだろうな。それをやつらはネチネチとストーカーまがいの絡み様だ。大人のくせに気持ち悪いよ」


 そこに大吉がポツンと呟いた。


「獅子踊りでもやって地元の協力を仰げば、もう少しはマシだったんじゃないか?」


 この集落では、県内屈指の大地主だった庄司家が小作人700人を抱えていた時代があり、旧盆中には徳川時代の参勤交代を模した獅子踊りの行列が、庄司家前を練り、そのまま集落を「どっこいなー、どっこいなー」の掛け声で踊り回り、最後に庄司家に舞い戻り、「庭先を拝借いたしまして、これにて獅子踊り無事に終わりました。誠にありがとうございました。」と口上を述べて幕となる習わしがあった。少子高齢化でその慣習が風前の灯となった時、地元中学校の総合学習に組み込まれ、息を吹き返していた。


「オタクはそんなとこには気が回らないだろ、オタクなんだから」

「あいつらの頭の中では現実は二の次のようだからな」

「あんな得体の知れない年寄り連中をゲストに呼んで何が嬉しいんだろね?」

「あのゲスト連中って、今売れてんのかい? 見掛けねえ顔だけど」

「仮面の中の人だから見掛けねえのは当たり前だろ」

「それもそうだな」

「呼ばれた方だって、こんな片田舎じゃ、気が抜けたんじゃねえか?」

「集まってる連中が若い女の子だったらまだ元気も出るだろうが、見ろよ…どいつもこいつも四、五十だよ」

「オタクの世界も高齢化だね。この変な熱気に魘されて興奮してるみてえだけど、誰か倒れなきゃいいけど…」


 丁度その時だった。


「誰か、救急車をお願いします!」


 オタク集団の誰かが倒れたようだ。


「誰か救急車呼んで!」


 オタク集団は誰が倒れたのか見ようと我先に倒れた急病人を取り囲んだ。その様子を見て大吉が嘆いた。


「おい、見ろよ。あいつら誰一人救急車を呼ぼうとしてない。“救急車、救急車!” と騒ぎ立てて倒れた人間を興味本位に見てるだけだぞ?」

「御棚の店長は何ボーっと突っ立ってんだ !? 迷惑そうに黙って見てるだけじゃねえか! 早く救急車呼ばんか!」


 突然、キヨが須又温泉の湯気抜き窓を差した。


「あれ見えるか !?」


 須又温泉の湯気抜き窓を見た大吉たちは仰天した。そこには見覚えのある連中が所狭しと首を出し、イベントに視線を注いでいた。銭湯で命を落とした特撮オタク連中である。ファンサイト『特撮基地』管理人でHNが藪博士の大藪誠、女部田サイト常連だったHN 雲居雁くもいのかりの山岸ゆかり、その妹のHN 落葉宮おちばのみやのさなえ、同じく女部田サイト常連だったHNチャキの伊崎祥子、熱狂的な鍋島ファンのHN 朧月子おぼろつきこの長谷霧子ら数十人がぎっしり詰まった異様な様だった。須又温泉で死を遂げたオタクには気の毒な者も居た。HNエルトン仁の後藤田将太とHN浜辺野詩子の矢代蘭だが、彼らの顔は見えなかった。


「みんな、見るんじゃねえ! 見えねえふりしてろ!」


 いつの間にか地元民の中に居る松橋龍三の後援会理事の松橋恒夫が来ていた。


「おや、恒夫さん、来てたのかい?」

「イベントの様子を龍三さんに報告しないとな…またしてもとんだ事態になってるな」

「湯抜き窓の連中はどうしたものかね」

「呼びに来てんだろうな、“同類”を」

「成仏してねえのかな」

「龍三がまだ成仏はさせるなと言うことで、悪さしないように封じただけだからな」

「でもよ、いい加減成仏してもらわねえと薄気味悪くて敵わねえよ」

「やつらが悪さするのは同類のオタクどもにだけだろ。オタクどもが居なくなれば化け物も出なくなるんだから、この集落にオタクどもさえ寄せ付けなきゃいいんだ」

「そうじゃないよ。龍三さんは悪質なクソヲタどもをやつらに迎えに来させるために成仏させねえで封じただけなんだから、ここにクソヲタが来るのは歓迎だよ。やつらに連れてってもらえばいい」

「だけどよ、その度にここで死人が出るんだぞ」

「不動産屋の竹男が連れて来なきゃ良かったんだよ」

「悪かったね、こっちも商売なんでね!」

「居たのかい !?」

「居て悪かったね!」

「クソヲタ退治の集落ってので町おこしはどうだ?」

「それもアリか。どうせ“ 呪いのゴミクズオッター通り ”って呼ばれちまってるんだしな」

「そうだった。ここはもう心霊スポットになってるんだった」

「ほら、やっとゲストの誰か知らねえけど、携帯持ったよ」


 誰も電話する気配がないのを見かねて、トドウフケンジャーの殺陣師・織田兼光が119番通報した。その様子をオタク集団とはまた別のサイドから見ていた連中が居た。五味や克好一派の首謀で変死した女部田の対立軸にあった浜野愛海と彼女の友人でボクサーの柳勝利と金子健らだ。愛海はHN《ハンドルネーム》・空蝉 で特撮番組のファンだった。父親は 前進国民党の衆議院議員・浜野賢造だ。

 愛海は元々執念深い女ではなかった。一特撮ファンだった愛海は、あるイベントで知り合った女部田得意の微笑リップサービスに酔い、深い仲に進展していたが、その本性を知って激しい憎悪に変わった。以来、愛美は豹変し、父親の息の掛かった柳と金子を従えて女部田狩りを開始した。女部田の本性をネット上で執拗に晒し始めた。愛海はそれだけ純粋だったのかもしれないが、愛海のような憂き目を見て泣き寝入りしている女は相当数存在した。愛海の動きはすぐに女部田にとっての手強い逆風となったことでも証明された。そして、愛海は女部田の対立軸の頭に立った。

 その矢先、女部田は自分に靡かない特撮俳優・松橋龍三の生まれ故郷で、これ見よがしに松橋龍三外しのイベントを主催した。主催したまでは良かったが、イベント終了後に女部田は謎の変死を遂げた。女部田の変死によってその恨みを晴らし損なった愛海は、女部田の片腕だった五味久杜をターゲットにしたが、五味も須又温泉で季節外れの謎の凍死という憂き目に遭ってしまった。その結果、愛海の今のターゲットは女部田の使いっ走りだった御棚克好にターゲットが向けられたわけである。


「なんで主催者が救急車呼ばねえんだよ!」


 柳勝利がヤジを飛ばした。すると、オタク集団がその声に賛同して更に大騒ぎになった。愛海はにんまりとした。彼らがここに来たのはイベント妨害以外のなにものでもない。愛海は柳のファインプレーに満足した。オタク集団が大騒ぎしている中、遠くで救急車のサイレンの音がした。


「救急車の音だ! 呼んだの誰?」

「トドウフケンジャーの殺陣師の織田さんだよ!」

「織田さん凄え!」

「他のゲストは何してたんだよ、正義の味方じゃんかよ!」

「出演の人は台本がないと何もできないんだよ、きっと!」

「おまえら折角来てくれたゲストたちに何てこと言うんだよ!」

「救急車まだかよ!」

「田舎は道がくねって中々現場に近付けねえんだよ、きっと」

「音がしてるのに救急車遅えな! 死んじまうだろ!」

「こんな時に倒れたの誰だよ! やたらケバい恰好で倒れてんじゃん」

「こんなんじゃ、東京マラソンで倒れたお笑いタレントと一緒じゃねえか! 自己管理もできねえ奴に参加されても迷惑なだけなんだよ!」

「皆さん!」


 殺陣師の織田が立ち上がって騒ぎを制した。


「この中で、すぐに救急車呼ぼうとスマホを手にしてくれた方は手を挙げてみてください!」


 オタク集団は静かになったが、手を挙げる者は誰もいなかった。


「そうですよね。誰もおりませんでしたよね。誰かが119番通報するだろうと誰もスマホを手にしませんでしたよね。でも、皆さんは他の人たちを責めていますよね。それってどうなんでしょうね」


 すると、ヤジを飛ばした柳勝利が再び反論した。


「本来、主催者が通報すべきなんじゃないすか!」


 オタク集団のあちこちから柳の反論に賛同する声が挙がった。織田はすかさず制した。


「自分が出来なかったのに、他人を責めるのはやめましょうよ。それより倒れた方のファーストエイドをしている方に協力しましょうよ」


 見ると、倒れた参加者オタク女性の胸と脇腹には、既にAEDの電極パッドがあてられていた。救急処置を施していたのは、偶々様子見に来ていた地元町役場・地域振興課の根倉静香だった。


「離れてください!」


 根倉はAEDのショックボタンを押した。倒れたオタク女性が息を吹き返すと一同から拍手が沸き起こった。間もなく救急車がやって来た。

 倒れた参加者が出たのにイベント主催者である御棚克好が救急車を呼ばなかったのは、その女が染山琴音だったからだ。意識を取り戻した琴音の傍に寄り添っていた麻生真尋は克好を睨み付けたが、視線が合っても克好は無表情だった。克好の心の声が呟いていた… “ ボクが悪いんじゃない。倒れた本人の自己管理の問題だ。ボクには関係ない ” ・・・と。


 救急車が到着し、琴音は担架で保護された。


「付き添いの方、おられますか?」

「私が…」

「ご関係は?」

「このイベントに一緒に来た友人です」

「乗ってください」


 真尋が乗ろうとすると、愛海が駆け寄って来た。


「ひどい主催者ね。何かあったら連絡頂戴、力になれると思うわ」


 真尋は愛海から渡された連絡先のメモを受け取って救急車に乗り込んだ。一同は発車する救急車を見送った。


 キヨの連れて来た愛犬の秋田犬・どんぐりが須又温泉の湯気抜き窓に向かって吠えた。どんぐりの吠える先では“ おいで、おいで ” する湯抜き窓のオタ霊たちに向かって、誰かが飛んで行った。


 病院に辿り着く前に、救急車の中の琴音は息を引き取った。


〈第9話「群がって来たオタども」につづく〉

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