第24話 北秋田市にシャドウヒーロー現る !?

 シャッターを開けた克好の前に、見知らぬ男が二人立っていた。


「県警の藤島と申します。この店のご主人ですか?」

「…ええ」


 御棚は焦った。女の子殺害の件で来た刑事かと心臓がキリキリと捻じられた。


「あの人に見覚えはありますか?」


 刑事が指した先に居るもう一人の刑事がブルーシートを少し剥がすと、仰向けに倒れている男の顔が見えた。克好は思わず吐き気をもよおした。スプレー缶を握った男の手首が鋭利なもので切り離され、息絶えたその顔は斎藤だった。


「ご存じですか?」

「…いえ…見覚えがありません」

「オタクのシャッターにタギングをしたようなんですよ」

「タギング?」

「スプレー缶での落書きです」


 克好はシャッターを下して確認した。克好の目はその文字に釘付けになった。そこには『クソヲタバラバラ殺人犯』とあった。克好の心の声が発動した・・・ “ こいつ、何を知ってる…なぜ知ってる…誰から聞いた…誰に言った…なぜ刑事が来た…ここに来た刑事の本当の目的はなんだ…ボクは疑われているのか… ” 克好はシャッターを凝視したまま過呼吸となり手足が痺れ出した。


「大丈夫ですか !? 中で休みましょう」


 藤島刑事が克好の肩に手を触れると、克好はその手を乱暴に振り払った。


「ボクに触るな! ボクに命令するな!」

「分かりました…兎に角、落ち着いて…ゆっくり呼吸をしましょう」

「だから、ボクに指図するな!」

「分かりました、分かりました…」


 そうした克好の様子に、藤島と来たもう一人の刑事が違和感を覚えた。


「あんた、何にビク付いてんだ?」


 克好の全身が強張った。


「い、いきなり、こんなものを見せるから…」

「前にも見たことがあるのかい?」

「あ、あ、あなたは! ボ、ボクに何か恨みでも…あ、あ…」

「立石刑事、今日はこの辺で…」


 藤島は立石を制した。


「御棚さん、お話は後日改めて伺います。その際はご協力をお願いします。それと、シャッターの無断落書きは建造物損壊等の罪になります。被害届をお出しください。店頭の現場検証が済み次第、片付けますので、開店は少しお待ちください」


 目が泳いだままの克好は、フラフラしながら店内に消えて行った。


「藤島、あの男、別件で何かやってるな」

「ええ…しかし、先に本件を片付けないと…」

「そりゃそうだが…」

「それにしても、早かったですね」

「おまえからの一報を聞いて始発の新幹線に飛び乗ったんだよ」

「深夜の火の用心で地元消防団の発見が早かったんでね。まさか、おまえの追っている星ではないと思うけど、一応ね」

「いや、やつの犯行だ」

「本当か !?」

「間違いない」


 立石甚八は長年その犯人を追っていた。1970年代に放映された “ シャドウヒーロー ” という番組の模倣犯である。番組の内容と同じくタギング犯や歩きタバコの男の手首を斬り落とすことを特徴とする手口で、行政が黙認する街の迷惑人間に死の制裁を加える過激な犯行を繰り返し、犯罪者でありながら、民心には絶大な支持を得るという流れが番組の物語と重なって、“ リアルシャドー ” の愛称で呼ばれていた。番組開始間もなくから各地で模倣犯が続出する社会現象化が起こり、その中でも立石の追っている犯人は、警察も予想だにしないほどの世論の支持が強く、目撃情報皆無のまま最も頭を痛めている星だった。立石は“ どんな小さなことでも ”と、全国に散っている同期たちに警戒網の協力を仰いでいたが、秋田の藤島からの一報で移動中の新幹線で武者震いが止まらなかった。

 立石が藤島の連絡に即行で駆け付けたのには根拠があった。番組の設定ではシャドウヒーローの凶器は “ ナガサ ” である。ナガサは秋田のマタギ衆を中心に地元民が古くから愛用し、代々改良を加えて来た優れた殺傷力のある武器だが、凶器が生活の中で慣れ親しんだナガサであることに影響を受けた秋田出身の人物が事件の本星ではないかと睨んでいた。


 普段、人影のない須又商店街の入口が一気に騒々しくなった。パトカーが2台と監察医や鑑識係を乗せたキャラバン、そして救急車が停まっていた。“ レトロに御用! ” の前のブルーシートの遺体は既に救急車内に運ばれ、シャッターの落書きはシートで覆い隠されていたが、商店会長を筆頭に役員や大勢の地元住民が克好の店を遠巻きに囲んで様子を窺っていた。


「また起こっちまったか」

「シャッターに落書きしただけなのに殺されちまうなんてな」

「天罰だ。落書きしたやつが悪い」

「そりゃそうだけど、なにも殺すことはないと思うがな。きつく注意すれば済むことだろ」

「おまえんとこの店にやられても、そう言えるのか?」

「んーとだな…殺されて当然だな」

「だろ」

「やつらは注意したところで逆に向きになって余計にやりまくるんじゃないのか? この店だけじゃなく、この界隈一帯が注意の腹癒せの対象になるのが落ちだろ」

「落書き犯は愉快犯で、それはある種…頭の病気だからな。やめられないんだよ」

「注意するより、本人の住まいを突き止めて、ガッツリ落書きしてやりゃあいいんだ」

「それじゃ、こっちが捕まっちまうだろ」

「それぐらいの覚悟が無きゃ落書き犯をのさばらして置くしかないってことだよ」

「それからしたら、犯人の手首切って殺した犯人はすげえな」

「だから人気があるんですよ」

「人気あんの !?」

「知らないんですか、商店会長さん !?」


 いつの間にか地元地域振興課の根倉静香が来ていた。


「来てたのか?」

「やっと “ ゴミクズオッター通り ” の汚名も薄れかけたというのに、また同じ地域での事件となれば地域振興課としては早急に対策を講じないとと…」

「んで、根本さんは何を知ってんだい?」

「昔、テレビで放送された『シャドウヒーロー』という番組の模倣犯の手口なんですよ。警察は後手後手で捕まってないんです…て言うか、世論が“ リアルシャドウ” って呼んで犯人を応援してるんですよ。まさか、こんな田舎にまで現れるとは思わなかったわ」

「 “ リアルシャドウ ” !?」

「どんな落書きしたんだ?」

「オレは見たぞ」


 夜回りをしていた地元消防団員で第一発見者のひとり、西根万蔵も野次馬に加わっていた。


「赤いペンキで 『クソヲタバラバラ殺人犯』 と書かれてあった」

「バラバラ殺人犯 !?」


 万蔵の言葉に、傍で聞いていた店の大家のキヨがハッとなった。キヨは、寒天菓子を持って克好の店を訪れた帰り、店の前で女の子に会った時のことを思い出した。


「あんた、どこの子だい?」


 すると少女は微笑んだ。


「寒天のお菓子、ありがとう!」


 そう言って、キヨに手を振った。


「寒天、好きかい?」

「うん!」

「あの人、あんたのお父さん?」


 すると少女は急に無表情になり、何やら話し始めたが、キヨには一向に聞こえない。


「え !? 何て言ってるの? 婆ちゃんにはよく聞こえないんだよ、あんたの言ってる事が…何も聞こえないんだよ」


 キヨの言葉にお構いなしに少女は喋り続けてどんどん早口になっていった。キヨには全く聞き取れなかった。そして突然キヨに、強烈な悪寒が走った。

 何がどうなったか分からぬまま、気が付くとキヨはどこかを歩いていた。見覚えのない風景だった。雨が降っていた。少年が昭和特撮人気番組の影菱仮面の玩具を握り締め、少女と向かい合っていた。少女が少年に話し掛けた。


「もう逃げられないよ」


 キヨはそこで我に返った。赤いペンキの字が『クソヲタバラバラ殺人犯』 と聞いて、女の子があの男に殺されてバラバラにされたんじゃないかと思うと恐ろしくなった。そんな殺人犯に店を貸しているとしたら、ご先祖様に申し訳が立たない…真実を突き止めて何とかしなければならない…何とかするといったってどうすればいいのか…キヨは混乱した。

 愛犬の “ どんぐり ” が、リードから異常を察知して、飼い主のキヨに吠えた。キヨは我に返った。いつの間にか隣で川村珠子も震えていた。川村もキヨと同じ体験をしていた。他にも同じ体験をした平川徳治と藤田源治がその後ろで思考停止していた。


「しっかりしなよ!」


 キヨが徳治たちに気合を入れた。


「とんでもないことになったのかな、キヨさん」

「あの男…バラバラ殺人犯なのかな、キヨさん」


 徳治たちも同じことを考えていた。突然、珠子が悲鳴を上げた。


「どうしたんだよ、珠ちゃん !?」

「…雨…あの時と同じ雨!」


 徳治たちは膝をガタガタさせながら合掌し、ブルーシートで覆われた克好の店の前でお経を唱え始めた。女の子の幽霊を見た体験をしている居酒屋 “ おこぜ ” の店主や店の常連たちも、次第にお経に加わった。


 キヨはこのままにはしておけないと思い、克好に立ち退きを迫ろうと決心していた。


〈第25話「三世代同居の特撮オタ」につづく〉

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