第23話 東京西荻の斎藤さん

 『昭和の特撮偏西風』の管理人の阿部明彦が尚も詰め寄った。


「西荻の斎藤さんに質問があります。あなたが犬の散歩を装いながら、空き巣に入る家を物色してるって噂は本当ですか?」

「…誰がそんなデタラメを撒いてんだ」

「私じゃないですから勘違いしないでくださいね。あなたの常駐しているネットでは専らの噂なんですよ。知らないわけはないですよね、有名な東京西荻の炎上名人・斎藤さんなんだから」

「喧嘩売ってんのか、おたく。オレに喧嘩売ったら痛い目見るよ」

「ですよね。私はこれから斎藤マジックでネットで叩かれてクズ野郎の汚名を着させられるのかな?」

「おたくは決め付け厨か?」


 斎藤は嘯いた。しかし阿部は執拗だった。


「斎藤さん、ここはネットじゃなく現実ですから、そういう用語を使うと空回りするだけですよ」

「・・・・・」

「ここであったあなたとのやり取りの顛末をブログで公開します。こんなに証人も居るんだしね。それと、これ…録音させてもらってますね」


 阿部は斎藤にスマホを提示した。


「オレは録音を許可した覚えはない」

「今、断りました。それとも、聞かれて困るような発言をなさいました?」

「別に…」

「なら、問題無いですよね」

「・・・・・」

「あなたはネットで誹謗中傷されている複数の特撮俳優の事務所に公衆電話から匿名電話をして言いたい放題だそうですね。公衆電話ならアシが付きませんからね。ネット上の匿名と一緒ですもんね」

「証拠もなしに想像でモノを言うのはやめたほうがいい。いつか痛い目に遭うのが落ちだ」

「同感です。証拠もなしに想像でモノを言うのはやめたほうがいいと思います。ただ、あなたは証拠を残してますよ。ご存じないですか? あなたは匿名で公衆電話から掛けて録音された声がその芸能事務所のウェブで “ お客様ご意見 ” として公開されています」

「何 !?」

「驚かなくていいでしょう? あなたに覚えはないんでしょうから」

「・・・・・」


 店内の特撮オタたちが挙ってスマホで芸能事務所の“ お客様ご意見 ”を検索し始めた。


「あれはあなたを知る人だったら間違いなくあなただと確信すると思いますけどね、私は」

「・・・・・」

「ところで…話を戻しますが、空き巣の入る家を物色してるってのは事実なんですか?」

「おたくね!」

「少なくとも、自分が叩かれてるってことは知ってるようですね。ご感想は如何ですか?」

「別に何もない!」

「炎上大好物で誰彼無く叩き捲っている斎藤さんが、逆に叩かれる感想はどんなものかなと思って非常に興味があるんですよ。是非ご感想を聞きたいな」

「関心ないね」

「おかしいなあ…あなたも必死に反論もしてるじゃありませんか」

「ボクには何の事だかさっぱり…そういう類の閲覧はしませんので」

「どういった類は閲覧しないんですか? 自分が叩かれて不利になってる類ですか? そういうのは見たくないですよね」

「・・・・・」

「あなたに叩かれてどん底に追い詰められた特撮ファンや特撮俳優さんたちも見たくなかったしょうね。でも、侮辱されたレスの山は永久に残ってしまう…事実であろうがなかろうが関係なく、ネット上に永久に残ってしまうんですよね。消されない誹謗中傷に付いて、炎上の仕掛け人・斎藤さんはどう思われます?」

「さっきからオレのことを炎上大好物とか炎上の仕掛け人とか…何なんですか、おたくは!」

「おつらいでしょうねえ、今まで叩く立場だったのが、ここに来て叩かれる立場に変わろうとしている…心穏やかではいられなくなってるでしょ?」

「関心ないと言ってるだろ! しつこいんだよ、おまえ!」

「斎藤さんのしつこさには敵いませんよ。しかも、匿名という鎧を纏ってるから怖いもの知らずでレスするから、その勢いって凄いですもんね」

「何のことかさっぱり分からないと言ってるだろ! こういうくだらない会話はいい加減やめてもらえないかな?」

「そうですね。くだらない猜疑心ほど醜いものはありません。商品は正当に競り落とされたんです。村木志郎氏のマネージャーだった柴内弘子さんの貴重なお話も聞けたんだから、そういう目で店長を見るのも良くないですよね」

「じゃ、オレの猜疑心がくだらないものであることを証明してもらわないとね。おたくはいくらで競り落としたんだ? あの日、駅で刺された彼が言ってた500万は越えてんだろうな?」

「別にあなたに言う必要はないでしょ」

「おや、オレには妄想全開でヅケヅケ聞く癖して、自分に都合の悪いことには応えないのか !?」

「全く都合悪くないですよ」

「じゃあ、今後の参考までに是非伺いたいね」

「それなら、店長に話してもらいましょうか? 但し、あなたの入金額も言ってもらっていいならばですが」

「・・・・・」

「どうなんですか?」

「別に聞きたくもないよ」

「なら聞くなよ!」


 初めて声を荒げた阿部に圧されて、斎藤は口を閉ざした。二人の会話にうんざりしてた女が話題を移した。彼女は斎藤に叩かれた一人だった。斎藤とは何の繋がりもなかったが、あるスレッドで仲間内で対立した相手とレスで争っていた時期がある。無関係の斎藤は途中から外野で入り、彼女の攻撃に加勢した。ネットサーフィンで得た彼女に不利になる情報を “ 駆使 ” して徹底的に叩き捲った。その結果、彼女は精神が不安定になり、心療内科通いとなってしまった。未だに癒えることのない重いPTSDに悩まされていたが、特撮ファンであることが唯一の心の支えとなっていた。まさか、目の前の斎藤が自分を追い詰めた相手だとは思いも寄らないし、斎藤もまた自分が叩いた女だとは思いもしなかった。

 こうした例は、軽薄にネットの架空世界に入り、皆無な罪悪感で現実の人間を痛め付ける負の典型だ。しかし、そういう族は現実世界では善良の衣を纏わないと弾き出される。現実で弾き出されたからこそ、勝ち組を味わえる架空世界に入り浸りになり、廃人への道を加速させて行く連鎖から脱することが出来なくなってしまうのだ。


「次の競り商品は何ですか?」

「残念ながら現時点では何もありません。決まりましたらウェブ上の会員様向けの蘭に掲載します」


 体裁が悪くなった斎藤は、この場の代表意見のつもりで克好に難癖を付けた。


「なんかしっくりしないんだよね。預けたお金はいつでも返して頂けるんですよね」

「勿論です。但し、会員規約どおり解約時残高の30%を協力金として差し引かせていただきます。解約なさいますか?」

「…いや、今は別に」

「そうですか、ありがとうございます」


 斎藤は居心地が悪くなって、あたふたと店を出て行った。それを目で見送ってから、『昭和の特撮偏西風』の管理人の阿部は克好に再確認した。


「店長さん、次のレアグッズは本当にないんですか?」

「本当にないんです。入ったらすぐにお店のホームページでご紹介しますので…」

「仕方がない。今日は諦めて帰るかな」

「折角お越しいただいたのに申し訳ございません」


 阿部が店を出ると、一同も仕方なく彼に続いた。克好は斎藤の無様を思い出して冷笑した。心の声が “ 250万からつったろ、バーロー…貧乏人に限って文句が多いな。数万しか振り込んでないくせに、激レアグッズを競り落とせると思っていやがる。解約してもらったほうが面倒臭くなくていいんだがな…あのトラブルメーカー…かつて女部田さんがあの男に松橋龍三の事務所にしつこく嫌がらせ電話させても、何の役にも立たなかったやつだ。挙句の果てにケツの穴まで正体晒されて、女部田さんに迷惑及ぼしやがって…今度はこっちがケツの穴まで絞らせてもらうつもりだったが、ただの貧乏人じゃねえか、クソ! 斎藤の役立たずが! どの面下げて出て来やがった ” ・・・克好は店の肘掛椅子に腰を下ろしたままカラカラと笑って呟いた。


「おもしれえ」

「面白いね」


 女の子の声に克好は勢い肘掛椅子を立ちあがった。しかし、女の子の姿はなかった。日々、ガキの声の幻聴にうんざりしていた。

ここに来て、克好が普通にしている顔が “ 憮然 ” となって久しい。まるで生き様に麻酔が掛かってるように仮死状態の毎日が過ぎている。今日も心ここにないネットサーフィンを終えて床に就いた。


「これ、な~んだ?」


 耳元でまたあの声がした気がして克好は目を開けた。目の前に手があった。正確には克好の目の前に“ 手首 ” を差し出したヨウ子が立っていた。克好は一瞬驚いたが、すぐに冷静を取り戻して薄笑いを浮かべた。


「またおまえか…どうせこれは夢なんだろ。どんな嫌がらせをしたって、おまえはボクに直接何もできやしないじゃないか…もう、おまえなんかには驚かないよ」

「これ、夢だよ」

「分かってるよ! もう、うせろ!」


 克好は夢の中で布団に潜り込んだ。


「これ、正夢だよ」

「…正夢?」


 克好が布団から顔を出すと、ヨウ子はもう居なかった。当たり所のない腹立たしさに再び布団に潜り込んだ。


 翌早朝、また店のシャッターを激しく叩く音がして目が覚めた。謎の男がレアグッズでも持ってきたのかと、克好は仕方なく起きてシャッターを開けた。


〈第24話「北秋田市にシャドウヒーロー現る !? 」につづく〉

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