第25話 三世代同居の特撮オタ

 翌日、キヨは意を決し、 “ レトロに御用! ” の開店に合わせてやって来た。店のシャッターは開いていたが、カーテンが中途半端に閉まっていた。中に入ろうとすると、カーテン越しに言い争う声がするので、そっと覗いてみた。


「私に売ってくださいと言ってるでしょ!」

「規約どおり、競り落とす額に入金額が最初に達した方に権利が生まれます」

「それは分かっています。だから、その手間を省いてここで直接お支払すると言ってるんです!」

「なら、入金願います。ここから一番近いところで内陸線上りで二つ先の米内沢に銀行がありますから」

「あなたも分からん人だね! ここで払うと言ってるじゃないか!」


 克好に食い下がっている男は大滝宣芳という特撮グッズマニアで地元で鍼灸師を開業している中年だった。店のホームページで新レアグッズが紹介されたのを確認し、そのレアグッズを直接手に入れようと店を訪れたのだが、あくまでも規約を主張する克好に苛立っていた。そこに大滝の妻が現れた。


「あなた、やはりここだったのね。おばあちゃんを施設に入れるお金を持ってるでしょ! 何に使おうとしてるの !? もういい加減にしてよ! 家中が足の踏み場もない特撮グッズのゴミ屋敷じゃないの! まだ欲しいの !? 目を覚まして!」

「このグッズはいつ手に入るか、いや、絶対に手に入らないグッズなんだよ! 存在自体が奇跡なんだよ!」

「おばあちゃんの施設入りとどっちが大事なの !? そんなガラクタに300万のお金を注込む自分の異常さが分からないの !?」

「ガラクタだと! 価値が分からないやつは黙ってろ!」

「おばあちゃんの命より価値があるの !?」

「うるさい! オレが働いて貯めた金をどう使おうとオレの勝手だろ!」


 妻の携帯が鳴った。


「美緒ちゃん、どうしたの? …美緒ちゃん…美緒ちゃん? …え…おばあちゃんが? …分かった、すぐ帰るから!」


 妻は血相を変えて店を出ようとして、入口で振り返った。


「あなた…もう、そのお金…必要なくなったわ。おばあちゃん、首を吊って死んじゃったって! 良かったわね、絶対に手に入らないゴミを買えて! それと…首を吊った下にあるあなたの宝物にお漏らししちゃったみたい…一生の思い出のグッズになってるわね」


 慌てて一緒に帰ろうとする夫を妻は拒絶した。


「来ないで! あなたは来なくていい。人殺しは来なくていい。好きなガラクタを買いたいんでしょ」

「オレだけ責めるのか! おまえが率先しておばあちゃんを無視してたのを知らないとでも思ってんのか !? おばあちゃんには犬の餌のような食事を出して、おまえは美緒と二人で贅沢してたじゃないか! おじいちゃんの時だって介護が必要になったら忙しいから世話出来ないってすぐに施設に入れたじゃないか!」


 大滝の悪態を背に、妻は店を出て行った。大滝は三世代同居だった。三世代同居の老人は、独り暮らしの老人より自殺率が高いという。全体で見ると警察庁の統計による老人の自殺の原因のトップは “ 病苦 ” とある。一見、三世代同居で幸せなはずの老人が病苦には勝てずに自殺をしてしまったように見えるが、現実はそうではなく、三世代同居の老人には同居ゆえの孤独にある。何故孤独なのか…子や孫と同居して幸せだったはずの日常が、いつの頃からか心身の衰えに因る家族への負担で役割すら失い、お荷物として扱われるようになり、家族からの “ 疎外 ” が孤独地獄を誘い、生きる未来が閉ざされ、自殺に追い込まれてしまうのだ。こうした老人の未来は、同時にこの老人を阻害していることに良心の痛みを感じなくなってしまった子や孫の未来でもある。例に違わず、大滝の家族も老人への疎外行動に自覚などなかった。


「可哀そうにね」


 そう言いながら、キヨが克好の店に入って来た。


「これは松橋さん、いつもお世話になってます。お店が飛んだことに巻き込まれまして、今日はまだ開店休業状態です」

「ずっと休業にしてもらえんかね」

「えっ !?」

「ここから出て行ってもらいたいんだよ」

「突然、どうしたんですか !?」

「あんたが人殺しだからだよ」

「・・・!」

「あんた、あの女の子を殺したでしょ…殺してバラバラにしたでしょ」


 克好は内心固まったが、必死で平静を装った。


「怖い冗談はよしてくださいよ、松橋さん」

「年寄りだと思って甘く見ないでおくれ。冗談で言ってるわけじゃないよ、御棚さん。東京から警察が来たそうじゃないか…黙ってここから出てってくれたら、私も黙っててやるから…」

「東京から来た刑事さんは、タギング犯を殺した犯人を追って来たんですよ。シャッターに書かれたことを鵜呑みにしてるようですけど、あんなのデタラメですよ。ボクの商売敵の良くある営業妨害ですから、気にしないでください」

「それが、そうじゃないのよ。いつも店の表に居る女の子が教えてくれたんだから、恍けるのはおやめなさい」

「店の表の女の子って…松橋さん、生きてる人の言うことより、死んだ人のことを信じるんですか?」


 克好は笑った。


「女の子が死んでるってこと…あなたは何故知ってるんだね?」


 克好の表情が変わった。


「松橋さん…ボクを困らせないでくれよ」


 キヨは克好からの殺意を覚えて悪寒が走った。克好がゆっくり近付いて来た。キヨは急いで店を出ようとしたが遅かった。克好の手がキヨの首を絞めていた。


「こういうこと…ボクはしたくてしてるんじゃないよ。松橋さんがボクにさせてるんだよ」


 その時、リアルシャドウが現れて叫んだ。


「その手首貰った!」


 リアルシャドウの凶器のナガサが、キヨを絞めた手首に振り下された。


「それ、あたしのオモチャよ!」


 ヨウ子が現れた。振り下したナガサが、克好の手首すれすれに止まったまま、リアルシャドウの動きはヨウ子にコントロールされた。次の瞬間、凶器を握った腕が跳ね返された。


「・・・!」


 キヨは克好を突き飛ばして店から逃げて行った。克好は今何が起こったのか混乱しながらガクガク震え、座り込んで失禁してしまった。


「もうすぐ誰か来るよ」


 ヨウ子はリアルシャドウに逃走を促したが、彼が裏から逃げようとするのを制した。


「裏にも誰か居るよ。おじちゃん、付けられたよね」

「・・・!」

「そこの押入れから天井に抜けたら屋根に出られるよ。屋根に出て隣のお風呂屋さんの裏に飛び降りたら逃げられるよ」


 リアルシャドウは押入れに上がってヨウ子に振り返った。


「…ありがとよ」


 ヨウ子はにっこり微笑んでバイバイと手を振った。


「ボ、ボクを助けたのに、何故あいつを逃がした !?」

「克ちゃんを助けたんじゃないよ? 克ちゃんは自分で自分をバラバラにしなきゃいけないんだよ」

「・・・!」

「これでね」


 ヨウ子はそう言って克好に万能のこぎりを差し出した。


「やめろ!」


 ヨウ子は構わず克好の目の前に万能のこぎりを差し出した。


「ほら、早くして。切れた部分からこのゴミ袋に入れるから」


 ヨウ子は尚も克好の首筋に万能のこぎりを押し当てた。克好が受取ろうとしないので、そのままゆっくりスライドさせた。


「痛っ!」

「あたしも痛かったよ」

「やめろ!」

「あたしもやめてって言ったよね。同じだよね。楽しいね」


 ヨウ子は構わず克好の首の万能のこぎりを、今度は素早くスライドさせた。店内に克好の悲鳴が轟き、首から血飛沫が飛び散った。


「どうしました?」


 そそくさと店を出たキヨを何となく不審に見送った事件現場の警備の警察官が、克好の悲鳴で店内に入って来た。克好はとっさに助けを求めて警察官に縋り付いた。


「助けてください!」


 その声に、店の裏で張り込んでいた立石も土足で座敷を横切って店に駆け込んで来た。


「どうした!」

「首を切られました!」

「首を切られた !?」

「自分はすぐに救急車を要請します!」

「ちょっと待て!」


 立石は警官を制して克好をもう一度確認した。


「は、早く救急車を! 救急車を呼んでください!」

「御棚さん…どこを切られたんですか?」

「ここだよ、ここ…ほら、血が噴き出して…」

「血は出てませんよ?」


 克好は自分の手を見て血が付いてないことに気付き、切られたはずの首を恐る恐る確かめたが、傷口のような手触りも痛みもなかった。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ…」

「少しお休みになったほうが…」

「…そうですね…そうします」

「男が来てましたよね」

「・・・・・」

「お知り合いですか?」


 立石にそう聞かれても、顔すら見る余裕のなかった “ 侵入者 ” のことを話しようもなかった。


「あっと言う間で…」


 やっと立ち上がった克好は、気怠そうに奥の座敷に入って行った。


「クソッ、逃げられた」


 立石は苦虫を噛んだ。同時にその感が、克好に対しても言い知れない不愉快な犯罪の臭いを嗅ぎ付けていた。


〈第26話「カツラの呪い」につづく〉

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