第5話 謎の男再び

 それから数日して、謎の男が再び昭和特撮グッズ屋 “レトロに御用だ!” に現れた。


「お待ちしてました! いくらならお譲りいただけますか!」

「ネットで相場がお分かりでしょ?」


 謎の男は前回と同じ返事をした。克好は確認のためもう一度ネットを検索してみて更に驚いた。値段が倍の40万になっていた。克好は思った…40万でと言えばまた変えられるかもしれない。次に売りに来た時に、また値が上がっているかも知れない…克好は思い切って値を告げた。


「50万で…50万でどうでしょう !?」


 謎の男は克好の顔をじっと見てから、出したグッズを素早くカバンに納めた。克好は慌てて値を上げた。


「待ってください! 80万で! ネット評価の倍の80万で買います!」


 謎の男は再び鞄に手を入れ、店のカウンターに置いた。


「売っていただけるんですね!」


 謎の男は静かに頷いた。


「お支払い方法は…」

「即金のみです」

「即金 !?」

「無理であれば…」


 謎の男はグッズを仕舞い始めた。


「待ってください! お支払いしますのでちょっとお待ちいただけますか !?」


 謎の男は再びグッズを出した。克好は急いで奥から現金を持ち出してきた。謎の男は現金の枚数を確認せずに仕舞った。


「あの…金額を確認しなくて宜しいんですか?」

「足りなければ次からは来ません」

「だ、大丈夫です。責任を以って確認しましたから、何かありましたらまた商品をお持ちください」


 謎の男は克好の言葉には応えず、すぐに店を出て行った。謎の男の後ろ姿を見送った克好は、まるで精気でも吸われたかの如くどっと疲れが出て座り込んだ。そして歪んだ微笑みで呟いた。


「あのババアどもに100万で売り付けてやる。いや、どうせ買えやしねえだろうから…ぼったくり価格の200万を提示してやる。何が “ 貧乏人は昭和特撮マニアになる資格なんてない ” だよ。払えるものなら払ってもらおうじゃないか、200万…」


 店を出た謎の男は、立っていた。その前に久々に現れた女の子が居た。謎の男は女の子に両手を差し伸べた。女の子は嬉しそうにその手に抱き上げられた。その二人を一陣の花野風が哀しく撫でた。遠くの空にクマゲラの声が秋を惜しむように響いている。謎の男は女の子を降ろし、愛しげに頭を撫でてその場を去って行った。女の子は笑顔で手を振ってから、いつものように店の前でマリ突きを始めた。


 克好はいつのまにか寝てしまった。店の奥の広い客間で大の字になっていた。引っ越しの片付けが途中のまま、広い座敷が所狭しと昭和特撮グッズの山になっていた。特撮グッズに興味のない者が見たら、汚らしい玩具のゴミ屋敷同然だった。克好自身、その様にうんざりしながら、疲れが取れないままの重い体を起こし、隅の段ボール箱から乾麺の袋を取り出して台所に向かった。

 大家の徳三郎・キヨ夫婦は、ここで駄菓子屋をやる前は民宿をやっていた。その当時から使っていた鍋から食器類はそのままになっており、料理好きにはこれ以上ない機能的な台所の備えを自由に使っていいと言われた。しかし、克好は料理などできない。精々、カップ麺にお湯を注ぐか、良くて即席ラーメンを片手鍋で茹でてそのまま食べるかぐらいだった。外食すればいいようなものだが、克好は駅前の狭い食堂で田舎テイストで食事中に根掘り葉掘り話し掛けられて以来、外食はやめにした。この集落には孤独を味わえるファミレスなどなく、結局、ネットで手早く出来る類の食糧を購入するのが手っ取り早かった。


 具のない片手鍋ラーメンを前にじっと待った。克好は猫舌だ。湯気が治まるまで待ち、伸びきったラーメンを啜ろうと箸を入れたその手が止まった…何か映ってる…ラーメンつゆの表面に見覚えのあるものが映ってる…少女の顔が映ってる…ラーメンを覘いている克好に少女が話し掛けて来た。


「もう逃げられないよ」


 克好は仰け反った。その反動で片手鍋が引っ繰り返った。畳にラーメンが散った。ふと、背中に気配を感じた。振り返ると少女が指を差して立っていた。


「もう逃げられないよ」


 克好は恐怖の悲鳴を上げて店を飛び出した。商店街を駅と反対方向に走り抜けて行く克好の姿を、仕込中を終えて暖簾を出していた居酒屋 “ おこぜ ” の大吉が見掛けた。声を掛ける暇もないほどの全力疾走だった。


「どこへ行くんだろ、あんなに急いで」


 そう呟きながら、克好の店の方に振り返った…居る…また、あの女の子が現れた。大吉は女の子と目が合った気がしたので、仕方なく手を振った。すると、女の子も手を振って、何事もないようにマリ突きを再開した。大吉はなぜかホッとして店の中に戻った…座って居る…女の子が真ん中の席に座って居た。


「・・・!」


 大吉はショックで毛が抜けそうだったが、極めて落ちついた態で話し掛けた。自分でも納得の上ずった声が出た。


「いらっしゃい!」


 女の子は微笑んだ。


「おなまえは確かヨウ子ちゃんだったよね」


 女の子はちょこんと頷いた。


「ここは大人の店だから、ヨウ子ちゃんに食べれるものあるかな? あったらおじさんがサービスしてやるよ」

「やきとり!」

「焼き鳥食べれるの !?」


 女の子はまたちょこんと頷いた。大吉はなにやら情が移って、恐怖心がスーッと消えていった。


「飲み物はジュースでいいかな? それともサイダーがいい?」

「ジュース!」

「あいよ!」


 大吉はジュースを出してコップに次いでやった。


「これ飲んで焼き鳥が焼けるの待っててね。小っちゃい子だからちゃんと火を通さないといけないからね。あそうそう、焼き鳥は何がいい?」

「つみれと皮!」

「知ってるねえ! じゃ、つみれと皮と、あとヨウ子ちゃんが食べれそうなのを焼いてあげるね!」


 女の子はまたちょっこんと頷いた。


「大ちゃん! 大ちゃん! 大吉!」

「何だよ、誰だか知らないけど、勝手に好きなところに座って待ってろ。今、大切なお客さんに焼き鳥を焼いてんだから!」

「大切なお客さんって誰だよ!」

「うるせえな、そこに居るだろ!」

「どこに !?」

「そこに居るだろ!」


 大吉が女の子を差すと、その姿はなかった。


「どこに…」

「あれ !? そこに…居ないね。何しに来たんだよ、会長?」

「何しにって、酒飲みに来たんだよ。大丈夫かよ、大ちゃん !?」


 大吉は全身に鳥肌が立っていた。


「おい」

「なんだよ」

「つみれと皮…食うか?」

「まあ、食ってもいいけど…なんで注文前につみれと皮なんだよ」

「これには深い訳が合ってな」

「どんな訳だよ」


 大吉が顛末を話すと商店会長の松田の顔色が変わった。


「つみれと皮はよしておくよ」

「ただでいいよ」

「ただでも嫌だよ。それ食って、あとでその子に文句を言われたら嫌だよ」

「捨てるしかねえか」

「そうじゃねえだろ」

「じゃ、どうなんだよ」

「ここにお線香上げて、お供えしたらいいんじゃねえか?」

「店の真ん中だぞ。後から入って来る客はどう思うんだよ」

「だけどお客さんで来ちまったんだから、ここはちゃんとしたほうが…」

「それもそうだな。おまえ、いいとこあるんだな、顔の割に」

「おまえに顔の話はされたくねえよ」

「それもそうだな。お互いに傷口舐め合うのはやめないとな」


 店の真ん中のテーブルは俄か仕立ての供養机になって、線香が焚かれ、ジュースとつみれと皮の焼き鳥が供えられた。


 常連客が入って来るたびに同じ会話が繰り替えされた。


「大吉、死んだのか !?」

「生きてるよ!」


 女の子の話題は、帰った客から聞いたといって店に来る客足が客足を繋ぎ、深夜まで大賑わいとなった。


〈第6話「昭和特撮アラカン腐女子再び」につづく〉

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