第4話 昭和特撮アラカン腐女子

「ここだわね」


 昭和特撮マニアの二人が興味本位げに店に入って来た。特撮ファンの染山琴音そめやま ことね麻生真尋あそう まひろである。


「やっぱ、ガラクタばっかね」


 克好は、特撮グッズを補修する手を止め、不快の深呼吸をした。


「趣味の延長って感じだわね。こんな僻地まで来たのに期待外れ」


 ふたりの会話にカチンときた克好の心の声がした。“ 特撮に腐女子はいらない…店から出て行け ”・・・と。琴音も真尋も、そんな克好の心理を見抜いてか、さらに甚振りの言葉を重ねた。


「何よこれ !? 箱の中身、違うじゃないよ」

「これなら弟の部屋の方がまだ整理が行き届いてるわ」


 ケチを付ける女どもに克好の心の声が弾けた。 “ アラフィフかアラカンのくせに、オレの店でババア汁垂らすんじゃねえよ! ”・・・克好は再び大きく深呼吸をしてから女二人に声を掛けた。


「何かお探しですか?」


 女たちはその言葉を待っていたかのように、ゆっくりと克好に振り向いた。


「そうよ…お探しなの、私たち」

「何をお探しですか?」

「当然あなたも知ってると思うけど、ここんとこ影菱仮面のグッズがネットで急騰してるけど、ここにはないわよね」

「影菱仮面 !?」


 克好はあの謎の男がカバンから取り出した故・宇津井光太郎主演の『影菱仮面』がオートバイに乗ったブリキの玩具がフラッシュバックした。


「あるの?」

「いえ、ここには残念ながらないのですが…」


 心当たりはあると続けたかったが、克好はそこで言葉を押し殺した。


「それじゃあさ、地元が舞台になった “ アニアイザー ” 関連のグッズはある?」

「「影菱仮面と並んで、アニアイザーも現存のグッズが確認されてませんから…ございません」

「地元出身の俳優が出てる作品のグッズなのにないの !?」

「…はい、申し訳ありません」

「何かはあるでしょ? ここは田舎なのに特撮番組に地元俳優が複数か出てるじゃない?」

「そうよ。だったらシャドーヒーローはあるでしょ?」

「それもございませんね」

「それもないの !? じゃ、女戦団ユーレンジャーは? あれってフィギアの走りよね。細部までリアル過ぎて発禁騒ぎになったんだけど、男どもはパンチラの下がどうなってるのか見たくて欲しがったのよね。一応、小遣い貯めて買いに行ったけど、もうとっくに売り切れだったわ。あなたも知ってると思うけど、特撮ヒロインが猥褻対象になった第一号よね。菊姫役の萩野宮ナナ子のフィギア」


 克好の心の声がした。 “ これだから腐女子の節操の無さが軽蔑されんだよ。ババアはガキの頃から腐ってたんだな。ウケる ” ・・・克好は冷たくニヤ付いた。


「何ニヤ付いてるの?」

「別にニヤ付いてませんよ」

「なんだ、失礼。そういう顔だったのね」


 克好の心の声がした。“ てめえこそ人の顔をとやかく言える顔か、アラカンババアのくせに…早く店から出てけよ ”・・・克好は琴音と真尋の醜く崩れた体系に似合わぬブランド塗れの全身を舐め回した。それに気付いて琴音がすかさず突っ込んだ。


「何か付いてる?」


 克好の心の声がした。“ 全身に欲求不満ババアの脂肪がこってりね ” ・・・克好は無関心を装ってグッズの手入れを再開した。


「あんたも店を開くほどのマニアなら、いくつか希少な猥褻グッズは店の奥に仕舞い込んであるんじゃないの?」

「いえ…私はそう言う角度から昭和特撮を観たことはありませんので…」

「何きれいごと言ってんのよ。あなた…バイセクでしょ」


 克好のドキッとした。必死に平静を装ったがふたりの女には見抜かれたと焦った。


「バイセクにはお似合いの仕事よね。会社で偏見買うこともないしさ」


 克好の心の声が暴発寸前となった。“ アラカン腐女子のくせに、この私に言いたい放題…てめえら必ず殺してバラバラにしてやる ”・・・克好の息が荒くなり、額に脂汗が滲みだした。


「どうしたの? 顔色が悪いわよ」

「店内の照明のせいではないでしょうか? あなたたちのお顔色も…」


 “ 死人のようです ” と克好は続けたかったが、その言葉だけは辛うじて飲み込んだ。


「私たちの顔色がどうしたの?」

「照明のせいで白くて一段と美しいです」

「あら、照明があたってないと真っ黒かしら?」

「・・・・・」

「これと言ったグッズは何もない店ね」

「ご期待に沿えなくて申し訳ございません」


 克好の顔は、次第に病的な不気味さを漂わせ始めていた。


「“ レトロに御用! ”ってどういう意味なの?」

「皆さんがお探しの品を何とか探して捕まえようという意味です」

「じゃ、今度来るまでに影菱仮面のグッズを捕まえておいてよ…と言っても、角度に拘って昭和特撮を観ておられるあんた様には無理か」

「いえ、目途がないわけではありませんので可能性はあります。しかし、結構高額になると思いますが宜しいですか?」

「貧乏人が昭和特撮グッズのコレクターになる資格なんてないんじゃない? 小さい頃買えなかったから大人になっても拘ってるわけで、昭和特撮マニアってある意味、成功者の特権だわ」


 そう言って琴音と真尋は笑った。


「じゃ、次に来るまでに入れといてよ。それとさ、もう少しマシなグッズ置いたら? ガラクタ市じゃないんだからさ。ここにあるものなんて、マニアなら誰でも持ってるようなものばっかじゃん」

「当店はマニア様だけでなく、昭和特撮を多くの方々にご紹介することも目的ですから」

「あら、ご立派なことで」


 琴音と真尋は付け過ぎの香水の悪臭を撒き散らして去って行った。男尊女卑思考の克好は激しく傷付いた。自分の築いた城を全否定で荒らされた感は否めなかった。何としても影菱仮面のグッズを手に入れ、高慢ちきなアラカン特撮腐女子に高額で売り付けてやろうと心に決めた。しかしながら、手に入れる目途は、あの謎の男の訪問を待つしかなかった。


 ブランドファッションと香水で風を切り、どや顔で駅の階段を上がる琴音と真尋に気付いた地元出身の特撮ファンが居た。HN《ハンドルネーム》・カタクリ小町の片山千夏と、特撮ファンサイト『秋田おばん』の管理人でHNがバサマの馬場由紀子である。駅の待合室に入る琴音たちを、隣接した駅中温泉のロビーから気付かれないように伺っていた。


「ねえ、小町さん、先客がいたわよ」

「何しに来たのかしら?」

「あいつら、例の女部田おなぶたサイト常連だった連中よね」

「あのサイトってLGBTの巣窟だったわよね。管理人からしてバイセクヲタで詐欺イベントに失敗した挙句に、熊に噛み殺された管理人のサイトよね」

「そう、あいつらは気色悪い微笑オナブーのサイト常連よ」

「あいつらが来るということは、例の店ってその系列ってこと?」

「かもね。店のオーナーもオナブーのお手付きのバイセクかもよ」

「ネットで見る限り、例の店ってなんとなくオナブー臭がしたからね」

「須又温泉で謎の凍死をした五味久杜ごみ ひさもりが、オナブーの奥さんから特撮グッズを全部貰ったらしいけど、それを更に引き継いだのかしら?」

「考えられるわね。店主って誰だっけ?」


 由紀子はスマホで確認した。


「 “ レトロに御用! ” の店主は…御棚克好おたな かつよし

「知らないわね」

「ちょっと待って…この名前に記憶ある…」


 由紀子は一瞬考えた。


「そう…確か2ちゃんねるで自分に靡かない特撮俳優や気に入らないオタク仲間やイベンターの競争相手の嘘のゴシップを撒き散らして悦に入ってた野郎で、結局、実名暴かれて総スカン喰ったやつよ」

「オナブーやゴミクズと同類ね。この種の蛆は限がなく湧いて来るのね」


 由紀子はスマホで検索して千夏に見せた。


「ほら、こいつよ。Madame’NというHNのネカマよ。本名が“ レトロに御用! ” の店主と同じ名前でしょ。あまりに性質が悪いんで、その事が地元民にもバレて引籠りになってたらしいよ。女部田や五味のように一端のイベンター気取りで横暴になってたんだけど、誰かに実名晒されたのよ。多分、仲間内ね。いつの間にか消えてたんだけど、、ほとぼりが冷めたと思って出て来たようね」

「晒したのは、案外あの連中じゃない?」


 と、送った視線の先に、内陸線に乗る琴音と真尋の姿があった。


「あいつら昔、女部田と手を組んでて決裂したやつらでしょ? これはまた一波乱起こりそうね」

「もしかして面白くなって来たんじゃないの?」


 内陸線が発車すると、由紀子と千夏は駅中温泉のロビーを出て須又温泉商店街・蔑称「ゴミクズオッター通り」に開店した “ レトロに御用! ” に向かった。


〈第5話「謎の男再び」につづく〉

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