第3話 謎の男

 或る日、 “ レトロに御用! ” に昭和特撮グッズを売りに、謎の男が現れた。謎の男はカバンの中から徐にある特撮グッズを取り出した。それは既に存在しないだろうといわれている影菱仮面の玩具だった。克好の心が高鳴った。


「こ、これは!」

「お買いになりますか?」


 克好は冷静を装って応えた。


「いくらならお譲りいただけます?」

「・・・・・」

「20万でどうでしょう?」

「ネットで今現在の相場はお分かりでしょ?」


 克好はネット相場は調査済みだったが、謎の男の前で改めてネットを検索してみて驚いた。“幻のグッズ”とある。価格は3倍に跳ね上がっていた。

 克好は謎の男の顔を見上げた。すると謎の男は冷笑し、出したグッズをゆっくりとカバンに納め、無言で立ち去ってしまった。


 謎の男が持ってきたグッズは、特撮ヒーロー番組の走りと云われる故・宇津井光太郎主演の『影菱仮面』がオートバイに乗ったブリキの玩具だ。数日前までは現存すれば最低でも20万とあったが、たった今の時点で60万の値が付いていた。手に入れるのは困難なかなりのレアものだ。それを謎の男はわざわざ開店したばかりのこの店に持ってきたのだ。“なぜ、この店に?”とは思ったが、折角のこのチャンスを逃したらもう手に入らないだろうと思い、克好は慌てて謎の男を追って店の外に出た。しかし、既にその姿はなく、相変わらず閑散としたシャッター通りに枯葉と遊ぶ不景気の風が舞っているだけだった。


「…何なんだよ」


 不本意な態で店に入ろうとした克好の体が強張った。居る…後ろに居る。あの少女が指を差している。克好は好戦的に振り向いた。


「どうした? そんたらおっかねえ顔して」

「あ、大家さん!」


 松橋キヨが立っていた。キヨはこの場所で駄菓子屋を開いていたが、少子化で開店休業状態が続いた。夫の徳三郎は集落から30㎞ほど山奥にある水力発電所の管理人で泊まり込みが多く、店番のキヨは通院の度に店を閉めていた。結局、店をたたみ、今より生活に便利な駅の傍に引っ越していた。


「これ持って来たよ、娘さんにと思って…」


 キヨは寒天に卵の黄身を散らして固めた地元の甘味を持って来ていた。


「娘 !?」

「いつも店の前でひとりで遊んでるでしょ。幼稚園には行かないのかい? それとも小学校?」

「娘なんて、いませんよ」

「いない !? じゃ、この店の前でいつも遊んでる女の子はどこの子だい?」

「知りませんよ」

「あれま…じゃ、この寒天菓子、どうしたもんかね? あんた食べるかい?」


 克好は寒天菓子をじっと見ていた。


「折角ですから、いただきます」


 克好はキヨから寒天菓子を受け取ってお辞儀をすると、そそくさと店の奥に入って行った。キヨは克好の様子を不審に思い、暫く奥を窺っていると、克好も奥からそっとキヨを覗き込んだ。目と目が合って、二人はギョッとした。気まずそうな克好に、キヨは愛想笑いをした。


「冷やして食べたらおいしいよ!」


 キヨは奥に叫んだが、克好の返事はなかった。キヨが店の表に出ると、相変わらず、少女がマリ突きをして遊んでいたので、聞いてみた。


「あんた、どこの子だい?」


 すると少女は微笑んだ。


「寒天のお菓子、ありがとう!」


 そう言って、キヨに手を振った。


「寒天、好きかい?」

「うん!」

「あの人、あんたのお父さん?」


 すると少女は急に無表情になり、何やら話し始めたが、キヨには一向に聞こえない。


「え !? 何て言ってるの? 婆ちゃんにはよく聞こえないんだよ、あんたの言ってる事が…何も聞こえないんだよ」


 キヨの言葉にお構いなしに少女は喋り続けてどんどん早口になっていった。キヨには全く聞き取れなかった。そして突然キヨに、強烈な悪寒が走った。

 何がどうなったか分からぬまま、気が付くとキヨはどこかを歩いていた。見覚えのない風景だった。雨が降っていた。少年が昭和特撮人気番組の影菱仮面の玩具を握り締め、少女と向かい合っていた。少女が少年に話し掛けた。


「もう逃げられないよ」


 キヨはそこで我に返った。目の前には、秋の日差しを浴びた少女がマリ突きをしていた。キヨは自分に今起こった訳の分からない感覚を飲み込めぬまま、その場を去った。

 2~3歩歩いてふと振り返ると、少女は微笑んで手を振っていた。キヨはなぜかその少女が手を振る風景が、遠い昔の風景に思えた。そして少女のその姿に、哀れを覚え、急に込み上げるものがあって笑顔を返すことが出来なかった。


 その夜、公民館の老人会でキヨの話を聞いて興味を持った住民の何人かが、翌日になって “ レトロに御用! ” を訪れた。野菜を持っていった地元自然農法の達人・平川徳治、何か困ったことはないかと便利屋の藤田源治、手作り料理を差し入れにと故郷料理名人の川村珠子らが店に行き、キヨと同じような体験をして這う這うの体でその場を “ 脱出 ” した話が瞬く間に広がった。


 居酒屋 “ おこぜ ” では商店会役員の松竹梅トリオらが集まり、キヨたちの不思議体験の噂が毎晩の酒の肴になっていた。


「4人が4人とも店の前で認知症の症状が出るわけもねえしな」

「それにしたって同じ幻覚は見ないだろ」

「爺様ばあ様が結託して怪談話をでっち上げる意味もねえよな」

「4人も同じ体験をしたんだったら、嘘じゃねえな」

「4人が見たって言う小学生くらいの男の子と、あの店の前で遊んでる女の子が、雨の日に向かい合ってる姿って、何か意味があんのかね?」

「なんかは意味があんだろうな」


 三人三様の推理をしながら酒を口に運んでいると、西根万蔵が暖簾をくぐって入って来た。


「おや万蔵さん、めずらしいね!」

「今、終わりかい?」


 万蔵は、かつて商店会入口の須又温泉のボイラーマンをしていたが、休業中の温泉でのイベント前後の怪奇事件の後、駅中の温泉ホテルに仕事場を変えて下働きをしていた。


「帰ろうと思ったんだけどね、須又温泉の前を通ったら、こんな夜遅くに例の女の子が店の前で遊んでたもんだから、“ 遅いからおうちに入りなさい ”って言ったんだよ。そしたら、素直にバイバイって言って店の中に入って行ったんだ。戸も開けないでね 」

「戸も開けないで !? 戸が開いてたんだろ?」

「閉まってたよ。閉まった戸にスーッとね」

「スーッと? 閉まった戸に?」


 一同は口を開いたまま固まった。万蔵は話を続けた。


「今日はボイラーの復旧で忙しかったもんだから、幻覚を見るほど疲れてしまったらしい。歳だね。そんで久々に今夜は一杯やってから帰ろうと思ってな」


 万蔵の話を聞いた一同は固まったままだった。


「どうしたんだい、おめえら?」


 やっと我に返った松田が震える声で呟いた。


「お祓い…やっぱ、期限切れだったな」

「風呂屋の次は駄菓子屋か…」

「どういう意味だよ?」

「その女の子を見たのは、万蔵さんだけじゃねえんだよ」

「知ってるよ。みんな見てるだろ、店の前で遊んでるんだから」

「そういう普通の女の子じゃなくて、なんかがおかしい女の子の姿だよ」

「なんかがおかしい?」

「だって、閉まってる戸から入れる訳ねえだろ」

「疲れてんだよな、オレ」

「そうじゃないよ、万蔵さん。何人かがおかしな女の子を見てるんだよ」

「最初にキヨさんが寒天菓子を持ってったら、店の入口で遊んでるのを見たそうなんだ。その話を聞いた徳治さんも旬の “ とんぶり ” を持ってって見てるし、徳治さんの話を聞いた源治さんも、何か困ったことはないかと店に行って自分が困った体験をして帰って来て、それを聞いた珠ちゃんが笑い転げて、そんなバカな話でからかうもんじゃないよと、自慢料理を持って行って大泣きして逃げ返って来たんだよ」

「嘘吐け! オレをからかって今夜の酒の肴にしようって魂胆だろ、ったく」


 その時、“ アッ ” となった副会長の竹山が万蔵越しに店の暖簾の外を指差した。


「おい、いい加減にしろよ!」

「そうじゃないよ、万蔵さん…通ったんだよ」

「通っただと !?」

「万蔵さん、オレたちを疑うのは分かるが、今、入口を横切ったんだよ、あの女の子が! マリ突きながら!」

「あ、そうかい! じゃ、オレが確認してやる! 嘘だったら店で暴れるぞ!」


 そう言って、万蔵は暖簾から首を出してシャッター通りを覘いた。一同は緊張の面持ちで万蔵に注目した。万蔵は一同に振り返った。


「マリ突いて遊んでやがる」

「大ちゃん、戸を閉めろ!」

「閉めたって駄目だろ! スーッと入って来れるんだから」


 一同は恐怖に包まれてパニくる中、大吉が大名持神社の神主・妹背健勝に連絡した。妹背はすぐに駆け付けて来た。大吉がひととおりの説明をすると、妹背は頭を抱えた。


「根が深そうだな」


 妹背は、“ おこぜ ” の表玄関に除霊の御札を貼り、日を改めると言い残して去って行った。


 少女はそれからしばらく、シャッター通りは勿論のこと、“ レトロに御用! ” の店の前にも姿を現さなくなった。


〈第4話「昭和特撮アラカン腐女子」につづく〉

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