第2話 マリを突く女の子

 下田から戻った御棚克好おたな かつよしの姿を、居酒屋 “ おこぜ ” の店主・秋山大吉が見掛けて驚いた。かなりゲッソリとやつれていた。克好の後ろを歩く少女が、大吉に気付いて親しげに手を振ったので、大吉も笑顔で返した。二人はそのまま、ほぼ改装が済んだ店内に入って行った。


 その夜、居酒屋 “ おこぜ ” には、いつもの面子が集まっていた。廃れたシャッター通りになって名ばかりの商店会長の松田文太、副会長の竹山武、監事の梅畑耕司、そして今夜も不動産屋の松橋竹男が来ていた。

 話題は自然とまた御棚克好のことになった。


「特撮のオモチャ屋やるって、やっぱ本当みたいだな、竹男さん?」

「昭和の特撮グッズを専門に扱うって言ってたな」

「専門にか…今時そんなもんが売れるのかい? しかも、こんな辺鄙なところでよ」

「ネット通販だから店の所在地は関係ないそうだ」

「だけどよ、隣の温泉であんな事件があったっていうのにだな」

「それがいいらしいんだ。事件があったことで心霊スポットになってることが宣伝材料になるって…」

「商売人はそういうふうに考えるんだな」

「ミイラ取りがミイラにならないといいけどよ。事件が事件だっただけにな」

「そう言えば、子連れで帰って来たのを見掛けたよ」

「子ども居るのかい? 奥さんは?」

「いや、4~5歳くらいの女の子ひとりだったな。笑顔の人懐っこそうな子で、オレに手を振ってくれたよ」

「子どもが居るとは聞いてなかったな。独身だと思ってたし…」

「大ちゃん、ほんとに女の子見たのか?」


 一同の視線が一斉に秋山に向いた。


「勘弁してよ、話をホラーに持っていくのは」

「いつ開店なんだ?」

「準備が整い次第って言ってたな。ひとりでたらたらやるつもりなんじゃないの?」

「表の看板のビニールカバーもまだ張っ付いたままだったな。店の名前が透けて見えたけど、何つったかな…トロに御用つったかな」

「魚屋っぽい名前だな。竹男さん、魚も扱う店なのかい !?」

「いくらなんでも特撮グッズと魚って可笑しいだろ」

「店の名前は “ レトロに御用! ” っていうんだそうだ。意味は分からんけど」

「レトロ?」

「昭和の特撮番組のグッズが豊富で、店になければお客の希望するグッズを探してやるそうだよ」

「そこまでして昭和の玩具が欲しいやつが居るのかね」

「マニアは我々とは別世界に生きてるからな」

「現実逃避の別世界が好きなんじゃねえか、やつら。隣の温泉では大勢のオタどもが別世界に逝っちまったけどな」

「死んだ人たちをヲタどもって…“ ども ” は良くないよ。祟って出るかもよ」

「じゃ何て言えばいいんだよ! ヲタの人たち? ヲタ様たち? ヲタ御一行様か?」

「“ ヲタ ” っていうのも、どことなく棘があるよ」

「じゃ何て言えばいいんだよ。死んでもヲタはヲタだろが!」

「梅さんはオタクの人が嫌いだからな」


 商店会監事の梅畑耕司の息子は大の特撮ファンだった。足の踏み場もないほど特撮グッズで埋まっている息子の部屋のことで、何年にも渡って言い争いが絶えなかった。就職してやっと息子の特撮熱も冷めたが、梅畑の特撮に対するイメージは悪いままだった。そこに来て、須又温泉での特撮イベントの折のオタクたちのマナーの悪さと、招待された一部の特撮俳優の生意気さには怒り心頭だった印象が強く残っていた。


 開店の話題も収まったある日、昭和特撮グッズ屋 “ レトロに御用! ” は、ひっそりと開店していた。どこぞからの花輪が飾られてるわけでもなし、華やかな開店イベントが催されたわけでもなく、いつ開店したとも知れず開店していた。


 早朝のシャッター通りは、阿仁前田の駅に向かう疎らな通勤の足がある。彼らは一様に、商店街の奥にある居酒屋 “ おこぜ ”側からシャッター通りに入り、駅側出口側の新しく開店した特撮グッズ屋 “ レトロに御用! ” の前を通り過ぎる。その誰もが店先で、お手玉やおはじき、輪投げなど、レトロな玩具で遊ぶ少女を見掛けるようになった。


「お店が出来たみたいね」

「この店の子かね?」

「そうみたいね」


 通勤の足が交わす言葉はその程度だったが、少女は彼らの誰にでも手を振って微笑みながら見送った。


 そんなある日、“ レトロに御用! ” が、めずらしく早朝から開店しいていた。仕入れから帰ってきた大吉が、店の前でマリ突きをして遊んでいる少女に声を掛けてみた。


「おはよう!」


 少女はにっこり微笑んで、マリ突きの手を止めて嬉しそうに手を振った。大吉は店の中を覗くと克好の姿が見えたので、そろそろと中に入った。


「おはようさん! お子さんですか?」

「え !?」

「お店の前でいつも遊んでいる可愛い女の子ですよ」


 克好の顔色が変わった。


「女の子 !?」

「下田から戻られた日、連れて来た女の子…」

「下田から !? 下田からはひとりで戻ってますが…」

「あれ…じゃ、私の見間違いでしょうか…御棚さんの後ろについて歩いていたもんで、てっきりお子さんかと…」

「私は独り身ですので妻子はおりません」

「…そうでしたか」


 大吉が再び中から外に目をやると、少女は相変わらずマリ突きをして遊んでいる。


「じゃ、どこの子なんでしょうね?」


 大吉は、特撮グッズを手入れしている克好の手が止まり、震えているのに気付いた。大吉はもう一度、店の前の少女に振り返った。すると少女は克好を指差している。


「どうしたの?」


 大吉は少女に問い掛けた。すると克好が慌てて応えた。


「何がですか !?」

「いえ、あんたじゃなく女の子に聞いたんですよ。あんたを指差してるから」


 克好は突然、手に持った特撮グッズを落とした。


「指刺してる !?」

「ええ、あの女の子があんたを指差してるんで、何か言いたいのかと思ってね」

「ま、まだ、指差してますか?」

「見えるでしょ、あの子ですよ」


 大吉がまた少女に目をやると、少女はまた手を振って微笑んだ。大吉は少女に話し掛けた。


「お名前は何って言うの? …あ、そう、ヨウ子ちゃんっていうの!」


 大吉の口から出た少女の名前に、克好は勢い奥から店の外に飛び出してウロウロした。


「居ないじゃないですか!」

「居るでしょ、あんたの後ろで指を差してるよ」

「う、後ろ !?」


 克好はドキッとした。恐る恐る後ろを振り返った。女の子は、克好の首の回転に合わせて後ろに移動した。大吉は少女を見て妙な違和感を覚えた。克好の首の動きに合わせて移動しているのだが、その少女が歩いているようには見えなかった。浮いている。天秤棒に乗っかっているように、克好の顔の反対側にスーッと移動している。


「 “ おこぜ ” さん、私をからかってるんですか !?」


 大吉は二人の関係に何か違和感を覚えて鳥肌が立った。


「い、いや…そんなことしませんよ。私は仕込みがあるもんで」

「ま、待ってください」


 引き止める克好の声に応えずに、大吉は早々にその場を離れた。


〈第3話「 謎の男」につづく〉

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