第14話 ブリキのレアグッズ
克好の店に麻生真尋が来店していた。彼女は “ レトロに御用! ” の店頭イベントで不慮の死を遂げた染山琴音の親友である。
「その節は…」
「その節は !?」
真尋は冷笑した。
「あなた、知ってるでしょうけど、“その節”のことで随分とネットで叩かれてるわね」
「そうですか…まあ、ネットはそういうところでしょうから」
「ネットで叩くのは大好きでも、叩かれるのは嫌でしょ?」
「どういう意味ですか?」
「あなたがあの有名な女部田や五味ラインの人間だということは、特撮ファンの間では誰もが周知のこと。気に入らない特撮ファン叩きから特撮俳優叩きで築き上げた鉄壁と云われた牙城が、この内陸線沿線出身の特撮俳優の松橋龍三さんによって脆くもぶちのめされたことは特撮界では語り草になってるわよね」
「・・・・・」
「自分たちに服従しない相手を叩きまくっていたあなたたちが、今、仲間だと思っていた連中に叩かれまくる側になってるわけよ。これって自業自得よね」
「ですから、ネットは名も葉もないことで言掛りを付けて炎上させて楽しむところですから別に何とも思いません」
「そうね…そう嘯いて白旗上げれば、あなたの中では解決よね。でもね、世の中はあなた以外の人が多いわけよ。あなたが嘯いて勝手に自己逃避しても、もっと楽しみたい族は、執拗に追い駆けて来るのよね」
「ボクは白旗など上げていませんよ」
「偽善の傘に隠れてるじゃない。下田の地域おこしの名目で偽善の特撮グッズ屋を開店したじゃない」
「ボクは純粋に地元のためになろうと…」
「開店間もないのに、その愛する地元から縁も所縁もないこの集落に移転してきたわけは何? 選りに選ってあなたの一派の女部田や五味ラインを潰された特撮俳優の居るこの土地に…あなたもあの特撮俳優に息の根を止められるかもよ」
「ボクに敵意はありません」
「そう…あなたたちも敵意のない相手を、気に入らないと言うだけでネットで叩き潰して来たわよね。こっちに敵意があるかないかなんて、潰しに来る相手に関係ないことは、あなたたちが一番よく知ってるんじゃないの?」
真尋はまた冷笑した。
「ボクを責めに来られたんですか?」
「あなたを責めたところで何も解決しないわよ。あなたはそういう人種…パニック障害には見えないけど? あの時、倒れた琴音を見るあなたの病的なまでの冷たい顔が記憶から消えないのよ」
「・・・・・」
「まあ、交流する全ての特撮ファンから顰蹙を買った上、地元民にまで白い目で見られるようになって都落ちして来たあなたをいじめても仕方ないわね。出して!」
「え!?」
「琴音が頼んだ品物よ、入ってないの?」
「入ってますよ」
「なら、さっさと出して」
克好の心の声がムッとした。真尋の言うことに反論できなかった。だが、唯一の攻撃材料として・・・“ おい、アラカン婦女子。おまえに買えるのか? ” ・・・克好は、真尋の顔をじっと見た。真尋も目を逸らさずその視線を跳ね返していた。
「何ボーっとしてんの?」
「別にボーっとはしてませんが?」
「入ってるならさっさと出しなさいよ」
「宜しいですけど多分ご覧になるだけになるかと思いますよ」
「どういう意味?」
「一般の特撮ファンに手が届く価格ではないと思います」
「そんなこと言って、実は品物なんて入らなかったんじゃないの?」
克好の心の声がショーっとした。“ アラカン婦女子のくせに、どこまでも減らず口叩きやがるな。値段を聞いて凹んだ顔が目に見えるんだ、こっちは! ”・・・克好の顔が勝利を確信して紅潮した。真尋がその変化を捉えた。
「あら、顔が真っ赤よ。図星かしら?」
「ではお持ちします」
克好は品物を取りに奥に入って行った。その様子を、来店2度目の先客である地元特撮ファンの片山千夏(HN《ハンドルネーム》:カタクリ小町)と、特撮ファンサイト『秋田おばん』の管理人の馬場由紀子(HN:バサマ)が店の片隅で窺っていた。
「…面白くなって来たわね」
「一般の特撮ファンに手が届かない価格っていくらぐらいだと思う?」
「モノにもよるけど3桁?」
「そんなレアグッズってあったかしら?」
「初期モノはあるかも」
「モノは何だろうね」
そこに、この土地には馴染まない風体の3人連れが入って来た。女部田・五味ラインの対立軸で克好を新たな標的にした浜野愛海(HN《ハンドルネーム》:空蝉)と彼女の友人でボクサーの柳勝利と金子健らだ。柳は直ぐに気付いて愛海に耳打ちした。
「お嬢、いいとこに来たようだ。あのカウンターに居る女…店頭イベントで死んだ女の連れっすよ」
愛海は不敵な笑みを浮かべた。奥から大事そうに品物を抱えた克好が出て来た。いつになく来店者が多いことなどに目もくれず、克好はアラカン婦女子潰しに燃えていた。
克好の持っている特撮グッズに目を輝かせたのは真尋だけではなかった。店に居る5人の顔色が変わった。
「これがご他界なさったあなたのご親友がご所望だった、かの宇津井光太郎氏の影菱仮面が乗ったブリキの電動『ジャガー・マークⅡ』です」
「あったのね!」
箱に手を掛けようとした真尋を、克好は制した。
「その前に…本当にお買い求めになりますか?」
「琴音との約束ですから買いますよ。おいくらですか?」
克好は勿体ぶるように大きく深呼吸した。
「率直に申し上げます。私はこの商品を700万で取引しました」
「700万 !?」
「はい。私も躊躇したほどの取り引きでしたので、あなたにお譲りするとしても、いくらでお譲りしようか迷います。亡くなったご親友のこともあるので、店としては取引の値でというのもありだと思いますが、生憎…」
「生憎どうしたのよ?」
「800万で購入するという方がおられるんです」
そ知らぬふりを装う5人の来店客の背中は克好と真尋の会話に注がれた。
「私が800万で買うと言ったら?」
「同じ価格であれば、店の立場としては先客を優先しなければなりません」
「この商品を依頼したのはこっちが先でしょ?」
「そうなんですが、価格設定でのご予約はお受けしていませんでしたので…」
「じゃ、801万ならどう?」
「802万!」
愛海の一声に真尋が振り向いた。
「あなた、脇から何よ!」
「商売には競りは付きものでしょ」
「…そう…いいわよ。じゃ、私は810万!」
「820万!」
店内が競り会場になった。克好は微笑を浮かべてゆっくりとカウンターの肘掛椅子に腰掛けた。
「千夏、何て顔をしてんのよ。顎が外れそうよ」
「あたし、どんな顔してる !?」
「だから顎が外れそうな…」
「見て、由紀子! 札束…」
真尋はカウンターの上に札束を摘み上げた。
「850万…確かこの店はキャッシュオンリーだったわよね」
「ええ、うちはキャッシュオンリーです」
真尋は琴音から一千万預かっていた。真尋は、愛海を見た。一元客がそれだけの現金を持ち歩いているわけがないと踏んで、カウンターに札束を摘んだのだった。愛海は悪びれることもなく簡単に引き下がった。
「あら、そうなの。キャッシュオンリーだなんて、やはり田舎ね。でも楽しませてもらったわ」
そう言って、愛海は柳と金子に目配せして店を出て行った。肘掛椅子から立ち上がった克好は真尋に恭しくお辞儀をした。
「毎度お買い上げありがとうございます」
その時、女の子の声がした。
「この人、嘘吐いてる!」
克好の顔色が変わった。真尋に恐る恐る聞いた。
「今、子どもの声がしました?」
「いいえ? 子どもがどうかしたの?」
真尋は克好の顔を見た。
「あら、どうしたの? 汗がダラダラよ」
「最近、体調が優れなくて…」
「…そう…琴音さんがあの世から呼びに来てるのかもね」
克好には真尋のジョークが通じなかった。包装した商品を受け取った真尋は克好の様子を怪訝に思いなから店を出た。約9センチ程の札束を満足そうに両手で掴み、克好は奥の金庫に向かった。金庫のダイヤルを回していると、また背中に嫌な気配を感じた。どうせ女の子が指を差しているのだろうと、克好は敢えて無視して金庫を開け、札束を入れようとした。
「入れなくていいよ」
「え !?」
あの女の子の声ではなかった。克好はさっき真尋が言った “琴音さんがあの世から呼びに来てるのかもね ” という言葉が蘇って思わず振り向いた。そこには裏口から忍び込んで来た金子が立っていた。
「あんた !?」
店の方から店長を呼ぶ客の声がした。店内の千夏と由紀子は、多少買いたいグッズがあったが、何度呼んでも店長は中々出て来ないので、どうしようか迷っていた。
その頃、奥では既に克好が気を失って倒れていた。金子は克好の鳩尾への強烈なパンチで札束を奪い取ったところだった。ところがその金子の両膝がスタンガンによってガクンと落ち、札束は影の手に移った。
裏口で痺れを切らして待っていた柳は、中に入って金子の無様に地団駄を踏んだ。克好が息を吹き返したので、慌てて金子を引き摺って裏から飛び出した。
「どうしたのよ !?」
愛海が腹立たしげに小突いた。
「誰か邪魔が入ったらしい」
「誰かって誰よ !?」
「分からない」
3人は仕方なく駅に向かった。その先を、既に店を出た千夏と由紀子も駅に向かっていた。
「何なの、あの店」
「850万よ」
「あたしら、客扱いされないのよね」
「さすが女部田・五味ラインのクソヲタの店だわね」
その後、“ レトロに御用! ” は、ネット上で超レアグッズが出現している店として話題になった。次第に観光目的の特撮オタらが、かつて心霊スポットとして話題になったこともある片田舎の商店街のこの店に引き寄せられて来るようになった。
〈第15話「特撮グッズという麻薬」につづく〉
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