第11話 重い口
ヨウ子ちゃん行方不明事件を嗅ぎ回っていた男が居た。ある民家の高齢女性は彼に重い口を開いた。高齢女性の名は御棚秀子。克好の親戚筋にあたる人物だ。
「うちの亭主が杵治に騙されたんだよ」
「騙されたって…何をですか?」
「憎たらしいけど、親戚だと思えば我慢もしてきたが、良く考えたらあの男を庇う理由なんて、もう何もない。それより、他人のあんたの方がよっぽど気の毒だ。あんた、一人で調べてるのかい?」
「はい…警察は全く動いてくれませんので…最後にヨウ子を見掛けた場所は御棚杵治さんの庭先ですが、そう証言した方は後になって見間違いだと証言を撤回しました。警察には死体が無い以上、事件としては扱えない。証拠が何もないんではどうにもならないと言われました」
「この土地の警察は御棚家のことでは動かないんだよ。何でも金で買う家だ。この土地の警察は御棚家の持ち物だものな。杵治はその証言を金で買ったんだよ」
「せめて、新たな目撃者を探しているんです」
「御棚家のことになると、誰も口なんか開かないだろ」
「…はい」
「私が見たよ」
「えっ !?」
男は…つまり、女の子の父親・漆原玄は、予想もしていなかった秀子の言葉に驚いた。
「見たんですか !?」
「気の毒だと思うがはっきり言わせてもらうよ。正義感の強いあんたの娘さんを殺したのは、杵治の息子だよ」
玄は絶句した。
「やはり、娘は…もう、この世には…」
「しっかり、おしよ! あの手癖の悪い息子は、欲しいものは何でも与えられてきた。ただヒーローの子ども番組のオモチャだけは絶対に買ってもらえなかったんだ。そして、バカ息子は何回も万引きを繰り返して、何回も見逃してもらってたんだよ。万引きの度に、杵治が売値の何倍もの値段で買っては揉み消していたんだ」
「じゃ、うちの娘はなぜ殺されることに…」
「万引きの一番の目撃者だからだよ。万引きの度に…あんたの娘さんはバカ息子が万引きをする度におもちゃ屋の主人に言ったんだ。ところが、おもちゃ屋にとっては、克好はいいお得意さんだ。バカ息子の万引きを見て見ぬふりをしてれば、売値の何倍もの価格で買ってもらえるわけだからね」
「娘は正しいことをしただけなのに…」
「正しいことが必ずしも幸せな結果を齎すわけじゃない。あんたの娘さんは、克好の何回目かの万引きを目撃した時、おもちゃ屋の主人ではなく、交番に知らせたんだ。それが運の尽きだったんだな」
「どうしてですか !?」
「動けない警察に、つまり、あいつらにとっては実に迷惑な通報だからだよ。そこに来て、性格が父親そっくりの克好の牙を剥かせてしまった」
「・・・!」
「あの家は呪われてるんだ…いや、この土地が呪われてるんだ。娘さんの仇を討ちたい気持ちは分かるが、あまり深入りすると、あんたの身も危険になるよ。杵治は恐ろしい男だ」
「あの…見たと仰ったのは、娘が殺される現場を見たんでしょうか?」
「見たよ」
「じゃ、なぜ止めていただけなかったんでしょうか !?」
「バカ息子があんたの娘さんを殺している時、すぐ後ろの台所の隙間から刺身包丁を持った母親がジーッと見ていたんだよ。そこに止めに入ったら、どうなると思うんだ、あんた!」
「…助けてほしかった」
「助けたかったよ、私だって! そのことでずーっとこれまで自分を責めて来たんだ! だけどその時、足が竦んで動けなかった。ションベンどころか、大きいのだってちびりながら押入れに入って朝までガタガタ震えていたよ」
「・・・・・」
「夜中に杵治が帰って来た車の音がしたんで、性懲りもなくソーッと覗いてみたら、娘さんのご遺体が入ってるバケツの蓋を開けて、ビニール袋を取り出したんだ。暫く考えてたけど、その袋を車のトランクに入れて、また出掛けて行ったんだよ。捨てに行ったんだ、あの山に!」
「あの山 !?」
「杵治が昔、殺した女を埋めた山だよ」
「えっ !?」
秀子は昔この土地で起きたOL強姦殺人事件の話をしてくれた。
それは2004年の今頃だった。被害者となった25歳の女性は実家に帰省していた。愛犬を連れて散歩に出たはずが15分後に犬だけが帰って来た。彼女はそのまま行方不明となった。
2日後、実家から程近い
三年が経過しても捜査に進展がなく、警察庁は情報提供者に捜査特別報奨金制度を適用したが、効果がなく期限切れとなった。犯行から5年が経過して容疑者が逮捕された建設作業員・畑中強志という男だった。被害者のDNAが付着した畑中の衣類を証拠とした。畑中の証言によれば、犬を散歩させていた被害女性を無理やり車に乗せて猥褻行為を働いたが、被害女性に、警察に通報すると言われて発覚を恐れ、転寝山の山林で女性を切り付け失血死させたと供述し、詳細は記憶にないと証言している。
逮捕された被疑者は克好の父が経営する御棚不動産の下請けの男だった。真犯人の杵治は畑中を説得し、高額な金で被疑者の家族と未来を約束した。畑中は無期懲役判決を言い渡され、刑が確定した。畑中は、妻子が引っ越し、妻が再婚して既に苗字が変わったことを知らずに服役している。
この事件以外に杵治には前科があった。自転車に乗っていた同町の高校生や、帰宅途中の女性会社員を無理やり自分の車に押し込み、転寝山の山中に連れ込んで暴行するという犯行を10年程前から繰り返していた過去があった。
「息子は親の背中を見ちまったんだよ。罪の意識なんかないよ、あの親子には」
「…そうですね」
「警察だって当てになんかできないよ。どうするつもりなんだい、あんた」
秀子にそう言われ、“ あなたさえ真実を証言してくれれば ”と秀子の顔を見た。
「私が証言すればいいと思うだろうが、そうするともうこの土地には住んで居られなくなるんだ。この年になって生まれた土地を離れるのは死と同じなんだ。あんたに話しただけで勘弁してもらいたい。この事を話すのだって私にしてみれば命懸けのことなんだよ」
漆原は何も言えなくなった。この土地の闇の深さを知った。しかし、この老婆を追い詰めてはならない。真相が明らかになった以上、自力で犯人を追い詰めるしかないと思った。この土地は警察の関与も解決に逆行する。まず、御棚克好をマークすることにした。
老婆と別れた足で、下田の克好の特撮グッズ屋を突き止めたが閉店となっていた。ホームページを確認してみると、小さな文字で秋田への店舗移転が記載されていた。
「…秋田か」
〈第12話「指」につづく〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます