第20話 特撮オタを吸う店

 地元出身の特撮ファンである片山千夏(カタクリ小町)と、馬場由紀子(『秋田おばん』管理人のバサマ)が “レトロに御用!” の前に立っていた。開店時間が疾うに過ぎているというのにシャッターは閉まったままだった。そこには「臨時休業」の貼紙がしてあった。


「ねえ千夏、これ…血じゃない?」

「血 !? …まさか血なんて…」


 千夏は張り紙に顔を近付けた。左上の角に微かに指紋と思われる血の跡が付いていた。


「やだ…やだやだ! 何かあったのかしら !?」

「中で死んでたりして」

「嘘ーーーッ !?」

「隣の温泉で怪奇事件が起こってるでしょ。第二幕の始まりなんじゃない?」

「それより以前に阿仁打当のナガサホテルでクソヲタの女部田怪死事件が起こってるから、第三幕よ」

「そうだったわ! 二度あることは三度あるっていうから…どうする?」

「どうするって?」

「警察に通報する?」

「しない」

「答えが早いわね」

「だって関わりたくないよ。通報して呪い掛かったらいやだもん」

「それに警察に根掘り葉掘りやられんのは堪んないわよね」

「第一発見者が一番疑われんのよ」

「そうよね。店主の呪いより警察の呪いのほうが面倒よね」

「触らぬオタとおまわりに祟りなしよ。帰ろ!」


 二人は帰ろうと振り向いて仰天した。自分たちの後ろにいつの間にか特撮オタ連中が長蛇の列を作っている。


「えーーーッ !? いつの間にこんなに !?」


 由紀子たちの後ろには20人程の特撮オタが葬儀に参列でもしてるような陰気な空気で、一様にスマホに魂を奪われながら並んで待っていた。


「ねえ、由紀子…店は臨時休業よね。それなのに、なんで並んでんの?」

「この状況…不気味よね」

「早く退散しようよ。むちゃくちゃ嫌な予感がする」


 一番前の列を外す二人に、オタたちの怪訝な視線を感じながら、由紀子と千夏はそそくさと店を後にして歩き出すと、ガラガラとシャッターの開く音が追い駆けて来た。びっくりして振り向くと、シャッターに続いて店のカーテンとガラス戸が開いた。


「嘘! 開いたよ !?」

「臨時休業なのに…どういうこと !?」


 並んでいた列は、吸われるように店の中に入って行った。


「どうする?」

「どうするって?」

「入る?」

「折角来たんだしね」


 と、腰が引け気味の二人が1~2歩歩き出すと、克好が出て来てシャッターを閉めた。


「閉めたよ !?」

「どうなってるの !?」

「なんか、鳥肌立って来た」

「帰ろ、やっぱ帰ろ、絶対やばいって」

「…でも、気になるね」


 千夏と由紀子は帰り掛けたが、思い返してもう一度店の前に戻ってみた。ふたりはシャッターに耳を押し当てて中の様子を窺ったが静かである。話し声はおろか物音ひとつしなかった。


「…どうなってるのかしら」


 特撮オタたちは奥にある十畳ほどの座敷に集められていた。克好は昨夜の怪我を押して包帯姿でそこに立っていた。彼らは “ レトロに御用! ” のウェブ上の募集で集められた限定会員だった。店に臨時休業の札が貼られてあったのはそのためだ。

 この案は、大友達也の助言だった。達也のアイデアは特撮オタどもを納得させるだけの魔力があった。レアグッズマニア向けに“ レア特撮グッズ積立制度 ”を提案し、最初に積立額が目的グッズに達した者が自動的に競り落とす権利を得ることになり、競り落とし損なった会員は次のレアグッズに目的を定められるシステムである。


 座敷に集められた20人程の特撮オタは、自分たちが選ばれた者であるかのような根拠のない高揚感を抱き、克好がこの場で紹介するであろう一般には手に入り難いレアグッズに固唾を飲んでいた。


 奥から克好の手を借りて出て来たのは年老いた女性だった。


「ご紹介します。元・村木志郎さんのマネージャーの柴内弘子さんです」


 何人かの特撮オタが “ オーッ ” という声を挙げた。


「柴内弘子さんと言えば、皆さんの中にもご存じの方がおられるようですが、その筋では知る人ぞ知る特撮グッズの激レアコレクターです。かつて特撮俳優のマネージャーをなさりながら独特の角度から収集した多数の激レアグッズの収集家として著名です。本日、このような片田舎にお越しいただき心から感謝いたします」


 柴内弘子の招聘も大友達也の息が掛かっていた。


「皆様、初めまして。柴山でございます。特撮グッズのコレクターとしてふたつだけ申し述べさせていただきます。ひとつは…特撮番組に出演してヒーローを経験した俳優さんは、ともすると大きな勘違いをなさって、その先、中身のない俳優になってしまう方々がいらっしゃいます。昨今、個性キャラよりイケメン俳優をキャスティングすることが多くなって、お子様以上に奥様ファンが増えているようですが、奥様方はイケメンには興味があっても特撮グッズには興味をお持ちになりません。それでは番組のスポンサーは困ります。番組はいわば、キャラクター商品の販売促進CMですから、その消費が伸びませんと特撮番組の継続も行く行くは先細りになってしまいます。私はそれが残念です。ふたつめは…特撮グッズは歴史です。番組自体の歴史以上に、その時代の世論が反映されている歴史の副読本でもあります。とは言え、決して教育番組の類ではありません。特撮番組のヒーロー俳優さんの中には、そのように自負なさる俳優さんもおられるようですが、それは大きな勘違いです。悪く言えば番組に依存した売名行為に他なりません。特撮ヒーロー番組はあくまでも娯楽番組であり、出演俳優さんたちは主役脇役の境なく、脚本に則って視聴者に感動を与える一歯車に過ぎません。況してや、ヒーロー役はヒーローではありません。あくまでも一演者です。ファンの方々のイメージを壊さないようヒーロー像に固執なさる俳優さんもおられますが、はっきり申し上げて無意味であり、寧ろ不様です。それよりも多彩な役を魅力的に熟せる俳優の道を精進することにエネルギーを向けてほしいと思います。番組を愛する真の特撮ファンとは、俳優個人ではなく、物語に重きを置いて観れる方々だと私は思っております。今回の御棚さんの企画は、歴史の副読本としての特撮グッズに価値を見出してくださる皆様あってのことなので、特撮番組の温故知新の意味で皆様のご協力でこのシステムを長く継続していって欲しいと願っています。私の申し上げたい事は以上です」


 特撮オタの中には、ただの婆さんかと思っていた者たちも居たが、スピーチの後は少なからず敬意のムードに変わっていた。こうして御棚克好のレアグッズ資金の目途はどうにか立った。


「本日、皆様のために特別に柴内弘子さんが売却を了承してくださったレアグッズがあります」


 特撮オタたちが色めき立ち、二度目の固唾を飲んでいる中、克好が出して来たのは、柴内弘子が担当した村木志郎主演の『地蔵戦隊アミダマン』の代表武器 “ 数珠ブーメラン ”の特撮グッズだった。


「これは普通の市販グッズではありません。当時、50個ほど限定販売された “ 数珠ブーメラン ” で、これまで市場には一度も出たことがありません。この商品がどういう時代背景で発売されたのかを、柴内さんにお話しいただきたいと思います」


 柴内は “ 数珠ブーメラン ” を箱から出して手に取って天井のライトに翳した。


「きれいでしょ…この数珠の石は全部本物の宝石なんです。1970年代当時、日本の経済成長が行き結まり、『 小さな神々 』とか『 新・新宗教 』と呼ばれる宗教の乱立現象が起こりました。第三次宗教ブームといわれるものです。そんな中、インチキ宗教に惑わされて不幸になってしまう人々が激増しました。そこで 『 地蔵戦隊アミダマン 』 という番組が登場し、人々をミスリードする悪を消滅する力を持った武器として “数珠ブーメラン ” が考案されました。この商品は、市販商品とは別に、本物志向で作られた限定品です。以上でございます」

「どうですか、皆さん。商品の作られた時代背景を窺うと、柴内さんの仰っている特撮グッズは歴史の副読本という意味がよくお解りになったと思います。さて、この商品…当店の評価額は250万ですが、今月末〆でその額を越える最高額入金者の方が競り落とす権利を得たものとさせていただきます。では、今回はこれで解散と致します。本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございました」


「あの!」


 オタのひとりが手を挙げた。


「何でしょう?」

「柴内さんと写真を撮らせてもらってもいいですか?」


 賛同するオタたちが我も我もと活気付いた。柴内がそれを制した。


「皆さん! …大人になりなさい。私は特撮ヒーロー番組が娯楽番組として栄えることだけを願って来ました。この番組形態は日本の宝です。特撮ファンである皆さんの使命は、出演者に媚びることではありません。番組の健全且つ純粋な継続にあります。私と一緒に写真に納まって何の意味がありますか? 特撮ヒーロー俳優とのツーショット写真を収集して何の意味がありますか? もし、真の特撮ファンを自負なさるなら、そういう自己満足はおやめなさい。真の特撮ファンとは言えません。特撮番組が好きであるなら、真剣に番組の未来に向き合っていただきたいと、私は切に願っております」


 一同は静かになった。


 必死にシャッター越しに中の様子を窺おうとしていた千夏と由紀子が慌てて店から離れて物陰に隠れた。少しして勢いシャッターが開くと、入口から特撮オタらが一列に吐き出されて来た。誰もが我先にと足早に駅に向かって歩き出した。


「なんの競争 !?」

「なんか、気持ち悪い」


 千夏と由紀子は店のシャッターが閉まる音にもビビった。


「なんか、凄くヤバい空気なんだけど」

「あいつらの後ろに付いて会話を聞いてみようか…なんか分かるかも」

「せっかく来たんだしね」


 ふたりは素知らぬふりでオタどもの後を追った。


〈第21話「ひとり減った」につづく〉

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