社員旅行
なんだかんだバタバタと過ごした、十一月の半ば。
「おー、富士山綺麗だな!」
「そうですね」
現在、朝の六時半。山梨に向かう観光バスに乗ってます。今日は日帰りの社員旅行です。
ワイナリー見学のあとに紅葉狩りをしながら昼食にバーベキュー。そこでちょっとだけ自由時間を過ごしたあとで、果物狩りをするらしい。
果物狩りは主にりんごで、うまくいけばブドウと梨が狩れるかも、と所長から説明があった。
本当は社員の家族も交えた二泊三日の旅行になるはずだったらしいんだけど、半数以上が家庭の事情で不参加の家族が多かったので、急遽旅行先を他の事業所と交換して日帰りに変更したらしい。なので、参加者は事業所のメンバーオンリーだ。
そのおかげで会社も明後日まで休み。
休みなのは会社からもらうシフト表に書いてあるからわかってるけど、行き先変更を聞いてないんですけど。そもそも、参加するって言った覚えも参加するか聞かれた覚えもないんだけど⁉
良裕さんにそう言ったら、案の定Sな発言が来た。
「あ、俺が返事しといた」
「聞いてないんですけど!」
「言ってないしな。どうせ暇だろ?」
「確かに暇ですけど! だからって勝手に決めないでくださいよ!」
なんてやり取りがあったりなかったり。
確かに暇だし、会社の人や良裕さんと出かけられるのは嬉しいけどね! しかも義姉に「りんご狩りにいくの!? なら、たくさん採って来て!」って言われてるし。ジャムにしたりワインにいれてサングリアにするらしい。
それはともかく。
前の会社では社員旅行なんてなかったから、なんだか新鮮。それに、果物狩りも小さいころに家族で行ったきりだから、ちょっと楽しみ!
一般道から中央道に乗って、途中のパーキングエリアでトイレ休憩。勝沼インターで下りてワイナリーを目指すとバスガイドさんが説明している。
途中に何があるとか、酒蔵があるとの説明を、座席に埋もれながら話半分で聞いている。
実は良裕さんの誕生日が明日なんだけど、プレゼントをどうしようか悩んでなかなか寝付けなかったのだ。一緒に住むようになったから下手に隠し事もできないし、プレゼントの隠し場所にも困る。
まあ、プレゼントはともかく、隠し事はしないつもりだ。隠し事をするとあとが怖そうだし、そもそもするつもりもない。
プレゼントは結局ネクタイを数本とタイピンにした。あとは、良裕さんの好きな料理とケーキを用意するつもり。
他にもないかいろいろネットで調べたけどいいのがなくて、とある単語を見つけてそれをいろいろ調べているうちに悶々としていたら寝るのが遅くなったのだ。仕事中なら眠気は飛ぶけど、さすがにバスに乗ってるだけだと眠くて、さっきからアクビばかりしている。
寝ないように窓の外を見たり良裕さんや他の人と話したりしてたはずなんだけど、いつの間にか寝ていたようで彼に起こされた。
「……め、おい雀、起きろ」
「ん……」
「もうじきワイナリーにつくぞ」
「……ごめんなさい、寝てました?」
「思いっきりな。ほれ、鞄持ってバスから降りる準備しろ。貴重品とか忘れるなよ」
良裕さんに注意されて、慌てて身の回りを確かめる。バスが停まってから起こされなくて良かった。
確認し終わったころにワイナリーに着いたらしく、バスが駐車場に停まる。鞄を持って外に出て手を組んでぐっと上に伸ばすと、ポキポキと背中が軽く鳴った。
それを見聞きしてた良裕さんや奥澤さんたちに笑われたよ……。そのことに内心ガックリしながら、ガイドさんのあとをついていく。
ワイナリーの入口には団体客に説明してくれる人がいて、今度はその人のあとについていく。
ブドウを入れて果汁を搾る大きな機械に、ワインにするための工程の説明は面白かった。ひんやりした部屋には大きな樽に入って寝かされているワインがたくさんあって、そこにはいろいろな年代のものがあると説明された。
機械を近くで見たり企業秘密の部分は見られなかったけど、一連の作業工程を見学し終わるとお土産コーナーみたいな場所に案内される。そこには、去年作ったワインやその工場で作っているものが試飲できるよう、小さな紙コップが並べられていて、お酒好きな人は早速飲んでいた。
それを横目に見つつ、実家へのお土産や自分用に何かないかと探し、実家用には赤、白、ロゼワインを各二本購入。自分用のはいいのがなくて、お昼を食べる場所にお土産コーナーがあるらしいので、そこで買うことにした。
ワイナリーをあとにして、バスは一路バーベキュー会場に向かう。ちょっとした山の中腹にあるらしく、紅葉が綺麗な坂道を登っていく。バスの中から写真を撮ったり喋っているうちに駐車場に着いた。
ご飯は予定通りバーベキューで、ひとつのテーブルに六人くらい座れるようになっている。とりあえず空いた席に座って待っていると、お店の人が材料を持って来たりいろいろと準備してくれる。
飲み物もそれぞれ頼んだところで所長の挨拶からの乾杯。
焼きながらみんなと話したり、やっぱり写真を撮り合ったりして楽しく過ごした。
休憩時間は食事込みで二時間半。食事が終わったタイミングで、良裕さんや平塚さん、奥澤さんや橋本さんと固まってお土産コーナーへ行く。
地下はワインセラーになっていて、ワインが試飲できるらしく、お酒好きな人は何があるのか予想しながら楽しそうに話していた。
それを聞いていたら、良裕さんが然り気なく左手を握ってくる。彼の顔を見上げれば、私のほうを見ていた。
「……なあに?」
「帰ったらシようか」
耳元に顔を寄せて何を話すのかと思ったら、いきなり夜のお誘いとか……! ここのところずっとバタバタしててセックスどころか愛撫やキスすらもしてなかったから、そろそろ何か言ってくるだろうとは思ってたけど、まさかこのタイミングで言われるとは思ってなかった!
「ば……! 今する話じゃないでしょ!」
「今だからするんだよ」
「何か違うー!」
「なんだったら、ここでキスでもするか?」
からかうような、それでいて艶のある声でそう言った良裕さんに、思わず顔が熱くなる。絶対に顔が赤いだろうと思ったらやっぱり赤かったらしくて。
「相変わらずだな、雀。顔が真っ赤だぞ?」
不意討ちに弱いよな、ってからかうように言われてしまった。そもそも、不意討ちしかしないじゃないか、良裕さんは。
しかも、身構えている時はそんなことは一切言わない人なのだ。
うう……明日、彼の誕生日にあの単語を実行したら、この人はどんな反応をするんだろうか……なんて考えていたら、奥澤さんにからかわれた。
「寺ー、雀さーん、イチャついてると置いてくぞー!」
「誰がイチャついてるんですか、誰が!」
「おー、今行く! ほら雀、行こう」
「良裕さんもスルーしないでくださいよ! もう……」
奥澤さんにからかわれ、それに突っ込みを入れてるのに良裕さんもスルーするとか……この同期コンビの思考回路は一体どうなってるんだろうね!
そんなことを考えつつも、言ったところでそれらが改善されるとは思ってないので溜息をつき、良裕さんに引っ張られる形で歩き始めた時だった。
「園部さん? 園部さん、だよな?」
そう声をかけられて右を向けば。
――二年ちょっと前に別れた元カレと、その浮気相手がいた。
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