お盆前の宴会 後編
平塚さんに聞いた所長と、ご飯を買いに行こうとしていたらしい寺坂さんと奥澤さんが食堂に顔を出す。
「平塚さん、どうした?」
「べっちちゃんが土鍋でご飯が炊けるって言うから~、買いに行くのは待って~」
「「「え、そうなの⁉」」」
「炊けますよ。材料次第で炊き込みご飯もできますけど、何か作りますか? それとも全部白いご飯にして、半分はおにぎり、残りは焼きおにぎりとかにしますか?」
え? 土鍋でご飯を炊くのって普通じゃないの? キャンプとか飯盒で炊いたりしないのかな?
なんて思っていたら、所長が寺坂さんと奥澤さんに冷凍庫とか冷蔵庫内にある破損した食材を聞いていた。
「ご飯に入れられるものか……何かあったっけ?」
「冷凍だと、剥きアサリとホタテの貝柱、グリーンピースと鳥もも肉がありましたね」
「冷蔵はひじきの煮物がありました」
「だ、そうだ。雀さん、何ができるかな?」
所長の質問に、寺坂さんと奥澤さんが答える。覚えてるなんてすごい。
「土鍋とカセットコンロが四つずつあるので、ふたつはそのままの白いご飯で、ひとつはアサリとホタテの炊き込みご飯、もうひとつはひじきの煮物の混ぜご飯でどうですか? 焼きおにぎりは時間がかかるので、今回はなしってことで。あと、ひじきは味がついてますか?」
「「へえ……美味そうだな」」
「ひじきは味がついてるから、大丈夫だよ」
「なら、それで作りますね。材料とお米をください」
寺坂さんと奥澤さんの話を聞いてから材料とお米をもらう。つまみになるおかずはたくさんあるし、一升だと多いかなと思って七合分炊くことにした
計量カップがあったので七合分のお米を計り、それを洗って土鍋に入れた。水切りをしている時間はないので、お酒を使う。
お酒を入れることで艶が出て味が深まるのだ。
三つの土鍋にお酒を入れ、残りの一つには剥きアサリとホタテの貝柱、お酒とみりんと醤油、塩と中途半端に残っていた出汁用昆布を入れて全部火にかける。土鍋が沸騰する前に野菜を持って来てくれたので、平塚さんと手分けして野菜を切る。
さっきまで焼き物や炒め物をしていた平塚さんの手が空いたので野菜スティックをお願いし、私は浅漬けとキムチの素が冷蔵庫に入っていたので、日付や匂い、味を確認してからきゅうりのキムチも作ることにした。
野菜を切っている時に土鍋が湯気を勢いよく噴いたので、コンロの火を極弱火にする。時々土鍋から出る湯気の匂いを確認しつつ、浅漬けとキムチを作った。土鍋から焦げた匂いがして来たので、火を止めて二十分蒸らす。
時間が来るまで二人で野菜スティックや浅漬けとキムチをお皿に盛りつけ、おにぎりを載せる大きなお皿を用意していると、寺坂さんと奥澤さんがひょっこり顔を出した。
「向こうはだいたい終わったんだけど、何か手伝うことはあるか?」
「他の人も来たし、あとはここだけなんだが」
「じゃあ~、ししゃもとかイカゲソとか野菜を運んで~。べっちちゃん、そろそろ時間だよ~」
「ありがとうございます」
平塚さんに言われて土鍋の蓋を持ち上げると、辺りに炊きたてご飯の食欲をそそる香りが広がる。
「わ~! いい匂い~! 美味しそう~!」
「「おー。炊き込みご飯、つまみ食いしていいか?」」
アサリとホタテの炊き込みご飯から昆布を取り出し、それぞれのご飯をしゃもじで混ぜる。白いご飯のうちの土鍋のひとつにひじきの煮物をまぶしていたら、三人にそんなことを言われた。
「ちょっとだけですよ? あ、そうだ。ラップをください」
スプーンを持って来て炊き込みご飯を掬って三人に渡す。私も念のために味見をしていたら、「「「美味しい(~)!」」」と言ってくれた。うん、味はバッチリだ。
「ラップ? 何に使うんだ?」
「握ってる時間がないのと、衛生面を考えて、ラップでそのまま包んじゃおうかと。残ったらそのまま持って帰れますし」
そう説明したら、野菜類を置きにいったついでに、奥澤さんがラップを持って来てくれた。お椀があったので人数分用意してその上にラップを乗せ、まずは炊き込みご飯を乗せたら四隅を持ってギュッと絞るように真ん中を捻る。
そのまま三角形に形を整えてお皿に乗せると、「「「お~、なるほど~」」」と感心された。
「これなら手が汚れないですし、形を整えなくても大丈夫ですし。まあ、ゴミが出るのが難点ですけどね」
そう説明したら三人も手伝ってくれるというので、お願いした。寺坂さんと奥澤さんには炊き込みご飯と混ぜご飯を、私と平塚さんで塩むすびに。
先にラップに塩をふってからご飯を乗せ、その上にまた塩をふってからラップでくるめば、手抜きの塩むすびができる。まあ、準備している時間がなかったので、海苔がないのはご愛敬だ。
そして全ての準備が整い、宴会が始まった。
……のはいいんだけど、男性が多いせいか、すごい勢いでお酒と料理が無くなっていく。先にある程度の料理とおにぎりを確保しといてよかったよ。
そして缶のカクテルをチビチビと飲みながら、皆さんを見回す。
(楽しそうだなあ……)
スマホで写真を撮ったり撮られたり、皆で笑いあったり、いろんな人と話をしたりと楽しかった。寺坂さんとのツーショットも撮れたのは嬉しかった。
もちろん、他の人とも撮りましたとも。
彼に家を聞かれたから会社から見えるマンションの東側だと言えば、棟は違うけど彼も同じマンションだと笑った。
「ひとつ屋根の下だな」
寺坂さんの言葉にドキッとして、なんとか笑顔を保ちながら「そうですね」と答えるのがせいいっぱいだ。そこで平塚さんに呼ばれた。
「なんですか?」
「じゃ~ん! お誕生日、おめでとう~!」
『おめでとう!』
そう言いながら差し出された大きめのショートケーキを見て固まる。確かに今日は誕生日だけど、入社してすぐに『八月に27になる』と伝えた以外は、日にちとか誰にも言ったことがなかったからだ。
「え……なんで……? 日にちは誰にも言ってないのに……」
「ごめんね。履歴書を見てる僕がバラしちゃった♪」
お酒で顔を赤くしながらも上機嫌で話す所長に愕然とする。
「所長! 何やってんですか! 一応、私の個人情報!」
「大丈夫だよ。皆の誕生日も話してあるし、全員知ってるから」
「全然大丈夫じゃないですよ! というか、私は皆さんの誕生日知らないんですけど!」
そんな突っ込みをしたところで、酔っている人たちに通用するはずもなく。呆れ半分、嬉しさ半分で灯された蝋燭の火を消すと「ケーキ食べてね~」と、これまた上機嫌な平塚さんに言われて食べた。
とっても美味しゅうございました。
誕生日を祝ってもらえるなんて思わなかった。片思いの人から「おめでとう」って言われるなんて、考えてもいなかった。
料理をたくさん食べて、サプライズのケーキや寺坂さんとのツーショットが嬉しかったから、そんなに強くもないのにお酒もたくさん飲んで……。あっという間に二時間がすぎ、十時近くになったからとお開きになった。
飲み足りない人は会社に残って飲み直すらしい。え……飲み直す?
で、現在、酔っ払ってるらしい寺坂さんと一緒にマンションに帰って来たんですが……。
「……雀がほしい」
寺坂さんが住んでる棟のエントランスまで送り、私は自分が住んでる棟に帰ろうとしたら手を掴まれて引き寄せられ、そのまま抱き締められて耳元でそう言われた。
「師匠……?」
「誕生日プレゼントとして、俺のテクを駆使して雀を気持ちよくしてやるよ……」
そう言われて、鼓動が跳ねた。それを喜ぶ私と、諫める私がいる。
彼は酔っていた。
私も酔っていた。
本来ならば……酔っていなければ、指輪を填めている寺坂さんと、そんなことになるはずもなかった。けれど私は……。
「雀を抱きたい。いや、抱かせろよ」
寺坂さんのその悪魔の囁きと、彼を好きになってしまった私自身の心が、残っていた理性を粉々に砕いた。そして私は……歓喜した心に逆らうことなく、頷いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます