お盆前の宴会 前編

 山の日が明けた週末の土曜日。明日から五日間のお盆休みに入るので、今日はかなり忙しいと朝礼で言われた。

 昨日も山の日の祝日明けで忙しかったのに、会社がお盆休みに入るせいで、商品の発注数量も半端じゃなく多いと聞いている。それに、休み明けも同じか倍近いと言われたよ……。

 そのせいと、今日は仕事終わりに私の歓迎会を兼ねた宴会(忙しくて今までできなかった)があるからなのか皆さんは妙に浮き足だっていたし、イライラしてる人もいた。主にイライラしてるのは、山田さんと組んでいる寺坂さんだ。私は奥澤さんです。

 ちなみにフォローは二便持ちの人のローテーションになっているらしくて、七月の後半から寺坂さん、藤井さん、橋本さん、奥澤さんを順番にフォローしている。たまに一便しかない人もやるけど、それは事務の社員が休みの時にフォローするだけで、その一便の人もお姉様方がやることが多いからか、私はまだ一回しかフォローしていない。

 それはともかく、山田さんは平塚さん同様に……いや、平塚さん以上にお喋りが好きだ。森さんもだけどね。けど、平塚さんも森さんも、空気はちゃんと読む。

 平塚さんと森さんは忙しいのがわかってるのか今日はそんなに喋ってないし、私もそんなに喋ったり突っ込みを入れたりしてない。でも、山田さんは空気を読まずにずっと喋ってるし、寺坂さんだけじゃなく周りもイライラし始めてる。

 そろそろ誰かキレるかな、とヒヤヒヤしていたら、珍しいことに寺坂さんよりも先に奥澤さんがキレた。


「山田さん、いい加減黙れ! 何年この仕事をしてるんだ! お盆前が忙しいのはわかってるだろう!」

「あっ、おっくんごめーん」

「何だ、その言い方は! それで謝っているつもりか⁉ お喋りをしに来てるだけなら今すぐ帰れ! 迷惑だ!」

「……ごめんなさい」


 山田さんの軽い言い方に、奥澤さんは目を吊り上げて怒る。普段穏やかな人なだけに、怒るとすごく怖い。それに謝罪の仕方。

 友人同士とかなら「ごめんなさい」も間違いじゃないと思う。

 けど、立場が上の人に誠意を示して謝罪するならば、そこは「すみません」とか「申し訳ありません」とかじゃないのかなと思っていたら、私たちの隣で商品を抜いていた藤井さんと平塚さんが、揃って「そこはすみませんだろ」と小さな声で突っ込みを入れていた。

 平塚さんも怒っているのか、珍しく語尾が伸びてない。


「取引先や目上なら『申し訳ありません』だろうけど。まあ、俺らはそこまで煩くないというかあまり気にしないし、『すみません』でいいからな、雀ちゃん」


 という、藤井さんの補足はとってもありがたいです。勉強になります。


「奥、もういいよ。ありがとな。山田さん、奥の言う通り何年ここで働いてるんだ? 毎年毎年、盆と正月に同じことを言わせるな。それに、悪いのは山田さんなのに、なんで顰めっ面するんだ? それは違うだろうが」

「……」


 自分は悪くないと思っているのか、不貞腐れた態度の山田さんに寺坂さんも静かにキレた。毎年同じことを言われても直さないなんてどうかしてるし、普段だって煩いって注意されてもヘラヘラ笑って「ごめーん」なんて言ってるしね。

 そして、舌の根も乾かないうちにまた喋りだすからその態度なら嫌われても当然かも、なんてだいぶ前に平塚さんと奥澤さんに教えてもらった話を思い出して内心溜息をつくと、奥澤さんに声をかけられて慌てる。


「……さん、おーい、雀さん、中断してごめんね。続きをやろうか」

「あ、はい! ぼんやりしてすみません。確か、料理酒PBからでしたよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、そこから読みますね。料理酒PBが3ケースと、バラが3です」


 ぼんやりしていた私も怒られるかと思ったら、そんなことはなかった。「誰かさんとは違うな」って小さな声で言った言葉は聞かなかったことにし、奥澤さんが抜いている間に平塚さんのほうを見たら彼女も私のほうを見ていて、顰めっ面をしながら溜息をついて首を横に振っていた。

 平塚さんとお昼が一緒になった時のこと。


「毎回毎回、あれだけ同じことを言われて、よくヘラヘラしてられるよね~。全然反省しないし~。私、あの人のああいうとこ嫌い~」


 滅多に人の悪口を言わない平塚さんがぼやいて驚いた。

 そして二便の商品を集め終え、七時からの宴会に間に合うようにと皆さん六時には仕事を終えて帰って来たのはいいけど、いざお店に行こうかと話している時に問題が発生した。なんと、幹事が店の予約を忘れたというのだ。

 しかも、所長をはじめとした社員たちに、何度も「忘れんなよ」と言われていたにもかかわらず、忘れたというのが驚きだ。当然のことながらがっつり怒られてた。

 隣のお店で、って声もあったけどお店は土日が休みのうえにお盆休みに入ってるし、今から探しに駅まで行って席が空いてないよりは会社でやったほうが安上がりだし、居酒屋にあるようなメニューの食材は会社にある。袋が破損していて取引先に出せない商品があるしそれを使えばいいからと、急遽倉庫の中で宴会をやることに。

 話を聞く限り、暑い時は扇風機をかけ、シャッターを閉めきって会社でよく宴会をしているそうなので問題はないし、毛布もあるから車で来てる人は会社に泊まればいいから楽、ということらしかった。……自分たちで準備をするのが面倒なだけだ、と寺坂さんがぼやいてた。

 会社にも小さいけどキッチンスペースはあるし、ガスコンロやレンジもある。ただ、全員でやるにはコンロもスペースも足りないうえ、遅くとも八時には宴会を始めたいからと、手分けして用意をすることになった。

 唐揚げとかの揚げ物系は平塚さん以外のお姉様方四人が家で調理することになったので、お姉様方はそれらを持って一度帰った。私と平塚さんは、会社のキッチンでできる料理をする。男性陣は買い物や宴会をする場所の準備。

 お酒は会社にもあるけど取り扱ってないビールや缶チューハイやカクテルを買いに行くと言うので、ついでに野菜をいくつか頼んだ。明らかに野菜が足りないので、スティック野菜と浅漬けを作るつもりだ。

 買い物に行かない社員は倉庫の中にあったトラックを外の駐車場へと出し、一度床を掃除してからブルーシートを広げて何枚か敷き、移動式の長いテーブルを持って来てそこにくっつけて並べていた。椅子は事務所から持って来ていて、どこから出してきたのか座布団まであった。

 その様子を確認してからあちこち戸棚を開けたら、一升炊きの土鍋が四つ出て来た。あと、カセットコンロも四つ。


「平塚さん、皆さんご飯は食べますかね?」


 ししゃもを焼き始めていた平塚さんに声をかけると、お皿を用意しながら教えてくれた。


「食べるよ~。わざわざレンチンのご飯を買いに行くくらいだし~。なんでそんなこと聞くの~?」

「一升炊きの土鍋とカセットコンロを見つけたので、いっそのこと土鍋で炊いちゃおうかな、って」


 そう言ったら、驚いた顔をされた。あれ? 土鍋でご飯を炊いたりしないの? 実家とか私はたまにやるんだけど……。


「べっちちゃん、土鍋でご飯が炊けるの~⁉」

「炊けますよ。ふたつほど炊き込みご飯にしますか?」

「ちょっと待って~。ご飯を買いに行かれると困るから、所長を呼ぶね~」


 平塚さんは食堂のドアを開けて、「所長~! ちょっと来て~! ご飯を買いに行くのはちょっと待って~!」と叫んだ。


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