きっかけかもしれない
堺さんに私の気持ちがバレてから二ヶ月がたち、八月になった。
あのあと、すぐにまた取引先から電話が来た寺坂さんがいなくなった隙に、堺さんになんで私の気持ちがバレたのか聞いてみた。
「だって、私たちと寺坂が話してる時、雀ちゃんたら悲しそうな目と顔をして俯いてたもの」
そんな答えが返って来ましたよ。自分のせいか! と凹んでからは、できるだけ顔に出さないように努力した。
そしてなぜか堺さんと個人的にアドレスと電話番号を交換する事になり、普段から簡単にできるダイエットを教えてくれた。そのおかげと、暑くなって汗をかいて動き回っていたら、三キロも体重が落ちたのだ!
もう、堺さんが住んでる方角に足を向けて眠れません。……いや、どこに住んでるのか知らないけど。
足腰の負担を考えるとまだまだ痩せなきゃダメだけど、ちょっとでも痩せたことが嬉しい。
で、堺さんとアドレスを交換したその日。仕事から帰って来てから休み休み家事をやり、晩ご飯を作るまでの間に無料投稿サイトのネット小説を読んでいたら、メールが来た。
誰だろうと思って開いたら堺さんで、その文面と添付されていた写真に飲んでいた麦茶を噴いた。
【今日一番の笑顔。雀ちゃんのために撮ったからあげる♡】
そんな文面と共に添付されていた写真は、満面な笑顔の寺坂さんの写真だった。
「ちょ、堺さんてば何やってんの!?」
そう叫んだものの、やっぱり嬉しくて。写真をダウンロードして、待ち受けにした。
え? 変態くさい?
いいじゃないか、アイドルや好きなキャラを待ち受けにするのと変わらん! もちろん、堺さんにはお礼のメールを返しましたとも。
そして次の日、私は公休でお休みだった。足が痛かったから、本を読んだりしながら一日中ゴロゴロしてた……できるだけスマホは見ないようにして。
だって堺さんてば、一時間おきくらいに隠し撮りしたらしい寺坂さんの写真を添付したメールを送ってくるんだもん!
本当になにやってんの、堺さん……。ストーカーかよっ! って叫んだ私は悪くない。
もちろん【ストーカーみたいなのでやめてください】ってメールをしたら、ピタリと止まったのには笑った。
そんな休日を過ごし、堺さんたちは本社へと帰った。【今度来た時は一緒にご飯食べに行こうね】というメールを寄越して。
そんなこんながあったこの二ヶ月。
正直、なんで堺さんに気に入られたのか、なんであんな話をしてくれたのか未だにわからないし、寺坂さんに奥さんがいると思ってるから、彼女の話が信じられないでいる。
彼女が嘘を言うような人じゃないことはわかっているけど、それでも彼に指輪が嵌っている以上、どうしても信じられなかった。
一緒に仕事して、話して、笑いあって。
そのたびに嬉しくて、悲しくて、苦しくなる。
堺さんは諦めなくていいって言ってくれたけど、最近はそれすらも信じられなくなっていた。
そんな悶々とした日々を送っていた、ある日のお昼休み。
「べっちちゃんは師匠が好きなのね~」
平塚さんとご飯が一緒になった時、ボソッと言われた。危うく、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。なんで平塚さんにもバレたの!?
「げほっ、ごほっ……。ど、どうしてそれを……!」
「だって最近のべっちちゃんは~、仕事中とかず~っと師匠を目で追ってたし~、一緒の時は嬉しそうだし~、師匠は休みなのに探してはガッカリしてたよね~?」
そう指摘されて頭を抱える。 確かに言われた通りの行動をしていたからだ。
「うう……隠してるつもりでした……」
「師匠はどうかわかんないけど~、べっちちゃんはうまく隠せていたからまだ誰も気づいてないし~、私は誰にも言ってないから安心して~。今後も言うつもりはないし~。ただ、師匠はね~……。う~ん、私からこれを言っちゃったらダメだよね~。聞かなかったことにして~」
「はあ……。よくわかりませんけど、聞かなかったことにします」
「うん、そうして~。でも、これだは言わせてね~。師匠自身のこととか~、師匠が話すことは信じてあげてね~。冗談は言っても、嘘は言わない人だから~」
堺さん同様に意味不明な平塚さんの言葉に首を傾げるも、「わかりました」と頷いた。
そして、その日の帰り。
今日は森さんと山田さんが公休、平塚さんは用事があるからと二時であがっていて、私しか残っていなかった。所長から昨日や今朝の段階で平塚さんが早くあがることは聞いていたし、残業できるかどうかを聞かれていて、残業できることは伝えてあった。
現在、夕方の五時半。さっきまで二便の商品抜きや出荷の手伝いをしていて、ほとんどの人と車が出払ってる。残っている車は寺坂さんと奥澤さんの分の二台だけだ。
この時間まで残っている二便の分は、会社から近い場所の取引先が多いと聞いた。確かに伝票を見た限り、名前を知ってる取引先しかなかったしね。
「掃除は俺らがやるから、あがっていいよ」
寺坂さんに言われたので、片付けだけして一緒に事務所へと向かう。事務をしている男性社員は入荷した物を片付けているし、女性社員は帰ったのか事務所内には誰もいなかった。
有線放送の音だけが響く事務所になんだか物悲しくなり、さっさと帰ろうとタイムカードに打刻し、振り向いて固まった。さっきまでTシャツで仕事をしていた寺坂さんが、汗だくになって濡れたTシャツを脱いでいたからだ。
178センチの身長と引き締まった身体、鍛えているのか、鍛え上げられた厚い胸板に筋肉質な腕、四つに割れた腹筋……。一緒に仕事をしていた時は全然気づかなかったけど、寺坂さんは所謂細マッチョだった。
思わずその見事な上半身に釘付けになるけど、いくら倉庫内が暑くて事務所内はクーラーがかかっていて涼しいからとはいえ、何でこんなところで着替えているのかと小一時間ほど問い詰めたい。
そしてその見事な筋肉に見惚れてあまりにもじっと見ていたせいか、ちょっと視線を上げたら寺坂さんと目が合った。その瞬間に顔がニヤリと笑い、マズイと思った時には遅かった。
事務所に誰もいないうえに私の右側には机が、後ろにはタイムカードの機械が、そして左側には壁がある。逃げるためには寺坂さんがいるほうに行くしかないんだけど、彼は上半身裸のまま私ににじり寄って来てて、逃げられない。
「ちょっ、師匠、あのっ」
あっという間に距離が縮まり、目の前には素敵な筋肉があって、思わず触ってみたく……って、違う!
「雀……触ってみるか?」
いつもよりも低い、妙に色気のある寺坂さんの声に鼓動が跳ねる。心の声が漏れたのかとびっくりして寺坂さんの顔を見上げると、私を見下ろしている彼の目が謎の煌めきを乗せていて、思わず息を呑む。
彼氏と呼べる人は確かにいた。けど、食事やデートはしても、キスしたり抱かれたことは一度もない。
寺坂さんに恋した今ならわかる。
私は元カレに恋しているつもりでいたけど、あの時は恋に恋したり、アイドルに憧れるような気持ちが強かった気がする。元カレはそんな私の気持ちに気づいていたんだろう……そりゃ、二週間で浮気されて当然だ。
そんなことを考えていたら、左手を掴まれて持ち上げられた。節くれだっているけど綺麗で長い指先だなとか、何をするのかなとぼんやり見ていたら、その手が寺坂さんの胸筋に近づいているではないか!
(きゃぁぁぁぁっ!)
素敵な筋肉を目の前にして内心悶え、叫んだ私は悪くない!
「し、ししし、師匠!? いったい何を……!」
顔が熱くなっていくのがわかる。絶対に顔が赤いはずだ。
そしてその筋肉が触れるか触れないかのどころで「ぶふっ!」と吹かれ……。
「バーカ、やるわけないだろ? くくっ……真っ赤になっちゃって……雀は初心な反応をするから面白いよな。本当に彼氏がいたのか?」
笑いながらそう言った寺坂さんは、私から手を離してからうしろを向くと、持っていた白いTシャツを歩きながら着る。背中の筋肉も鍛えあげられていて素敵です……って、違うし! 我に返ると彼の言葉にからかわれたと気づいて……。
「か、か、からかわないでくださいよ! この、鬼畜ドS師匠!」
「あっははははっ!!」
そう叫んだら、また笑われたのだった。Tシャツの上から制服のシャツに袖を通す寺坂さんを見つつ、ドキドキする胸と熱い顔を手で扇ぎながら、「もー。お先に失礼します」と事務所を出た。
そしてそんなことがあっても、日々仕事や日常は過ぎて行くわけで。
その翌週の、山の日の前日の仕事終わり。珍しく、事務所内には女性社員の二人しかいなかった。どうやら事務の男性社員はまだ冷凍庫で商品抜きをしているらしい。
タイムカードを打ち終えてお姉様方五人と雑談をしている時に、女性しかいなかったせいかバストサイズの話に。そこに、一便の配達を終えて帰って来たらしい寺坂さんが事務所に入って来て、自分の机に座ってパソコンを弄り始めた。
今日は早く終わったんだ、なんて思いながらそれを横目に見つつもお姉様方の話を聞いていたら、なぜか私にもお鉢が回ってきた。聞いて来たのは、いつもの如く好奇心旺盛な平塚さんだ。
……お姉様方はどうしてこう、下ネタが好きなんだろうか。
「で、おっきなお胸のべっちちゃんはいくつ~?」
「えっと、その……Fカップです。ただ、最近気づいたんですけど、ブラがちょっときついんで、もしかしたらGになってるかも……」
寺坂さんに聞かれるのが恥ずかしいから小さな声で言ったのに、私の答えを聞いたお姉様方は「Gカップ!? きゃ~!」とはしゃぎはじめ、なぜか寺坂さんがいる方向からガタッと音がした。彼がいるからと小さな声で答えたのに、バラしたら意味ないじゃないか!
「ちょっ、お姉様方、バラしちゃダメですって!」
「おー、寺ちゃんが反応してる!」
「今、にやけた顔をしたよね~」
お姉様方が私の突っ込みをスルーしやがった⁉
そんなお姉様方の話に乗っかるのが、この会社の社員なわけでして……。
「いやいや、そんなことないよ? Gカップを触りたいとか、揉みたいとか思ってないから」
「言ってるし! 師匠ってば思いっきり言ってるし! セクハラだし!」
どうして寺坂さんはそんな答えを返す! 下ネタ好きなお姉様がたくさんいるんだぞ! とか思っていたら、やっぱり平塚さんと、珍しく森さんが反応した。
「同性の特権だから~、師匠には触らせてあげな~い。べっちちゃ~ん、触らせて~。……うわぁ~、重い~、そして柔らか~い」
「そうそう、女の特権だよ、寺ちゃん。次はあたしね。……おお、ホントだ! しかも弾力がある!」
「えっ、ちょっ、あのっ、やめてくださいっ! 平塚さんも森さんも、本気で揉まないで! セクハラ!」
「じゃあ、次は俺な。あ、思わず心の声が」
「師匠! 漏れてる、漏れてるよ! 隠せてないよ!」
マジでやめてくれよ! と頭を抱えたら、全員に笑われた。
「うふふ~……師匠は相変わらずノリいいよね~」
「雀ちゃんの突っ込みも、相変わらず面白いわよね」
平塚さんと野田さんがそんな事を言い出した。
「私はお笑い芸人かっ!」
「だって雀は弄り甲斐……いやいや、からかい甲斐があるし」
「今、弄り甲斐とからかい甲斐があるって言いました!? だから師匠はドSだっていうんですよ!」
そう叫んだ私に、私以外の全員が口を揃えて
『だって、
と言いやがりました。
「くっ……神は死んだ! 泣きたいです、ここは敵だらけですよ!」
「じゃあ、俺の胸を貸してやるからここで泣けよ、雀」
両手を広げてすっごい優しい声でそう言われ、思わず先週見てしまった寺坂さんの筋肉を思い出してしまってドキドキするし、顔が熱くなってくる。……じゃなくて!
「できるかー!」
「おや、それは残念。せっかく抱き締められるチャンスだったのに」
「あら~、べっちちゃん、顔真っ赤~」
「可愛いー!」
「うぅ……本当に勘弁してくださいよ、もう……。帰りますね」
羞恥で若干涙目になりつつ「お先に失礼します」と言えば、全員が謝ってくれた。またやるし、反省はしないと言われたけどね!
最近わかって来たけど、この倉庫にいる人たちは今みたいな質の悪いものから軽いものも含めて、冗談がすごく好きだ。だから、冗談だとわかっているから突っ込みを入れられるし、本気で怒ったりしないし、ちょっと凹んだりもするけど堺さんの時のように傷ついたりしなくなった。
まあ、本気でやめてほしいと思う時もあるけどね……今のとか。
それでもこの会社の人たちを嫌いになれないのは、彼らの性格や性分なのか、私が成長したからなのか。
あるいは彼らを許してしまえるのは、私がバカすぎるからなのかもしれない。
寺坂さんや事務のお姉様方に「お先に失礼します」と他の三人で伝え、雑談しながら更衣室へと向かい、自宅へと帰った。
――もしかしたら、きっかけはこのふざけあいだったのかもしれない出来事が、この週末に起こった。
*****
おまけ
堺たちが来て二日目の、パートやバイトである雀たちが帰ったあとのこと。
「寺坂ー」
「なんだ?」
「昨日抱き締めた雀ちゃんは、すっごく柔らかくてふわふわしてて、気持ちよかったよー…………特に胸が(ボソッ)」
「おい……いったい何の話だよ、変態。しかもいつの間にか雀を名前で呼んでるし」
「いいじゃない、雀ちゃんと仲良くなったんだもの。寺坂が気に入った気持ちがよーくわかったし」
「へーへーそうですか」
「あと、雀ちゃんの超絶可愛いはにかみ笑顔の写真があるんだけど、ほしくない?」
「なんでそんな写真なんか持ってるんだよ……」
「秘密!」
「ああ、そうだよな。堺はそういう奴だってのを忘れてた」
二便の積み込みをしながら話す、寺坂と堺。
「でね、寺坂の写真を撮らせてよ、とびっきりの笑顔の。そしたら、雀ちゃんの写真をあげるわ」
「ほんっとに意味わかんねぇよ……」
堺にそう言われて半分呆れ、半分悩む寺坂に、餌だとばかりに雀の写真をスマホの画面全体に表示させて見せると、寺坂は呆気なく陥落した。
なんてやりとりがあったりなかったり。
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