やっちまった!
冷蔵庫の入口から移動を始めると、私に気づいたらしい平塚さんに声をかけられた。
「あ、園部ちゃんだ。いらっしゃ~い」
「ホントだ。あ、僕は橋本だよ。よろしくね!」
「よろしくお願いします」
平塚さんの「園部ちゃん」発言にびっくりしていたら、平塚さんと一緒に組んでいるらしい社員――橋本さんに声をかけられた。もう一人の社員(藤井さんと名乗った)とも挨拶を交わし、商品集めを始める。
社員の二人も寺坂さんと同じくらいの身長だ。
「師匠はどうしたの~?」
「師匠? って誰ですか?」
「寺坂さんのことだよ~。私も彼に仕事を教わったから師匠って呼んだら、定着しちゃった~」
「僕も寺坂主任に教わったよ。だからなのか、『寺坂一門』なんて言われてるよね」
「だねー。言い出したのは平塚さんだけどねー」
「へえ……そうなんですね」
平塚さんと橋本さん、森さんの話に相づちを打ちながら寺坂さんは師匠って呼ばれてるのか、なんて思っている私を他所に、ケラケラと笑いながら話す平塚さんはお喋りが好きなようだ。森さんも好きそうで、こっちの話を聞きながら別のことをちょこちょこ話している。
「で、師匠はどうしたの~?」
「あの、まさか冷凍庫に入るなんて思ってなくて。防寒着はまだもらってないから、冷凍庫と冷蔵庫に分かれようってことになって、私が冷蔵庫の担当に……」
「マジ!? 初日に一人で抜かせるなんて、寺坂主任も無茶させるなあ……」
「だな。しばらくオレらも冷蔵庫にいるし、わかんなかったらすぐに聞いてよ」
「うんうん、すぐに聞いて~」
社員二人やお姉様方からそう言われて頷く。
「そう言えば、園部ちゃん――べっちちゃんて呼んでいい~?」
「あ、はい、どうぞ」
「ありがと~。べっちちゃんは身長いくつ~?」
平塚さんはお喋りが好きなどころか、好奇心旺盛な人でした。答えたくない話はそう言えばいいかと答えを返す。
「私ですか? 153なんです。だから、私より身長の高い皆さんが羨ましいです。皆さんはいくつなんですか?」
「私と森っちは160で~、山ちゃんは162だよ~。で、はしもっちが……いくつだっけ~?」
「僕ですか? 僕は寺坂主任や奥澤主任と一緒で178、藤井さんが175でしたっけ?」
「そうそう。オレと平賀が同じくらいだね。年はオレが31で、寺坂主任と奥澤主任が32、平賀と橋本が30かな」
思わぬところで寺坂さんの身長や年齢を知ってしまった。そして顔と名前が一致しない人が二人も出てきて、乾いた笑いしか出ない。
というか、そこまで聞いてない!
そのうち名前の出て来た二人もわかるだろうと思っていたら、私にも聞いて来た。
「べっちちゃんは~?」
「私ですか? まだ26ですけど、八月に27になりますよ」
「「若っ!」」
「うちの事業所で一番若いんじゃない? 20代のパートさんやバイトがくるのも初めてだよね?」
藤井さんと森さんが突っ込みをいれ、橋本さんもそんなことをいうと、皆さん頷いていた。そうなんだ、初めてなのか……なんて考えていると、聞いてもいないのに平塚さんは「誰々はいくつで~」と話し始める。
そこに藤井さんが「人のことは言えないけど、園部さんは今日が初めてなんだから、名前を言ってもまだわかんないでしょ」と突っ込んでくれなければ、ずっと話していたに違いない。
内心溜息をつき、雑談しながら似たような名前の商品は皆さんに聞いて、ある程度集め終わった。のはいいんだけど……。
「うーん……商品が見つからない……」
どれも在庫はあるのに、五つほど商品が見つからなかった。既に四人はいなくなっていて、冷蔵庫内に誰もいなかったから聞くことができないし、もしかしたら他の人が既に抜いて在庫が無くなっているのかもしれない。
探していないのは一番上に乗っている商品だけなんだけど、社員の人たちやお姉様方はともかく、私の身長じゃ背伸びしても一番上は届かない。踏み台かなんかないかな、と思って誰かに聞きに行こうとしたら、寺坂さんと坊主頭の人が会話しながら入って来た。
「園部さん、お疲れ様」
「お疲れ。園部さん、集め終わった?」
「あ、お疲れ様です、寺坂さん。と……」
「奥澤です。よろしく」
「よろしくお願いします。はい、ある程度は集めたんですけど、どうしても見つからないのがあって。一番上を見ていないので、踏み台がないか聞きに行こうとしたら、寺坂さんたちが来ました」
坊主頭の人が奥澤さんかと心にメモをし、状況説明をしたら二人に上から下までマジマジと見られて一言。
「「あ~、園部さん、ちみっちゃいもんな~」」
「誰が名前と一緒で雀みたいにチビですかっ! 私より他の人が大きいんですってば!」
二人に揃ってちみっちゃいと言われ、思わずそれに突っ込みを入れたら思いっきり笑われた。しかも、今日だけで寺坂さんに二回も笑われてるし……。
やっちまったー! とは思うけど、出た言葉は元に戻らないわけでして。
「そ、園部さん、さっきのことといい、面白すぎ……っ!」
「そんな返しが来るとは……っ、ぶくくっ!」
「「しかも誰も雀と一緒だなんて言ってねーし!」」
「……あ、しまった! 元カレや前の職場の人に散々そう言われてからかわれていたので、つい反応を……っ!」
同年だからなのか、或いは仲がいいのか、二人揃って同じ言葉が返ってくる。多分私の顔は真っ赤なんだろうなー、と思っていたら、案の定寺坂さんに「顔が赤いよ」と言われてしまった。
奥澤さんは笑いながらも、小さな紙を見て商品を抜いている。
「はー、笑った笑った。で、どれが見つかんなかったって?」
「えっと、これです。商品名に丸をしてあります」
「どれどれ……」
チェックリストを渡すと、それを見る寺坂さん。彼が丸のついている商品を全部見ている間に、奥澤さんは「頑張ってね」と私に声をかけ、商品を持って外に出ていった。
「あー、全部一番上にあるやつだな」
「やっぱりですか……」
やっぱり一番上だったかとがっくりしていたら、「ちょっと待ってて」と言って冷蔵庫から出ていくと、赤い箱みたいなものを持ってきた。側面に酒造メーカーの名前があるから、多分お酒が入っている酒瓶ケースなんだろう。
先に抜いた商品の中に、同じものがあったし。
その酒瓶ケースをひっくり返して底を上にすると、寺坂さんはその上に乗ったり下りたりした。
「外の倉庫で使ってるのと同じやつなんだけど、この上に乗ってみて。これなら園部さんでも一番上に届くだろ?」
「うわー、ありがとうございます!」
「いいって。いつもの感覚でいた俺が悪いし」
「寺坂さん……。暗に私をチビって言ってます?」
「いやいや、そんなことないよ?」
「ホントですか? まあ、いいですけど。実際、この会社にいる人からすれば、私は小さいですしね」
そんな話をしながら酒瓶ケースの上に乗る。いつもと全然違う高さに、思わず叫ぶ。
「おー! 視界が高ーい! これなら一人でも届きそうです!」
「なら、よかった。ここに置いておくよう皆に言っとくから、一人の時は使って。じゃあ、そこにある商品を抜こうか。他は俺が抜くから」
「はい!」
振り向いて返事をすれば、寺坂さんの顔が下にあった。人を見下ろすことができるのに感動するけれど、今は仕事が優先だ。
胸のあたりに顔があったことにドキッとしたけど、それはあまりにも彼に失礼で自意識過剰すぎるし、実際に寺坂さんはなんの反応も示していなかった。
(トラウマになってるなぁ……)
内心で溜息をつく。今の胸のサイズになってから、外出すると胸に注目を浴びることが増えた。たまにねっとりとした気持ち悪い視線もあるのが怖い。
これからどんどん薄着になる季節になるから仕方がないかと諦め、今は仕事! と、言われた商品をなんとか抜いている間に、寺坂さんは他の商品を抜き終えていた。
酒瓶ケースから下りると、抜いた商品をプラコンに入れる。量が多くて結局ふたつになってしまった。
一応、わかりやすいように綺麗に並べてあるし、卵とお米も用意したけど、まだ外に出していなかった。それを伝えると寺坂さんが台車を持って来てくれて、それに乗せるとトラックがあるほうに移動し始める。
「今から商品を取引先ごとに仕分けして、トラックに積むから。さっき言ったみたいに今の時期はまだ平気だから冷蔵物を並べるけど、夏場や暑い時期は出荷をする直前まで冷蔵庫に入れたままだからね」
「わかりました」
「じゃあ、俺は伝票持ってくるから、ブルーシートを外して並べておいてくれる? あと、シャチハタとボールペンを用意しといて」
そう指示を出して事務所のほうへと歩いて行った。それを見送り、商品を並べ終わったのでブルーシートを外してから畳み、どんな商品があるかを見ながら待っていると、そこに平塚さんが酒瓶ケースをふたつ持って私の側に来た。
「べっちちゃん、これ使って~」
そう言ってふたつを重ねると、ほどよい高さになった。
「わたしたち、ハンコを押すのにこれを使ってるの~。高さが合わない時は、さらに使わない段ボールを上に乗せて使ってるよ~。このケースは動かないし底が固いから、ハンコを押すのが楽だよ~」
「わざわざありがとうございます!」
「いえいえ。あと、踏み台のこと、気づかなくてごめんね~」
平塚さんに申し訳なさそうに言われて固まる。
「ちょっ、それ、誰に聞いたんですか⁉」
「俺が言った」
たまたま通りかかった奥澤さんにそう言われて頭を抱える。彼の言葉尻は、ネットでいうなら「草が生えた」とか「大草原不可避」といった感じの言い方だったからだ。
「まさかと思うんですけど……」
「うん、今ごろは寺も話してるだろうから、既に全員知ってるんじゃないかな?」
「マジですか! 勘弁してくださいよ! 面白くもなんともない、ある意味自虐ネタじゃないですか!」
「そんなことないよ~?」
「うん、そんなことないぞ?」
そこに寺坂さんが戻って来てそう言われた。
「あの返しはよかった。な、奥」
「だね」
「お笑い芸人みたいな面白い返しだったよ~?」
「誰がお笑い芸人かっ!」
そう叫んだ途端、目の前の三人と私たちの話を聞いていたらしい周囲の人たちから爆笑されたのは言うまでもない。
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