指輪を外して、それから……

 荷物は二人で二回に分け、頑張って寺坂さんちに運んだよ……。

 鍋類はともかく、食材と食器は半分払うって言ったんだけど「その分は頼んだら美味しいご飯を作ってくれ」って言われて、嬉しくなったから頷いた。

 一度洗った鍋や調味料を一緒に片付けて(備え付けの棚には見事に何もなかった)から食材を冷蔵庫にしまい、昼食や夕食に使えるようシールを剥がすために食器類をぬるま湯につけておく。その間に夜の仕込みでアサリの砂抜きをし、お昼ご飯を作って食べた。

 まったりしながらテレビをつけた彼に断って下着を自分の部屋へ置きに行くと、ついでに乾いた洗濯物をしまい、ボディクリームとピンセットを持って彼の家に行く。


「先に言っておきますけど、かなり強く巻き付けて強制的に指を細くするので、指が痛くなったり指先が鬱血しますから、そこはちょっとの間だけ我慢してください」

「わかった」


 頷いた寺坂さんに「じゃあやりますね」と告げ、まずはボディクリームを指に塗る。これは指輪を滑りやすくするために塗るのだ。

 今回はボディクリームを使ったけど塗らなくてもいいし、オイルでもOK。


 それが終わったら指先から指の根元のほうに向かって、指輪の内側にデンタルフロスを通す。あとからこのフロスを持って引っ張ることになるので少し長めに通し、引っ張っても抜けないように指で押さえておく。

 指と指輪の隙間が狭いようなら、相手にちょっと我慢してもらって、ピンセットを使って押し込むように入れると楽。フロスがないなら糸でもOK。


 次に、指先側の長いほうのフロスを、指の第一関節と第二関節の間に向かって、できるだけフロスが重ならないように、グルグルときつく巻き付けていく。独楽の紐を巻く感じと言えばわかりやすいだろうか。


 最後に、巻き付けたフロスが緩まないように指と一緒に押さえる。それから指の根元側の短いフロスを持ち、指先に向かって引っ張りあげ、巻き付けたフロスをほどくようにグルグル回しながら指輪を押し上げるようにして外していく。

 うまく抜けない場合は指輪を直接持ち、巻き付けたフロスの上を回すようにしながら、フロスと一緒に持ち上げて外していく。


 ひとつひとつ説明をしながらフロスを引っ張り、グルグル回しながら指輪を押し上げる。第二関節さえ通ってしまえば、あとは緩くなって簡単に外れるはず。

 今回は念のために第一関節まで巻き付けているから第一関節にも引っかかることもなく、指輪は呆気なく外れた。

 ……無事に外れてよかったよ。外れなかったら何を言われるかわかんないしね。


「はい、終わりです」

「……っ」


 固唾を呑んでじっと見ていた寺坂さんは、外れた指輪を目を丸くして見ていた。それから、掌を反したり握ったりして指輪がないことを確かめると、ガバッと音がしそうな勢いで私を抱き締めた。


「きゃっ!」

「ありがとう、雀! これで姉も喜ぶよ……!」


 きつく抱き締められて、彼の言葉を聞いて……。サイズを間違えてしまったお姉さんも苦しんだり、申し訳なく思ってたんだなあって思い、指輪が外れたことにホッとした。

 その後、寺坂さんに教わった恋人座りをした彼に凭れながらこれも初めてだと言ったら、ディープキスされながらエロいことをされてしまった。……くそう、エロ親父めっ!

 寺坂さんが満足したあとは、問題を起こした人たちがどうなったのか話してくれた。


 寺坂さんたちだけではなく、他の人たちやその人たちが仕事をしている事業所からの抗議も殺到し、彼女たちの上司はようやく事の重大さを認識。慌てて研修期間の二日目の後半からは『そのフロアの立ち入り禁止』と『女性営業の夕方五時以降は残業禁止』。

 それを破った場合は減給や減俸、目に余るようならクビ、とお達しがあったそうだ。

 もちろん、問題を起こして抗議が殺到した数人はお達しに関係なく減給され、研修がある時は今後一切フロアに立ち入り禁止になったそうだ。

 当然のことながら、仕事やトイレ、休憩や他部署へ行く以外に自分の持ち場やフロアから勝手に出ないようにと全部署に通達され、嘘をついて出た場合は減給や減俸になると言葉だけではなく、文書でも通達されたらしい。

 ごく一部の人のせいなのに真面目にやってた人からすれば、すっごく迷惑な話だよね。

 そして、その支社の現状が本社の経営陣にまで話が行ってしまい、他の支社ではそんな話は聞いたことががないという点と、部下の管理及び監督不行き届きということで、上司も減給や減俸になったらしい。


 そうだよね……いくら自由な社風やアットホームな雰囲気だとしても、社内のルールはあるわけだし、それを無視したり部下を管理できてなかったら、そりゃあ怒られるよねえ。

「全部把握するのは無理だとしても、問題児くらいは把握しとけよって奥たちと話してた」とは、寺坂さん談。


 この騒動以降、その支社で研修をやる時は、監視要員と講師を兼ねて本社から人が行くようになったそうだ。本社の人がいても結局は問題行動を起こす人があとを絶たなくて、それを問題視した本社は二ヶ月後にはこの支社で研修はしないことを決定し、今もそれは継続中らしい。

 まさかの上司無能説? なんて思っていたら「一番の問題児たちがいたあそこの営業部の上司は今も同じ人なんだが、はっきり言って無能なんだよ」って寺坂さんに毒を吐かれました。

 おおぅ……本当に無能説でした。未だにお怒りなんですね。

 それから、一番問題を起こした人たちは一番厳しい支社に飛ばされ、その性根を叩き直すために再教育をされたらしい。ただ、そのあまりの厳しさに、何人か辞めているそうだ。

 寺坂さん曰く「社会人なら当たり前の、ごく普通の教育なんだがな」と冷ややかな目をしていた。……普通の教育に堪えられないって、どれだけ自由に過ごしてたんだ、その人たちは……。


「……なんというか、休憩中や仕事の前後に話したりするならともかく、仕事そっちのけで男漁りなんて、社会人としてあり得ませんよ。そもそも、それまで彼女たちの行動を許してた上司の存在があり得ないですよ……。減給とか減俸になって当然だと思うんですけど」

「まあなあ……。どっちにしろ六年も前の話だし、今は神奈川支社で研修をしてないからいいんだけどな。……まあ、困った問題がないわけじゃないが」


 最後はよく聞こえなかったけど、私の肩に顎を乗せつつもそんな話をした寺坂さんの手の上に、慰めるとかお疲れ様って意味で手を重ねたら、「ありがとな」と頬にキスされた。そのあとその体勢のままCSの映画チャンネルで有名な連作SF映画を見たり、黄色い体に茶色の縞模様、赤い頬っぺたから雷を出すモンスターが出てくるアニメを見たりした。


「このアニメさ、ガキのころからゲームしたりアニメを見てたりしたから、映画をやってるとつい見ちゃうんだよな」

「わかります。うちも兄二人が仲良くゲームをやってました。私はアニメを見てただけですけど、毎週欠かさず見てましたよ」

「おー、一緒だな」


 そんな会話をして、笑いあって、時々キスをして……。彼がアクション映画を観始めたので、その音を聞きながらリクエストされた夕ご飯の支度をして、一緒に食べた。

 そのあと二人で名前を呼びあい、好きだと言い、お互いに求めあって抱かれた。

 それが――両想いになって抱かれることがこんなにも嬉しくて、切なくて……すごく幸せだった。


 終わったあと、寺坂さんと両想いになって、彼の腕の中にいるのが信じられなくて、でも幸せな気持ちでいっぱいで……。何か忘れてるような気がしたけど、疲れてしまった私はそのまま眠りについた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る