両家に挨拶しに行った

 あっという間に週末になりました。今日は土曜日です。

 そして連休前なので、かなり忙しいです……残業をお願いされるくらいには。

 明日は良裕さんと一緒に、彼の実家や私の実家に挨拶に行く予定なので今日は行かないことと、会わせたい人がいるから明日必ず行くと、両親や兄夫婦に伝えてある。次兄夫婦にも伝えたから、もしかしたらいるかもしれない。

 次兄とは病院で会っているから、もしかしたら次兄の口から両親や兄夫婦に良裕さんのことが伝わるかもしれない。

 どんな反応をされるか心配ではあるけど、なるようにしかならないのでそこは頑張るつもり。それでも、緊張からいつの間にか溜息が出ちゃうのは許してほしいよ、ほんと。

 そして明日のことがあるので、今日は良裕さんちには行かないことを言ったら、「明日は抱かない。その代わり、来週末は覚悟しとけよ?」とか言われてしまった。……なんの覚悟をしとけばいいですか?

 というか、来週末は事業所主催のイベントがあったはずなんだけど、まさか良裕さんてば忘れてませんよね?



 支社長や下川さんと話したあと、実はご飯の用意をしながらクビって言われるんじゃないかって内心びくびくしてた。自分でも非常識なことをやっちゃったー! って思ってるし、言われてもしょうがないとも自覚してる。

 でも結局はそんなことはなくて、宴会の時に『雀さん、ごめんね。調子に乗っちゃった! そして二人に怒られちゃった!』って逆に所長に謝られたくらいだった。ただし、顔はテヘペロって感じだったけどね。

 そしてあれよりも低い金額(それでも五万はあった。多すぎです)を提示されたけどそれも断ったら、『社長命令』が直々に下されて浮け取らざるを得なかった。


 そう、『社長命令』。なんと下川さんはうちの会社の社長さんでした。

 良裕さんを含め、私以外の人たちは全員知っていたらしく、私の反応を見て全員ニヤニヤしてたそうだ。

 どうりで示し合わせたように皆さん『下川さん』としか言わないわけだよ……ひどい。まあ、平塚さんたちお姉様方も全員同じ目にあったらしいから、いいのかな。

 ……いいのか?

 宴会の最中にその話を聞いて、いろいろやらかしちゃったからマジに辞表を出すと言ったら、下川さん――社長に「それだけはやめてくれ」って言われてしまった。


「口が動いていても、仕事はきちんとやっていたからね。それに楽しそうだったし。さっきの話は私たちが悪いんだから、よっぽどの理由がない限り辞めないでほしい」


 そう言われたので、素直に頷いた。

 それから宴会では、良裕さんと奥澤さんの同期である堺さんと澤井さん、そしてこの事業所の女性全員に寄って集って、根掘り葉掘り聞かれた。もちろん、答えられない部分は「ご想像にお任せします」と言葉を濁して逃げた。


 ……言えるわけないじゃない、きっかけはお盆前の連休で、両想いになる前から抱かれてました、なんて。


 そもそも、そんなことは他人に言わないと思うんだけどなあ。

 左手をガッチリ掴まれて指輪を眺められ、週の初めから経験豊富な大人たちにからかわれて精神的にどっと疲れた月曜日。社長たちは宴会終了後には帰り、堺さんと澤井さんは前回同様水曜日までいて帰った。


 木曜日は公休だったし、良裕さんに頼まれたのもあって食材の買い出しに出かけ、金、土とお仕事。土曜日の今日は既にお昼を終えて、あとは午後の仕事を頑張れば帰れる。

 ……なんて、なんだかんだ言いながらも午後の仕事も無事に終え、六時過ぎには家に帰ることが出来た。


 そして日曜日。良裕さんの実家は隣の県らしく、車で一時間ちょっとの場所にあった。彼からは「俺は次男だし、家は兄貴が継いでる」と聞かされている。

 それでもやっぱり良裕さんのご両親やお兄さんに会うとなると、緊張する。しかも祖父母も健在らしい。

 そんな緊張状態の中で良裕さんちに着いたわけですが……おうちは私の実家並みに大きくて、立派な蔵があった。その他にも、別の建物に畑を耕す耕耘機が置いてあったり、実家で見たことがある畑で使うくわすき、昔ながらの背負い籠などの道具も見える。


(農家、なのかな。裏に畑もあるみたいだし……)


 車の中からキョロキョロしてたら、良裕さんにクスッと笑われた。


「なあに?」

「いや、雀がキョロキョロしてるのが面白くてな」

「あー、私の実家と同じものがあるなあって見てたの」

「そうなのか? 雀んちも農家?」

「うん。というか、昔は会社がある土地も含めて、あの辺りの地主だったんだって。まあ、今もだけどね」

「なるほど……うちとそんなに変わらないんだな」


 そんな話をしながら、鞄とお土産を持って車を降りる。良裕さんと並んで歩きながら玄関に向かうと、彼はそのまま扉を開けてから私を促して中へと入った。

 正面は廊下があって、右側には暖簾がかかった場所が、左側には扉が開かれている場所がある。


「ただいま」


 良裕さんがそう声をかけると、玄関の近くにあった暖簾から母と同じくらいの年齢の女性が顔を出す。


「あら良裕、お帰り。その女性が昨日電話で言ってた子かい?」

「ああ。園部 雀さんだよ。雀、目の前の人がお袋」

「初めまして、園部 雀です。今日はよろしくお願いいたします。あと、つまらないものですが、ご家族の皆さんでどうぞ」


 エプロンで手を拭きながら目の前に来た女性――良裕さんの母親にお土産を渡すと、笑顔で受け取ってくれた。ちなみに、中身は無難にカステラの詰め合わせだ。


「おやまあ、わざわざありがとね。良裕、お父さんが居間にいるから、案内してやって」

「わかった。雀、あがって」

「あ、はい。お邪魔します」


 良裕さんに促され、靴を脱いで上がる。もちろん靴は揃えますとも。

 じゃないと母にバレたら怒られる!

 出されたスリッパを履き、彼のあとをついていく。といってもすぐ左側にあった場所へと通されたので、それほど移動したわけじゃない。


「ただいま」

「おう、お帰り。その子がそうかい?」

「ああ。園部 雀さんだよ。雀、俺の親父」

「初めまして、園部 雀です」

「おう、よく来たな。そこに座って」

「はい、ありがとうございます」


 おじさんに促されて、緊張しながら椅子に座る。おじさんは畑仕事をしているからなのか父と同じように日焼けしているし、良裕さんが年を重ねたらこんなふうになるのかなと思わせるほど、よく似ていた。

 そんな私の内心を他所に、良裕さんはお兄さんのことや祖父母のことなど、近況報告を兼ねておじさんと話をしている。それを聞いていたら、おばさんがお茶とカステラを持って来た。


「雀ちゃんと呼んでいいかい?」

「どうぞ」

「ありがとね」

「お、カステラか?」

「そうよ。雀ちゃんがお土産にってくれたんだよ」


 お茶とカステラを配りながら、そんな話をする良裕さんのご両親。なんだか自分の両親を見ているようで、思わず苦笑してしまう。


「雀、そんな顔をしてどうした?」

「あ、すみません。私の両親と同じことを話しているなぁ、と思ったら、つい」

「へえ。雀さんちも農家かい?」

「そうなんです。祖父母はもう他界していますけど、一番上の兄夫婦が両親を手伝っています」

「我が家と同じだねえ」


 そんな雑談をしているうちに、本題に入る。


「親から言うのもなんだが、末っ子だからちょっと甘えん坊なところがあるし、口が悪いというか……なんだっけ、ドSだっけ? そんな面倒な子だけど、本当に良裕と一緒になってくれるのかい?」


 おじさんは親だからこそ直球なことを言い出して、飲もうとしていたお茶を溢しそうになる。プライベートでは確かに甘えられてるような気がするし、ドSだけど。いや、鬼畜ドSだけど!

 でも、私は……。


「はい。私は所謂突っ込み体質なので、良裕さんとそれなりに……」

「雀、それなりか?」

「う……。かなりうまくやっていると思っています。確かにドSなところもありますけど、優しいところもありますし、一緒にいて楽しいんです」

「そうか……。雀さん、良裕を頼むよ」

「はい。これからもよろしくお願いいたします、お義父さん、お義母さん」


 きちんと返事をして頭を下げると、ご両親からどこか安堵したような溜息が聞こえた。そのまま雑談して、近いうちに両家揃って食事会でもしようという話をし、そのまま良裕さんちをあとにした。

 そしてとんぼ返りで自宅マンションまで帰り、歩いて実家へと向かう。実家の場所は会社と病院の中間くらいで、ちょっと奥まったところにある家だというと、良裕さんは目を丸くしてたっけ。

 で、実家に案内したはいいものの、良裕さんちと似たようなやり取りだったので割愛。ただし、私の場合はもっとひどかった。


「こんな小姑みたいな煩い女でいいのか?」


 とか。


「突っ込み体質って嫌じゃない? 本当に雀でいいの?」


 とか。

 同じマンションに住んでるとわかったら


「どうせ結婚するんだろ? もう面倒だからさっさと婚姻届出して同棲しちゃえば? 3LDKの部屋がひとつ空いてるし、家賃も安くしとくよ?」


 とか。

 ちなみに全部、一番上の兄の言葉です。兄よ、ひどすぎる。

 まあ、マンションのことはともかく、全部兄の冗談なんだけどね。


「雀は頑固なところがあるし、いろんなことに対して突っ込みを入れる。そんなお笑い芸人みたいな娘だけど、いいのかな」

「僕はそんな雀さんに惹かれたんです。とあることがきっかけで、女性を毛嫌いする傾向にある僕が、唯一嫌悪感を抱かなかったのが雀さんなんです。だからこそ雀さんに対して誠実でありたいし、彼女が僕を捨てない限り、僕が手離すことはありません」

「わかった。娘をよろしくお願いします」


 最後の確認は当然のことながら私の両親。畑仕事で日焼けした顔を綻ばせながら頭を下げた両親に、良裕さんも「大事にします」と頭を下げた。

 そのままどうせならと夕飯をご馳走になり、近いからとお酒も飲んで、九時過ぎにはマンションに帰って来たのはいいんだけど……。


「そういや、来週末って事業所主催のイベントがあったな。……うん、予定変更だ。やっぱ今日、雀が抱きたい」

「は?」


 同じ七階だからと一緒にエレベーターに乗ったのがまずかった。


 エレベーターを降りてすぐに来週のイベントを思い出したらしい良裕さんに腰をガッチリ掴まれ、そのまま彼の家に連れて行かれた。そしてそのまま寝室に連れて行かれ……。


 ――軽くとはいえ酔っていても、イロイロ健在なのはなんでだー!


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