キレた寺坂さん

 寺坂さんの顔を正面から見てしまった彼女たちは、顔を青ざめさせながら体を震わせているし、部長さんですら顔をひきつらせている。


「寺を完全に怒らせるなんてバカじゃねえの? さすが、脳内お花畑」


 なんて仰る奥澤さんの呟きなんかキコエナーイ。

 それに頷いてる所長や平塚さんや橋本さん、藤井さんに平賀さんの顔なんかミエマセーン。


「て、寺坂、く」

「俺の名前を気安く呼ぶんじゃねえよ、嘘つき女が。つうか、てめえら名前すら呼ばれたくもねえよ、気色悪い」

「え……?」

「『嘘つき女』『気色悪い』っつったんだよ。頭と一緒で耳まで悪いのか? てめえらは独身だろうが妻帯者だろうが、男なら誰でもいいんだろ? 節操なしの色ボケ女が」


 ここまで激おこな寺坂さんは初めてだ。だけど奥澤さんは知っているらしく、珍しく激おこで同調してる。そんな寺坂さんに驚く彼女たち。


「そんな!」

「ひどい!」

「ひどい? 無節操に男漁りをしてたくせに何がひどいんだ? ひどいのはてめえらの性格の悪さだろ! 何もしてない雀にてめえらは何をした? 俺らに何をした? さっきまで散々媚を売って仕事の邪魔をして、雀をぶっ叩いて爪で頬に傷をつけたくせに、嘘ついて誤魔化そうとすんじゃねえよ、クズが!」

「ひ……っ!」


 寺坂さんがここまで怒るのは初めてだ。それに、彼女が私にしたことを怒ってくれた……嫌われてなかったことが嬉しい。……んだけど、何だか私とは違う感じのドSスイッチ入ってませんかね? これ。

 そしてようやく彼が本気で怒って嫌がっていることに気づいたのか、怒鳴られてる彼女たちの顔がさっき以上に青ざめていく。


「俺だけでなく他の人間も、何度も怒りながら言ったよな? 『気持ち悪いから触るな』『仕事の邪魔するなら支社に帰れ』ってよ。それなのに意味不明な解釈をした挙げ句、誰が照れてるって? 誰がこの事業所の全員に愛されてるって? ふざけんなよ、脳内お花畑な妄想も大概にしろ! 何が『あたしはみんなに愛されてるの』だよ、この場にいるこの事業所全員の表情と目を見てから言ってみろよ、自意識過剰で自信過剰女が! てめえらみたいな仕事もできない、男漁りばかりして仕事の邪魔しかしない、頭のおかしい、勘違いも甚だしい胸糞悪いクソ女なんか見たくもないし、こっちから願い下げだ! 今すぐここから消えろ! 二度とそのツラ見せるな!」


 寺坂さん、マジで怖いよ……。よっぽどストレスが溜まってたんだなあ……。

 他の人も、彼の「今すぐ消えろ」「二度とその面見せるな」発言に頷いちゃってるし。

 そんな彼女たちは本気で怒っている男に怒鳴られ、どう見られているのか現実を突き付けられて半泣きになってる。まあ、自業自得です。


「原口部長。申し訳ありませんが、邪魔なだけなので千葉さんも一緒に連れて帰ってください。仕事をする気がない、使えない者などいてもらっては困りますから」


 寺坂さんに続き、所長までもが低ぅーーーい怒気のこもった声で、部長さんに話しかけている。そんな所長の声と話に、部長さんが焦りをみせる。


「上重所長!」

「この際ですから、はっきり言わせていただきます。いつもなら何台かとっくに出ている車が、彼女たちが邪魔してくれたおかげで、全体的に見ても商品抜きと分配が終わっていません。一体今、何時だと思っているんですか? もう十一時近いんですよ? 遅くとも十二時までに分配して出発しなければ、場所によっては取引先が指定している配達時間に間に合いません。間に合わなかった場合、どう責任を取ってくれるんですか?」

「……っ」

「おやおや、責任の取り方も知らないんですか? そんなだからいつまでたっても部長から昇格しない、甘い対応しかできないから事業所の所長にすらなれないんですよ、貴方は。……もう結構です。間に合わなかった場合は、その都度そちらの支社長と本社に報告させていただいたうえで、そこの二人と部長にお詫びに行っていただきます」

「な、なんで」

「なんで私が、なんて言わないでくださいね? バイトの園部さんが理解できているのに、部長である貴方が理解できないのは情けなさすぎます。これは彼女たちが僕たちの仕事を邪魔した結果、取引先に迷惑をかけた仕事上のミスなんですから、二人の上司である部長が一緒に赴いて謝罪するのは当然です。それに、彼女たちがまともに謝罪できるとは思えませんし、実際に酒田さんは未だに園部さんに謝罪していませんよね。それによって更に取引先を怒らせかねませんが、そうなった場合、社名に傷をつけて評判を落とした挙げ句、取引先が無くなるとわかっているんですか? その場合、ここにいる支社の三人は、うちの事業所に対して責任を取れるんですか?」

「ぐ……」


 容赦もへったくれもない所長の言葉に、部長さんも押し黙る。所長も本気で怒ってましたか。

 というか、寺坂さんといい、奥澤さんといい、所長といい、この事業所の社員を怒らせたらあかんということが、よーくわかりました!


「今回の件はうちの事業所からのクレームとして、そちらの支社長や本社に、彼女たちがしたことと園部さんにしたことを、証拠であるボイスレコーダーや写真を提出して報告させていただきます。そして園部さんが言った通り、支社宛、もしくは酒田さん宛で治療費などを請求させていただきますので、そのつもりでいてください」


 所長の言葉に口を開こうとしたら、目で制されてしまった。どうしよう……医者には行くつもりだけど、私としては治療費の話は言葉のあやというか冗談だったんだけどなあ。


「みんな、時間が押してるからすぐに仕事を始めてくれ。寺坂は雀さんを病院に連れてって、診断書と領収書をもらって来て。悪いけど、お金は立て替えておいて。その間、商品は僕が抜いておくから」

「わかりました。ほら雀、行くぞ」

「あ、は、はい」


 暗に帰れと三人に告げた所長に、部長さんも微妙に顔を青ざめさせて彼女たちの腕を掴むと、「荷物を持って来なさい」と冷たい声で促す。ノロノロとした動きで周囲を見回した彼女たちは、皆さんの顔や目を見て寺坂さんと同じように怒っていると理解すると、荷物が置いてあるらしい事務所のほうへ逃げていく。


 おい……謝罪くらいしていけよ、クソ女。


 そんな私の気持ちがわかったのか、部長さんは「全く……謝罪もできんとは」とぼやいたあと、もう一度私に「すまなかった。お大事に」と事務所のほうへと去っていった。

 だからさ、なんで部長さんが謝るの。受け取らないって言ったよね?


 そんな彼らの様子を冷ややかに見ていた寺坂さんは、所長にメモを渡してから私の腕を掴むとさっさと歩き出したので、エプロンだけは外していきたいからと断って更衣室に寄る。

 付き合ってって言われてないことをどのタイミングで聞こうと考えながら、エプロンを外してから財布の中に入っているはずの保険証や診察券を確認するとそれを入れた鞄を持って外へ行き、待っていた寺坂さんの傍に行って病院へと向かった。



 ***



 帰り支度をしている三人を冷ややかに見つめながら、上重は原口にボイスレコーダーの返却を求める。


「何本もありますから、それだけを消しても無駄ですよ」


 そう釘を刺した上重に原口は顔を歪めながら、中身を消そうとしていたボイスレコーダーを返却すると、女性二人を伴って事務所を出ようとしたところで上重から声をかけられた。


「そうそう、寺坂から伝言です。『本来ならば傷害事件として警察を呼ぶところだが、それをすると被害者である彼女が気にするだろうから、それは勘弁してやる。被害を受けた子が、おまえらと違って優しい子でよかったな。きっちり医療費と慰謝料を請求してやるから覚えとけ』だそうです」

「「「な……!」」」


 寺坂の伝言に、三人は絶句する。


「なぜ驚くんです? 社会人として、我が社で働いている従業員として、当たり前のことを指摘して諭した園部さんを叩いて傷つけたんです。当然の話でしょう? ねえ、無能で謝罪もできない、犯罪者の酒田さん?」

「ひ……っ!」


 冷ややかな視線を向ける上重に、どれだけここの事業所の人間を怒らせたのか、自分たちが他人からどんなふうに思われて見られていたのか、現実を突き付けられた千葉と酒田は、上重の怒気にあとずさる。


「のちほど園部さんの頬の写真を添付し、なぜそうなったのか詳細を書いて支社長と本社宛てでメールを送ります。もちろんその件で電話をして詳細も話しますし、ボイスレコーダーは急遽決まった明日の長会議で支社長と本社の人間に渡しますので、そのつもりで」

「……っ」


 上重の言葉に、三人は顔を真っ白にさせていく。


「お帰りはあちらです。僕たちはそこにいる女性二人のせいでとても忙しいんです。お見送りはできませんので、あしからず。お疲れ様でした」


 さっさと帰れと促す上重に、三人はノロノロと動いて事務所を出ていった。それを見送った上重は、デジカメで撮った写真をパソコンに取り込む。

 そしてメールを立ち上げて文章を打ち込み、写真を添付してから神奈川支社と本社へ同時にメールを送ると、寺坂のルートの商品を集めながら、支社長と本社に連絡をした。


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