問題児たちがやって来た 中編

 不機嫌な寺坂さんのあとを追いかけながら、無言で歩く。私がなんかしたわけじゃないんだけど、かなり気まずい。

 なんて声をかけようか悩んでいたら、すっごく低い声で「雀」って呼ばれてちょっとだけ肩が跳ねる。


「は、はいっ!」

「……あのバカ女たちをどう思う」


 その言葉に、なんで事務所で見た機嫌の悪い人たちに見覚えがあったのか、思い出した。指輪や私と寺坂さんの事情を知っていると、橋本さんが教えてくれた人たちだったからだ。

 内心それに溜息をつきつつ、彼の言いたいことをなんとなく察する。


「たぶん、あの場にいた全員が思ったことだと思うんですけど」

「なら『せーの』で一緒に言うか。せーの」

『脳内お花畑かよっ! 気持ち悪っ!』


 私と寺坂さんだけでなく、私たちの近くにいた人たちにも話し声が聞こえたのか、一緒に声をあげた。まさか最後まで揃うとは思わなかったよ。

 叫んだことで多少はすっきりしたのか、彼や他の人たちの雰囲気が柔らかくなる。そのことにホッとしつつ、仕事を始めた。


「本みりんPBが2ケースと5です」

「おう。……なあ、雀」

「なんですか?」

「あのバカ女二人がいる間、名前で呼んでくれないか?」


 しばらく集中して商品抜きをし、隣の列に移ってみりんの商品抜きを始めたら、小さな声でそんなことを言い出した。それに一瞬首を傾げたものの、先ほどのこともあるから伊藤質問してみる。


「もしかして、指輪はあの二人が原因ですか?」


 小声で聞けば、「普段は鈍いのに、こんな時だけ察しがいいのな」と答えが返って来た。

 鈍感ですみませんね! とすぐに返したいんだけど……今日は女性二人のせいで皆さん機嫌があまりよろしくないから、たまには寺坂さんや周囲から笑いをとるお笑い芸人に徹したいと思います。

 え? いつものことだって? キコエナーイ!

 決めたからには早速突っ込みをしますとも。


「誰が普段から鈍感チビ雀ですかっ!」

「チビだなんてひとっことも言ってねえ!」

「今言ったじゃないですか!」

「屁理屈捏ねんじゃねえよ!」

「屁はガスなので捏ねられませーん!」

「ああ言えばこういうなよ! 雀の口を塞ぐぞ、このやろう!」

「嫌でーす! 外にいる雀はチュンチュンと囀ずるのが仕事なので、口を塞がれたら仕事になりませーん!」


 そんなやり取りをすれば、それを聞いていた人たちが吹き出して笑う。名前呼びなんかしてみんなにバレないかな、なんて思いつつもその笑い声に紛れて「いいですよ、名前で呼びます」と言えば、寺坂さんは嬉しそうに破顔した。

 おおぅ、ドアップで見るその笑顔は反則だよ……ドキドキして顔が熱くなってくるじゃないか。

「ありがとな」と言った彼に笑顔を向けると、頭をガシッと掴まれ「その笑顔反則」と言われた。……なぜだ。

 そのあとも別のメーカーのみりんを抜き、料理酒も抜いてお醤油を抜き始めた時だった。


「……醤油の薄口を1ケースと2ほ……」

「あ、いたいた~! 寺坂くぅん、手伝うよぉ~」


 脳内お花畑のうちの一人が、猫なで声を出しながらこっちに来た。途端に寺坂さんの空気がひんやりして来て不機嫌になる。

 しかも、隣の列からは同じようなことを言っているもう一人の女性の声がしているから、余計だ。

 せっかく和やかな雰囲気にしたのに、なにしてくれちゃってんの、この人たち。それに「手伝う」と言いながらも手伝う事はなく、私が商品を読み上げようとするとそれを邪魔するかのように話すもんだから、一向に先に進まない。

 しかも、明らかに寺坂さんは嫌がって「気持ち悪いから触んな」って言っているのに、「照れちゃって~」と超解釈をして、彼女の手を無理矢理外しても外しても腕をベタベタと掴み、商品抜きまで邪魔するもんだから彼はイライラしっぱなしだし、私もなんだかイライラする。


 なんなの、この馴れ馴れしさは。さっき所長に「仕事の邪魔をするなら今すぐ帰れ」って言われてたよね? なんで邪魔してんの?


 うるせー! 邪魔くせー! 仕事になんねー!

 とか思っていたら、寺坂さんの仕事用(会社支給だそうだ)の折り畳み式の携帯が鳴った。ちょっと助かったとホッとしていたら、彼は携帯を開いて相手を確認すると、耳にちょこんと填まっているbluetoothヘッドセットのボタンを押して通話を始める。

 いつものことだからと彼にメモ帳とボールペンを差し出すと、それらを受け取って取引先の名前を書き始める寺坂さん。どうやら発注漏れがあったみたいで、その下に商品名も書いていってる。

 字が綺麗だなとか、彼女が静かなうちに仕事してしまおうと考えながら、寺坂さんのにこやかな声と有線放送をBGMに、チェックリストを見て商品を抜いていく。

 静かな彼女はと言えば、堺さんたちとは違って販促用の商品を探すでもなければ商品抜きを手伝うでもなく、派手にデコった爪を見たり髪の毛先をいじったりしながらボーッと立っていた。

 その爪を見て思ったのは、デコパーツのひとつひとつは綺麗だし可愛いけど、お姉様方の言う通りあまりにもあちこちに盛り過ぎていて、下品にしか見えない。


 食品を扱う会社にいて、デコった爪ってどうなのって思う。デコるのが悪いとは言わないけど、プライベートならともかく仕事に来てるなら、せめてマニキュアだけにするとかじゃないの?

 ダンボールを扱ってると爪が割れたり指先が荒れるから、私は爪を短く切ったうえで透明のマニキュアを塗り、ハンドクリーム代わりとして化粧水と乳液が混ざってるやつを使っている。仕事中だと早く馴染むほうがいいから、クリームよりも液体のほうがいいのだ。

 それはともかくこの人、本当に支社で営業をしてる人なの?

 厳しい場所に飛ばされて再教育をされたんじゃないの?

 実は移動なんかしてなくて、性根を入れ換えたふりして支社に居座り、お目付け役がいない場所では普段被っている猫を外しちゃってるってこと?

 所長のお小言ですら本気で捉えてないとか?


 私の憶測でしかないけど、そんなことを考えたら頭が痛くなった。そしてそんな彼女の様子を、近くに来た奥澤さんや他の人たちが厳しい目で見てることすら気づいてもいない。

 そうこうするうちに寺坂さんの電話も終わり、メモ用紙になにやら一言書いてからそれを私に見せる。そのメモに対して「はい」と返事をすると、それごと一枚剥がした。


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