手料理を振舞ってみた 後編
紙袋からランチョンマットを出して卓袱台の上に敷き、その上に食器を出す。タッパを出して食器の中にほうれん草のごま和え、蓮根のきんぴらごぼう、きゅうりとワカメとクラゲの酢の物、実家からもらったきゅうりとカブの糠漬けを入れる。
そしてキャベツの千切りの上に鶏の竜田揚げ、鰯の梅シソ巻き、ささみのチーズ巻きと櫛形に切ったレモンとパセリをのせた。
四角い器と冷奴用の豆腐を持ってキッチンに行くと、豆腐の水切りをしてから器に入れ、それを持って戻ると洗面所があるほうから寺坂さんが来た。手洗いうがいをして来たんだろう。
「美味そうだな」
そんなことを言いながらソファーを背もたれがわりにして卓袱台の前に座ったので、ランチョンマットの上に箸置きとお箸、ご飯茶碗とお椀をセットする。
「うちの味なのでお口に合うかわかりませんけどね。冷奴の薬味で食べられないものはありますか?」
「特にないな」
薬味は
薬味を見せると苦手なものがないとのことだったので、それらをのせてお醤油はお皿の横に置く。
お椀とインスタントのお味噌汁セットを持ってキッチンに行くと、お味噌と具を入れてお湯を注ぎ、戻って彼の目の前に置いた。
「お味噌汁だけはどうやっても持ってこれそうになかったので、インスタントです」
「ああ、構わない」
「で、ご飯ですが……」
風呂敷の結び目をほどいて土鍋の蓋を持ち上げ、それをご飯茶碗に盛ってから万能ねぎを散らすと彼の前に置く。
「おー!」
「ご飯はきのこの炊き込みご飯で、しらすも入ってます。今散らしたのは万能ねぎです。どうぞ、召し上がれ。おかわりもあるので、遠慮なくどうぞ」
「いただきます。……っと、雀は食わないのか?」
「食べてきたので大丈夫です。あ、お湯をもらいますね」
ええ、味見と称した摘まみ食いをたくさんしたので、お腹いっぱいです。紙袋からマグカップとガラスのコップ、カモミールティーのティーバッグと麦茶を出すと、ガラスのコップに麦茶を入れて寺坂さんの前に置く。マグカップにティーバッグを入れてキッチンに行くとお湯を注ぎ、使った分はお水を入れておいた。
カップを持って戻り、彼の正面に座ってその食べっぷりを眺める。
(美味しそうに食べるなあ……)
ほくほく顔という言葉がぴったりな笑顔を浮かべながら、ひとつひとつ味わって食べている。
「この魚はなんだ? 鰯か?」
「そうですよ。叩いた梅とシソを鰯の上にのせて巻いたもの、細長いのはささみを薄く伸ばしてプロセスチーズを巻いたもので、どちらも溶いた天ぷら粉で揚げたものです。あと、糠漬けは実家でくれたものなんですけど、私一人じゃ食べきれない量をくれたので、それはお裾分けです」
「へー……。雀は糠漬けはやらないのか?」
「さすがにやってないですねぇ。やりたいとは思うんですけど、実家からのお裾分けの頻度が高くて、手が出ませんよ」
そんな話をしているうちにご飯のおかわりを要求してくる。おかわりをよそって渡し、そういえばお酒は飲まないのかと聞けば、何やら悩み始めた。
「うーん……車で出かける予定だったんだが、ちょっと迷い中」
「は? まあ、いいですけど。おかずのおかわりはいりますか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。じゃあ、残ったものはタッパごと師匠に……」
「雀、な・ま・え」
「うっ……。よ、良裕さんにあげます。冷凍庫に入れておくので、食べる時にレンチンして食べてください」
まさかまた名前を呼べと言われるとは思わなかったよ……。結局、寺坂さんはご飯のおかわりをしただけで、他はおかわりをしなかった。
後日、お酒のおつまみにしたいんだって。
残っているおかずは揚げ物類ときんぴらごぼうだけだ。酢の物やごま和えは敢えて少ししか持って来ていなかったので、タッパは空だった。ご飯も一合しか炊かなかったから残っていない。
調べものをすると言った寺坂さんを放置し、キッチンを借りてタッパや食器、土鍋を洗っているとタバコの匂いがしてきた。そういえば、会社でも私が出勤した時や出発前にタバコを吸っていたなあ、なんて思い出す。
私自身は吸わないからよくわからないけど、二人の兄や寺坂さんが吸っているタバコの匂いは嫌いじゃない。元カレが吸ってたタバコの匂いは嫌いだったけどね。
「レンタル屋と同じ値段か。お? こっちはレンタル屋より安いな。返しに行く手間を考えると、オンデマンドかCSやBSの映画チャンネルのほうが楽か」
そんな呟きが聞こえてきて固まる。え? あのメールの内容って、冗談……だよ、ね?
内心冷や汗をかきながら洗い終えた食器を拭いていると、寺坂さんがやってきて後ろから抱き締められ、腕が腰と胸の下に絡みついて肩に顎を乗せられた。その行動にドキッとして、危うく食器を落としそうになる。
「雀、もう終わる?」
「これで終わりですけど、あ、あの……っ」
最後の食器を拭き終わると、胸の下に絡みついていた腕が上がり、ファスナーがお腹のあたりまで勢いよく下げられた。堂々とセクハラするんじゃない!
「すーずーめーちゃーん? 俺は脱がせやすい服とノーブラで来いって言ったよな? 服はいい。だが、これは何かなー?」
「あのっ、ノーブラだと、すごく揺れるんですっ。ししょ……良裕さんに会うよりも先に誰かに会ったりとか、DVDを借りるって言ってたから、もし出かけることになったら揺れる胸に注目されたり、変な目で見られたりしたら、恥ずかしいじゃないですか……」
「ああ……そっか。そこまで考えてなかったな。だからといって、お仕置きはなくならないし、追加決定だぞ?」
「横暴っ!」
「今からお仕置きをするぞ」
「だから、横暴です!」
そう叫んだところで、寺坂さんの性欲は留まるところを知らず……。
そのまま抱かれ、気づいて目を覚ました時には全て終わっていて、彼は寝息を立てて眠っていた。片手は腕枕をし、片手は腰に巻き付いている。
貴方が好きです。好きになってごめんなさい……。
今は……貴方の腕の中にいる今だけは、私のものでいてください――。
そう願いながら首を伸ばして彼の唇にキスをし、逞しい胸板に唇を寄せるときつく吸って痕をつけ、その胸板に頬を寄せて目を閉じる。
――意識が落ちる瞬間……寝ているはずの彼が、私を抱き締めたような気がした。
***
腕の中で眠る雀が
そっと目を開けると雀は俺の胸に顔を埋めてキスをし、きつく吸ってキスマークをつけ、そのまま凭れかかると寝息をたてはじめた。
初めて雀自らした行為に鼓動が跳ねる。あまりにも嬉しくて可愛くて愛しくて……このまま抱きたいのを我慢して、そっと抱き締める。
「ん……良裕さ……好き……ごめん……さい……」
「雀……」
なぜ謝るんだ、雀……お前は何も悪くないし、左手に嵌る指輪を見て、悲しげに顔を歪ませているのを知っている。そしてその忌まわしき指輪の存在が、俺すらも苦しめている。
ならば、いい加減終わらせようじゃないか。明日、全てを話そう――俺の過去を、俺の気持ちを……雀ならその全てを受け止めてくれると信じて。
俺の腕の中で眠る愛しい雀がずっと俺の側にいてくれるように願い、唇にキスを落として眠りについた。
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