六年前の事情 前編
「今回の件の前提となる話からするから、ちょっと長くなるよ」
そう前置きをしてから話し始めた所長曰く、そもそもの発端は、六年前に寺坂さんたちが受けた主任研修である、あの出来事だったそうだ。
「以前から会議で『仕事中に何をしているんだ』『あれはないだろう、なぜ注意しない』って報告があがっていてね。もともと各事業所の所長や各支社長から抗議されていたし、本社からも改善命令が出てたんだけど、当時支社長だった人は知らぬ存ぜぬで全く改善しなかったんだ。だから、『次回の主任研修で一ヶ所からでも抗議があったらテコ入れをする』って話をした翌日に研修が始まった。だけど、研修二日目にして、朝から研修に参加した人間を出した事業所及び、支社から抗議が殺到してね。早いところだと、初日の夜には抗議の連絡が行っていたそうだよ」
当時のことを思い出しているのか、所長は若干怒りと蔑みの表情と目をしている。
「もちろん、朝出勤してきた三人から話を聞いた僕も、その場で連絡して抗議したし、本社にも連絡を入れた。本社の人からは『上重所長のところもか……』って疲れた声で言われたから、他からも連絡が行ったと察しがついたし、その日の夜に緊急会議が開かれて、神奈川支社のテコ入れが決まったんだ。当然、改善命令を無視し続けた支社長は処分決定。そして寺坂から聞いていると思うけど、問題行動を起こした人間と、それを止めることすらしなかった彼女たちの上司は減給、または減俸及び降格になった……これが前提」
そして上重所長は「詳しく話せないけど、話せる範囲で」と教えてくれたのは、こんな内容だった。
テコ入れする前からずっと名前が上がっていた上司は三人で、ずっと問題行動をしていたのは五人。
三人の上司のうち二人は本社の厳しい指導に、いかに自分たちがぬるま湯に浸かっていたかわかって意識改革ができたけど、もう一人は多少改善したものの、本社が望むものではなかったそうだ。
その人が今日来た部長さんだという。
そして六年前に問題行動を起こした人は全部で十人もいたんだけど、先にその十人を集めて一日だけ研修を行った。翌日から一ヶ月間限定で全員バラバラに厳しい支社で働かせたところ、心を入れ換えてバリバリ仕事するようになったのが三人、二日で会社を辞めたのが三人。
そして一週間で辞めたのが二人、厳しい支社に行くことはなかったのが二人だったそうだ。
辞めた五人のうち、元から名前が上がっていた人が三人で、支社に行かなかったのは今日来た彼女たちだった。つまり、ずっと問題を起こしていた人が三人辞め、二人はのうのうと支社に居続けたことになる。
この時点で、部長さんと彼女たちは本社からマークされていたという。
更に、彼女たちを諌めるどころか庇う部長さんに、こっそり(本社の人間が監視込みの講師をしていたからバレバレ)と問題行動を起こす彼女たち……。さすがにこれはダメだと神奈川支社で研修をさせられないと研修場所を変更したら、そういった抗議はなくなり、ここ数年は静かだった。
当時のことを知らない人が徐々に増え、覚えている人たちがやっと改心したのかと思い始めたころ。部長さんは何を思ったのか、今度は彼女たちを事業所の視察に行かせるようになったのが半年前。
そこからまた二週間に一度、個別、または二人セットで、彼女たちに対する抗議が現支社長と本社に舞い込むことになったらしい。
うわぁ……二週間に一度もどこかの支社に行かせてたの? そりゃあ抗議も行くよね。彼女たちは本当に煩いし、仕事の邪魔だもん。
ただ、疑問は湧く。その間、誰も彼女たちに言わなかったのかな。
言わなかったんだろうね……。だから所長は「誰もしなかったことをした」って言ったんだろうし。
表面上は反省しているように見せかけた彼女たち。支社長や他部署の部長たち、果ては本社の人が何度注意しても、その場かぎりの謝罪はしても問題行動を止めなかった。
そして部長さんも、事業所の話よりも彼女たちの話を信じてずっと庇って来たらしい。
おいおい……いろいろとダメダメじゃないかって私でもわかるよ、これ。
「さすがにエスカレートしていく彼女たちの行動も、彼女たちの話を鵜呑みにして事業所の抗議を突っぱね続けた部長も……三人とも問題視されてね。僕も本社から場所を貸してほしいと打診された関係上、話を聞いていたほうがいいからとその場に呼ばれたんだけどさ。部長を呼び出した支社長と本社の重役たちは最後通告として、この事業所にて『販促商品を探し、その事業所の取引先に対して営業をすること』、『問題行動を起こさないこと』を言い渡した。そして『事業所の社員全員から監視されること』を伝え、部長にあの二人にも話すよう言ったんだけど……。彼女たちは話を聞いていなかったのか、あるいは本当に監視されているとは思っていなかったのか、朝から見事に言われたことをやりもせず、男にべったりくっついて仕事の邪魔ばかりした挙げ句、雀さんをぶっ叩いたんだから」
「あれ? では、所長がデジカメを持ってたのって……」
「うん。雀さんを叩いてるところがバッチリ映ってたカメラの映像を見たからだね。ちなみに、寺坂もだよ。さすがにこれはマズイと、不機嫌になった寺坂と一緒に慌てて行ったんだけど、まさか寺坂の目の前で二発目を叩くとはねぇ……」
なんですと? 監視カメラですと⁉ ……ああ、だから所長はデジカメを持ってたのか。
ああ……だから寺坂さんはあんなにも怒ってたのか……。確かに、逆の立場だったら私でも怒る。
「それに、彼女たちが言い逃れできないよう、部長が彼女たちの話を鵜呑みにしないよう、証拠を残しておきたかったんだ。雀さんが叩かれなければ、社員全員が持っていたボイスレコーダーと監視カメラの映像を、本社と支社長に提出して終わりだったし、雀さんに話すこともなかった。だけど、二回も叩いて傷までつけて、その挙げ句に嘘ついて雀さんに責任転嫁しようとしちゃったからね、彼女。ほんと、奥澤の言葉じゃないけど、寺坂を本気で怒らせるなんてバカとしか言いようがないよ」
さすがに所長も呆れ顔だ。
というか、監視カメラなんていつ設置して、どこにあったの? 全然気づかなかったんだけど……。
聞いても教えてくれないよね、これ。所長は話せる範囲で、って言ったんだし。
「会社の都合に巻き込んでしまって本当にごめんよ。さっきも言ったけど、支社長と本社の人は雀さんの対応を褒めてたし、怪我をしたことも、会社の都合に巻き込んでしまったことも、謝罪してたんだよ。だからそのうち、本当にお詫びに来ると思う。さすがに今回は証拠がこれだけあるから二人とも言い逃れできないし、部長も何かしらのお咎めがあるんじゃないかな。あと、お詫びとは別にきっちり医療費と慰謝料をぶんどって来るからね」
「ぶんどる!?」
「おっと。つい本音が」
クソ女たちが私を叩いて傷つけなければ私たちが知ることは全くなかったし、私たちパートやバイトには全く関係のない神奈川支社の内部事情だったから、伝えなかったと話す所長。
神奈川支社の醜聞だもんね、これ。支社内ならまだよかったのに他の事業所でやらかしちゃってるし、それに関わった社員や当事者ならともかく、私は本当に関係なかったからなぁ……。叩かれた分、もっと言ってやればよかったかな。
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