問題児たちがやって来た 後編
「雀、追加もらったから、チェックリストを出してくるな。ついでに所長んとこ行ってくる」
「はい。その間に商品を抜いてますね」
寺坂さんと話し、彼が胸ポケットに差していた細長いものを私に二本寄越すと、すぐに移動した。渡されたものをエプロンの上の部分に差し、チェックリストを見ながら商品を抜こうとしたんだけど、なぜか彼女が私の前に立ちはだかる。
それに合わせるように、近くにいた奥澤さん達社員や平塚さんが彼女ににじり寄っていく。
……何してんの、皆さん。
「何かご用でしょうか? 商品が抜けないので退いていただきたいんですが」
「あんた、寺坂くんのなんなのよ?」
私の話を無視して退くこともなく、仕事のことかと思えば、非常にくだらない話でした。しかも、寺坂さんがいなくなってから言い始めるなんて性格悪っ!
どう見ても確信犯でしょ、コレ。
奥澤さんたちもそう思っているのか眉間に皺が寄っている。つか、奥澤さんたちがいることに気づこうよ。
「なんなの、って言われましても。今は寺坂さんの仕事のフォローをしています」
「そんなこと聞いてんじゃないわよ! 聞けば『雀』ってあんたの名前だっていうじゃないの、なんで寺坂くんだけじゃなく他の男にも名前で呼ばれてんのよ!」
「意味不明なことを言わないでください。どなたに聞いたのか知りませんが、とあることがきっかけで、寺坂さんだけではなく、この事業所の皆さんが、私のことを名前で呼んでくださっていますが、それが何か? それに、初対面の人に向かって自己紹介をするどころか『あんた』って呼ぶなんてどうかしてますし、私が『名前で呼ばてるから』なんて、仕事や貴女に関係あるんですか?」
「……っ! 煩いわねっ!」
乾いた音と共に、頬にピリッとした痛みが走った。それを見ていた人たちは息を呑んでざわつく。
なんなの、この色ボケ女。口では敵わないと思ったのか、あるいは図星を刺されたからなのか、叩きやがったよ。
ホント、何しに来たの? まさか仕事をサボって男漁り?
いいとも、売られた喧嘩なら買うぞ? ……ただし、メモの内容のことがあるから口でね!
「痛っ! 何をするんですか、頬を叩くなんて最低です! 子供じゃあるまいし、口で言えばすむことでしょう? 営業をやっているのにそれすらもできないんですか?」
「煩いっ! あたしに叩かれて当然でしょ! あんたがいるから寺坂くんと一緒に仕事ができないし、照れて仕事してくれないんじゃないの! 彼はあたしのものなの、あたしはこの事業所のみんなから愛されてるの! あんたは邪魔なんだからさっさと消えなさいよ!」
「また意味不明なことを……。フォローを決めているのは私ではなく、この事業所の社員です。文句があるなら社員に言ってくださいよ、私に言われても困ります」
「煩い煩いっ! あんたが今すぐ消えればすむ話でしょ!?」
「ですから、それはここで働いている社員が決めることであって、貴女が決めることではないし、そんな権限もありませんよね? そんなことも判わからないんですか?」
「この……っ!」
はあ……呆れてものも言えない。ネット小説でよく見かける逆ハーヒロインみたいな脳内お花畑なことを喚き、常識も通じないなんて。
「何してんだ! やめろ!」
手を振り上げた彼女は周囲が動いて奥澤さんが止めたにもかかわらず、もう一度私の頬を叩いた。
しかも、またピリッとしたよ今……痛いじゃないか、このやろう!
「いたっ! 二回も頬を叩くなんて……ひどい!」
「あんたがここからよ! 消えるまで、何度でも叩いてやるわよ!」
「何をしてる!」
あまりにも頭のおかしいことを言い出すから、現実を教えてきっちり言葉で刺してやろうか……。なんて思っていたら、そこにチェックリストを持った寺坂さんと所長、所長よりも年上に見える人が一緒に現れた。
私が叩かれたところをバッチリ見たらしい所長が大きな声を張り上げ、寺坂さんやもう一人もバッチリ見たみたいで、無表情で激おこ状態なのが怖い。
「あっ、寺坂くぅん! ひどいのよ~、この女が何もしてないあたしのこと叩いた……え?」
それなのに、寺坂さんが目に入った途端に豹変して嘘をついた彼女は、寺坂さんに抱きつこうとして思いっきり避けられ、呆然としながら彼を見ている。
お? ようやく現実が見えて来たか?
というかね、周囲は彼女の言葉を聞いて行動を見て止めたのに、なんでそんな嘘がつけるの? それに、途中から来た三人の表情や周囲の表情は今も激おこ状態なのに、なんでわかんないの? マジで愛されてる、照れてると思ってるの?
そうだとしたら、本気で引くんですけど。
「雀、大丈夫か?」
「良裕さん……すっごく痛いです」
頼まれた通り名前で呼ぶと、寺坂さんの目が嬉しそうに細まる。私たちのことを知らない周囲は「おや?」って顔をしてるし、知ってる人たちは一瞬ニヤついていたけど、無視です、無視。
今はからかうような雰囲気じゃないしね。
そして彼女から庇うように私の前に来た寺坂さんは心配そうに、その大きな掌で私の叩かれた方の頬に触れる。その手がひんやりしていて気持ちよかったから目を瞑ってほぅと息を吐く。
それが聞こえたらしい彼は少しだけそのままでいると、その手をそっと離した。
あれ? 何か頬がヒリヒリして痛いんですけど……なんで?
「……誰か、冷凍庫にある保冷剤を持って来てくれないか」
「は~い」
寺坂さんの指示を聞いた平塚さんが返事をする。頬が痛いから、保冷剤の存在はありがたい。
そしてそんな彼の指示に反応したのは、所長や寺坂さんと一緒に来た人だった。
「保冷剤? なぜかな」
「今見てましたよね? そこの女にぶっ叩かれたせいで、彼女の頬が腫れて来ているからですよ。冷やさないともっと腫れますよ?」
「なんだと……?」
振り向いてそう伝えた寺坂さんの言葉に、見ていた全員が頷く。それを見聞きしたその人の目が細まり、彼女に鋭い視線を投げ掛けるも、彼女は知らん顔をしていた。
そんな様子を見ていたら平塚さんが来て保冷剤をくれたのでそれを受け取り、手拭いを巻いて冷やそうとしたら「写真を撮るから待って」と所長に言われ、待つことしばし。
え? 写真?
所長……なんだか用意周到すぎませんか……?
所長がデジカメで写真を撮ってる間、所長の邪魔にならないように私の横に来た寺坂さんに預かったものを二本とも返すと、そのうちの一本を男性に渡した。その人は無言で操作して耳にあてて聞いているけど、どんどん眉間に皺が寄って来て険しい顔になっていく。
寺坂さんがメモに書いたのは
『俺が帰ってくるまでボイスレコーダーを預けとく。支社と本社に証拠として提出するものだから、スイッチはそのままにしといて』
だった。なんでそんなことをするのか、なんでボイスレコーダーを持っているのかわからないけど、その辺りはバイトやパートの私たちに話が回ってくることは滅多にないから、素直に頷いた。
ただ、私は実害に遭っちゃったから、所長辺りから何らかの説明をしてくれないかなあとは思うけど、どうだろう。
「しかも、爪で引っ掻いたような傷もいくつかありますし」
「ひどい! あたしがやったっていうの!?」
「俺たちはあんたが雀の頬を叩いて引っ掻いたのを見てるんだぞ? あんた以外に誰がやったっていうんだ? しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
「そんな……! あたしじゃないわよ! 自分でやって……」
「いい加減にしなさい! これだけの人間が見聞きしている中で、よくもそんな嘘がつけるな!」
写真が撮り終わったので頬を冷やしながら所長に写真を見せてもらったら、見事に赤くなって腫れていた。しかも寺坂さんが言ったように、爪で引っ掻いたみたいな跡まである。
どうりでヒリヒリして痛いわけだよ……。これ、病院に行かないとダメじゃん。
うう……次兄が担当だった場合は確実に怒られる……なんて考えていたら彼女がまた嘘をつき、ボイスレコーダーを聞き終えたらしい男性に怒鳴られていた。
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