変な約束?
そして今日。
乾物・冷蔵も集め終え、冷凍庫の中に入った時のこと。冷凍庫はすごく広くてL字型に作られた二階がある、不思議な構造だ。
まあ、それだけ商品が多いってことなんだと思う。
寒い中での商品も集め終わり、あと四段で階段が終わるところまで降りた時だった。さんざん「気を付けろ」って言われていたんだけど不可抗力で凍っている場所を踏んでしまい、つるんと靴が滑って階段から落ちそうになり、咄嗟に手すりに掴まった。
「きゃっ!?」
「雀っ!!」
私の後ろにいた寺坂さんが咄嗟に支えてくれたようで、そこから滑り落ちることはなかったけど、心臓がバクバクして、思わず座り込みそうになる。うしろから支えてくれている彼の腕は私の胸を強く掴んでいて、そのままうしろに引き寄せられた。
「凍っている場所があって滑るから気をつけろって言っただろ!」
「す、すみません……」
寺坂さんは安心したように息を吐いたあとで彼に怒鳴られ、不可抗力とはいえ私の不注意だからと素直に謝る。まだ心臓がバクバクしてるけど、うしろで彼が支えてくれているとわかっているからか、落ちそうになった恐怖は大分薄れていた。
だからそろそろ胸から手を離してほしいんだけど、と言おうとしたら、「今度は気をつけて階段を降りて」と言って胸から手を離し、一緒に降りる。伝える前に胸を離してくれたことにホッとし、出入口に向かって二、三歩いたらいきなり腕を掴まれて引き寄せられ、そのままギュッときつく抱きしめられ、深いキスをされた。
「師匠、やめて……今、仕事中……っ」
「確かにまだ仕事中だな……よし、こうしよう。雀、今のお仕置きとして、仕事が終わったらご飯作ったあと、抱かせろよ」
「何でそうなるんですか!」
「お仕置きって言っただろうが」
「うぅ……っ、このっ、鬼畜ドS師匠っ!」
今はたまたま誰もいないけど、いつ、誰が来るかわからない場所でずっとキスをされていたくはない。そんな私の心情などわかっているのかいないのか、ニヤリと笑みを浮かべ、「いい子だ」とその大きな手で頭を撫でてから台車を押して歩き出す寺坂さん。
ねえ、優しくしないでよ、寺坂さん。
そして、そんな冗談を言わないでよ……嬉しくて、でも苦しくて……泣きたくなるじゃない。
彼のうしろを歩きながらそう思ってもそんなことを言えるはずもなく、彼のあとを追って冷凍庫から出た。
その後は何事もなかったかのように振る舞う寺坂さんを睨むも、彼はどこ吹く風で。商品をトラックに積み終えた彼は、そのまま配達に出掛けた。
今日は九月の連休前の土曜日だから商品の量が多いので、二便の分の商品集めをしなければならない。お昼休憩を挟み、二便の商品集めが終わる頃には冷凍庫の出来事はやっぱり冗談だったんだとホッとし、お姉様方と一緒に掃除をして帰宅した。
一息つくために窓を開けて麦茶を飲んでいると、スマホがメールの着信を告げた。誰だろうとメールを開くと、寺坂さんからだった。
【仕事が終わったら連絡するから、うちに来て俺に飯を作って。そのあとでお仕置きするから、そのつもりでいろよ?】
その内容を見て固まった。
「本気だったんかーいっ!」
本人に聞こえるわけがないとわかっていても、スマホの画面に向かってそう突っ込みを入れた私は悪くない!
そんなことを思いながらメールを返す。
【冗談だと思ってました。冗談ならなおよかったです。何が食べたいですか? あと、お酒が飲みたいなら自分で買って来てください】
【俺はいつだって本気だし、お仕置きも本気だ。酒は了解。飯は和食が食いたい。おかずはなんでもいいが、炊き込みご飯が食いたい。デザートは雀だからいらないぞ。あと、『俺が』脱がせやすいような服装でこいよ? ノーブラだったらなおよし】
【私はデザートじゃないですし! それに『俺が』ってなんですか、強調しないでくださいよ! もー、またそんなセクハラとドS発言をして!】
【ほー、そうかそうか、セックスでまた俺にドSを発揮してほしいのか。いいだろう、必ずノーブラで来いよ? 来なかったらお仕置きを追加してやる】
【嫌ですってば! なんでそうなるんですか!】
【だからお仕置きだと言っただろうが】
【このっ、鬼畜ドSがっ!】
【そうかそうか。いっぱい抱いてほしいのか。明日から連休だし、連休中は俺んちでDVD鑑賞な。ついでに飯も作ってくれ】
【明日は買いたいものがあるので、全て却下です】
【だーめ。買い物なら付き合うから】
なんでそうなるんだ! と突っ込みを入れたいけど時既に遅く、寺坂さんとやり取りしている間に連休中の予定まで決められてしまった。
うぅ……私のマヌケ。本格的にブラがきつくなってきたから、明日買いに行こうと思っていたのに……。本当に買い物に付き合ってくれるなら嬉し……くはないわ! 何で男性と一緒にブラを買いに行かなきゃならんのだ!
トホホとがっくりと項垂れて
【またそんな冗談ばっかり言わないでくださいよ。もういいです。寺坂さんの好きなようにしてください】
そうメールを返し、スーパーに行く用意をして出掛けた。
どうせいつものセクハラ紛いの冗談だろうと思っていた私は、まさかこの返信が彼のドSに火をつけるだなんて、この時の私は思ってもいなかった。
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