トラブルは向こうからやってくる
以前勤めていた会社の人に……私にも多少の原因があるといえ、心身共に傷を負わせられ二度と会うことはないと思っていた人たちに会ってしまって、微妙な心境の雀です。
彼ら二人のうしろには海外にいるはずの親友夫婦がなぜかいて、ニッコリ笑いながらスマホを振っている。隣にいた良裕さんに至っては何かを察したのか左手を離して私の肩に腕を回してるし。
でも、大事にされているようで、それが嬉しい。
親友はともかく……本当は元カレを無視したいけど、無視するのも大人げないので挨拶だけはしますとも。でも、名前は呼びたくないから呼ばない。
「……こんにちは。お久しぶりです」
「やっぱり園部さん! あのころとはずいぶん違うから、顔を見るまでわからなかったよ」
失礼なやつだな、おい。確かに当時は今以上に太ってたけどさ。
目を細めて懐かしそうに話しかけてくる元カレに、良裕さんの手がぐっと私の肩を引き寄せた。彼女に至っては良裕さんを値踏みするようにじっと見てるし。
「雀、誰だ?」
「元カレとその浮気相手」
「ふうん……」
相手に聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁かれた良裕さんの声に私も小さな声でそう返すと、彼の目が細くなって雰囲気も硬くなった。というか、冷気を放っているし。どうやら怒っているらしい。
まあ、元カレの浮気相手は良裕さんの大嫌いな神奈川支社のクソ女タイプだから仕方ないし、彼女の視線から同類と思ったんだろう。恐るべし、良裕さんの本質を見抜く目。
「園部さんはどうしてここに?」
「今勤めている会社の社員旅行です。お二人は?」
「僕たちも有給を使って旅行に来たんだ。それで……隣にいる人は?」
「彼は同僚で、結婚前提でお付き合いをしている婚約者です。今は同棲もしていますよ」
「婚約者と、同棲……!?」
なんでそこに驚くの? 私が婚約したり同棲してる事に文句でもあるんかい。
うしろにいる親友も驚くんじゃない。ちゃんと『婚約しました』ってメールしたじゃないか。
というか、アメリカにいるはずのあんたが何でここにいる。
「なんで驚くんです? あれから二年もたっているんですから、婚約者がいたりその人と同棲してても、おかしくはないでしょう?」
「……そ、うだね」
「それに、今も貴方の隣に彼女がいるということは、彼女と恋人同士のままじゃないんですか?」
「……いや、彼女とは去年結婚したんだ」
「そうですか。それはおめでとうございます。浮気した貴方や他人の恋人を奪うのが得意な彼女のことだから、とっくに別れていると思っていました。まあ、そういう意味では、お二人は似た者夫婦とも言えますが」
「……」
ちょっと言い過ぎかなとは思うものの、本当にあったことだから仕方がない。何の感情も込めず、嫌味を込めて淡々と喋る私に、元カレはそれをわかっているのか、目を伏せて黙りこむ。
でも、隣にいた彼女は、私に元カレ以上にカッコいい婚約者がいることがご不満のようだ。しかも、値踏みが終わったのか、獲物を狙うような目付きで良裕さんを見ている。
結婚してるくせに、なんなの、その目付きは。
元カレ同様に私から奪えるとでも思っているんだろうか。悪いけど、良裕さんはそんな人じゃない。……良裕さん、キレなきゃいいけど。
「なんでそんなひどいこと言うのぉ? 園部さんの隣にいる婚約者さんもそう思うよね? あの、あたしはぁ」
「俺は雀が言ったことはひどいと思いませんがね。それに、俺は妻や夫、恋人がいるのにもかかわらずその人を誘惑して浮気したり、浮気させたりするような節操のない男好きな女は視界に入れたくもなければ、話したくもないほど大嫌いですから。当然、男のほうにも言えることですがね。そして二度と会うこともないと思うので、自己紹介も結構です。だからこそ、雀もお二人の名前すら呼ばないんでしょうし。……雀、平塚さんや奥たちも心配そうに見てるし、お土産を買う時間がなくなるから、そろそろ行こう」
「な……っ」
「……っ」
あーあ、やっぱりか。
良裕さんは彼女の話を遮ったうえにすっごく冷たい声でバッサリと切り捨て、良裕さんのその口調に二人は絶句して固まっている。ふっ、ザマァ。
いい機会だから、あの時言えなかったことも言ってしまおう。
「二年前、私は貴方と隣にいる彼女にさんざん嫌な思いをさせられました。貴方の目の前で私が上司にセクハラやパワハラされても助けてくれないばかりか、彼女が流した噂や嘘を鵜呑みにして、当時付き合っていた私の話を信じてくれませんでしたよね、貴方は」
「そ、れは……っ」
「そのせいで心身共に疲れ果ててストレスで急激に太ったんですが、貴方はその理由すら聞いてくれなかったうえ、その挙げ句の浮気です。そんなんで付き合っているって言えるんですか? 言えませんよね。このままではいろいろな面で私が壊れると判断したからこそ、別れを切り出した貴方と別れてあの会社を辞めたんです」
「……」
付き合い始めたころには、既に十キロ以上太っていた。付き合う前も、付き合ってからも、元カレの目の前でセクハラもパワハラもされた。でも、元カレは助けることなど一切しなかった。
助けてくれたのは、クソ上司の上司や人事部の女性上司だ。
その後、会社側がいろいろと調べた結果、男女関係なく辞めた人のほぼ100%がクソ上司のパワハラやセクハラの被害にあってたらしく、クソ上司はクビ。被害にあった人にかなりの額の慰謝料が支払われたとか。
もちろん、私もかなりの額をいただきましたとも。
それはともかく。
「あの時、確かに私は貴方が好きだった。貴方に告白されて嬉しかったから、頷いたんです」
「園部さ、」
「でも、貴方をちゃんと知りたいと言った私を、その気持ちに答えようと努力していた私を裏切り、踏みにじったのは貴方です」
「……ごめん」
「今さら謝罪はいりません、二年前に受け取りましたから」
「……」
どこかホッとしたような笑顔を浮かべた元カレに、私は冷めた目で見る。
なんであんたがそんな顔をしてるわけ? 確かに温度差があったのは認めるけど、それは良裕さんに出会ったからこそわかったことであって、あんたの行動からじゃないしそれを告げるつもりはない。
なんて思っていたら。
「セクハラやパワハラをやる奴も最低ですが、自分の好きな人や恋人がやられてるのを見ていながら見ぬふりして助けないなんて、最低ですね。挙げ句に浮気? 本当に雀が好きだったのか疑いますよ。しかも、自分が悪いくせに『謝罪はいらない』と言われてホッとした顔をするなんて……クズとしか言いようがない」
「な……っ!」
おおぅ、良裕さんが激おこでした。元カレに言い放った言葉と声は、私も震えるほどすっごく冷たい。
本人もやられたクチだからそういった行為を平気でする人を嫌悪するし、見て見ぬふりする人のことも嫌悪するんだろう。
以前話した時にちゃんと言ったはずなんだけど……本人を目の前して、キレたってことですかね?
あーあ……失敗した、元カレと話さなきゃよかった。帰ったら絶対に抱き潰される未来しか見えない……。
「時間がないんで、これで。雀、行こう」
「うん」
元カレ相手にずっと他人行儀の態度を崩さなかった良裕さんに促され、「お幸せに」と告げて一緒にその場をあとにする。良裕さんに指摘されて顔を青ざめさせている元カレと、ずっとシカトされ続けていた彼女がなんか喚いているけどそれを綺麗さっぱりスルーし、親友がまたスマホを振ってニヤリと笑ったから内心ひきつりつつも、小さく頷いた。
うん、バスに乗ったらメールしよう……。
***
「はあ……やっと落ち着いた。なんか疲れたね……」
家に着いてから荷物を下ろして仕分けと整理をしたり、お風呂に入ったりして、やっとひと心地つく。良裕さんに至ってはほろ酔いのせいか、かなり上機嫌だ。
どう考えても抱く気満々でしょ、これ。
疲れたとぼやきつつも良裕さんにはコーヒーを、私はハーブティーを淹れてソファーとローテーブルがあるダイニングへ行くとコーヒーを渡し、彼の隣に座りこむ。
「そうだな。なんというか……とんでもない二人だったんだな。あれじゃあストレスが溜まるのも無理ないわ」
昼間のことを思い出したのか、コーヒーを啜りながら嫌悪感たっぷりにぼやく良裕さん。
まあねぇ……。今考えると、クズの塊みたいな人たちだからねぇ、あの二人は。
良裕さんからすれば大嫌いな部類だし。
「でも、あの人たちがいた会社を辞めたおかげで良裕さんに会えたんだから、その辺りは感謝してるんだ」
「感謝なんかする必要はないぞ、雀」
「でも……」
「あれだけのことをしてて、全く反省の色を見せない時点でどうしようもないだろうが。特にあの女とか」
「う……。それを言われると……」
「だろ?」
冷たく言い放つ良裕さんに、内心溜息をつく。
よくあの彼女と結婚したよね。あの分だと、彼女のほうは結婚しても男を誘惑しまくり、拗れまくっていつか離婚しそうだ。
もっとも、離婚しようが喧嘩しようが、今の私には関係ない話。
「そう言えば、あいつらのうしろにいた女性は誰だったんだ? 雀を見てスマホを振りながら笑ってたけど、知り合いか?」
「うん。女性のほうが親友で、隣にいた金髪の男性が旦那さんでアメリカ人。二人はアメリカに住んでるんだけど、今回は商談と彼女の里帰り兼旅行に来たみたい。あそこにいたのは偶然だって、メールで教えてくれたの」
「ああ……だからバスん中でメールのやり取りをしてたのか」
「うん。今回は時間がないからゆっくり会えないけど、いつか夫婦同士で会いたいって」
「そうか」
私はしてないけど、奥澤さんや橋本さん、平塚さんと一緒にワインの試飲をしたりお土産を買ってバスに乗り込むと、すぐに親友にメールをした。ちなみに、お土産と自宅用に濃縮葡萄ジュースを何本か買って来てたりする。
親友には改めて隣にいた良裕さんが婚約者であることと、今月に入ってから同棲を始めたことを知らせた。前の会社にいた時は心配ばかりかけていたから、私がちゃんと恋愛して良裕さんに大事にされていることを喜んでくれた。
そんなやり取りを、果物狩りの場所に着くまでしていた。
「まあ、あのクズ供のことはもう終わったことだし、気にするなよ?」
「しないよ。だって、良裕さんが怒ってくれたから。……嬉しかったし、ほ、惚れ直した!」
「……」
本人を前にして宣言するのはかなり勇気がいったけど、私の正直な気持ちだから恥ずかしいなんて言ってられない。
――なんて思ってたら失敗した。
一瞬呆けた顔をしたあと、私を押し倒してからキスをしながら、パジャマの上から不埒なことを始めた。
いつもならそのまま最後までいっちゃうパターンなんだけど、なぜか良裕さんはそれ以上することはなく、そこで止まった。
「良裕、さん……?」
「……久しぶりだからこのまま雀とヤりたい気持ちもあるんだが、さすがに俺も疲れたからな」
「うん」
「それに、明日は俺の誕生日だし? その分、明日たっぷりと雀を堪能するから」
「……はい⁉」
「はいって言ったな? くく……明日が楽しみだ」
「そういう意味じゃなーい!」
夜中なんだから静かにしろと言われて黙りこむ。確かに近所迷惑だけどさ、元はと言えば良裕さんのせいじゃない。
まあ、そんなことを言ったって彼の話術に敵うわけもなく、結局は言い負かされてしまう未来しか見えない。
それでも惚れた弱みなのか、盛大に溜息をつくとおとなしくベッドに入り、良裕さんの腕に包まれながら眠りについた。
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